第31話

「気持ち悪い…っ!」


ペソは目を背ける。

すると男は助走もなくピョンッととびあがり、天井に立ち、指先からペソを狙って糸を出した。


「危ない!」


咄嗟にペソを庇ったルーブが糸に巻きつかれてしまい、そのまま床に倒れる。


「ルーブ兄様!」


ペソはその糸を外そうと引っ張るが細く鋭利なせいで指が切れてしまう。

血塗れになってもやめないペソにルーブは大きな声を出す


「やめなさいペソ!」


驚いたペソの手は止まる。そしてルーブはいつもの様な穏やかな笑顔を見せた。


「大丈夫だから。」


「…ルーブ兄様…」


センカは蜘蛛の男目掛けて魔法を放つがマグネのスピードは速く、簡単に避けられてしまう。

古代魔法の消費魔力は大きく、既にセンカの魔力は底をつきそうになっていた。

ここにある戦力はほぼシャムールだけとなった。

シャムールは天井にいるマグネを捕まえようと羽を広げ、天井に向かって飛び立つ。

しかしすぐに羽を糸で巻かれ、落ちてしまった。

壁を登ろうにも壁は蜘蛛の糸が張り巡らされていて、触ると粘って捕らえられてしまう。


「くそー!めっちゃ戦い慣れてるな!」


「これでも神国では優秀な成績を納めている隊に所属しているんですよ。」


困り果てるシャムールだが、先程のシンスを思い出す。

そうだ、シンスのあれ、俺もできないかな?

シャムールは自分の中にあるシンスの遺伝子に集中した。

何かが見えるわけではないが確実に感じる、シンスの力、繋がれた力、血反吐にまみれた努力の結晶…

シャムールが大きく息を吸い、細く吐いた。

すると体が黄金に光る。

先程のシンスと同じように。

シンスがちょうど、気絶したポネラとクロを抱き抱えて階段を登り切ったところだった。

シャムールが自分の技を、気を身体中に回らせている。


「…龍神闘気…」


そして目を開いたシャムールは音もなくマグネの目の前に現れ、手刀を放った。

あまりのスピードにシャムールが目の前に現れて1秒経ってやっと気付いた。ギリギリのところで避けたが、喉が裂かれ、気道がバックリと開いてしまう。

血液が肺に流れて、咳き込み苦しそうにしている。

その男を天井から思い切り蹴り落とすシャムール。

床がへこむ程の衝撃を体に受けた男はもはや息をするのがやっとだ。呼吸に集中しなければ死ぬ。それなのに、目の前に降り立った死神が逃してくれない。目も霞むが血まみれになった美しい死神を見る。

ようやくルーブに巻かれた糸を焼き切れたセンカは、そんなシャムールを見て恐怖を感じていた。

シャムールの瞳に輝くあの光は希望や正義ではなく、快楽である様に見えたのだ。

追い討ちをかけようと手を振り上げたシャムールにセンカもシンスも声を上げた


「「やめろ!シャムール!」」


2人の声がそろい、シャムールもハッと我に帰るとあの黄金のオーラは消えてしまった。

シンスはポネラとクロを床に寝かせ、シャムールの元へ駆け寄った。

そして強く抱きしめる。


「シャムール、もう良いんだ。」


シャムールは何が起きたのかよく理解できずに目をパチクリとしている。


「ご、ごめん俺夢中になっちゃって…」


シンスは首を振る。

シャムールはシンスのボロボロになった手に気付き、すぐにシンスの頬に両手を当て、口を付けて治癒のドリンクをシンスに飲ませた。

するとみるみるうちに手は戻り、いつもの白くて細い指になった。

そしてシャムールはクロとポネラを見下ろす。

2人を治療していいものか、少なくともクロは友人だ。できれば…そう思っていたところに、シンスがしゃがんでシャムールと視線を合わせる。


「シャムール、彼らを治療してあげてくれないか?」


「い、いいの?」


シンスは少し微笑んで頷いた。

すぐに口に直接治癒ドリンクを2人に流し込む。

するとシャムールは口に手を当て、驚いた顔をする。

不思議に思ったセンカがどうした?と聞くとシャムールは少しだけ吃りながら言った。


「2人とも、虫の遺伝子が混じってる」


「は?」


「どう言うことだ?」


理解ができない他の4人にどう説明しようか迷っていると目を覚ましたポネラが体を起こした。

臨戦態勢に入るセンカとシャムールだがポネラは周りを見渡し、そこが一般人で出来た血の海に顔をしかめ、マグネを見つめた。そしてただその場に正座し、頭を下げた。

ポネラはシャムール達の方を向き直り、自分たちのことを語り始めた。


「私達は神国の実験による産物の子孫です。サピエンツィアと呼ばれる神国の秘宝により作られた虫と人間の混血と、その子供達です。」


ポネラはシャムールによって治癒されたマグネの方を見た。


「彼は元々貴族の出だったのが、神国に滅ぼされてそのまま実験台に。」


そしてまだ眠るクロの方を見る。


「彼は私と腹違いの弟で、母と父が【神器サピエンツィア】によって生み出された蟻蛾人間の子孫です。」


ポネラはセンカの方を見つめ、センカは自分が見られているのかとキョロキョロと周りを確認して、自分のことかと自分を指を刺すと、ポネラが頷いた。


「え、なんだよ?」


「センカ殿、いえ、様…貴方が神国の呪術を解くことができるのは本当ですか?」


「な、なんで知ってるんだ?」


神国の呪術に関して知っているものは極数名。

あまりにもやっている事が卑劣であると神国も分かっているのか、公にはされていないのだ。

今回もワザと「神国は呪術を使う等と嘘の情報を広め、民を混乱させている」などと手配書に書いて、陰謀論ということにしようとしたのだった。

しかしそれは事実で、じっと見つめるポネラにセンカは頷いた。

ポネラはそれを見てぎゅっと手を握り、頭を下げた、その時だった。

センカの後ろの影から何かがぬるりと現れた。

それに気付いたのは直ぐ隣にいたルーブだけだった。

ルーブはその影が持つ光る物に反応し、センカを突き飛ばした。


「危ない!!」


そしてその光った物はサクッといとも簡単に体に入ってきた。

ルーブが倒れると悲鳴をあげるペソ、そして狼狽する他のもの達。

シャムールが急いでルーブに駆け寄り、そこにいた影を蹴飛ばす。ルーブは顔が青く痙攣している。

その影が持っていたのは毒が塗られたナイフだった。

いまだ気絶しているマグネの口が開いて、牙から青紫の液体がポタポタと垂れている。そのマグネから毒を拝借したようだった。


「ナト!何をしているの!」


ポネラが叫び、その影がフードを外すとあの小柄な少女であった。


「だって…敵…」


「…そうだけど…!」


間違いないのだ。

ナトが言う通り彼らは敵で、殺し合っていた。

それなのにポネラは命を奪おうとした相手に頭を下げてお願い事をしようとしたのだ。


「シャムール!!ルーブさんは!」


シャムールはセンカの言葉など耳に入らず、ただひたすら傷口に顔をつけ毒を吸い取っている。

顔は血塗れになってしまっていたが、どうやらルーブは無事の様で痙攣も落ち着いてきている。


「くそ!てめー!!!」


センカがナトに殴りかかるもナトはまた影に落ち、そのままセンカの影に乗り移り、月の影となったセンカの背中にナイフを突き立てた。

何が起きたのか理解できず、痛みより熱さが背中に広がる。

ナトがずるりとナイフを引き抜くと生暖かい物が腰から足にかけて流れ落ちた。

すでに充満している鉄の匂いはより濃くなった。

体の感覚がなくなっていく。

冷たい水に浸かっている様に寒く、そして指一本が重たくて動かす事ができない。

周りが騒がしい。

倒れていたらしくシンスやペソが覗き込んでいる。

なのに声がよく聞こえない。

ダメだ、眠い…。

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