第140話 似たもの兄妹

 これでもかというくらいに頬を膨らませた我が妹が、腰に手を当てて俺の前に立ちふさがっている。仁王立におうだちというやつだ。


「ぜ~~~ったい一緒に行くったら行くのっ!」

「駄目だってば。大人しく家にいろ」


 居間のソファーに寝そべっていた華乃に「東京へ出かけてくる」と言ってボストンバッグを手にして家を出ようとすると、飛び起きてきて「一緒に行きたい」とワガママを言いだしたのだ。向かう先は魑魅魍魎ちみもうりょうが集う金蘭会のクランパーティー。そんな場所に大事な家族を連れていけるわけがないというのに。

 

 かといって正直に言ってしまえば、ますますヒートアップするのは目に見えているので「友達と遊びに行くから連れていけない」と嘘の理由を並べることにする……が、ジト目になった華乃は俺の嘘を暴こうと顔を覗き込んでくる。

 

「……おにぃ。何か、隠してるよね?」

「べ、別に隠してなんかないぞ」

「それにしては家を出ようとしてた時の――」


 ――ピンポーン――


 頭をフル回転させて妙に勘の鋭い妹にどう言い聞かせようかと考えていると、チャイムの音が軽快に鳴り響く。気付けばもう約束の時間だ。対応のために玄関へ向かおうとすれば、華乃がダッシュして先に出てしまう。

 

「はいはいはーい、おにぃの妹の華乃でーすっ! 私も一緒に……はぇ?」

「ごきげんよう」


 ドアの向こうには黒服の男二人を従えたキララちゃんがカーテシーをして微笑んでいた。

 

 真っ白の肌に浮き出るような黒のパーティードレス、宝石をあしらった金のアクセサリー。一目で“わたくし庶民ではありませんことよ?”と言わんばかりのゴージャスな姿である。上流階級令嬢を初めて間近で見た華乃はまばたきを忘れ、固まってしまっている。

 

「綺麗な人……って、ちょっと待って。おにぃの友達って……」

「いや、こちらの方は学校の先輩なんだ」


 目の前にいる明らかに庶民ではない令嬢は本当に俺の友達なのか、華乃が突き刺すように疑いの眼差しを向けてくる。まぁ確かに上流階級の美人と友達になる甲斐性なんて俺にあるわけなく、当然の反応だ。なので彼女は学校の先輩で、パーティーに呼ばれたんだと流れるような口調で言い直す――が聞いちゃいない。

 

 目を輝かせた華乃は「うわぁ素敵な服ですねっ! これシルクですかっ!」と言いながら、回り込むように擦り寄る。我が妹は相手を恐れることを知らないコミュ強なのである。キララちゃんも笑みを崩さず対応する。


「こちらの……妹様も一緒に行かれますの?」

「いいえ、置いていきます。華乃、さっさと戻れ」


 後ろを指差して戻れと言えば、再び頬を膨らます華乃。すぐに押し問答が始まるかと思って身構えていると、何故か素直に戻っていくではないか。キララちゃんの上流階級圧にやられたのか、もしくは何か考えがあるのかは分からない。ただ、しょんぼり顔で肩を落とし戻っていく後ろ姿には、わずかながら哀愁が漂っていた。

 

「単なる食事会なら連れていってやってもいいんですけどね」

「仕方ありませんわ、場所が場所ですので」

 

 のけ者にするようで可哀そうだが、今の段階では大事な家族を危険な場所に連れていくなんてできない。レベルをもっと上げて神聖帝国の奴らをワンパンで倒せるようになったら考えるとしよう。もっとも、そんな強さがあるのなら金蘭会の様子をこそこそ調べに行く必要はないのだけども。

 

 バタンと何かが閉まる音の方向を見れば、家の前にやけに長い黒塗りの車リムジンが停まっていた。あれで向かうのだろうか。玄関前で長々と話す意味はないので置き忘れていたバッグを取りに戻り、キララちゃんと共に車に乗り込むとする。

 

(さてと、どうなることやら)

 

 御神みかみとくノ一レッドのメンバーはすでに現地へ入っているとのことだ。他にも厄介な奴が大勢集まっているようだし、チャンスがあればそいつらの情報も集めておきたいところだが……ま、そこまで気負うこともないか。

 

 軽く一息ついて柔らかい背もたれに深く寄りかかると、ふわりと車が発進する。特にやることもないので窓の外の景色でも眺めることにした。

 

 

 

