第32話



「センカ!!!」


シンスがセンカの体を抱き寄せて背中の傷口を手で押さえて止血しようとする。


「センカ…!嘘センカ…起きてよ…!」


ペソは真っ青になっているが、センカの体温を感じるのが怖くて触れられずにいる。

シャムールがすぐにセンカの治療に取り掛かる。

ポネラはナトに歩み寄り、何も言えずに泣きながら抱きしめていた。


「ごめんなさい、ポネラ姉様。また私、間違えてしまったかしら」


「いいえ…貴女は正しかったのよ」


ナトは震えるポネラに手を添えられなかった。

ペソはナトの方を睨みつけ、履いていたピンヒールを脱いで手に持った。

それを振り上げながらナトに殴りかかった。

ナトは咄嗟に影に入ろうとしたが足元に影がなく、ぎゅっと目を瞑り構える。

しかし痛みはなく、代わりに自分のものではない血が顔に落ちて来た。

見上げるとポネラの頭から流れた血だった。


「退きなさい!その子供を殴らなければ私の怒りはおさまりません!退いて!」


ペソは怒りに飲み込まれていた。しかしその目は理性は失っていないようだ。

確実な理性からくる殺意を放っていた。


「ペソ、もう大丈夫だから落ち着くんだ」


「シンス王子、センカは私の友人です。大切な友人なんですよ。唯一の家族のルーブ兄様まで傷付けた!」


シンスを睨みつけるペソの目には涙があふれていた。

大切な人を失う苦しみをようやく忘れかけていたのに、目の前で2人も奪おうとしたナトを許せるはずがなかった。


「それでもとにかく落ち着くんだ。まず、ポネラと言ったか、貴女は先程何を話そうと?」


ポネラはゆっくり顔を挙げ、シンスを見る。

しかしその口は何も語らない。

黙って膝をついて頭を下げるだけだ。

シンスはポネラに歩み寄るが、シャムールがシンスの足を引っ張る。


「シンス、和解でもしようとしてるの?」


シャムールは黙々とセンカの治療のために毒を自分に取り込んではセンカの傷口に流し込んでいた。

センカの容体が落ち着いたのか、血だらけになった顔でシンスを見上げた。


「シャムール…」


「あの人たちはシンスとセンカを…なんの罪もないお前らを殺そうとしたんだぞ!」


シャムールの真っ黒な瞳に光はない。

シンスはシャムールの方に向き直り、しゃがんで顔を合わせる。


「シャムール、私は自分の障害は全て薙ぎ払うつもりだし、殺すことも厭わない。」


「なら殺しちゃえばいいじゃん」


「だが既に降伏している相手を殺すほど私はまだ狂えてはいないのだ。」


シンスの目はいつもより少し悲しそうだった。

月明かりを受けて輝く黄金の瞳は強い意志をシャムールに語っている。

シンスは、立派に人間なのだったと気付くシャムール。


「…ごめん、そうだね。シンスの言う通りだ。」


「いや…それに彼らも被害者で、私達は直接彼らの仇でもある。」


シャムールは何のことか分からずに少し考え、マグネの方を見て思い出した。

あの蜂の化け物のことだ。


「そ、そうよ…アルミを返してよ…!」


ナトはポネラの影から出て来て、ナイフを構えている。


「あぁ、返そう。その代わりにあの神孫の遺体を私たちにくれないか?ホテルにて引き渡そう。」


シンスの言葉にシャムールもペソも驚き、2人はシンスを見る。

