第14回 ブロッサム:クオリティの人物②+特別編
今回の内容は雑多で、
・「クオリティ」補足記事
・来年以降の話
・レムリア・ブロッサムシリーズ特別エピソード「深海と重力」
の3本です。
※ブロッサム:クオリティ最新話「ポラリス」までのネタバレがあるのでご注意ください!※
■クオリティ人物補足②
プラーミャ
カナレイカ中央情報局のエージェント。強力なGLD能力者だったこと以外は謎に包まれています。シェイウッド(クラスナヤ)の幼馴染だったかどうかはご想像にお任せします。
肉体的には消滅してしまいましたが、意識の一部は「残火」として残って柩に回収されています。長い時間をかければある程度の復元は可能かも。人工知能としてシェイウッドをサポートする……みたいな構想も面白いかもしれません。
ブレードアース:リッカ(
柩が立ち寄った収集世界の一つの住人で、後に超存在となった人です。九つの剣を持ち、それぞれに「ニヴル」「ムスペル」など世界の名前がついているかもしれません。
田舎から王国の学校に入学した人で、多分女性にすごくモテた。「六花」とは雪の結晶を意味する言葉ですが、「花」が入っているあたりに柩(本名は「咲」)との関連がつけられています。リッカを育てるにあたり柩は両親であるレイと楓を参考に母親像を作ったようです。
ヴェノムアース:ミカ(
柩の元相棒で、最も信頼しているパイロットです。輸送機のパイロット枠として貴重な人材。
ついにサイダー以外の動画クリエイター枠が。サイダーのようなマルチ企画系とは少し違い、特定のジャンルに特化したタイプです。
身体強化を受けた強化兵士でもあるため普通の人よりもかなり強靭です。Nデバイス使いでもあるのでレムリアにいそうな人です。クラスターコアが持つシナリオはいくつかあり、ヴェノムアースの歴史はレムリアに似ているタイプです。
リュディア・ズナーミャ
イルの実の姉。ガイアアースでの出来事は数千年前なので天寿を全うしていると思いますが、魂は残っているかもしれません。この人もNPCということは櫂の誘いを受けて了承したということになるのかな。
お察しの方もいるかもしれませんが、妹が大好きお姉ちゃんでした。愛が歪んでいた人だったのだと思います。
ブロッサムアース:グレイス(箱)
箱と融合時のグレイス、あるいは解除時に残る分身体。後者は肉体を持たないのでVRの内部での活動が主なのかもしれない。どことなくトーカに似ている感じがするのは、柩とグレイスの本質が似ているということなのか?
ゲーム内での出来事について。柩とグレイスの出会いは運命的でしたが、普通に出会ったとしても通じ合う相手だったというのを表現してみました。ちなみに、チーム526のリーダーはグレイスです。
スレートアース:セツナ(
トーカの戦闘アルゴリズムはこの人の戦闘記録で作られているため、戦い方が似ています。現実干渉術者ではなかったため機械で補助していて、その技術は調査局の兵隊たちの役に立っています。
当て字ですが、リンドウは花の名前であるという点で柩との縁を強調しています。
スレートアースでの出来事は、本来は「クレア編」の中で展開する予定でした。長くなりすぎたのでカットし、その内容の一部を圧縮して526に詰め込んだ格好でした。
クレア編は資質者と無資質者の話で、スレートアースのシフターと人間の話とリンクする予定でした。トーカが対能力者の機能を持っていたのも出自と関係があったわけです。
スレートアースの黒幕ティアとクレア編のボスのミレイユにも重なる部分があり、かつて罰することができなかったティアに対して今の柩はミレイユに別の決断を下せる……という構図にする予定でした。あのエンディングはその名残です。
フラッドアース:
剣術使いで空間操作ができる欅(レムリア)とは何の関係もありませんが、同じ能力を持つSロットでした。Sロットといっても役目が同じというだけで、レムリアにいたイスラフェル系、ヘンシェル系等と血統的な関係はいっさいありません。
コンセプトは天才剣士です。柩とはよく似ていて、もし役目や責任がなかった場合の柩はこんなふうに自由奔放だっただろう……という感じのキャラです。
