第139話 束の間の昼休み

 青々とした並木を見上げながら校内を歩く。7月に入って日差しはますます厳しくなり汗ばむほどであるが、風もあってか木陰はかなり涼しい。清掃もきちんとされていてこの時期には居心地の良い場所だと思うのだけど、生徒の姿は昼休みだというのに一人も見当たらない。もったいないなと惜しみつつも、この並木道を独占できるのならそれでいいかと考え直し、さらに歩みを進めることにする。

 

「確か、この辺りだったはずだけど……ん?」

「ソウタ、こっちこっち」


 木漏れ日が降り注ぐ中、腕端末を使って位置を確認していると、大きな木の下でおさげ髪の少女――サツキが大きく手を振って居場所を教えてくれる。その後ろには、茣蓙ござの上に座ってくつろいでいるリサの姿も見える。涼しそうな良い場所を取ってくれたようだ。

 

「じゃあ、ソウタも来たことだしお昼にしましょうか。いっぱい作ってきたわよ~」

「これは野菜スープ。昨日の残り物だけど美味しかったから……ソウタの口にも合えばいいけどっ」


 空いている場所に腰を落とし一息つくと、リサがおにぎりとポテトサラダ、唐揚げがいっぱい詰まった弁当箱を開け、サツキは保温ケースに入った野菜たっぷりのスープをお椀によそってくれる。こうして女の子の手作り料理が食べられるというのも、この世界に来た役得というものだね。

 

 元の世界では恋人どころか友達も家族もいない人生であったが、それが俺にとっては普通だったので寂しいだなんて思うことはなかった。だけどこの世界では温かい家族がいて、目の前には二人の女の子が笑みを携えて手作りのお弁当を差し出してくれる。照れくささと共にじんわりとした温かいものが込み上げてくる。

 

 とまぁ、感傷に浸るのは後回しだ。腹も減ったし遠慮なくいただくことにしよう。まずは海苔の巻かれた俵形のおにぎりを手に取り、頬張ってみる。

 

 ゴマがたくさん振りかかっていて香ばしく、手渡されたスープもたっぷりの野菜が柔らかく煮込まれており味わい深い。これらが美味しいのはもちろんなのだけど、俺の食う姿をじっと見つめられるのは恥ずかしいのでやめていただきたい。

 

「どっちも美味しいよ。スープも良い塩梅で」

「ほんとっ? よかった」

「じゃあ私達も食べましょうか~」

 

 それでも美味しいと言うと喜んでくれたようで「また作ってきてあげる」と言って、二人もおにぎりを頬張り始める。それは楽しみであるが次があるなら俺のほうでも何かお返しをしたいところだ。

 

 といっても俺達はこの場所に単に弁当を食べに来たわけではない。いつも通りの作戦会議だ。2つ目のおかかの入ったおにぎりを頬張りながらポケットに入れていた小型の魔導具を取り出して発動させる。

 

「最近は防音の魔導具がないとおちおち会話もできないのが困りものね~」

「そうそうっ。聖女機関に武器研究部。第一魔術部も動き回っているみたいだしっ」


 決闘以降、月嶋への情報収集合戦が案の定過熱した。武器研究部や第一魔術部などが月嶋のいる学生寮に張り込み、周辺では軽い混乱まで起きるようになっていた。すぐに世良さんが生徒会長権限を使って接触禁止――破った場合は退学――を発表。これにより平穏が訪れると思ったが、一時的に過ぎなかった。

 

 今度は下部組織の捨て駒を使って接触する動きがでてきたのだ。しかもリサやBクラスの周防まで情報収集の対象となっているようなので、詳しい現状を聞いておきたい。


「ん~……私はいつでも逃げられるから平気よ~?」

「リサの隠密スキルは誰にも捉えられないからねっ」


 さぞ対応には苦労しているかと思いきや、事前に隠密スキルを展開して上手く撒いているとのこと。周防については護衛に囲まれてるから近づけないし、カヲルには今のところ接触自体ない模様。何かあれば動くつもりだったけど、ひと先ずは安心といったところか。

 

