「怒りの人…」

低迷アクション

第1話




「おい、お前、何処見て歩いてんだ?目ぇついてんのか?バッカヤロォオ、

あぶねーだろ?」


非情に口汚い怒声が、田舎の田んぼ道に響く。怒鳴られた少年は驚いたように身を縮こまらせ、足早に駆けていく。


「アブねぇって、何もない所じゃないか?バカだろ?あのジジイ…」


友人の“J”は、学生時代の体験を振り返る。彼の町いや、村と言ってもいい

地元では、1人の“厄介者”がいた。


“クマさん”と呼ばれる高齢の住人…農業を営むこの人物は、日に焼けた巨体をのしのしと動かす、熊のような見た目の人物だ。


一見すれば、田舎の人の良いオヤジさん…だが、彼には、とても迷惑な癖があった。癇癪持ち…時間、場所関わりなく…突発的で厄介な…(最初の文章に続く)


「おいっ、クマさんの事をあまり悪く言うな」


一緒にバイトをする(国道沿いの草刈り作業)先輩がJを嗜める。


「でも、先輩…あの子、別に何も悪い事してませんよ?ただ、田んぼでザリガニ獲ろうとしただけです」


「わかってる。だけど、仕方ねぇんだ。奥さんを亡くしてから、ずっと、あんな感じだ。昔は…良い人だった。あんな、怒鳴ったりする人じゃなかったんだよ…」


先輩は酒のせいだと言う。仕事中でも発作的に、先程のような怒声を上げるとの事だった。


「子供でも、ばあさんでも関係なし…鬼のような形相で怒鳴る。こないだなんか、トラクターから落っこちそうになってた。でも、誰も何も言わねぇ。それは、あの人が皆にやってきた事、人望があるからだ。ホントに良い人だった。だから、あまり気にすんな」


そうは言っても、J達のバイトは外作業…どこかしらでクマさんの怒鳴り声を1日1回は聞いた。何だか自分が怒鳴られているようで、胸糞が悪い。


「どうも奥さんが亡くなったのは、農作業中…急な心不全だったらしい。

クマさんはすぐ近くにいた。そりゃ、頭の一つも可笑しくなっちまうよな」


何度目かの怒鳴り声を聞いた時、先輩がしみじみと話してくれたが、同情の気持ちなど湧かなかった。


やがて、バイトを終える時期の最終日、休憩時間を利用し、自販機へ向かうJは、田んぼからあぜ道に上がろうとする妙な影を視界に捉えた。


「トカゲ?…」


正確には、トカゲのようなモノだった。だが大きすぎる。それに黒い、見た事もない程、まっ黒だ。第一、トカゲはあんな動きをしない。


それは、Jの見ている前で、全身を蠢動させながら這い進んだ後、不意に、

頭らしい部分を持ち上げ、彼とは逆の方を見る。


「あの子は…不味い!」


何日か前にクマさんに怒鳴られた少年が自転車に乗って、進んでくる。このまま行けば、化け物にぶつかる。だが、少年は気づいていない…何故だ?見えてない?いや、見えないんだ。そう…だが、このままでは…黒い頭に線が入り、その赤い筋が笑うように三日月型に

開いた時…


「馬鹿野郎!どこ見てんだ?早く逃げろ!」


Jはクマさんのように怒鳴っていた…


「お、おい…」


いつの間にか、傍に来た先輩がためらいがちに声をかけてくる。少年は慌てたように自転車の向きを変え、逃げていく。トカゲの化け物は、いつの間にか姿を消していた。


地元で怒鳴る2人目になりたくはなかったので、Jは都会に出た。

実家や友人達の話によると、クマさんは、今も変わらず突発的に誰かを怒鳴り、その誰かを守っている…(終)

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