チーム526のメンバーは、カウンターであり機械に近いグレイス(箱)にはじまり、強化兵士のミカ、超存在のリッカ、そして人間のセツナときて、最後は馴染み深いSロットでした。レムリア出身でQロットの血筋である柩にとっては出自に触れる題材でした。
超存在「ブラスト」(
レムリアから始まったブロッサムのストーリーは、シリウスとガイアという仲間を得てD機関、星典に統合されました。それと同格の力を持っているのが星杯ブラストです。単一のクラスターコアの進化の果てにそれほどの力を得ていますが、情報処理はあんまり得意じゃありません。
規範と情報保存の比重が大きいD機関とは異なる常識で動いている人ですが、根底は結構似ているかもしれません。悪役や敵ではありません。
■今後の話
来年の予定について。ブロッサムでは引き続き思いついた話を「クオリティ」の枠で投稿していこうと思っています。ただし、来年に始動しようとしている次回作の準備のため頻度はだいぶひかえめになると思います。全く更新がない期間も考えられます。
新作はレムリア・ブロッサムと続いてきたシリーズの完結編です。レムリアから始まった世界観、ルールを踏襲した話の最終章です。半年以内、できれば四月あたりに連載開始するのが目標です。
最後に、今回は特別エピソードをつけてみました。レムリアに入れるにはブロッサム色が強く、ブロッサムに入れるにはレムリア前提の話だったため、ここでひっそりと見ていただこうと思います。
■特別編「深海と重力」
レムリアの楔が星海をめぐる旅をはじめるにあたり、代表する者を選ぶ必要があった。七管理者によって何人かの候補生が選び出され、選考が開始された。
候補生の中で最も現実干渉の扱いに優れるイスラフェル系Sロット、アル・イスラフェルは、総合力で上回る首席候補生の綺柩を敵視していた。そんな時、候補生に課題が言い渡された。
目障りに思っていたが、そんな顔を見たいわけではなかった。
暗い海の泡の中で微笑みながら消えていく同輩の
同じイスラフェルの血を継ぐあかし、セミロングの銀髪の先端から綿あめのように溶けて彼女は消えていく。疑似楔は所有者の
アルにはできなかった。ためらってしまった。分子を自在にコントロールする現実干渉を完璧に使いこなす自分でも、めいっぱい踏み切ることはできやしない。
それは自らの死を意味するからだ。一瞬で自分自身を差し出してしまえることこそ、果てしない空虚を抱えて宇宙を旅する者に必要な資質であり、ある種の欠陥なのだろう。
そんなことができるのは自己に価値を見出さないから。自己愛どころか自己嫌悪すらない究極の客観性。その有無が、きっと自分と彼女の違いなのだろうと思った。
深海と重力
「あの怠け者はどこ?」
アル・イスラフェルは怒気をまとわせた声を出し、海辺にある無名の剣術道場に足を踏み入れた。
「はてどこでしょう。そろそろお琴の稽古ですのに」
広い道場の片隅、畳がしかれた床の間に座ってお茶を飲んでいる女性が答えた。穏やかで置物のように動じないこの女性の名は綺
たおやかに和服を着こなす欅はとても剣を持つ人とは思えない雰囲気だが、現実干渉を使った居合道の達人だと聞いている。この海岸には綺家やそれに縁のある者が多く家を持っていて、道場もその一つである。
「疑似楔の配布だったのに、あいつは来なかったんだ。ふざけているのか?」
アルは言い、試験官から押し付けられた柩の分の疑似楔をぎゅっと握った。
疑似楔。それは、将来ループ・レムリアの外殻となる高密度情報体を模した試験機。現実干渉の力を制御し、正式な使者だけが扱う資格を持つ神器である。レプリカとはいえ、そんなものを預けられることがどれほど重い意味を持つのかわかっているのか。
灰燼剣と空間剣、たった二人しか存在できない担い手の選別が始まっている。灰燼剣の担い手はほぼ決まっていて、あとは空間剣の資格者を決めなければならない。
少しずつ条件を変えて繰り返されるこのレムリア世界の中、現在のサイクルはその選別のために用意された特別なものであった。世界そのものを試験に使うことからも、これがいかに重要な選別かがわかる。
