第26話

「なぜコレを?」


「ええ、センカさんに聞いていつ溶けるのかを聞いたらセンカさんが無事である限りとの事でね、念のために近くに置いておいた方が安全かと思いましてね。」


ルーブは自分の、ではなく街の安全を優先した。

センカがサササとシャムールの近くにより耳打ちする


「シャムールさっきの話はこの事か?」


「え?あーまぁそんなところ…自分がほら、危険に晒されるかもしれないからー的な?」


「ふーんそういうことか。」


センカは少しスッキリした顔をして、ソファに戻りどかっと座る。


「あぁそうだここはスパがありましてな、えーっとなんだったかな?山から出る」


ルーブが思い出せずに苦戦する中シャムールが閃く。


「あ!もしかして硫黄温泉じゃない!?」


「え?あぁ、そういう名前だったかな、そのお湯の臭いがキツイけど体にいいようで」


「へー温泉あるの〜!?ていうか温泉とかの概念があるなんて嬉しいなぁ懐かしいよ!DNA採取の旅の時はなかったんだよなぁ…ってあれ、え?」


シャムールが饒舌に話すも本人も何を言ったのか理解できていないようだ。


「よ、よく分からないけど記憶が戻ったのかな?」


ルーブはそういうがシャムールは未だ混乱しているようだ。


「お、俺今なんか言ってたよね〜?!なんだろ、勝手に口が動いた感じで変…」


シャムールは怯えているようで自分の口を両手で押さえている。

自分ではない何かが体を乗っ取る恐怖に震えている。そんなシャムールを見てセンカが慰めるかと思いきや、


「お前二重人格か?」


「え、センカが言われちゃうそれ?」


「いや俺はもう一人しっかり入ってっから!」


「妄想だったりして?」


「ちっげーから!…違うよな?」


センカは一応シンスの方を見て確かめるように聞く。シンスはセンカのその顔を見てふふ、と笑ってしまう。

二人でいた時はこんな風に笑ったり話をしたことなかった。


「あぁ、確かにカレンデュラはいる。」


ホッとするセンカにシンスは、


「多分な」


「おい!!!」


「あはは、じゃあシャムールちゃん、僕と行くかい?」


ルーブが手を差し伸べるとパシッと手を取る。


「良いね!行こ行こ!女装組はお留守番で!わはは!」


シャムールがシンスとセンカに悪戯っぽく笑い、じゃねー!と手を振って2人は出て行ってしまった。

微笑んで小さく手をふり返すシンスはハッと何かに気づいた。


「シャムールは女の子なのにルーブ殿と風呂に入れるのか?」


「はぁ?あいつ男じゃねーの?」


「…そうなのか?」


「いや知らねーけど」


「…」


心配そうにするシンスにため息をつくセンカ


「…おいおい、心配しすぎだろ!なんかお前シャムールに過保護だよな」


「当たり前だ!あんなに幼い子を放って置けるわけないだろう!」


「爺さんの本能なんじゃねーの?」


「なるほど、これが父性なのか…」


「いや知らねーけど」


「…」


2人が微妙な雰囲気になっている中ルーブとシャムールは地下のスパの脱衣所にいた。

シャムールは少年の服装をしていたのでなんの奇異の目もなく入ってこれたがなんせ綺麗な顔立ちをしている為周りの男性陣から注目を浴びる。

このスパは10歳以下であれば性別関係なくどちらにでも入れる。

ルーブはシャムールに下心があって誘ったわけではないが少し気まずくなる。

そんな事はつゆ知らずのシャムールは背中のボタンを外すのに戸惑っていた。


「んん、お父様お願い」


シャムールがくるりと周りルーブに背を向ける。

ルーブはしゃがんでボタンを外してやるが今はシンスに擬態中のためどこかフランを思い出してしまう。

なんというか背徳感よりも、本当にフランとの子のように思えてきて、愛おしい気持ちに近くなる。


「ほら、取れたよ。」


「ありがとうお父様!」


シャムールがバッと服を脱いだ。

一気に男どもの目線が集まるがそれが大きな事故となった。

顔に似合わず、逞しい漢がこんにちはしている。

男達はショックを隠せなかったようで、泣いているものもいる。

違う意味で泣いている男も居たが。

ようやく男達の目線に気づいたシャムールはわざとらしく身体をくねらせる


「おじさんたちのエッチ〜」


ブバッ!!

シャムールのその姿に何人かは鼻から血を噴き出して逝った。


「あはは、シャムール行こうか。中は滑るからね」


シャムールはルーブに手を引かれながら男達に悪戯な笑い方をして手を振る。

中に入ると体に硫黄の香りと湯気が張り付いた。

中は真ん中に大きなプールのように窪んだところに湯が張ってある。

その他は休む椅子なども設置されている。


「んーー!この感じ!これこそ温泉って感じだよねぇ」


シャムールはスーッとそのなんとも言えない香りを身体中に巡らせるように吸い込んだ。


「まぁいい香りではないけど、癖になるよね。」


「だよねぇ〜!シャワーとかないのかな?汗先に流したい」


シャムールはキョロキョロと辺りを見回す。


「ここにはシャワーではなくてこのお湯が所々から出ていて、それで汗を流すんだよ」


「なるほどね〜ってあれ!もしかして!」


シャムールが何かを見つけたようでルーブの手を離してどこかへ走っていってしまう。


「あ!コラコラ!」


ルーブも重たい体を揺らしながらシャムールを追いかける

その先にあったのは中に設置された、そうサウナ。

中に入ると熱でブワッと汗が染み出す。

真ん中には溶岩石に純度が高い火属性魔石が埋め込まれている。


「いいねいいね〜!サウナ!ここのホテルのオーナーはいい趣味してるよ〜!」


「ここはかつて、といっても本当に大昔の話なんだけどね、この国ができる前からこの文化が根付いていたんだよ」


「誰かが持ってきたとかじゃないって事?」


「うーんよく分かってはいないんだけど、始まりはもうそうだな、何百年も前らしい。」


「ふーん…」


シャムールはどんどんと溢れ出す汗に心地よさを感じながら懐かしい気持ちを堪能していた。

さっきは怖かったあの誰だか分からない者の感情が、ゆっくりと自分と溶け合っているような感じだ。

シャムールの失った記憶の中にある、いる、誰か、何か。

今は分からなくてもいいやと思えるほどに現在を満喫していた。

隣にいるルーブは暑さに耐えられず、早々に出てしまい、1人の世界に入り込んでいると後ろから声をかけられた。


「…お前、結構イケるんだな」


振り向くと真っ黒の髪を肩辺りで揃えたシャムールと年の近そうな少年がニッと笑っている。


「君こそ、いつからいたの?俺が入るときには既に居たよね?」


「ふ、かれこれ一時間近くになるな…」


「す、すげぇ!」


どやっと笑う少年は続けた。


「それでな、のぼせて動けないんだ。」


「え?」


「助けてくれ。」


その少年を抱えて急いで飛び出すシャムール。

比較的温いお湯が出ている場所まで運び掛ける。


「大丈夫!?」


「ふ、ふふ、悪いな…」


少年は目が虚になっているが温い《ぬるい》お湯が熱い体を冷やし、少し気持ちよさそうにしている。


「…」


ここからだとすぐに飲み物を取ってこれない…どうにか身体をもっと冷やさないとまだ危険な状態だ。

一か八かでシャムールは思いついた事を実行に移す。


「んべっ」


口から少し水色に光る石を口から出した。

成功だ。

これはセンカが使った古代魔法の破片から抽出した氷属性の魔石だ。

それをチョロチョロと出ている湯の出口にはめると、湯は一気に冷えて冷たくなる。

純度を低めにしたので、湯が凍ることはないようだった。

後のサウナ後の涼む人気スポットになるのだが。

心臓から遠ざけるように向きを変えて足の方に掛けていく。


「…え?なにこれ、お前がやってくれたのか?」


その冷たさに気づいた少年は驚く。


「う、うんまぁたまたま?どう?気分は?」


「あぁ、凄くいいよ…ありがとう…」


少年はゆっくり目を閉じて少し気を失っているようだった。

呼吸もしていて心拍数はまだだいぶ速いが落ち着いてきている…もう大丈夫そうだ。

それにしてもサウナはあるのに水がないなんて、これはちょっと危険ではと思うシャムールである。

シャムールを探していたルーブがようやく見つけ、駆け寄ってきた。


「シャムール大丈夫かい?その子は?」


「ルーブさ…お父様、彼はのぼせてしまったみたいで介抱していたんだ。」


「そうかい、偉いね。」


ルーブはシャムールによしよしと頭を撫でてやる。

本当の自分の子供のように。


「お前のお父ちゃんか?」


少年は目を覚まし、ゆっくり身体を起こそうとする。


「わ!まだ寝てて!そう、お父様。」


「ふ、いいな、仲が良さそうで。えーっと名前聞いてもいいか?」


「えへへ、俺シャムール!君は?」


「俺はクロ。慣れない高級なホテルに来てはしゃいでしまったよ。恥ずかしい」


クロは本当に恥ずかしそうにはにかんだ。


「分かるー分かるよそれ〜!」


シャムールも同じように笑うとクロは安心したようにまたゆっくり目を閉じる。

落ち着いて眠りに入ったようだ。

それを確認し、シャムールはクロを抱き抱えた


「ルーブさん、俺この子外に連れて行くからルーブさんはゆっくり入っててよ!」


「いやいや!何言っているんだ僕も一緒に行くよ。」


そう言いクロをシャムールから受け取り抱き上げる。

浴場を出て脱衣所のベンチに寝かせ、ルーブはホテルの人を呼びに行った。

シャムールがパタパタとタオルで扇いでいるとクロが目を覚ます。


「ん…シャムール…?」


シャムールはクロを覗き込んで笑いかける。

するとクロは心底安心したようで、フニャッと笑った。


「よかった、夢じゃなかった…」


「夢じゃないよー!クロ、大丈夫そう?」


「うん…助かったよシャムール。」


クロは体を起こし、肩を回してみたりと体を確認するが。どこか不調というわけではなさそうだ。

シャムールがクロに触れるとクロはびくりと体を揺らす。


「わ、ごめんびっくりさせた?体温も戻ってきたね、良かった。」


「…あ、あぁ、俺ちょっと目が悪くて距離感が掴めなくてさ、はは」


クロは目を擦り、シャムールの顔を目を窄めて見る。


「シャムール、綺麗な顔だな。男だよな?」


「え?うふふ照れちゃう〜!」


「なぁ、俺たちってさ…その」


クロが頬を赤らめて目を伏せる。

不思議に思い顔を覗き込むシャムールから逃げるように顔を隠した。


「え、なになに気になるよー」


「いやだからさ、その俺たちの関係…」


「ん?関係…?マブダチ?」


「…!」


クロはパッと目を見開きシャムールの方に顔を向ける。


「ダチ…でいいんだよな!?」


キョトンとするシャムールだがクロの態度を見てピンと来た。


「おうよ!俺たちは死線を共に乗り越えた親友!心の友よ!」


クロはクールそうな顔をキラキラとさせて目が潤っている。


「俺、実は歳の近い友達とかいなくてさ、命の恩人と友達になれるなんて俺…」


クロが本気で泣きそうになっているのをシャムールはちょっと焦りつつもあやす


「おーおー泣くな泣くな!」


「ぐず…っ…また会えるかな」


顔を上げたクロの目から涙、鼻から鼻水が出ている。


「…きっと会えるよ。」


「おーい!大丈夫かい!」


奥から裸のルーブがホテルの従業員を連れて来た。

そのままクロは救護室に連れて行かれた。

その際にクロとシャムールはアイコンタクトをして(クロにはよく見えていないが)友情を確かめ合ったのだった。

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