 車は冒険者学校前を通り過ぎてさらに北上し、高速道路へ入るために最寄りのインターを目指す。

 

 多くの冒険者で賑わうこの街は大都市圏のように四方に向かって電車や高速道路が伸びているので、移動の利便性が非常に高い都市構造となっている。元の世界では近場に電車が1本通っているくらいの静かな田園都市に過ぎなかったのに、ダンジョンができたというだけでこうも街や交通網が様変わりするのかと感心する。

 

 人間の欲には果てがないのか、などと無駄に哲学的な思いを巡らしつつ窓の外を見ていると、いつの間にか高速に入っていたことに気付く。この黒塗り高級車リムジンは魔石から取り出したエネルギーを直接回転エネルギーに変換できるタイプの車なので、モーター音は無く、さらに高級サスペンションのおかげで振動も驚くほど小さい。高速を走っている感覚がまるでないのだ。

 

「……お嬢様。後40分ほどで現地に到着する予定です」

「そうですか。では――成海君。時間もありますので少し打ち合わせでもいたしましょう」


 ゆったりとしたクラシック音楽が流れる静かな室内に、到着時間を知らせる運転手の声が響く。時間があるならば今のうちに互いの目的を再確認しておこうとキララちゃんが腕端末を開き、資料が映る画面を見せてくる。

 

 まずは会場についての説明だ。

 

 場所は東京のビジネス街にある高層ビル。最上階付近を貸し切って行う。侵入経路は屋上と下層からの階段、エレベーターの3つだが、どの経路も専属の重火器を持ったガードが配置されて守りは堅い。招待客には貴族もいるので当然だろう。しかしそんなものは張り子の虎にすぎないとキララちゃんが断りを入れて訂正する。

 

「高層階であっても、重火器を持ったガードが多数いたとしても、マジックフィールドであれば様々な地点から入り込むことが可能となりますわ」

「要人を守る側としては頭が痛い問題ですね」


 魔力が満ちた空間マジックフィールドならダンジョン内のように肉体強化が発動し、スキルも使える。そのためコンクリートに大穴をあけられるし、ビルの垂直の壁だって楽に登れる。さらに高位冒険者ともなれば真正面から銃を躱して切り込むことすら可能だ。

 

 国際法上、マジックフィールド化するアイテムは厳しく制限、取り締まられているが、神聖帝国やテロリスト共はそんなルールを守る気などさらさらない。結局のところ高位冒険者から身を守るには、同等以上の強さの高位冒険者で迎え撃つしかないのが現状だ。

 

 次に互いの目的の確認に話が移る。

 

 キララちゃんとしては【侍】の情報流出を阻止することが絶対目標。すでに副リーダー率いるくノ一レッドのメンバーの何人かがスタッフとして会場内部に入り込み、カラーズ幹部と神聖帝国の奴らをマークしている。他の組織にも応援を頼んでおり現地で合流予定とのこと。誰を呼んだのか気になるが、相手が相手なだけに相当な手練れを呼んだものと思われる。

 

 一方、俺としては金蘭会の動きを探りに行くことが目的なので、戦闘など想定していないし関わる気もない。金蘭会が何かを匂わすなら良し、そうでないなら飯だけ食ってさっさと帰るだけだ。その上で余裕があれば、ゲームストーリーを壊さない程度に力を貸そうとは思っている。

 

 したがって俺が聞きたいのは直近の金蘭会の動向についてである。

 

「金蘭会についてですけど、あれから動きとかありました?」

「そうですわね、対おぼろとの戦いに向けて、有名な冒険者を何人か迎え入れたと聞いておりますわ」

 

 金蘭会には、秘密結社・おぼろに幹部の大半を殺され、崩壊の危機に直面した過去がある。そのためクランを立て直すべく当時新興クランであったカラーズの傘下に入り、おぼろに一矢報いようとずっと爪を研いできたのだ。

 

 10年以上の月日をかけて人と資金を集め、徐々に力を回復させてきた金蘭会であったが、ここ最近は驚くほど潤沢な資金が流入しており、名のある冒険者をスカウトして急速に力を取り戻しているとのこと。その収入源はどこから来ているのかは、くノ一レッドでも把握できていないそうだ。

 

(金蘭会の復活か。ゲームストーリーで立て直す時期はもっと後だったはずだが……気にはなるな)

 

 そんなに順調に立て直しが進んでいるなら、すぐにでもおぼろ討伐に動くのではないかと聞いてみると、キララちゃんは「そのような動きはまだ見せていません」と首を振る。

 