レムリアは天界と現世の二つの世界を交互に入れ替えることで永続していく仕組みになっている。その仕組みを作った柊というQロットが、このサイクルを設定した。
柊。その名を思い出すとアルの胸にちくりと痛むものがある。彼女はアルにとって最大のコンプレックスだからだ。
ともかく、自分の楔を取りにこなかったやつに資格があるとは思えない。師範の前で愛弟子を悪く言えないので、すんでのところで文句を言うのはやめる。
「やあ先生。ちょっと遅れたね」
その弟子本人が、寝癖をつけたまま学生服姿でこの場所に姿を見せなければ。
「柩。わたしと勝負しろ。勝てなければこれは渡さない」
楔を見せながらアルは言った。一つ年下の怠け者はきょとんとした後、ひどく面倒そうな顔をした。
「じゃああげる」
「ふざけるな! これは貴様の魂を織って作られたものなんだぞ」
疑似楔は使用者の精神そのものだ。それを人に預けているだけでも落ち着かないはずなのに、柩はいっさいのやる気を見せない。
学校でも柩は、声をかけてきた者の相手を拒まないという。どういうつもりなのだ。資格以前に人間としてどうかと思う。
候補者は、レムリアの成り立ちとは無縁な者から選ばれる。培養槽の外に出ることがなく活躍することがなかったアルと、リプロダクティアが完成してから生み出された柩。同じ候補生でもその立場は大違いだ。
アルは背中から模造薙刀を取り出した。半分に折りたたまれたそれが、かちりと音を立てて長い獲物として完成する。
「そこまでいうなら勝負してあげるよ。まったくもう……」
言って、柩は道場の壁から木刀を取ろうとした。
しかし、手に取る前にやめてしまった。
やっぱり試合を避けるつもりなのか。アルが抗議の声を上げようとした時、柩が先に口を開いた。
「素手でもいいだろうか?」
「……何だと?」
耳を疑った。木刀で相手をすることさえ、長い間合いを持つ薙刀への侮辱になりかねないというのに。
「いいよ。後悔しないことだ」
アルは怒りを抑えて言った。道場の長である師範に目をやると、目を閉じたまま頷いている。
開始の合図などしてやらない。あくびをする柩に向け、アルは全力で駆けて最速の突きを放った。
何が素手だ。道場の中は現実干渉が封じられている。薙刀や槍の間合いに太刀打ちできるはずがない。この一撃で仕留め、候補から脱落させてやる。
「――!」
相手の急所をとらえた、と思った瞬間だった。
薙刀の峰側を頬でこするかのように、柩は必要最低限の動作で回避していた。
まだ眠そうだが、細く開いた目がこちらをしっかり見ていた。
「この……!」
アルは手首をひねり、刃を返そうとする。しかし、柩はそれを予知していたかのように刃をくぐって姿勢を低くした。
筋肉の動きを観察され、次の動作を読まれているのだ。アルは二度ほど大きく薙刀をふって相手の視線を剥がそうとしたが、無駄だった。全ての動作が読まれ、懐への肉薄を許してしまう。
「ん……!」
柩はアルの大きめの胸の前に立ち、一瞬だけ視線をくれてからみぞおちに掌底を打ち込んできた。
アルは吹き飛ばされ、開け放たれていた道場の縁側を通り、海辺の砂浜に飛ばされて仰向けに倒れた。
「確かに受け取ったよアル。悪かったね」
道場の中で柩が言った。今の一瞬で、アルが持っていた楔を懐から抜き取っていたようだ。
今の格闘術はこの道場で教えている剣術とは全く違う。ある人物が得意としていた分析格闘だ。
「この……」
大雑把なアルにはとても身に着けられないと思った技術だ。それを気まぐれのように扱ってみせた柩に、アルは筆舌に尽くしがたい感情を抱いた。
ここは道場の外で、すぐ近くには海がある。
アルは自分の楔を持ち、砂浜の上に立ち上がった。衝撃で手放してしまった薙刀の代わりに、水を凝縮させた硬質な槍を生み出す。
生身の戦いでは飄々とかわされてしまう。柩の方が武術の才が上であることは認めなければならない。
しかし、現実干渉を含めた戦いでは負けはしない。アルは候補生の中で一番、あの綺析よりも強力に現実干渉を引き出せる特別なSロットだ。
