第29話

オークションは進み、後半に差し掛かった。

会場の盛り上がりは頂点に達していた。

その最中に遂にシンス達の目的の品が現れた。


「では本日の最高にして最高峰の商品!かつて神国をも脅かした武闘の大国が保有していたと言われる伝説の短剣、【龍牙双剣】!」


会場は声で空気が震えて身体がビリビリと痺れるようだ。

しかし、黒い布を取った時から感じたなんとも妖しい魅力のある雰囲気が放たれ、会場は息を飲むように静まり返った。

想像していたよりも大きく、刀身は真っ白で金属ではなく、その名の通り牙のようだった。

グリップ部分は実際に大きなゴツゴツとした鱗があしらわれ、竜の目の部分はシンスと同じような黄金の宝石が埋め込まれていた。

会場にいる全員は剣に引き込まれるように惹かれて行く。シンスもその1人であった。しかし決定的に違うのは、シンスの血がそれと一つになりたがっているという衝動を起こしていたことだ。

目と口に違和感を感じる。シンスの瞳孔は爬虫類のように縦に細くなり、歯も犬歯が鋭くなるのを感じ、口の中を切ってしまった。

鉄の味が…美味に感じるこの悍ましさ。


「シンス、どうかした?」


異変に気づいたシャムールとルーブは心配そうに見つめている。

幸い、目の方は仮面で見づらくなっているのでバレていないようだ。

しかし言葉を発するにも犬歯が見えてしまうのではとなかなか口を開けられず、口を手で覆う。

するとツーッと口の端から血が流れ、ドレスにぽたっと垂れてしまった。


「血…?シンスごめん!」


シャムールがシンスを床に押し倒し、口を無理やり開く。

すると歯は鋭く伸び、それが口の中を切ってしまっていた。仮面がずれて目も見られてしまう。

シャムールは意外と驚くことはなかった。


「…あの剣のせいだね…」


シンスはどうしようもできず、ただコクコクと頷いている。

シャムールはモゴモゴと口の中を動かし、シンスの口に精製した治癒のドリンクを流し込んだ。

すぐに傷は癒えたものの、歯と目は相変わらずだ。

シンスのDNAを複製したシャムールもあの剣には疼く何かを感じていた。


「ルーブさん!あの剣、お願いね!」


そう言いシンスとシャムールは出て行ってしまった。

ルーブは託されたまま、その後剣を落札することに成功した。

シャムールがシンスを休ませるために扉のすぐそばにあったベンチへ寝かせる。


「シンス、大丈夫?」


未だ口を動かすことに慣れないシンスは喋ることができずにただ頷くことしか出来なかった。

しかしそれを見て安心したシャムールもホッと息をついた。

それも束の間であった。

コツコツ石の床を叩く様な軽快なヒールの音が近付いてくる。

足音の方を見ると、あの黒いドレスの女だった。

彼女のそばに控える少年は女が出てきたと思われる扉からちょうど出て来たところだった。

女はシャムールとシンスの目の前に仁王立ちする。

シャムールはすかさずシンスの目を隠すように手で覆った。


「あの、すみません、母は体調が悪くて…そ、そういえば先程はありがとうございました」


あの入り口での事を思い出し、礼を言うシャムール。


「良いですのよ。それよりごめんなさいね、話があるの。」


「話?なんですか?」


「王子様を引き渡しなさい。」


シンスとシャムールは血の気が引くような感覚になる。この女は自分たちのことを知っている。


「な…なんのことです?」


誤魔化そうとするが女は煩わしそうに自分の仮面を取り、深紅の瞳で不敵に笑って見下ろした。

この女こそ、神国のSCT隊隊長ポネラ。

完全にバレている。


「…嫌だと言ったら?」


「殺し合いになりますわね。」


「じゃあ嫌だ!」


そうシャムールが言った瞬間、何かが顔を掠めた。

気づけばあの少年は姿を消していた。

シャムールの対角線のはるか先でライフル銃のような物を構えている影がある。

シャムールが動こうとするとまたすぐに頬を数ミリと耳を少し切って正確に銃弾が壁にめり込む。

頬と耳からは血が流れ出ている。

交渉決裂は死を意味していた。


「どうする僕?そこの王子様と…魔法使いの僕ちゃんを渡して欲しいの。」


「…なんで?シンス達が何をしたっていうんだよ?」


「知らないわ。」


「はぁ…?何もしてないかも知れない無実の人間2人を寄ってたかって捕まえようとしてるのかよ?」


女は首をゆっくり振って、少し悲しそうな顔をした。


「捕まえるんじゃないの…死ぬのよ。」


そう言うと肘上まであった黒い手袋を艶かしく脱いでいく。

その下にあったのは金色の腕。

それは間違いなく金属であった。

もはやそれは、あまりにも美しい。

腕を振り上げてシャムール目掛けて思い切り腕を落とした。

間一髪でシャムールは女の足元にシンスを抱きながら隠れた。

女の腕は変形し、剣のように鋭くなっていた。

避けなければ即死だっただろう。


「シンス、動ける?」


「問題なく」


口が切れることを臆さずシンスは言葉を発し、唇が避け、血が流れている。

そしてシンスはドレスの下から短剣を取り出し、体を回転させて女の足を切る。


「あら…」


女は飛んで避けるが掠ってしまい、大理石の床にビチャビチャと音を鳴らし血が溢れる。

足の腱を狙ったのだが外してしまいシンスは舌打ちをする。


「弱体化してるって聞いたけど、やっぱり強いのね、王子様…」


「嫌味か?」


女が後ろにバック転しながら距離を取るとすぐに攻撃がくる。狙撃手からの攻撃を受けないために女を盾にしていたがそれも無くなりこちらは裸状態になる。

なんとか交わすも容赦ない銃弾数が襲いかかるが、なるべく女と重なるように動く。

しかし女は高く飛び上がり、宙で体を真っ直ぐのまま回転させ、手すりの外へ落ちるように降りてしまった。

完全に視界が開けて2人は狙い撃ちされる。

物影に入るために廊下に繋がっている柱の間まで走るが何か違和感。何か視界の端に映った光るもの。

シャムールが狙撃手に気を取られて気付かず右腕をそのまま入れてしまった。

すると痛みもなく腕が乱切りされたような形を空中に残して、ぼたぼたと落ちる。


「え…」


あまりの綺麗な傷口にすぐには血が出ず気づいた頃に一気に血が噴き出た。


「シャムール!そこは何かが張り巡らされている!」


シャムールの残った方の腕を引っ張り戻るがすぐに銃弾が飛んでくる。

動けなくなってしまった2人。

シャムールは腕の付け根からほとんどなくなり、血管とわずな骨が残っているだけだった。


「大丈夫か?シャムール…」


シンスは自分のドレスを引きちぎり、シャムールの腕の付け根に巻き付け止血する。


「大丈夫、治るから…ごめんねせっかくの綺麗なドレスが」


「あ…いやそういえばこれはルーブ殿の持ち物だったな…」


シンスは今更ながらまずい、という顔をしている。


「あはは、じゃあ生き残って謝らないとだね」


「そうだな。」


2人は見つめ合い、誓い合う。


「じゃ、俺は狙撃手を倒してくるから、シンスはその隙にあの女の人をやって。」


「しかしその怪我でどうやって…」


シンスが見るとシャムールの腕は既に出血はなく、その腕から白く細かい繊維が伸びてきている。

それがどんどんと腕の形になり、みるみるうちに治ってしまった。

シャムールが手をにぎにぎと握って感覚を確かめる。


「やっぱりブランクがあるな…36秒ってところかな?」


シンスは驚いた顔をしながら元に戻った腕を見ている。


「まぁ、死なないから大丈夫。多分」


そう言ってシャムールは飛び出す。

間髪入れず飛んできた銃弾はシャムールのなびく髪に穴を開け、結んでいたリボンは千切れ髪が解ける。

シャムールの背中が盛り上がり、みるみる内にあの濡れたような黒い羽根がシャツを破って生え、大きく羽根を羽ばたかせ、一振りで飛び立つ。

一瞬のうちに距離を詰め、そのまま殴りかかろうとしたが、そこにいたのは見覚えのある顔。


「…クロ」


「やぁ、昨日ぶりだねシャムール」


振り上げた拳を止めることなくクロの顔にめり込ませる。

クロはその衝撃で奥のガラス張りになった暗い部屋に、家具が壊れる大きな音を立てて吹っ飛ばされてしまった。

手から離れたライフルをシャムールが拾い上げる。


「銃…いやマジックガンか?」


奥からガラス辺が落ちる音と共に体を起こすクロ。


「正解…よく知ってるね。」


このマジックガンは火薬ではなく火属性魔石と水属性魔石を発動させることで膨張させ銃弾を飛ばしている。

神国のオリジナル武器だ。


「クロ、君が神国の人間だったのか」


クロは刺さったガラス辺を肩や腕から抜いて、胸元にあった瓶底眼鏡を掛けた。


「うん、ごめんね」


「いや、謝らなくていいよ。別に騙されたわけじゃないし…でもこの偶然は…」


クロは眼鏡越しのシャムールの表情を見る。

シャムールは眉間に皺を寄せ、少しだけ悲しそうだった。

それがすごく嬉しいクロ。


「そんな顔してくれるなんて…俺、シャムールに出会えてよかったなぁ…友達ができて嬉しかったよ。」


クロは立ち上がるが身体中ガラス辺が突き刺さり、もはや戦うことは出来ない。

肺に肋骨が刺さっているのか呼吸の音もおかしい。このままでは確実に死ぬ。

シャムールはもうクロが反撃できないことを分かっている。

マジックガンを足で砕き、そのまま何も言わずに、振り向くこともなく部屋を出て行ってしまった。


「…シャムール…また会えるかな…?」


その返事は聞こえてこない。もう耳鳴りで頭の中は真っ黒に落ちて行く。


「会えるさ、きっとね。」


その声はクロには聞こえない。

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