第28話
ルーブ達は無事会場へ着き、各々用意した仮面を被る。
入り口の黒服達が招待状を確認し、ボディーチェックをしている。
何なく通れるかと思いきや、メイド2人は止められてしまう。
「女だけの従事者はダメ。」
「何故です?彼女らは立派なボディーガードですが。」
ルーブがそう言うも男達は首を縦には振らない。
後ろの男はクスクスと笑っている。
実を言えばこのセキュリティはそこまで重要ではなく招待状さえあれば通れるが綺麗な妻と良い女2人も連れているルーブにちょっとした嫌がらせであった。
そこにシャムールが割って入ろうかと思ったところに真っ黒なタイトなマーメイドドレスを着た女が男の前に立った。
「後が詰まっているの。メイド2人入れたらなにか問題でもあるの?」
仮面の奥から覗く真っ赤な瞳に男は体の底から冷えるような感覚を覚える。
「…どうぞ。」
そう言い女は数人の黒ずくめの従者を連れてルーブ達の横を通る。
その際に少し頭を下げるルーブにニコッと笑ってそのまま立ち去ってしまった。
「すげー良い女じゃね!?ね!?」
シャムールが興奮しているとシンスはその女達をじっと見ている。
「…なんだか、あの人たち…」
「どうかしたか?」
センカもシンスの異変に気付く。
「いや、何でもない。入ろう。」
シンスは過った不安を振り払うように頭を横に振ってそのまま何事もなかったかのように振る舞い、5人は会場へ入っていった。
その頃、ルーブの領地の街には二つの影が入り込んでいた。
その二つの影は静かながらも人通りも多く、華やかな街並みを見ている。
「んー、平和ですね。アーケル、私たちはどうやら彼女達に騙されてしまったみたいだね。」
ある鮮やかな光が反射するホテル前の広場のベンチに座る仮面の男達。
小柄な方がコクリと頷いた。
「どうやらもう王子様達はこの街にはいないようですからね…それにしても随分と慕われているのですね、ここの領主様は。」
ゆっくりと男が立ち上がり、歩き出す。その後をついて行くアーケル。
その足跡は掠れているが黒い。
いつもは賑やかなホテルは虚しく光だけがあり、いつも人が溢れているホテル前の広場には人の呼吸一つない。
その異変が街中にはまだ広がってはおらず、何も知らない人々は酒を飲み笑い、飯を食らい満たされている。
その中を割って歩いていく彼らの死臭に気付くものも、またいなかった。
場所は戻りオークション会場のある村の地下。
寂れた村の地下にあるとは思えないほど装飾は細かく、まるでオペラ会場のようだ
既に人は溢れていて、熱気に包まれ汗が滲む。
センカとペソは本会場の外の待合室にいた。
そこには他の護衛の者や従者が静かに佇んでいる。
その空間は物々しく殺気立っているとも言える。
中には本当のただのメイドもいて怯えて震えている。
何ともなさそうにボケーっとするセンカと、いつでも戦闘になれるように気を張るペソ。
震えて泣きそうになっているメイドに絡む輩がいる。
明らかに金で雇われた傭兵。ガラも悪く品もない。
「メイドさん俺にもご奉仕してよ〜」
「そ、その…」
「お帰りなさいませ〜ってやつ!言ってみてよ!」
2人の若いメイド達に3人の大男。
メイド達は震えて片方は泣き出してしまった。
「おいおい俺たちなんもしてないよ〜?」
男はチラリと周りを見渡す。
こちらに干渉してきそうな奴はいないか確認し、女の腕を鷲掴む
「なぁ、ほら泣いてないでさ、ご奉仕は?メイドさん…裏で楽しい事しよっか」
男達に引きずられて連れていかれるメイド達。
大声で助けを呼んでいる。ペソは我慢できずに立ち上がり駆け出そうとするがセンカがそれを止める
「なぜ!」
「俺たちがここにいる目的は弱者の救済じゃねーだろ。」
「でも…見過ごせないわよ!」
ペソの瞳は頑なでキッとセンカの目を睨みつける。
「…お前さ、あの男達がどれ程強いか分かるか?」
センカもペソの目をジッと見つめる。
センカの質問には答えられない。
「私よりは強いです。」
「おーそうだ。多分お前はあの女達を助けに行っても一発で伸ばされて犯されるだけだぜ。被害者が増えるだけ。」
「ならあなたも手を貸して…!」
センカは首をフルフルと横に振った。
ペソはカッと頭に血が昇るが、直ぐに理解する。
気づけばセンカの目は男たちを真っ直ぐに見ていた。
「…とにかく静かにしてくれ。」
センカは冷静で、その目は何かを探しているようだった。
「多分、もう少しだから我慢してくれ」
センカがそう言うとペソは何のことかと問いかけたその時だった。
見るからに正義の味方であると言った外見の白い鎧を着た大きな男が立ち上がり男達を追って行った。
「貴様ら!待ちたまえ!」
「あん?」
たった1人で立ち向かって行く男は大きく傭兵の男たちを見下ろしている。
しかし傭兵たちも引かない。
「なんだぁ?混ぜてほしーの?」
ニヤニヤと笑いながらメイドの胸を揉みしだく男。
白の鎧を着た騎士はその男の手を掴み、投げ飛ばし、よろけたメイドを1人救出した。
投げられた男は5メートルは飛んだであろう。
「…なんだてめー!」
残った2人のうち1人が殴りかかるが鎧の男は片手で相手の頭を受け止め腹を蹴飛ばす。
仲間のその姿を見ても、最後の1人は全く動じていなかった。
それどころか少し笑っている。
「アイツがやばい」
センカも固唾を飲んで彼らを見ている。
ペソもその視線を追い、対峙する男を見る。
男たちは見つめ合い、いつ互いに攻撃を仕掛けるか伺っている。
そして鎧の男が剣を取り出し構える。
すると傭兵の男が取り出したのは何の変哲もない木の棒だった。
「貴様!舐めているのか!」
鎧の男が激昂し怒鳴るが傭兵の男はクックックと笑う。
「いや?これで十分だからこれを出しただけ」
鎧の男は怒りに任せ飛びかかる。
それを木の棒で弾く。
「ねぇ、あの鎧の男なら…勝てるわよね?」
ペソが不安そうにセンカに問うとセンカは首を傾げる。
「いや…無理だと思う」
「そんな…」
2人が話していると金属が石の床に落ちる音が鳴り響いた。
既に勝負はついていて、鎧の男の首に木の棒を突き立てている。
メイド達は既に逃げ出す気力もなくその場で泣き崩れている。
他の者達はただ黙って見ているだけだった。
しかし男も少し息が切れている。
はぁ、はぁと呼吸が乱れているところにセンカは親指と人差し指で輪っかを作って男に照準を合わせる。
「何を…?」
「オリジナルマジック…【ロブ・オキシジェン】」
指の間に小さい魔法陣が出来上がり、それと同時に男の口元にも同様の魔法陣が浮かぶ。
「…なん…」
男が息を吸ったその瞬間、白目を剥いて倒れてしまった。
何が起こったのか分からず騒めく。
他の人には魔法陣が見えていなかったのか鎧の男と相打ちだったのかと思う者もいたが、ペソだけが見ていた。
センカが何かしらの魔法を使ってあの男を倒したのだ。
「何をしたの?」
「…空気をな、吸わせたんだよ。」
「空気?」
センカはどう説明すれば良いのか分からず困った顔をしている。
「えーっとつまりな、あの男だけを倒すには息切れしていてそばに他の人間がいない条件が必要だったんだよ」
「なら最初から言ってくれたら良かったのに」
「いや、その状況が出来るか分からなかったしな…」
センカもあのメイド達を助けることができて安堵したようだった。
「ふふ、あなたがあの子達を見捨てるのかと思ってビックリしちゃったわ。でも見直した、素敵だったわよ」
ペソがそう言うとセンカは恥ずかしそうに目を逸らしたが実際、無理そうなら見捨てていたから何も答えられなかった。
その後ろにいた小柄な黒ずくめのローブを頭から被った少女が見ていたことは、2人は気付かなかった。
待合室でそんな事件があったなど全く知らないルーブ達はついに始まるオークションに緊張していた。
舞台にはハットを被ったいかにもな紳士が立っている。
オホン、と一つ咳をして、大きく息を吸った。
「淑女ならびに紳士の皆さん、今晩はこれほどお集まり頂き光栄の極み。皆様の心を満たす商品を多く取り揃えております。では早速、始めて参りましょう!本日の初商品はこちら!」
男はパチン!と指を鳴らし、黒服の男達が赤い布がかけられた物をゾロゾロと運んでくる。
いちばん手前に置かれた物の布を外すと、中には3歳〜10歳くらいの子供が何人か入った狭い檻だった。
人身売買である。
「まず初めはこの子達!元貴族の遺児から高級風俗嬢の子など、愛玩するにはもってこいの美形が揃っているよ!では10万ロルから!」
男が鍵を開け、1人ずつ立たせる。
子供達はもう涙も出ないのか、ただ呆然と観客席を見ている。
痩せてはいるが、商品のため綺麗に着飾られている。
その子供達をシンスは痛々しく見つめる。
意外とシャムールは特に胸を痛める様子もなく、ただジッと見つめている。
それどころか子供達を通り越した後ろにある布を被った商品を見ていた。
そんな中周りは次々と値段を提示していく。
「4番に20万!」
「3番に25!」
次々と値段が上がる中全く人気のない端っこにいる5番の子供。自分が人気がないことに悲しみも喜びもしない、いや何をされているかも理解していないようでただボーッとしている。
ルーブさんがここに入って初めて声を上げた。
「5番に50!」
「はい!50!他にはいないか?他にいませんね?」
1番痩せて見窄らしいその子供に50も出すなんて頭がおかしいのか酔狂なのかと奇異な目で見る周り。
そして他に提示する者もおらず結局その子はルーブが買い取ることとなった。
「…ルーブ殿…」
シンスが眉を潜めてルーブに話しかけるが、ルーブはただ少し微笑んでシンスの方は見ない。
「ねぇママ上、買われなかった商品はどうなるのかな?」
シャムールがシンスに問うと、シンスはハッとした。
そして思い出す、ルーブの経営するホテルの従業員達がルーブを異常なまでに慕っていた。
もしかして彼らは…全員?
「まぁ、自己満足ですよ。」
ルーブはハハハと笑う。
ルーブが今までオークションに参加していた理由はこれだった。
ルーブは王子時代から殺される予定だったり、奴隷にされる売れ残りの子供たちを買い取っては立派に育て上げて働かせ、独り立ちできるようする活動をしていた。
殆どの者は残り、恩を全うしている。
セルゲイもその1人で、死にかけの弟と共に買われ、弟の命と、自分を助けてくれたルーブに心の底から恩を感じていたのだ。
彼は必死で勉強し、努力の末あの若さであのホテルの従業員責任者に上り詰めたのだった。
その活動にフランも感銘を受け、フランも同じように活動を始めた。フランの死後はルーブがフランの子たちを引き取り自分の経営するあのホテルで世話をしている。
シンスは黙ってルーブに頭を下げた。
全員の子供の買い取りが終了し、次の商品の布が脱がされた。
その中には白い肌に褐色の不思議な模様がついた、美しい女性が緑色のクリスタルに入っている。輝く緑色の髪が新緑の若葉の様だ。
その子は既に息絶えていた。
そしてその子が全員の目に触れると会場は大きく揺れた。
「おいあれ…」
「嘘だろ初めて見た」
ザワザワと声があちらこちらから聞こえてくる。
「では特別目玉商品!美しき翠緑の神孫!」
神孫という言葉にシンスはハッとし、シャムールの方を見る。
シャムールの表情はあまりに冷酷であった。
その女の子に対する視線かと思ったが、よく見るとあの男を見ている。
いつもの朗らかなシャムールはそこには居らず、ただ殺気を振りまいた、まるで獣。今にも襲いかかりそうなほど。
「シャムール、落ち着…っ!」
シンスがシャムールの肩に触れると物凄く熱い。
人の身体が耐えられる熱ではない。
怒りによって身体が異常なまでに発熱していたのだ。
幸い席は隔離され、それぞれ独立した席が設けられていたため他の者の目に触れることはなかったが明らかに今のシャムールは危険だ。
シンスの言葉にシンスの方を向くシャムール。
シャムールの頬には涙が落ちていた。
「…彼女の姿が苦しい…。ごめん、なんか俺変だ」
シャムールの涙は止まることなく落ちる。
その涙も熱く、落ちてすぐに蒸発してしまう。
それに構うことなくシンスはシャムールを抱きしめた。
「当然だ。自分の家族なんだ、好きなだけ泣くんだ。」
それを見たルーブは周りが提示した金額を大きく上回る金額を提示。
「これで決まりか!?他にはいないか!?」
「1000万ロル」
隣の席にいたあの黒いドレスの女が手を挙げていた。
ルーブが提示した金額は500万。
誰も声を上げず、ルーブも対抗しようと手を上げようとしたが、シャムールがルーブの手を取り、首を横に振った。
「ルーブさん、俺よりシンスのためにお金は取っといてよ」
シャムールの頬には未だ大粒の涙が零れ落ちているが、ルーブはシャムールの目を見たらそれ以上何も言えなかった。
シンスも、ただ眉を寄せて黙ることしか出来なかった。
黒いドレスの女と、その隣にいた小さな黒いローブを被った少年はシンス達の方を見ていた。
そして少年は眼鏡を外した。
「…やっぱり俺って運がないよね」
「そうね、せっかくできたお友達なのに。可哀想なクロ」
深紅の色をしたクロの瞳は微かに光が揺れた。
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