道場の中では現実干渉は使えない。だが、それを外に放りだしたのは柩自身。むこうが悪い。
感情に任せて槍を放った。潤沢な量の海から無数の槍が飛び出て道場へと向かう。道場の中では現実干渉が砕けるが、物質が残るアルの能力なら問題ない。
「そこまでにしましょう」
突然、耳元で声がした。
「!」
師範だった。さっきまで畳に座っていたはずの彼女がすぐ横に来ていて、手に握った木刀を横に振り払った。
最後、道場の中が目に入った。師範が持っていたはずの湯呑みがまだ空中に浮かんでいた。首の後ろに軽い衝撃を感じ、アルは意識を保てない。
現実干渉が砕け、大量に引き寄せた海水の中に飲まれる。
月面都市は、その歴史の最後に戦闘で埋め尽くされた。
メルカバと呼ばれる多脚型の戦闘メカが無数に街中に飛び出し、人々の意識を刈り取って集めようとした。その時のことを、アルはよく覚えている。
「(苦しい……!)」
培養水の中、成長途中だったアルは溺れていた。
Nデバイスから情報が入ってきていた。いつか起きると予測されていた大規模な災害が現実になり、今も市民が犠牲になっている。
「(苦しい、苦しい、苦しい……!)」
不具合が起き、培養槽の水が抜けていかない。酸素の供給が絶たれたアルは苦しみもがき、暗い水の中で必死に腕を前方に伸ばした。
誕生する前から、アルは強力な分子コントロールの現実干渉をそなえていることがわかっていた。微細なものへの干渉、最強のSロットと言われたエル・イスラフェルの電子操作のスケールアップといえる能力であり、白派の切り札として大事に調整されていた。
人の居住空間に多く存在する水は全てアルの武器になる。工夫すれば熱も、電気も発生させられる。無敵の能力だ。
月面都市の終焉こそ、アルがその能力を発揮すべき戦場となるはずだった。しかし培養槽の故障という予想外の出来事に慌てたアルは力を使うことさえ忘れ、ただ水の中でもがいていた。
「(……?)」
培養槽が復調し、再び酸素が供給された。アルは苦しさから開放された。
何が起きた。Nデバイスを通じてまた状況が伝わってきた。
空中を駆けながら戦う誰かが見えた。都市の至るところの監視カメラがその姿を見ていた。
強力なメルカバ兵器に対し、たった一人のQロットが対抗してみせていた。あらゆる現実干渉を引き出し、見事に使いこなしながら。
「姉妹たち。ここは私が抑えるから」
そんな声が聞こえ、アルの意識は再び肉体からカットされた。
嫌だ。それは自分の役目。世界を守るために戦うことこそ、自分の存在価値だ。そう教え込まれていたアルは焦り、激しい感情に支配された。
無慈悲にもアルの身体機能は停止され、安全なまま封印されていった。
再び目覚めた時、もう世界は救われていた。
「体はなんでもないか?」
優しい声が聞こえる。目を開くと、美しい薄灰色の瞳がこちらを覗き込んでいた。
「エル姉さん……」
エル・イスラフェルがいた。道場の中、仰向けに寝ているアルに膝枕して座っている。
エルは同じイスラフェル系Sロットであり、この世界では実の姉としてアルを教え育ててくれた存在である。
アルの薙刀はシステムから教えられた武術で、実戦経験は皆無だった。同じ長柄の武器に熟練するエルとの模擬戦によって磨きがかけられ、アルはこの小柄な姉のことを師と慕うようになった。
「もう少し警戒心を持ってくださいね。これが実戦なら――」
遠くで欅師範が話しているのが聞こえる。柩が叱られているようだ。
しかし、少しもいい気味だと思えなかった。
「わたし、まだまだだ。姉さん」
アルは言い、腕で目を隠した。
「よくやっているよ」
「でも、何の役にも立てそうにない」
「そんなことはない。お前が生きて何かを感じるだけで、このレムリアは価値を持つんだ」
エルは言って、アルを柔らかく抱きしめた。
「候補生などしなくても、幸せに生きていてくれればいい」
「ね、姉さ……っ」
その感触の心地よさに、アルはつい情けない声を出してしまう。
レムリアの価値は、そこに住む人が生きて何かを感じることで生まれる。それは理解している。