 金蘭会にとっておぼろを倒すことは仲間をとむらうための復讐であり、前へ進むには避けて通ることができない宿敵である。クラス対抗戦が終わったらすぐにでも冒険者学校に押しかけ、血眼になっておぼろメンバーと疑われている華乃の情報を集めにくると踏んでいたが、意外と慎重な組織なのだろうか。もしくは、その衝動すらも抑え込む何かがあったと考えるべきか。

 

 ゲームストーリーを思い出してみるがさっぱり分からない。下部組織の“ソレル”に何かがあったような気もしたのでそちらに考えをシフトさせていると――“ガタッ”という物音が聞こえて思考が中断する。

 

「……そこにいるのは、どなたでございましょう」

『……』


 後ろに身を捻って身構えたキララちゃんが思いのほか低い声で尋ねる。荷物が動いただけかと思ったのだけど、俺達が乗っている後部座席の後ろ、つまりトランクに誰かが乗っているようだ。事態を察した運転手が速度を落として広めの路肩に停車させ、警棒を手に持ち回り込む。スパイだろうか……戦闘の可能性を考慮しつつ、俺も確認するために降りるとする。

 

 俺とキララちゃんが見守る中、ゆっくりと開かれたトランクには――両手で顔を覆い、身を丸めた少女がいた……というか。

 

「……おい。何やってんだ」

「だって!」


 ぷくりと頬を膨らました華乃がツインテールを大きく揺らして身を起こすと、開き直ったように怒涛の言い訳を並べ始める。「金蘭会のクランパーティーに行くだなんて聞いてない」「神聖帝国って何」「そんな危ないとこなら私も一緒に行って力になる!」などなど。まったく、大人しく引き下がったと思ったのが間違いだったぜ。

 

 恐らく荷物を取りに行っている間に《オーラ》でマジックフィールドを作りだし、隠密スキルを使って入り込んだのだろう。もしものときのために家族に教えた技だが、俺でもまったく気付けなかった。常に魔力濃度に警戒していないと察知するのは無理な気がするな。

 

「困りましたわね……引き返す時間はもうありませんわ。パーティー内で大人しく食事をしているだけなら安全だと思いますが、いかがかしら」

「向こうに着いたら電車で帰らせる手も――」

「ぜ~ったいついて行くんだからっ」


 絶対に帰らないと言って車の後部にしがみつく華乃。どうしてそこまでついてきたいのだろうか。以前、くノ一レッドのクランパーティーで美味い飯をたらふく食ったと話したことはあるけど、もしかして食い意地をこじらせているのか。この場で問い詰めたい気持ちに駆られるものの、路肩は居心地も悪い上に危ないので、とりあえず車の中に戻ることを提案する。

 

 運転手にドアを開けてもらうと、いち早く後部座席の真ん中に陣取りシートベルトを締める華乃。絶対に帰らないという意思表示なのだろう。仕方がないので左右から俺とキララちゃんが乗り込むことにする。

 

 

「おにぃは知らない間に巻き込まれて……私が付いてないとどんどん遠くに行って無茶しちゃうんだから……」


 車が再発進し一息した頃合いで、華乃がぽつりと話し始める。相変わらず頬を膨らませているかと横目で様子をうかがうと、うつむき加減で泣きそうな顔になっているではないか。

 

 聞けば俺が家を出ていくときの様子から、危ない場所に行くと察したとのこと。華乃にとってはこんな俺でも唯一無二の兄であり、無茶をするのが心配で仕方がなかったようだ。

 

(まぁ逆の立場なら俺もそうしていたか……)


 華乃が危険な場所で無茶しようとするなら、何度「帰れ」と言われても俺は何が何でもついていくし、トランクの中だって入り込む。それと同じかもしれない。

 

 ゆえに、この場で華乃を責めたところでついてくるだろうし、それならば見える場所にいてもらったほうが都合がいい。脱出アイテムは一つしか持ってきていないが、華乃に持たせておけば大丈夫だろう。後で親にメールしておかないといけないな。

 

「安心なさって。妹様はわたくしが責任をもって警護いたしますわ」

「大丈夫ですっ、私だって戦えますからっ!」


 必ず守ると言って優しい笑顔を向けてくるキララちゃんであったが、握り拳でシャドーを殴る華乃を見て、目を白黒させている。どうやらくノ一レッドは華乃のレベルや能力について把握していないようだ。

 

 すでに家族には対人向けの戦術と逃げ方を一通り教えてある。今の華乃が全力を出せば金蘭会の幹部クラスであっても十分やり合える実力はある。だとしても、くノ一レッドは組織として非常に強力だ。守ってくれるというなら素直に頼らせてもらったほうが賢明だろう。

 

「華乃、情報・・は決して漏らすな。会場では仮面をつけて外さず、俺かくすのき先輩から決して離れないこと。それと……緊急時にはこれを使え」


 ポケットから魔法陣が彫られた紫紺色の結晶を華乃に手渡す。魔力を込めると対の結晶があるアーサーのいる場所に転移する特殊な魔導具だ。魔力の満ちた場所でしか使えないが、戦闘が起こるとすれば必ずマジックフィールドとなるので問題ないだろう……いや問題しかないけど。

 

 とはいえ、金蘭会のクランパーティーが想定通りなら戦闘なんて起こらないだろうし、なったとしても華乃を連れて一目散に逃げるつもりである。脱出アイテムを使う機会が訪れることはないだろう。


 


「もう東京に入ったようですわね、霊廟れいびょうが見えてきましたわ」


 窓の外に流れる景色を見ていたキララちゃんが、到着までもうそろそろだと教えてくれる。俺も外に目を移してみれば、ビルの合間にライトアップされた風変りな寺院が建っていることに気付く。日光東照宮とうしょうぐうのような独特な色彩と複雑な造り……あれは霊廟だ。

  

 江戸城を取り囲むようにいくつも建てられていた徳川家霊廟。元の世界では戦争で燃えて無くなっている建造物だ。あれが見えたなら、すでに東京の中心部付近に来たということになるが……ぱっと見る限りでは思っていたよりもビルが少ない。

 

「見て、綺麗な街並み! やっぱり東京って感じがするっ」

「この辺りは政府系や財界系の歴史のある建物が多いエリアですわね」

 

 高速道路から降りて大通りに出る。石畳が敷かれた広い道路の左右には明治時代に造られた西洋風の構造物がいくつも連なっており、まるでヨーロッパの古都のような街並みである。そこに高層ビルが点在するように建っていて何ともチグハグな感覚を受けるが、華乃やキララちゃんからしてみれば「これぞ東京」といった感じらしい。

 

 それはそれで観光に期待が持てそうだとポジティブに眺めていると、車が大きく旋回し大きな建物の前で停車する。ここはどこなのだと華乃と一緒に窓に張り付いて見上げてみると、元の世界にあるようなお洒落で近代的なデザインではなく、石造りで重厚感のある巨大ビルがそこにあった。何やら権威主義的なものを感じるぜ。

 

「到着いたしました、足元にご注意ください」

 

 運転手によりうやうやしくドアが開かれると、眩しい光がいくつも目に入ってくる。少々目を狭めながらよっこらせと車を降りてみれば、そこには社交界を開くに相応しい、煌びやかなエントランスが広がっていた。


「こんなすっごいところでやるんだね……人もいっぱい来てるっ! あれってテレビ局かなっ?」

 

 周囲をキョロキョロとしていた華乃が大きな目を期待に輝かせる。ここには俺達以外にも多くの招待客が集まっており、オープンカーやらリムジンなどの超高級車が次々に到着し、派手に着飾った貴婦人やタキシードの紳士が降りてきている。奥には大きなカメラを抱えた人もいるが、あれはメディア関係者だろうか。


 これからいかにも華やかで楽しげなパーティーが開催されるように見えるが、俺達はすでに伏魔殿の領域にいることを忘れてはならない。そこらを歩く人の中にも金蘭会や神聖帝国の奴らがいたっておかしくない場所なのだから。華乃に気を引き締めるよう言っておかねばなるまい。

 

「準備はよろしくて?」

「はいっ! もう、お腹ペコペコですっ!」

「おい華乃、仮面だけは絶対に外すなよ」


 キララちゃんが目元を隠すベネチアンマスクを装着して優雅に歩き出すと、食い意地を露わにした華乃がポシェットから仮面を取り出し装着しながら後に続く。少し緊張感が足りないようだが……まぁいい。

 

 何だかんだいって俺だって美味い飯には期待している。出てくるものは俺ら庶民が口にできないようなものばかりだろうしな。こんなところまでわざわざ来たんだ、遠慮なんかしてたまるかってもんだ。

 

 拳を突き上げ「食いまくるぞー!」と気炎を上げる妹の後ろで、俺も腹を鳴らしながらこっそりと拳を突き上げるのであった。




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災悪のアヴァロン 鳴沢明人 @akito_narusawa

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