終わりの世界の選択者

三題噺トレーニング

エンド・ワールド・セレクター

ガスマスクにこもった空気が口の中でねばつく。自分の呼吸音がいやに耳につく。

曇った視界で足元のガレキに足を取られながら廃墟を進んでいく。

情報筋が正しいのであれば、俺が長く追い求めてきた探し物がここに存在する。

オルタナティブ・コア。

それは、『世界の分岐をつくるもの』。

古代バルツトラ文明の時代に生み出され、その強大過ぎる効果のため封印された。


現在俺が生きているこの世界もオルタナティブ・コアによって分岐させられた莫大な数の世界のうち、たったひとつに過ぎない。

逆に言えば、オルタナティブ・コアを使い、世界を『分岐し直す』ことができたなら。

これまでの時間の連続性は途絶え、時間圧縮が発生。そして俺の意志で選び取った世界を生きることができる。


ガラリ、と横の壁が崩れて煙が舞う。

マスクをしていてよかった。まぁそもそもこの区域一体が『拒みの森』。

胞子と毒ガスをまき散らす樹木に覆われており、マスクなしでは1分と持たずに肺のガス交換機能を奪われてしまう。


崩れた壁から光が見える。隙間をのぞき込むと、俺はコアの存在が近いことを確信する。

部屋の中は廃墟から一転、中世ヨーロッパを思わせる豪奢な装飾。

何より俺を圧倒するのは、テーブルの上にズラリと並べられた7体のビスク・ドールたち。

コアから溢れた力がすでに世界を混ぜ合わせ始めている。

時代も位置もねじれてしまい、この廃墟に突然現れたのだ。


声が聞こえてくる。

「ねぇねぇ、コアを探しに来ているコがいるんだって」

「クスクス、じゃあまた遊んであげなきゃね」

「ウフフ、そうね、この前のコは遊び始めたらすぐに『壊れちゃった』ものね」

「エヘヘ、人間を食べるのって久しぶり」

「こらこら、だめよ、お洋服が汚れてしまうでしょう」


俺は息を殺して彼女たちの様子をうかがう。

やはりコアが近い。彼女たちからコアを奪うには……。

「あら、どちらさま?」

一体と完全に目があった。反射で顔を引くと、俺の目玉があった場所にナイフが突き出されている。

震える足をぶん殴って走り出す。

背後からは宙に浮かんだドールたちが追いかけてくる。

走って、走って、いくつものガレキの山を乗り越えて、行く先に小さな部屋が見える。

飛び込んで扉を閉めると、ドールたちがぶつかり砕ける音がした。

「ニンゲン!ニンゲン!!」

扉越しにドールの声が聞こえる。しかし彼女たちの手はドアを開けられるようにはできていないようだ。

息をついて、ドアにもたれて沈み込んだ。


改めて部屋を見回すと、そこは小さな祭壇だった。

棺が捧げられ、その上には大きな歯車のオブジェ。

これは、古代文明が信仰したという発展と協調の神『ザ・ラッド』に違いない。

ということは。

俺は棺に手をかける。その中に入っていたのは、やはり黄金色に輝く小さな歯車。

『世界の分岐をつくるもの』。そのものだった。

心臓がバクバクと音をたてる。

俺は震える唇でそのコトノハを口にした。

「-------------------」

古代バルツトラの言葉は言葉というよりも音のパズルに近い。

あえて俺の話す言葉で訳すとすれば。

『再び己で選び取れ』

歯車が光を放ち、視界が塗りつぶされた。



***


「ゆうちゃん、あんたまた2丁目の廃ビルに行ってたでしょ」

「……」

「無視しないの。あんたあそこで遊んだこと、変な風に日記にしてるでしょ」

「えっ、お母ちゃん!!」

「あのあたり、キンモクセイのいい香りじゃない。それを毒ガスだなんて」

「やめて!!」

「あそこね、人形の修理工場が入ってたんだって。昔の人形を直すには歯車も必要なのかねぇ」

「引き出しん中まで見んなっていつも言ってっぺさ!!」

「はいはい、自分でお掃除してから言いなさい」

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