だがそれを命じているのはあの時のQロット、柊である。安寧の中にアルを沈め、役目を奪った張本人だ。悪いことではないはずだが、アルにとっては悔しいことであった。
この悔しさを持って生きることは世界の価値になるのだろうか。いいや、アルの感情はまだ完成していない。
「……わたしは掃除が苦手で、いつもやってもらっているし」
納得していない様子のアルに対し、エルはそんなフォローした。不器用がすぎる姉の優しさを感じ、アルは思わず気が抜ける。
それから数日して、疑似楔を使う場面がやってきた。
ループ・レムリアの今サイクルの時間は西暦二〇四〇年頃に暦を進めていた。多くのサイクルで、地球最後の世界大戦と呼ばれる南極戦争が起きる時代だ。
海洋生物の栄養源である南極が生物汚染されたことを発端に、地上は果てしなく荒廃していく。急激に宇宙開発が進み、やがて月と地球の対立に発展していく。それがレムリアの基本的なシナリオだ。
その後の運命がどうなるかはサイクルによって違いが出る。このサイクルでは特別にその戦争に干渉して決着させることが天界から許可されていた。
普段、リプロダクティアは使命のために命を落とした者を天界に招いて次のサイクルまで保管しておく。だが今回は少しだけ異なる部分がある。
疑似楔の存在だ。自らの魂を使って作られた神器。扱いによっては壊れてしまい、自己の存在を永久にこのレムリア世界からなくしてしまう危険を持っている。
候補生に限り、魂ごと消滅する可能性がある。これは完全な不変を実現するレムリアにとって例外中の例外だ。
試験を終えると、疑似楔は二度と作られることがない。疑似楔による試験は、リプロダクティアの設計に関わったルリという人物がはじめからシステムに仕込んでいたものだったらしい。こうなることを予測していたとは、人知を超えた先見の明である。
とにかく、これは唯一のチャンスということだ。
数人の候補者が政府軍のものに似せた偽装ガンシップに乗せられた。それぞれが小銃や対物銃などで武装する中、二人が一振りの刃物だけを持つ異質であった。
「サムライガールたち、正気か?」
仲間の一人が言った。彼女はヘンシェル系Sロットの転生体で、ちょっとひねくれた性格をしている。
「言っていろ。狙撃を過信すると足元をすくわれるぞ」
「そっちこそ。現実干渉を使う前に認知の外から撃ち抜くね」
確かに、かつてQロット殺しの人造兵士は認知の外から狙撃を行うことで現実干渉での反撃を封殺していた。有効な戦法だろう。
しかしアルは知っている。そんな認識外からの脅威をあっさりと防御してみせたQロットがいたこと。
そして、そのQロットに最も近い才能を持つ兵士がこのチームにいること。その兵士は黒いアーマースーツを着て、タングステン硬芯で補強した身の丈ほどの黒い長刀を担ぎガンシップに乗り込んでいた。
アルは知っている。あの棒きれは変幻自在に動き、あらゆるものを斬り伏せてしまうことを。
戦いの前、柩は一言も喋らない。いつもの不真面目さがどこにも感じられなかった。
「敵軍の中核はお前らと同じ現実干渉兵士。正史にはいなかった存在だ。人体実験で生み出された同類をすみやかに天界送りにして、この戦いを終わらせろ」
リプロダクティア特殊部隊指揮官、
『哀れな候補生たち。
少佐の最後の通信を聞き、各々が擬似楔を使った飛行制御に入った。
その中で、アルと柩だけは現実干渉に頼らずに落ちていく、アーマースーツの上に着用したコートをウイングスーツ代わりにして滑空し、他の候補性よりも高速で戦地に向かう。
南極には巡洋艦数十隻、戦闘攻撃機数百機、戦闘車両数千両が展開していた。アルがこのサイクルに転生させられて育った幼少期には世界はまだ平和であり、このような光景を見ることはできなかった。
このサイクルで世界が荒れるのは想定外だったらしい。しかしこれこそアルが望んだ戦場だ。広い銀河にはこんな戦場がいくつも存在していて、そこで戦いに身を投じることが空間剣の担い手の使命なのだ。
人の抱く心、その価値を守るために。灰燼剣と対を成す空間剣には悪行を背負う運命が待ち受けており、それに耐えられる戦士にこそ資格がある。
落下していく中、飛んでいる戦闘攻撃機のパイロットと目が合った。現実干渉を使い、パイロットをコクピットの中で発火させて無力化した。疑似楔の状態は良好だ。
柩を見ると、彼女は器用に敵機の翼を蹴って速度を増していた。その際、重力による波動を与えて機体に不具合を起こさせているようだった。
甘いことをする。一撃のもとに斬り伏せたほうがまだしも慈悲があるというものだ。死んでも天界に送られるだけである。
候補生たちはそれぞれに戦いながら前線へと近づいていった。狙撃を自慢していたあの兵士だけは少し後方を目指している。
アルと柩はもちろん最前線。改造された現実干渉兵がいると思しき、最も幽子の乱れが激しい地点に直行する。
「どういうことだ……?」
その地点に降り立って気づいた。おかしな状況だ。
硬い氷の戦場。武器を持たない、簡素なボディスーツだけを身に着けた兵士ばかり大勢倒れていた。
全員が死んでいる。普通の兵士とは思えない格好や幽子のゆらぎから現実干渉兵だったことは明らかだが、ことごとくやられている。
火傷、窒息、あるいは体がひしゃげたものなど、そのやられ方は様々だ。お互いに倒し合って自滅した、というには力のかかりかたが一方向で、なによりこいつらは友軍同士に見える。
「あいつか……?」
周囲を観察し、アルは見つけた。丘の上にたった一人、細身の少女の兵士がまだ立っているのを。
強い力を感じる。しかしどこか奇妙だ。
「恨みはないが死んでもらう」
考えていても仕方がない。同じ現実干渉兵士ならアルに敵うものはいない。
アルは疑似楔に命じて薙刀を帯電させ、プラズマの刃を作り出して斬りかかった。
「ぐっ……!?」
少女は動かず、視線だけでこちらを見ていた。相手も光で体を包み、アルの肩に激しい痛みを発生させた。
あちらも電撃を使う兵士なのか。しかし、それなら勝機はある。アルの師匠は同じく電気使いなので対処の経験がある。
『どいてな』
通信が入った。あの狙撃手の声だった。
近くまで来ていて、敵の少女を射程にとらえているらしい。アルは射線から退いた。
その瞬間、音速をはるかに超える速度で飛来した燃える弾丸が少女に迫っていくのが見えた。
現実干渉によって弾丸を加速させているのだ。大口を叩いていただけあってたいした能力で、これで決まってしまうと確信した。
「え?」
だが、アルは奇妙なものを見た。
弾丸は少女に命中し、迫ってきたのと全く同じ速度で跳ね返っていった。
『――――』
そして、遠くにいる狙撃手をいとも簡単に返り討ちにした。軽口は二度と通信に出ず、容赦なく天界へと戻されたようだ。
今ので気付いた。あの少女の能力と、この戦場に存在する違和感の正体に。
死んでいた兵士たちは少女にやられたと見えるが、使った能力の種類が多すぎると思った。この世界の改造兵士に使える力はせいぜい一つくらいのはずだ。
少女の能力がたった一つだったとしたら、それは何なのか。
「対能力者に特化した兵士なのだろうね」
アルの後ろ、遅れてやってきた柩が言った。
「そうだな……」
アルはつぶやいた。あの少女はおそらく、相手の現実干渉を書き換えることに特化して作られている。
自分自身は力を持たず、敵の能力の方向を変えて跳ね返すようにプログラムされている。自動反撃機械のようなものなのだろう。
普通の兵士や兵器への対策として多少の現実干渉は備えているだろうが、それ以外は全て単一の機能のために作られた人造兵士。むごいことをする。だから、あの少女はどこか虚ろな目をしているのだ。
救うべきだ。戦いしか知らない少女を見て、アルは自分の姿を見ていた。
「わたしが足止めするから、その瞬間に仕留めて」
アルは言った。現実干渉を主な攻撃手段とするアルが攻撃を通すことは難しい。だが柩なら現実干渉に頼らないでも強い。
二人で組めば突破できる。アルは薙刀を捨て、少女に接近していった。
少女の目が光り、そこから赤い光線が発射された。高熱が地面の氷を溶かし、アルを焼き払おうと迫る。
しかし、アルの前で氷を溶かすなど悪手としか言えない。
発生した霧は水分子で出来ている。それを操り、アルはいくつもの幻影を生み出した。幽子的な気配を持たせたそれは相手を翻弄し、狙いを狂わせる。
幻影が光線で焼き払われていく中、アルは死角にもぐりこむ。そして、氷から生み出した槍を飛ばした。
「……!」
氷は質量体であり、それ自体は現実干渉ではない。反射は無理だ。一瞬だけ相手の対処が遅れる。
その絶妙なタイミングで、黒く禍々しい刀を構えた柩が飛び込んできた。
そして、アルは目を疑った。
「なにを……!」
柩は刀を捨て、素手で少女に近づいていた。背後に立ち、手刀で意識を奪って自身の腕の中におさめた。
「とどめをさせ、柩! そいつは危険だ!」
駆け寄って叫ぶアルに対し、柩は首を横に振るだけだった。
「任務は戦いの終結だ。これでいい」
「いいことがあるか。確実に使命を果たせ」
「確実ではだめだ。目的に対して厳密でなければ」
まだ各所では戦闘が続いている。それに、候補生の一人はこいつに脱落させられた。それをただ気絶させて満足している柩の気が知れなかった。
「なら……!」
アルは疑似楔を持ち出し、力を込めた。
場の全てを蒸発させる。柩とアルもただではすまないが、これを生かしたままにしておけない。
魂まで殺すのではない。レムリアは現実と天界で魂が交互に行き交う世界だ。天界に導けば誰かがよくしてくれるだろう。
「!」
アルが能力を行使した瞬間、少女がかっと目を開いた。
迂闊だった。危機察知の機能が働いたのか、それとも機会をうかがっていたのか。
そうだ。この少女は現実干渉には敏感に反応する。アルが放った蒸発干渉が反射してくる。
アルにできたのは、その力の方向を変えて地面の氷にぶつけることくらいであった。
膨大な量の氷が解ける。三人は蒸気の中に放り込まれ、そして落ちていった。
氷の下に広がっているのは陸地ではなく、巨大な海だった。極寒の海に落ちればすぐに命を落とす。アルは周囲の水分子を振動させて温度を上昇させた。
「……!」
だが、できたのはそこまで。疑似楔の許容量を超えかけ、全身に痛みが走った。
負荷をかけすぎた。これ以上はまずい。疑似楔が破損すれば自分の存在そのものが壊れ、二度と復元できなくなってしまう。
「がぼっ!」
口の中に水が入ってきた。このままでは身動きがとれない。
「(苦しい)」
同じだ。培養槽の中で何もできなかった時と。
「(苦しい、苦しい、苦しい……)」
アルは苦しみもがき、暗い水の中で必死に腕を前方に伸ばした。
その手を、しっかりと掴む誰かがいた。
「!」
水中で、目の前に柩の顔が近づいてきた。剣を握るとは思えない細い指がアルの頬を包んでいる。
白銀色の瞳がまっすぐにアルを見て、ふわりと花のように微笑んだ。
柩は疑似楔を胸の前に抱くと、アルの目の前で現実干渉を発動した。
彼女が得意とする重力操作。それも緻密なものだ。人体と比重の近い水が大量にある空間において、人だけを対象に浮上させていく。
人は上へ、水は下へ。現実干渉の扱いではアルの方が上と思っていたが、それに負けないくらいの精度を持っている。
だが、こんな巨大な体積を対象に計算を実行すればすぐ限界が来る。
「(待って……!)」
だから、柩の微笑みの意味がわかった。
柩の存在が揺らいでいる。自分自身を捧げてアルを救い出そうというのか。
かきん、と、柩の疑似楔にヒビが入る音がした。
アルはこれまでになくもがき、柩の手をとろうとした。腕を伸ばすが、もう水とそれ以外の区別がつかない。
混乱で息が乱れ、肺の中に水が入ってくる。アルの意識が遠のき、真っ暗な闇へと落とされていく。
道場に顔を出すと、救出されたあの少女がいた。誰もいない広い試合場に座り、相変わらず置物のように正座する欅師範の前でおとなしくしていた。
あの師範なら任せても大丈夫だろう。能力の全貌をアルは知らないが、人を指導する力に問題はないはずだ。
なにしろ、あの柩を指導できた人物なのだから。
焦げ付いたように、アルの心から柩の最後の顔が離れない。それ以外のことを考えるのは困難だった。
だから、退院したばかりの体であいつの話を聞こうと思った。
「エル姉さん、教えて」
そこで頼れるのは、結局はエルだけであった。あの氷海で戦った三人の救出に駆けつけてくれたのも彼女だったらしい。
エル・イスラフェルは柩の親と深い関わりのある人生を送ってきたらしい。柩と析、双子のベビーシッターを引き受けていたこともあるという。
どうりで、アルに対しても面倒見がよかったわけだ。柩のことが知りたいというと、エルはすんなり話してくれた。
「あいつには生まれつき妹がいたからな。他者を優先するのに慣れてたんだろう」
意外な話だが、破天荒でいたずら好きなのは妹の析の方だったらしい。自転車を改造して音が出るようにしたり、時には母のレイと結託して砂浜で無茶な遊びをしていたという。
柩にもやんちゃな側面はあったらしいが、もう一人の母である楓により似ていたそうだ。まだ手がかからない方だったという。一卵性双生児なのに、ずいぶん性格に差が出たものだ。
昨日までなら信じがたい話だが、今はなんとなくわかる。
「そうだったのか……」
アルはつぶやいた。あれは姉が妹に向ける顔だった。アルがよく知っているものだったのだ。
それにしても、天界の存在を知る候補者のくせになぜアルやあの少女兵士を助けたのだろう。
「それは……母親の教えかもな」
「母親の?」
「命は特別なものだ。いくら心を保存できるからといって肉体を粗末に扱っていれば、いつかわたしたちはその価値を見失ってしまうだろう」
それがエルの答え。彼女自身の考えでもあるだろう。研究所の生き残りが持つ共通の理念のようなものだ。
「お前にもそう教えてきたつもりだったが、十分ではなかったね」
エルは言って、柔らかい胸の中にアルをぎゅっと抱きしめた。
そういえば、エルはアルが候補生になるのをずっと反対していたのだった。
「おやおや、サムライガール。もういいの?」
夕暮れの海岸、波打ち際を裸足で歩く柩がそう言った。
「その呼び方やめて」
「嫌かい? きみには似合ってると思ったけどね」
くすくすと笑いながら柩は言った。いつもの黒い衣装ではなく真っ白な入院着に包まれていて、印象がずいぶん変わって見えた。
柩は無事だった。疑似楔はかろうじて破損を免れ、システムによって完全に修復された。
入院着ということは病院から抜け出したということで、手にはスリッパを持っている。アルなどよりよほど重症だったはずなのに。
だが今は、それを咎める気分ではなかった。
「おめでとう。おまえが正式に空間剣の資格者に決まったそうだ」
アルは、柩の背中にそう告げた。
敗北感さえなかった。選考を仕組んだルリという人物はこうなることを予見していたように思う。
それでも、最後まで別の可能性を探りたかったのだろう。その理由がアルにはわかる。
「戻らないつもりなのか」
その言葉を口に出すことは、恐ろしすぎてできなかった。
空間剣の担い手は、灰燼剣と少し違う。外部情報による汚染を受ける可能性が高く、レムリアにとって脅威となる悪意の学習を行えば自己破壊することが認められている。
アルはそんな悪意には染まらないという自信があった。だが柩はそうではないのだ。
彼女にあった覚悟は、アルとは種類の違うものだった。
「強くなるよ、わたしは」
「ん?」
本当に言いたいことのかわりに、アルは柩に宣言をした。
「もし次があればお前には負けない。訓練しておく」
次などない。空間剣の候補者が再び選ばれることはない。
だが、アルにはまだ成長の余地がある。サイクルを繰り返してレムリアは不変に近づいていくが、生まれて間もないアルには可能性が少しだけ残されている。
柩は去ってしまう。そんなのは嫌だ。だから、アルは柩の帰還を信じて生きる。
「忘れるな」
アルはもう柩に関われない。
だから誰か、遠い宇宙で出会う誰かが柩の心をこの地に返してくれ。
「覚えておくよ、サムライガール」
夕陽の中で微笑んだ柩の顔は不思議な重力をもっていた。アルの心はそこに引き寄せられるが、足を前に出すことはできなかった。
(「深海と重力」おわり)
「レムリア」「ブロッサム」作品について設定や制作を語る場 枯木紗世 @vader
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