第30話
シャムールが部屋を出ると下でポネラとシンスが戦っている。
ポネラの攻撃を受けたところは尋常じゃない破壊がされ、頑丈な石の床は砕けて窪んでいた。
シンスは避けることしか出来ず、ひたすらに逃げ回っていた。
自分で破ったか破られたか、ドレスは短くなりボロボロになっている。白いドレスは赤黒い血で汚れている。
「あら、クロはやられてしまったの?」
ポネラはシャムールに気付き、見上げた。
「死んではないよ」
「優しいのね」
ポネラがシャムールから視線を外し、シンスを見る。
シンスは既に呼吸が乱れている。
慣れないコルセットをしているせいもあり動きが鈍い。
「ふふ、王子様も可哀想ね。女の格好をしてまであの男に取り入ったの?」
シンスは直ぐに答えない。
ルーブが自ら手を貸したと言えばルーブも無事では済まないだろう。
「あぁ、とても簡単だったよあの男は」
「あらあら、その辺の女より怖いわよ、王子様」
ポネラはシンスとの距離を一気に縮め、また腕を振り上げ今度は槍の様に細く鋭利な形に変形させ、シンスに向けて容赦なく突き立てる。
流石に異変に気づいた客達が出て来た。
ポネラ達を見て喚き、叫び、逃げ惑っている。
それを静観して待つポネラ
「…意外だな。客ごと全滅させるかと思ったが」
「休憩よ。」
「バケモノにも心があるのか?」
シンスは砕けた歯をぺっと吐く。
ポネラは表情を一切変えない。
まるで聞こえなかったかのように黙って客達が逃げ惑う声と音を聞いている。
シンスはこの隙にコルセットを床へ破り捨てた。
ようやく解放されたシンスは大きく息を何度か吸い、呼吸を整えた。
そして呼吸を長く細く吐いては吸っている。
シンスの体の周りにはなんだか光る何かが見えるような気がする。
それはシンスの体温が急激に上がったことにより見える蜃気楼のようなものであったが、ポネラとシャムールにはオーラのように見えた。
「…魔法は使えなかったんじゃなくて?」
「魔法ではない。」
シンスがそう言うとシンスの姿が消えた。いや、シンスの動きがポネラの目には止まらなかった。
気づいた時にはシンスはすぐ後ろにいた。
ポネラの頸髄目掛けて手刀を入れるがポネラはその手を咄嗟に掴み、握り潰す。
ボキボキと骨の折れる音がし、離れて手を確認するがもはや手の形をしていない。
「危ない…本気で殺す気なのね王子様」
「それはそちらも同じこと。」
2人は息を合わせたように飛び出て殴り合いがはじまる。
もはやスマートな戦い方ではないが分かりやすい勝負であった。
ポネラの腕は形を変えシンスを突き刺そうとするがスピードが格段に上がったシンスはクルリと華麗に避け、腕を踏み台にして飛び上がり、ポネラの顔に蹴りを入れるも、腕を掴まれてしまう。
そのままポネラは肥大した金の腕でシンスを自分ごと殴りつけた。
腕の金属の重みでスピードが落ち、ギリギリで避けたが腕が巻き込まれ、ぺちゃんこになってしまっている。
痛みで一瞬怯むと追撃が来る。
シンスは一度距離を取るために高く飛び上がり二階の手すりまで避難する。
見ると、彼女の綺麗な顔ももはや鼻血やアザなどでぐしゃぐしゃになっている。
しかしあのパワーで全身を殴ったにも関わらず平気で立っている。
シンスの右腕は折られ、左腕は原型がなくなり顔は切り傷とアザで血まみれだ。
シャムールは急いでシンスに駆け寄りぺちゃんこになった左腕に口から出した少し緑色に光る液体を吹きかける。
すぐに左腕は回復したが、人がだいぶはけ、ルーブがシャムールの元へ駆け寄ってきた。
ポネラはジッとルーブを見る。攻撃はしてこない。
「シャムールくん!これは一体…」
「ルーブさん…あの女の人が神国の人間だったんだ。」
「な…ペソ達は!?」
シャムールが指差す先をルーブが見ると、ペソとセンカは既に待合室から上がってきていて、シンス達の戦いに手を出せずにいた。
シャムールとルーブはセンカ達と合流する為に階段を降りて行った。
4人になってシャムールはセンカに始まりから今までを報告をした。
するとセンカは不審に思い、シャムールに聞く。
「なぁ、シャムールの腕をバラバラにしたってのはどこだ?」
「あの柱と柱が立ってるところだよ」
指差す先を良く見ると何やらキラキラと光っている。
魔力は『見えない』
あれはまるでー…
「蜘蛛の糸?」
センカがそう言うとシャムールがうん、と頷く。
まさしくあれは蜘蛛の糸の様だ。
それがあんなところに張られているのは不自然だ。
この近くにいる誰かがやったに違いない。
しかし周りを見渡しても誰もいない。
それに、あそこだけに張られてるとは思えない。
とりあえずルーブとペソを馬車まで逃す為にシャムールとセンカは2人を庇う様にして大広間から外へ繋がる階段を登ろうとしたが、そこは血の滝となっていた。
広い階段は真っ赤に染まり、どんどんと流れてくる。
この先に何かがいる。もしかしたらあの蜘蛛の巣を張った者がいるかもしれない。
恐る恐る登っていくと所々で綺麗に切り取られた腕や指、鼻やらと体の一部が転がっていた。
中にはあの見覚えのあるメイドや、鎧の男のものと思われる剣を握った右腕もあった。
悲鳴を我慢するペソの肩をぎゅっと抱き、安心させるルーブ。
そして何事もなく地上の広間に出るが、やはりそこも血の海となり、殆どの人間は切り刻まれて落ちていた。
そこに息遣いは無く、なんとも冷たい空気が漂っていた。
その奥で震える男が1人いた。
「おい、そこのお前生存者か!?」
センカが遠くから声をかけるとビクッと体を震わせて縮こまってしまった。
放っておくこともできずその男に近づいてみると見たことのある顔だった。
「あれ、お前バーの…」
シンスをナンパしてきた男だった。
男はセンカとシャムールを見て安堵して涙をこぼした。
「あぁ…!恐ろしかった…!どうかお助けを…」
「とりあえず外へ出ようぜ!」
センカが正面玄関から出ようとすると男が止める。
「待ってください!そこを通った人たち皆蜘蛛の糸でバラバラになって死んでいってしまったんです」
「じゃあどこからなら出れるんだよ?」
「あっちの方からは人が出れていました」
男に言われるがままセンカはその狭い扉の方へ行く。そして手を添えて唱える
「【
手から真っ黒な濡れた炎が放たれ、そこに張り巡らされていた見えない糸を燃やし尽くした。
「まさかそんなところにも糸があったなんて…!」
男が驚き、血の海へ尻餅をつく。
センカはツカツカと歩み寄り男の顔を思いっきり蹴り上げた。
男は倒れるが、あまりダメージは大きくなさそうだった。
「なにをするんですか!」
「お前さ、目が悪いんじゃないの?ていうかなんであれが蜘蛛の糸だって思ったの?なんでお前だけ生き残ってるんだよ?どうしてあそこからお前は逃げなかったんだ?」
センカの質問責めに観念したのか、細く開いていた瞳を閉じ、目の下にあった二つの切り傷の様なところがパックリと開く。真っ黒な目が二つずつ、眉上も同様に、大量の目が開いた。
それがギョロギョロと動く。
「いやはや、流石の洞察力…」
この男はマグネ。SCT隊に所属する所謂暗殺に特化した部隊の一員である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます