ラーメン大嫌い小池さん

高橋 白蔵主

小池さんの日常

(動画は唐突に始まる)

(録画を再開する仕草)

(ため息)


私のことをなんと呼んだところで私は痛くも痒くもない。好きなように呼ぶといい。私はインターネットに住んではいない。

バーチャルでもなければフィクションでもない、ただひたすらにリアルだ。お前たちが喜ぶような情報を付け加えると私は病気を患っていて、放っておけば三日くらいで死ぬ。三日に一度、薬を飲んだりなんやかやするお陰で生を繋ぎ、こうしてお前たちに向けて手紙を書いたりしている。見えるか。この醜い、ぶよぶよした身体が。見えるか。殆ど目も見えなくなって、老いさらばえたこの身が。


私はラーメンが嫌いだ。反吐が出るほど嫌いだ。この呪われた食べ物のせいで私は職を失い、健康も害した。だというのにお前たちがひたすらにラーメンを食い続けるからこの悪徳の産業は栄えている。売春と同じだ。幾ら禁止しても、買う奴がいるから蔓延る。クソッタレめ。最古の職業は確かに売春とラーメンだ。それは認めよう。しかし、最古だから後世にも残すべきという論調を私は認めない。最古だろうが専従するのは人間が多かろうが、滅ぶべきものは滅ばなければならない。奴隷制だってそうやって滅びた。

ああ、少し待って欲しい。


(録画を止める仕草だが切れておらず、そのまま映像が続く)


(大量の麺を湯切りする音)

(カメラの前に盛り付けられた麺)

(丼をじっと見つめる表情のない目)

(嗚咽とともに麺を啜る音)

(汁まで完飲して丼を伏せる男)

(呪いのような呟き)

(机の横から金槌を取り出して男は丼を割る)

(荒々しい動きで机の上から破片を払い落とす)


(息遣い)


(録画を再開する仕草)


ああ、すまない。どうしても外せない用事が入ってしまった。待たせてしまったかな。

私は、(咳払い)ああ、私はラーメンという愚劣な食文化を憎む。食文化というのも烏滸がましい。あの、クソッタレな、ズルズルした、気色の悪い飯を食っている奴は全員が死ぬべきだ。死ぬために、お前たちが一秒でも早くくたばり、そのニンニク臭い息を吐かなくなるように店主たちは動物の脊髄を砕いて煮込み、塩を投げ入れ、卵を醤油に漬けて煮る。お前たち、お前たちが一秒でも早く死ぬようにだ。


私はこの世界とお前たちと私自身を憎む。早く死んだほうがいいんだ。

ああ、まただ。またなのか。少し待ってくれ。


(録画を止める仕草)


(録画を再開する仕草)

(掌に切り傷がある)


ああ、ああ。これか。気にしなくていい。時々…こうなるんだ。ママが、いや、ママはもういないんだ。私だ。私が全て、私を。


(沈黙)


私の話はもういい。そうだ。私が書いているブログの話だったな。私がクソッタレなラーメンレビューを書いている話。その、部屋から一歩も出ないのにどうして書けるのか、という話だったな。

あれは金になる。残念な話だが、悪いことほど金になるのだ。私は、醜悪に生きている。醜悪に生きるためには醜悪に金を稼ぐことが必要なのだ。


少し話が逸れているように聞こえるかもしれないが、我慢して聞いてほしい。私は、きちんと、誠実に説明しようとしている。


正直に言うと、あまりにも多くの架空のものを作り過ぎてしまった。肩書き、友人、健康、支持者。

婚約者もそうだ。家族も、全部架空のものだった。全て私が作った。当たり前だが、ラーメンだってそうだ。他人の食べログの写真を見て、こうだろうなと推測をつけて、そして自分で作った。架空のラーメンを作った。罪深いことだ。神様。


(俯いて首を振る)

(録画を止める仕草)


(録画を再開する仕草)

(男の顎から胸にかけて吐瀉物が広がっている)

(醤油豚骨)

(太ちぢれ生麺)

(テーブルも汚れている)


(吐き戻しかける音)

(荒い息遣い)


信じられるか。この世界で一番醜い食べ物。時間がなくても食えるように、全部をまとめちまった。これが呪いだ。腹に入れば全部同じだと誰かが言った。頭がおかしいんじゃないのか。煮込んだってクソはクソにしかならない。

口述筆記の精度も上がった。こんな、ペンを握るのすら上手くできないクソッタレな老ぼれでも、口さえ動けば文章を書ける。

私はね、イマジナリーラーメンを、毎日毎日、こうして、食べながら、書いているんだ。


(咳き込む音)

(虚空に手を伸ばすと、そこに『何か』が現れる)

(恭しく丼をいただく男)


麺はコナ落とし、香りは本物。本場九州ですら味わえない本物の豚骨醤油ラーメンの登場だ!

待ってましたの調理完了で私のテンションはあっという間にマックスムラムラ!

マスターの手からテーブルに置かれる時間さえ惜しい!どうかこの手に直接着丼、お願いします!


天面の標高が僅かに鼻腔を下回った瞬間、ヌルッと立ち上る独特の気配、間違いない。親のゲンコツより何度も味わった(母さんごめんなさい!)血洗製麺所の『ホンモノ』の小麦の薫り(これは香りではない、読者諸君もこの至高の逸品には敬意を表してぜひ『薫り』と表現されたい)!


オイオイこの芸術品はお湯に何秒潜らせたんだい、マスターくん、ええ?というウルトラバリカチのピンピン美味美味の茹で具合で至高の一杯を提供されたら後は時間との勝負だ!


フェムト秒で伸びてゆく麺を救い(毎度毎度、掬いとのダブルミーニング)、摂取してゆく私はまるで嘘ついたのがバレた小学生だ。


「針千本、のーます!」

  で  も

有難う御座います!!


私が嘘つきの罰として飲まされているのは極上の「飲める豚の骨」と、針は針でもバリカタの昇天モノの完全な棒麺。正直!これが!千本欲しい!

唇を通過した瞬間、最高のバリカタになるように茹で時間わ、計算し尽くされた至福の芸術が、こんな目に逢えるなら何度でも、幾らでも嘘をつきます親でも捨てます、ああ、神様!


そして至高の一口目を味わう私を見つめるマスターの目が悪戯っぽく光る。一体なんだ、あまりの感動のあまり、私は気付かぬうちに何か粗相をしてしまったのか?!

焦る私にそっと出されたのは、なんとなんとの別添えニンニク麻油入り胡麻ペースト!!常連の証を、いいんですか、マスター!あなたが神か!!


サービス追加ではレビューの星を増やしたりしないという『レビュアー39の誓い その16』が、ちょっとだけ、チョットだけよ、とクラクラ揺れげぼああああ


(吐瀉音)

(カメラが倒れる)


ああ、あああ!!


(何かを振り回す音)

(何かが割れる音)

(ニンニク麻油入り胡麻ペースト)

(カメラの前にこぼれたペーストが半透明になって消えてゆく)


見えるか!この麺が見えるか!塩分量が見えるか!体にいいものが美味いわけはないんだ!バカどもが!私の書いたレビューに釣られて店に押し寄せる!私はお前たちを憎む!私自身も憎む!お前たちは全て罪人なのだ!私が作った世界!私の作ったフォロワー!お前たちだけがすべて!これを真実だと思って!喜んで!ありがたがって!お前たちは!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラーメン大嫌い小池さん 高橋 白蔵主 @haxose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