第27話
太陽が地平線に掛かり、空をオレンジ色に染めている。人々は途切れることなく活気で溢れてた街に、昨晩と同じようにセンカとペソは出ていた。
2人がなぜ街に出ているかと言うと、シンスに施す予定だった化粧品を慣れないシンスが誤って落としてしまい、2人が買い出しに出たのだ。
時刻はおよそ18時。
オークション開始まで3時間はある。
会場も近く直ぐなので急いではいないが、人混みが苦しく一刻も早く抜けたいセンカとペソは急足だった。
2人はようやく街の中心にあるブティックに着いた。
ホテルの直ぐそばにあるのに人が多すぎてなかなか到着できなかった。
ホテルが経営するブティックやコスメセレクトショップが立ち並んでいて、ホテル同様華やかである。入り口に立つ案内員の女性複数が待ち構えていた。
「いらっしゃいませ。どのような物をお探しですか?」
早速2人に寄ってきた店員は香水の匂いが強く、クラクラしそうになる。
しかし流石は何百との客を接客してきたベテランの店員なだけあり、センカが全く興味がないことに気づき、積極的に話し掛けるのはペソに対してだった。
「社交の場に出るための化粧品を探しています。色合いは…」
テキパキと確実に伝えるペソにいそいそとその要件に応えるために店員は色々な物を持ってくる。
香りや色を確かめ、慎重に選んでいく。
そんな中赤のグロスを見ていたセンカ。それに気付いた他の店員が話しかける。
「気になるものはお試しいただけますよ。」
センカを女だと疑わないその若い店員はセンカが何も言わずともテスターを取り出し、センカの手の甲に乗せる。
「お客様は色が白いのでこういったはっきりした色は逆にアクセントになって素敵かと思います。」
「あ…いや実は…」
センカが店員にコソッと話すと店員は化粧品を買い揃えているペソを見てなるほど、と言いその商品を裏へ持っていった。
センカはペソの元へ歩いていくとペソがセンカに気づく。
「せ…シエンナ、奥様のアイシャドウはこの色でいいと思うかしら?あとはチークもオレンジよりコーラルっぽい方がいいわよね。」
真剣に考えているペソの横顔を見てつい昨日との印象と違いすぎて笑ってしまう。
「こらシエンナ!真剣に考えなさい!」
「おー悪い、化粧のことはよく分からないけど、なんとなく奥様にはこの色が似合うと思う」
センカが指さしたのは少しくすんだベージュピンクのリップと赤みの強いピンクのアイシャドウ
「やっぱりそう思うわよね!正直こっちと迷ってるのよね」
ペソはとても楽しそうに化粧品をあれもこれもと取り出しては悩んでいる。
そんなペソに店員が言う
「やはり、奥様のお肌の色や目の色、髪色の違いでお化粧も印象が変わりますよ。差し支えなければお伺いしても?」
「銀髪で…瞳は…」
ペソはハッとしセンカを見る。
見た目の特徴を言ってもいいものかと思ったがセンカはうん、とうなずき代わりに答えた。
「瞳はゴールドっぽい感じです。」
「かしこまりました。では…」
店員は黒のアイシャドウパレットを開け、何色か出して見せる。
そしてその奥にあった口紅も出してくる。
「綺麗だわ…やっぱり奥様には艶っぽいグロスが良いわよね。」
「あーうんまぁ確かに艶がないやつよりも似合うかもな」
あーでもないこーでもないと話しながらも何とか決まり、帰り際にあの若い店員がセンカの元へ走ってきた。
「お客様!これを」
ラッピングされた綺麗な紙袋を手渡す。
そしてそのままペソに渡す。
「これは…?」
「似合うと思って、柄にもないことしてみた」
センカは少し照れながら笑う。
しかしペソはその気持ちがすごく嬉しかった。
お互いが男女として意識しているわけではない(と本人たちは思っている)が歳の近い友人として、性別を超えて互いを思う気持ちが繋がった感覚を覚える。
「…ありがとう、後でゆっくり見させてもらうわね」
「おう、気にいるといいんだけどな」
「絶対よ!」
ペソは大事そうに紙袋を両手で持つ。
2人はいい雰囲気のままホテルへ戻っていくと、何やら部屋でルーブ達が困っている様子だった。
「どうしたんだ?」
ルーブ達はあの鉢のモンスターが氷漬けにされている物の前で立っている。
「お帰りなさい。いやね、これをこのまま置いていくか、馬車で会場まで持っていくか迷ってるんですよ」
「俺は壊しちゃえばって言ったんだけどね!」
シャムールが無邪気にそう言うとルーブは青い顔をしてシャムールの肩に手を置く
「シャムールくん、死んじゃうって…」
「本当お前物騒なところあるよな…」
センカもドン引きしているがペソに至ってはシャムールに賛成派の様だ。
「危険であるなら殺してしまう方が良いかと。」
「ペソちゃんもそう思うよね〜?ただ…」
この氷は古代魔法によって作られた物。
その辺の氷の様に簡単には割れない。もし割るとなると相当な力が必要になるし、このホテルの部屋自体が無事では済まないかもしれない。
「こう言う時にあれがあればいいんだけど、あれ、何だっけ?」
シャムールが頭に指を当てて何やら思い出そうと奮闘している。
「あ?なんだよあれって」
「あれだよー!あれ!!忘れちゃったけど!剣……刀?」
センカもペソも全く分からない様子だったが、ルーブだけ反応した。
「もしかしてあれかな?」
「多分ルーブさんが思ってるやつだと思う!」
「名前がややこしかったんだよね、あれ。でも今は
「えー!!嘘!そうなの?」
2人の会話に全くついていけない2人はシンスの待つ部屋に入っていった。
「おぉ、すまなかった…」
シンスが2人に気付くと椅子から立ち上がる。
昨日とは少し違ったドレスで純白を基調とした生地に鮮やかな色合いのレースが重なって花弁の様になっている。
「めっちゃ似合ってんなシンス」
「それは喜んでいいのだろうか…」
「ええ、とてもお似合いです、シンス王子。では化粧はわたくしがさせて頂きますので、お座り下さい。」
ペソがシンスの座っていた椅子を引き、シンスを座らせる。
そして化粧を施していく。
目を瞑り静かにしているシンスの顔を近くで見て、改めてフランに似た雰囲気を感じる。
まるで本当にフランとまた戯れているかのような錯覚を覚える。
「…どうかしたのか、ペソ」
シンスが気付き目を開ける。
その瞳はフランの藍色の瞳ではなく、光る黄金色だった。
フランではない。
「いいえ、つい、フラン姉様のことを思い出してしまっただけです」
「あのルーブさんの婚約者だった人か」
後ろのベッドで足を組んでくつろいでいたセンカが口を開いた。
ペソは小さく頷いただけで、それ以上は語らなかったが、昨日の涙を流したペソの姿を思い出すと、言葉が出ないほど、ペソにとっても大事な人であることがひしひしと伝わってきた。
化粧も終わり、髪を巻いて整えて準備が完了した。
時刻は19時半、まだ少し時間はあるが辺りはもう暗く街の光が煌々としていた。
シンスがペソに礼を言いルーブ達のいる部屋の方へ行ってしまった。
軽く寝ていたセンカを揺すって起こすペソ
「センカ、あなたも化粧をした方がいいわ。一応男とバレないように」
「えぇ?俺はいいよ」
「ダメ!それにホラ、折角プレゼントしてくれたグロスも、一緒に付けましょ?」
ペソは嬉しそうに貰ったグロスを両手で持ち、自分の顔に当てる。
まるで姉妹、女友達とお化粧をし合うようなそんな風に嬉しそうなペソを見て断れずにシンスが座っていた椅子に黙って座る。
「センカ、あなたも綺麗な顔立ちよね、いくつだっけ?」
「嬉しくねーけど、16」
「やっぱり、年下だったのね。でもたしかに年相応かも」
ペソはクスクスと笑い、センカの髪を顔から払いながら、纏める。
露わになった首筋。ちょうど骨のあたりに穴のような傷跡がある。なんだろうか、変わった傷に手が止まる。
「ガキっぽいって事かよ?」
センカが言葉を発し我に変える。
「ええ、笑顔はまだ子供よね」
「そうかな…」
怒るかと思ったペソは意外なことに嬉しそうに笑うセンカが幼い子供のようで不思議と胸が痛む。彼の底にある寂しさが無意識に届いたかのように。
「素直なのね」
「おう、ガキ扱いされるのも悪くねーなって思ってさ」
「センカ…家族は?」
センカの笑顔がゆっくり消える。
あまり聞いてはいけないことだったと思い、言葉を訂正しようと息を吸ったその時センカが話し出した。
「両親は知らないけど、多分血が繋がってそうな人に育ててもらった。あとは姉みたいな存在の…嫌いな女が、俺の中に今もいる」
最後の言葉の意味をどのようにとればいいのか分からず手が止まるペソ。
「あ、心にとかじゃなくてな、本当にいるんだぜ!?妄想とかじゃないからな!?」
よく分からないがセンカの焦る顔がなんとなくおかしくてクスクスと笑ってしまうペソ