 なら次の懸念事項……赤城君達の様子を聞いてみようかね。


 気になっているのは第一剣術部の部長である館花たちばな左近さこん。クラスメイトの練習に手を貸してくれたのはいいが、学校と睡眠以外のほぼすべて鍛錬という地獄の特訓メニューが組まれたと耳に入ってきた。

 

 最初からそれでは脱落者だらけになるのではないかと危惧していたものの、サツキによればあの練習会にいた者は誰一人逃げ出すことはなく、磨島君まで目の色を変えてまで頑張っているとのことだ。

 

 また、館花との剣戟は相当に経験値が増えるようで、赤城君とピンクちゃんがレベル7に到達。他の何人かもレベルアップし、ダンジョンの適正狩場に潜るよりも何倍も効率が良いらしい。それでも毎回足腰立たないほどズタボロにされるというデメリットはあるが――

 

三条さんじょうさんが回復スキルをたくさん使えるから、あんなにボロボロになる特訓でも高効率になってるんだよねっ、剣術も凄い才能なのにっ」

「強力なサポーターがいると無茶できるのがいいわね~これで一気にレベル10くらいまでいってくれれば助かるけど」


 三条桜子さくらこ、通称:ピンクちゃん。主人公パーティーでは後衛を担当しているようだが、館花が振るう自在の剣に一番対応できているのは彼女だったらしい。周囲はそれを見て驚いていたようだけど、それは単に彼女が控えめな性格で目立とうとしてなかっただけのこと。ゲームでも赤城君と同じく【勇者】適性があったので、剣の才能が一級品であっても驚きはない。

 

 加えてピンクちゃんは【聖女】の適性もあるため、世良さんと肩を並べるほどにサポート能力も一級品。いわば赤城君以上にチートキャラなのである。レベル一桁ばかりでサポート要員など望めないEクラスであっても、ピンクちゃん一人いればサポートが行き届く。赤城君達を飛躍的に成長させる鍵は彼女にあるとリサが分析する。

 

 厳しすぎる指導にすぐ音を上げてしまうのではと心配だったけど、順調なようで何より。館花には対価として魔法戦を教える約束がある。これは礼も兼ねて俺がやるべきだろうな。仮面とローブで変装していけばバレないだろうか。

 

 

 話が一段落し、リサの作ってくれた唐揚げを食べてみる。冷めていてもカリッとジューシーな歯ごたえが楽しい。やや濃い目の味付けだけど、おにぎりが進むぜ。


 見れば唐揚げはサツキにも好評のようで、美味しそうにパクパクと食べている姿が小動物のようで可愛い。目が合うと照れ隠しのように口を隠して小さく笑い「ソウタも相談があるんだよねっ」と話を振ってくれる。

 

 そう、俺も話しておきたいことがあるのだ。


 情報収集のために金蘭会のクランパーティーに行くと、二人にはすでに伝えてある。今日話したいことは昨晩に届いたキララちゃんからのメールについてだ。何でも“少々不味いことになっている”らしい。

 

 サツキにも分かるようにメールを見せて説明すると慌てたように驚き、逆に俺とリサが何故そんなに落ち着いているのか不思議そうに見てくる。

 

「【侍】ってカラーズのリーダーで有名なジョブだよねっ、日本の宝だって。その情報が流出するかもしれないのは大問題だと思うんだけど……違うのかなっ」

「日本政府の上層部や冒険者ギルドにとっては大問題でしょうね~。世界に対する優位性がなくなるわけだし。でも私達にとっては既定路線・・・・なの」


 日本が世界に誇る【侍】は、ジョブチェンジ方法や一部のスキル特性が国の最重要機密に指定されている。それが流出してしまうのは大問題ではないのかと首を傾げるサツキ。当然の疑問だ。

 

 まず今起きている状況を整理すると、【侍】の情報を手に入れるべく神聖帝国が手駒共を日本に送り込んできており、その動きを察知したくノ一レッドがキララちゃんを通じて俺にメールを寄越してきたのが昨晩のことである。

 

 以前、くノ一レッドのクランパーティーに行ったときに枢機卿カーディナルの姿を確認していたし、神聖帝国の奴らがストーリー通りに日本に来てこそこそと動いているのは俺も確認済みだ。

 

 仮にこのまま【侍】の情報が流出するとなれば、神聖帝国はこれを脅迫材料として日本に政治圧迫を強め、いくつも無茶な要求を送ってくるようになる。対する日本政府側も話し合いを持とうとする裏で工作員や戦闘員を送り込み、国内外問わず熾烈な戦闘が繰り広げられることになるはずだ。


 これらの出来事はダンエクでは強制イベントとなっており、この世界でもゲームストーリーの一部としてすでに織り込み済み。なので俺が問題としているのは【侍】の情報が流出することではなく、キララちゃんが流出を阻止したいと言ってきたことである。

 

 以上を軽く補足すると、サツキは何度か頷いてから確認するように小さく手を挙げて質問する。はいどうぞ。

 

「えっと、リサとソウタの知る未来・・に沿っていかないと、これから起こるはずの出来事が起こらなくなって、先も読めなくなるってことだよねっ」

「その通り。だからマズいことであっても折り込み済みの出来事にはできるだけ介入したくないんだ」

「……でもその代わりに、国内外で戦闘が頻繁ひんぱんに起こる未来がくるわけだよねっ、ちょっと怖いような気もするんだけど……」

 

 確かにサツキが指摘するように、ゲームストーリー通りに情報流出すれば未来が読みやすくなる一方で、神聖帝国との戦闘イベントが多発する。おまけに下手を打てば国内が荒れて各方面に甚大な被害もでてくるだろう。

 

 しかし上手く対処すれば民間人を巻き込むような戦闘はほぼ起こらないし、主人公パーティーが様々な国内組織を巻き込んで味方を増やし、最終的にグッドエンドに辿り着く道筋ストーリーが生まれることになる。俺達にとって、より対処がしやすいのはこちらの未来なのだ。

 

 もし起点となるこの流出イベントを阻止したらどうなるのか。サツキもそれが気になるようだが、そのようになった未来は俺にも全く予測がつかない。もしかしたら神聖帝国は【侍】の情報を諦めて完全撤退、すべてを平和裏に終えられる可能性もあるが、このイベントに限っては阻止すること自体難しい理由もある。


「今回の神聖帝国を率いている奴なんだけど、コイツがまずヤバい。まともに戦えばアーサー並みの実力者で、頭も切れる。俺達が挑むのは早すぎる相手なんだ」

「聖女アウロラを直接補佐し、帝国の基礎を作った重鎮の一人ね~。ちなみに枢機卿カーディナルになる前は、世界でも5本の指に入ると評されていた凄腕の冒険者よ」

「アーサー君並み……世界で5本の指って……そんな人が日本に来ているんだっ」


 黒幕の正体を聞いてサツキが元々大きな目を真ん丸にして驚くが無理もない。


 神聖帝国編のボスであり、多様な秘術を扱う戦闘のスペシャリスト。敵要塞に攻め込んでは更地にしていく大量破壊兵器のような奴で、今の俺が本気で戦ったところで敗北する未来しか見えない強敵だ。さらに面倒なのは手駒をたくさん連れて行動しているため、タイマンに持ち込むのすら難しいことだ。

 

 情報流出を本気で阻止するつもりなら、この枢機卿カーディナルと手駒を何とかする必要がある。ゲームならワンチャンやってやれないこともないけど――むしろ燃える展開であるが――負ければ命を落とすこの世界でそんな奴らとやり合うのは自殺行為に等しい。

 

 もっとも、くノ一レッドだって冒険者ギルドや国内最大クランと言われる十羅刹じゅうらせつを応援に呼ぶようだし、もしかしたらやりようはあるかもしれない。だとしても相手が枢機卿カーディナルではやはり望み薄と言わざるを得ない。


「でもくすのき先輩はソウタに戦えと言ってきているわけじゃないんだよねっ」

「ああ。神聖帝国がどんな手段で【侍】の情報を抜き取ろうとするのか、どんな罠を張っているのか、気付いたことがあれば教えて欲しいと言ってきてるだけだ。それに――」

 

 提示してきた報酬金額を見せると二人は息を吞んで驚く。しかも成功報酬は別途だ。加えて今後はキララちゃんとくノ一レッドが全面的にバックアップしてくれる確約ももらえるとのこと。

 

「……さすがは貴族様っ、くすのき家って相当な資産家だって聞くけどっ」

「提示額もだけど、くノ一レッドが味方になるというのは大きなメリットね。将来、敵に回るイベントが発生したときに、それを打ち消せるかもしれないわ」


 くノ一レッドの構成員はさほど強いわけではないが、クランリーダーであり伯爵の御神みかみは政界や軍、冒険者ギルドまで幅広い繋がりと影響力を持つ。もし敵となった場合、まともな日常生活は送れなくなると思ったほうがいいだろう。ゲームのルートによっては敵対イベントが普通に発生するのが怖いところだ。

  

 逆に、くノ一レッドが味方になるのなら幅広い情報網と資金が得られることになる。プレイヤーはゲームストーリーという未来知識を持ってはいても情報収集能力に限りがあるし、学生に過ぎないため対応力も立場も不十分。これを補えるのは大きなメリットだとリサが補足する。

 

「だからといってゲームストーリーの起点が変わるのは不安ね~、手助けはするけれど、【侍】の情報は流出する方向に動くほうがいいのかしら」

「うん……そうだね、私もその方がいいと思う。だって、リサもソウタも明るい未来を掴むために……みんなが不幸にならないように頑張ってるんでしょ? くすのき先輩には悪いと思うけど……」

 

 くノ一レッドに味方になってもらいたいのなら義理を通して全力で協力すべきだ。提示された金だって見たこともない額だし当然欲しくはある。だけど、俺達は“より大事なもの”を守るために動いている。ゲームストーリーが破壊され不確実かつ混沌とした未来で、イチかバチかを迫られるなんてあってはならないのだ。

 

(でもまぁ……やっぱり相談してよかった)

 

 ここに来るまでの俺は、キララちゃんの出してきた好条件に多少の協力くらいしてもいいのではと揺れ動いていた。


 ところがサツキに相談してみれば、俺達が何のために動いているのか親身になって考えてくれるし、リサも後押しして再確認させてくれた。そのおかげで無事に迷いを断ち切ることができたわけだ。背中を預けられる仲間というのは、こんなにも心強いものなのだと改めて考えさせられるね。


「ところで、金蘭会のクランパーティーって今晩だよねっ。私たちも準備しておかないとっ」 

「アーサー君と一緒にモニター越しから様子を見ておくけど、支援が必要なときはいつでも言ってね~?」

「助かる。だけど戦いに行くわけじゃないからな。金蘭会の様子をちょろっとだけ偵察して、すぐに逃げ帰ってくるさ」

 

 クランパーティーは東京にあるビルの高層階を貸し切って開催される。その場所まではキララちゃんが送迎してくれる予定だし、フォーマルな服など必要なものは全て貸してくれる。俺が今から準備するものは特にない。

 

 面倒事は起きるだろうが早めに撤退するつもりなので楽観視している。仮に戦闘に巻き込まれた場合でも逃げられる準備はしてあるし、万が一に逃げ遅れたとしても応援を呼ぶ手配はしてある、要するに対策は万全である。でなければ、いくら情報収集とはいえ金蘭会や神聖帝国の奴らが集う場所に行くことなどありえない。鼻歌でも歌いながら気楽に行けばいいのだ。

 

(それに、楽しみにしていることもあるしな)

 

 クランパーティーが終われば、夜の東京の街に繰り出そうかと考えている。

 

 こちらの世界の日本は第二次世界大戦で焼け野原にならなかったため、東京には宮殿や霊廟れいびょうなど文化的建造物がそのまま残っている。それらに加え、ダンジョンができたことでこの世界が元の世界とどう違うのか、この目でじっくりと見て回りたいと思っていた。明日は学校も休みだし、安宿にでも一泊して東京観光に洒落しゃれ込むとしよう。

 

 唐揚げを摘まみながらどこに行こうかと考えていると、予鈴のチャイムが鳴ってしまう。

 

「もうお昼休み10分しかないよっ。急いで食べなきゃ」

「まだいっぱい残っているわね。ソウタ、まだ食べれそう?」

「全然いけるぜ、まかせろっ」


 この体なら早食いなどお手の物。ついでに美味いもんならいくらでも食うことだってできる。とはいえ食い過ぎると瞬時に太るという謎の体質もあるので、向こうに行ったら食べすぎだけには気を付けなきゃいけないな。

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