シンスはまっすぐポネラを見ていた。

ポネラは漸く顔を挙げた。


「はい、その様に。」


「…そもそもお前、何であれを…」


シャムールが皆まで言う前に、ポネラの不敵な笑みを見て察してしまった。

ポネラがこの状況になった時に最後にアルミを取り返す切り札になり得ると思ったからだ。

龍牙双剣より比較的手に入りやすく、シャムールのあの反応を見てその場で思い切って購入したのだ。


「へぇ…あんたいい女だね。」


シャムールがニッと笑うとポネラは


「光栄ですわ、神孫様」


そう言って立ち上がると、軽々とマグネとクロを抱き上げる。


「では、またお会いしましょう、王子様方。」


「あぁ、何度でも来い。」


シンスがそう言うとポネラはニッコリと笑い、ナトを抱き寄せて、透明な大きな羽を背中から生やすと、そのまま飛び立ってしまった。

長い夜は終わり、シンスとシャムールとペソはルーブとセンカを馬車に寝かせ、3人は預けてあったオークションの商品を取りに行った。

落札してすぐに手元に置く人がほとんどなので、自分たちの分と売れ残りの奴隷の子供しか残っていなかった。

いつもはこの子供達はルーブに買い取られていくのだが、今回はこのような事件があった為、買い取れずに置いていかれてしまったのだ。

震える子供達をシャムールがあやし、牢をひん曲げて開け、中から出す。

そして龍牙双剣だが、それはすでにルーブが落札してすぐにホテルへ運ばせていた。

まだマグネの手が回る前だったので、無事に届いているようだった。

子供達総勢15人を連れて馬車に戻ったが全員は乗せられそうにない。

歩いて街に帰るには少し遠いので、他の客が置いていった大きめの馬車に乗せて、シャムールが飛んで引く事にした。

子供達はシャムールの羽に興味津々で明らかに普通の馬車の出せるスピードを遥かに超えていて、子供達は喜んではしゃいでいた。

シャムールも子供達が喜んでくれるのが嬉しくてついスピードを出しすぎて横転しかけたのをセンカ達を乗せた馬車を走らせていたシンスに怒られてしまい、その後は安全運転に移行したのだった。

街に着くとすぐにセイゲルが対応してくれ、子供達も一度引き取ってくれた。

日が登る頃、漸く落ち着き、ボロボロの格好をしている事に2人は気付き、人もいないので2人で温泉に入りに行った。

脱衣所に着くと、シンスの裸を楽しみにしていたシャムールだがいざとなると緊張して直視できずにいた。


「シ、シンスさん!ではお風呂に…行きましょ…」


顔を赤くしているシャムールをからかうようにシンスはわざとタオルで胸元から隠して見せる。


「どうしたんだシャムール?私の体に何か?」


「ば!シンス!ダメよ!!俺こう見えてピュアなんだから!」


シンスはあははと声を出して笑い、シャムールをくしゃくしゃと撫で、腰にタオルを巻いた。

2人が浴室に入るとやはり人は1人もいない。


「何とも言い難い匂いだな…」


シンスは慣れない硫黄の匂いに顔が引き攣っていた。


「あっはは、最初は慣れないよね〜背中流してあげるよ!こっち来てこっち!」


シャムールはシンスの手を引いてシャワーのように岩の割れ目から温泉が流れ出ているところに連れて行き、座らせ、備え付けてあったシャンプーでシンスの髪を毛先から洗っていく。


「慣れているんだな、シャムールは」


「うん、なんか昔こうやってもらった気がするんだよね〜」


「もしかしたら、ヒューペリオン様にしてもらっていたのかもな。」


「あははそうだったりして」


慣れた手つきでシンスを洗っていく。

よく見ると白い肌に所々傷跡がある。

とても古いようだ。


「シンス、この傷って」


「あぁ、私がママ上に鍛えられていた時の物だろう。もう随分と薄くなってしまったが…」


シンスが肩の方にある傷を撫でて懐かしんでいる。


「治してあげよっか?」


「…いや、これはいい。ありがとう、シャムール。どれ、私も洗ってあげよう。」


今度はシンスがシャムールを座らせ、頭から足の先まで隅々まで洗う。

それが恥ずかしくも懐かしいシャムール。


「そういえばシャムール君は本当に男の子だったのだな」


「え!?」


シンスの目線はシャムールの僕ちゃんにあった。

シャムールはとっさに隠す。


「お、俺はその…!あの…」


「すまない、ジロジロと見る物ではないな」


シンスが正面に座り、シャムールの体を優しく洗う。

シンスの体は細身だと思ったが、裸の姿を見るとしっかり筋肉もついていて、メリハリのついた男の体だった。

それを見ているとシャムールの別の部分が熱くなる感覚があった。


「シンス!!もう大丈夫です!!」


シャムールがぐいっとシンスを突き放す。


「え?まだ…」


「俺、これ以上はちょっとはら…みそう」


シャムールが真っ赤になって目を合わせない。


「ん?なんだ?」


「もう!いいからいいから!あそうだここサウナあるんだよ!ちょっと入ってみよ!」


誤魔化すようにシャムールは腰にタオルを巻いてシンスの手を取りサウナ室の方まで走る。

ガタンと扉を開けると先客がいた。

黒い髪に赤い瞳の少年。


「ふふ、また会ったねシャムール」


「クロ!?もう大丈夫なの!?」


「うん、ここに居たらまた会える気がして。治してくれてありがとう。ほらマグネもお礼言って。」


クロの視線の先にはマグネがグッタリと座って、目線だけこちらに向けている。


「神孫様、ありがとうございました…可能であれば…」


「ん?」


「のぼせてしまったのでそれも治すこととかできますでしょうか?」


マグネは白目を剥いて泡を拭き始めた。


「え!?嘘でしょシンスごめん扉開けてて!」


急いでシャムールがマグネを運び出しあの冷水スポットで体を冷やす。

冷やした手を首筋に当てる。

目を覚ましたマグネはぼやけた目でシャムールを見る。


「…僕の糸で手を切ってしまったと聞きました…。」


マグネは「ごめんなさい」と言葉にしようとしたが、シャムールが顔に冷水をかけた。


「う!」


「はは、お互い様だよ。俺マグネの気管ぶった切ったし。」


あまり笑えない冗談にクロとシンスは苦笑いする。

クロはシンスをチラッと見る。

シンスと目が合うと少し気まずそうにして目を逸らす。


「どうかしたか?」


「あ、すみません…あの、本当に男だったんだなーって思って」


「やっぱりクロもそう思うよね〜!?あの奥様めっちゃ似合ってたよね!」


シャムールがわははと笑うと笑っていいのか分からずシンスの方を見て苦笑いするクロ。


「あまり意識したことはなかったのだが…私のことを女っぽいと言うと確かに今まで男達が群がって来たり、やたらと触られたりしていた。」


「そんな事されても気付いてなかったの!?シンスどんだけなの!!」


シャムールが腹を抱えて笑うとシンスは恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「ま、まさか自分を女と思っているなどと夢にも思わないだろう!」


「いやー?俺がシンスだったら顔が良くて毎日15時間は鏡見てる」


「それは見過ぎでは…」


2人のやり取りを見ていたクロは、ばら撒かれた指名手配書のシンスの印象とあまりにかけ離れていて、あの罪状も、本当なのかと思う。


「あの、シンス王子はあの指名手配書をお読みになりましたか?」


「あぁ、拝見した。」


「あれは本当なのですか?」


クロは緊張する。彼が悪人であることが、今のクロにとっては嬉しいことではなかった。


「うむ…殺人はまぁ、あったがその他の窃盗やら何やらは全く身に覚えがない」


それを聞いてホッと安堵するクロ。


「副隊長…」


マグネが体を起こした。


「マグネ、もう大丈夫なの?」


「…はい。副隊長、僕達は彼らの敵ということをお忘れなきように」


マグネがそう言うと、クロは傷ついたような表情をする。目の前の友人とまた殺し合いをすると言われているのだ、悲しくもなる。

シャムールがそれを見て首を傾げた。


「神国の奴隷なんて辞めちゃえばいいじゃん?何で言うこと聞いてるの?」


シャムールの言葉にマグネもクロも驚くが、すぐに悲しそうに笑った。

そして自分達の心臓に手を添える。


「俺たちの中には仲間の心臓が入ってるんだ」


「え?」


「SCT隊を編成している仲間たち全員の心臓が呪術によって入れ替えられ、裏切って心臓を貫かれたら罪のない仲間の誰かが死ぬことになります。」


「誰の心臓が宿っているかは誰にも分からない…」


その言葉を聞いていたシンスは、あのポネラを思い出していた。

センカに対してのあの態度と言葉…

彼女は仲間の呪いを解いて欲しかったのではないだろうか…?

あくまで憶測だが…

そう考えるとあまりにも彼らが悲しい存在に思えて、今度また拳を交えるときに命を奪えるかと不安に思ってしまうシンス。


「だとしても殺し合いの場になったら容赦はしなくていいんだよな?」


シャムールがそう言うとクロは嬉しそうに笑った。


「おう!友達同士だからこそ本気でぶつかりあわなくっちゃな!」


そう言って2人は拳をコツンとぶつけ合った。

それを見てシンスは自分の中の甘えを握り潰す。


「昨日の敵は今日の友的な感じで今は楽しもうよ。ご飯食べた?朝食ビュッフェやってるらしいよ一緒に行かない?」


「え、いいのかい?」


クロがマグネの方を見るとマグネは目をつぶって聞いてないフリをした。


「…よし!どっちが沢山食えるか勝負だ!王子も来てくださいよ!俺負けませんから!」


「分かった。」


4人は温泉に浸かり、疲れを癒してから部屋に戻った。

血に塗れた夜は終わり、乾いた朝が訪れた。

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作為のミュートロギア 楳々うら @urameshira

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