「分かったわ。でもまぁ確かにセンカってお姉さんがいる感じするわね」
「あー?どういうこと?」
センカは嫌そうな顔をするが指で無理矢理目を瞑らせるペソ。
「何となく女慣れしてる感じがするのよね。」
そう言いながら薄くシャドウを塗って行く。
「分かる、童貞なはずなのに童貞ならではのあの女に貪欲な感じがしないよね」
突然後ろからシャムールの声がし、驚き振り返るペソ。なんとなく気配を感じていたセンカは舌打ちをしている。
「貪欲っつーとお前じゃねぇか」
「俺は子供だからいいのよ!」
「お前本当馬鹿だよな」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんですー!」
何だよそれと笑うセンカに釣られてペソもクスリと笑う。それを見て驚き近寄ってくるシャムール
「え!?ペソちゃんがシラフで笑ってるの初めて見た!可愛いね!」
「か…!可愛いなど…!」
照れるペソにニコーッと笑ってみせるシャムール。
からかってはいないと分かり、素直に笑い返す。
センカの化粧の最後にセンカから貰ったグロスを塗ろうとすると、センカに止められる。
「先に塗ってやるよ」
ペソの頭をクイっと引き寄せる。
ペソの少し開いた小さな唇に赤い艶やかなグロスを塗る。その様子をうっとり見るシャムール
「百合感ある…いい…」
「意味わかんねーこと言ってんなよガキ」
軽くあしらうセンカだったが、今更になってこの大胆な行動が恥ずかしくなり、サッと塗って直ぐに返す。
「おおー!ペソちゃん可愛いねー!」
シャムールがそう言うとペソは少し目を伏せる。
「どうしたの?」
「私は、顔がキツイと言われるので…この様なハッキリとした色でもっとキツく見えませんか…?」
俯くペソの顔を背伸びして触るシャムール
「え?誰がそんなこと言ったの?ペソちゃんはどう見ても可愛い女の子じゃん?」
白いペソの顔が耳まで赤くなる。今までならからかわないでと怒るところだったが、女の子として扱ってくれる事を素直に、正直に喜びとして受け取る。
「ふふ、ありがとうシャムールくん」
「…!」
今までにない柔らかい表情に心臓を掴まれるような気持ちになるシャムール。
「ペソちゃん、俺と子供作んない?」
「え?」
「馬鹿いってんじゃねーぞガキ!さっさとママんとこ行きな!」
センカに追い出されてしまったシャムール。
「そんな怒んなくてもいいのに〜」
「あはは、ペソと随分仲良くしてくれているみたいだね。」
後ろからルーブが来て、転んだシャムールを起こしてやる。
その奥に座って待つシンスもその姿を見て笑っている。
「ママ上…めっちゃ綺麗…!」
「ママ上?」
ルーブが聞くとシンスは少し恥ずかしそうに顔をかいた。
「ええ、育ての親をそのように呼んでいたのです…」
「なるほどそういうことですか、意外な面があるのですな」
ルーブはニコリと笑ってシャムールと一緒にシンスの座るソファに腰掛けた。
そしてチラリと入り口の方にある氷漬けを見る。
「やはりここに置いていこうかと思うのですが…」
ルーブがそう言うと2人もその方を見る。
「すぐにでも動いてしまうことは無いと思います。それで良いかと。」
「あれ逆にどうやったら溶けちゃうの?」
「さぁ…」
ルーブもシンスも首を傾げていると奥からセンカとペソが出てきた。
どこからどう見ても綺麗なメイドさん2人だ。
「ちょうど良いとこに!センカ、あの氷どうやったら溶けるの?」
「俺が死ぬか、他の古代魔法を使えるやつが火力魔法をかければ溶ける。けど古代魔法の使い手はそうそういねーから心配ないと思うぜ」
「どちらかというとセンカが死ぬ可能性の方が高いな」
シンスがそう言うとセンカは真っ赤になり怒る。
「うるせー!ヒョロガリ舐めんなよ!図太いんだぜ意外と!!」
笑いが部屋に広がる。
「…さて、参りましょうか」
ルーブの言葉に全員が頷き、部屋を出て行った。
5人が部屋を後にすると、影がスーッと物の影から影へと移動し、部屋の影にスッと入る。
真っ暗な部屋の中、影から真っ黒な物がズルズルと姿を表した。
「…いた」
それは氷漬けの前に立ち、そばによって頬擦りをした。
「待たせてごめんね、アルミ。もう少しだけ待ってね。」
そう言ってまた影の中にドブンと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます