君に偶像は見えない

王室の秘宝。


 この年齢にして圧倒定的とか。有望な王になるとか。この国は安泰だとか、大臣たちの俺をほめる言葉に限りはない。幼いころはそれらの称賛が何より心地よかったが、成長とともにそれらは苦痛になっていった。

 

 自分が同年代の子どもと比べれば、出来はいい方だ。教えられたことは一回でできるようになるし、剣術も勉学も忖度されるまでもなく圧倒的だった。



 でも、その振る舞いが大人たちを期待させてしまった。

 年齢を重ねるごとに増える公務。それなのに己を磨くための授業は減ることなく、その難易度を上げていく。



「なんと、殿下はこんな学術も理解されるのですな」



 殿下なら新しい視点を我らに見せてくれるのかもしれんな、とおっしゃったのは先生ですよ。



「いやはや参りました。そのお年でもう副団長を打ち負かすとは」



 こりゃ俺も勝てないかもしれませんね、と手合わせの時の副団長は言った。



「さすがですわ殿下!もう陛下の公務をお手伝いなさっているなんて!」



 僕が失望させぬように何かを成し遂げる度、周りの期待値は高くなっていく。でも挫折を味わったことのない俺には、失望されるのが何よりも怖い。浴びるような称賛が、嘲笑ほかのなにかに変わってしまうことが怖い。

 できないなんて、休みたいなんて、王子おれには言えない。






 なあ。

 次は、なにをすればいい?



。。。


「ヘルナンデス公爵夫人が全快した?」

「ええ。先ほど使いの者がアリアからの手紙を届けてくださったの」



 ヘルナンデス公爵夫人である彼女は母上と親友である。だから、夫人が流行り病で床に臥せっていると知らせがあった時、母上はひどく取り乱した。落ち着かせるのが大変だったので、俺にとっては印象深い出来事だ。



「それはおめでたいですね」

「ええ!一時期は本当にどうなるかと思ったわ。あ、そうそう。手紙によればね、本当に奇跡が起きたらししくてよ」

「奇跡、ですか」



 薄笑いしそうになるのを直前で堪え、なんとか不思議そうな表情を作る。幸い母上はそんな俺の様子に気づくことなく、話を進めてくれた。



「アリアがもうダメだって思ったとき、頭を撫でられたらしいのよ。しかも公爵じゃなくて、リリアーナちゃんだったみたいで!あ、リリアーナちゃんはアリアの娘よ!」

「はあ……」

「それで娘をおいていくなんて……と思っていたら、全身の痛みが引いたらしいの。しかもリリアーナちゃんに撫でられるたびに苦しみが消えて行って、最後にはとてもいい気分で眠りにつけたらしいのよ」



 それは熱による幻覚ではないかと思ったが、口には出さなかった。母上はまだ何か話していたが、俺はこの後の授業について考えていた。



「だから、アリアの回復祝いに小さなお茶会を開こうって思ったの」



 この時、俺はやっと母上がわざわざ俺を呼び足してまでこの話をした目的に気づいたのだ。



「わたくしはアリアとの話に夢中になってしまうでしょうし、陛下も公爵とお仕事の話をするわ。だから、リリアーナちゃんはきっと一人になってしまうと思うの。だから、ね?」



 俺も婚約者を見繕う時期だ。

 ……分かっていても沈む気持ちはどうしようもないが。



「ご安心ください。リリアーナ嬢のエスコートは俺にお任せください」




。。。



「アリア!貴女が回復して本当に良かったわ。危険な状態にあるって聞いたとき、わたくしがどんなに心配したのか分かっているの?」

「私が持ち直したのはリリアーナのおかげよ」

「それはどういうことかしら?」



 まるで初めて聞いたように、母上は夫人に詰め寄った。父上も公爵を捕まえて公務の話をしている。母上が釘を刺したのだろう。こちらを頑なに見ようとしない。

 策にはまったリリアーナ嬢は、所在なさげに小さくなっていた。何度も紅茶を飲むその姿は、猫目も相改まって借りてきた猫のようだ。



「はじめまして、リリアーナ嬢。ご存知でしょうが、俺の名前はレオンハルト・トラクテンバーグです」

「は、はじめまして。私はリリアーナ・ヘルナンデスです」



 本日初めて俺の方をみたリリアーナ嬢だが、なぜか俺を見て固まってしまった。挨拶を返してくれているが、明らかに心あらずだ。

 他の令嬢のように俺の顔に見とれているのかと思ってその視線をたどると、どうやら俺の頭上を見ているようだった。



「先ほどから俺を見ているようですが、何かありました?」



 ずっと頭の上を見られているのは気分が悪いので、遠回しに彼女に尋ねた。すると彼女はためらい、口ごもった。

 でもなにを思い直したのか、彼女は恐る恐るといったふうに、しかし確信を持ったような口調で俺に言った。



「いえ、殿下が少々疲れているように見えまして。私の気のせいであればよいのですが、無理をなさっていませんか?」



 そしてあろうことか、俺の頭を撫でだした。

 わざわざ見なくても、母上たちが言葉を失ってこちらを凝視しているのがわかる。その沈黙で我に返ったリリアーナ嬢は、みるみる青ざめていった。



「申し訳ありません!実は先ほどから殿下の頭上に虫が飛んでいるのが気になって…!変なことを口走ってしまいました!」

「混乱しているところ悪いけど、今の発言的の方が良くないですよ」



 混乱している彼女はなお何かを言っている。青くなったり赤くなったりしているのを見ていると、とてもあの真剣な顔をした女性とは思えない。

 


 でも。たとえまぐれでも、勘違いであったとしても。

 俺にあんな言葉をかけてくれたのは彼女が初めてだったのだ。





 次は婚約者を決めればいい?







 そうだな。

 なら、君を振り向かせようか。

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私、悪役令嬢 陽炎氷柱 @melt0ut

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