第25話

「なに…っ」


全員に動揺が走る。

神国はオークションを禁止している。

その神国の人間が参加するという事はただ見物に来るわけではないだろう。恐らく取り締まりに来た、もしくは既にシンス、センカの情報を得て来ているのか、それは定かではないが穏やかではない。それだけは分かる。

普段は神国内では禁止されているオークションだが、必要以上に他国にまで干渉はしてこなかった。

明らかな異常事態にルーブは少し頭を傾けて目を瞑る。

全員の視線が集まり、パチリと目を開ける。

表情は変わらないものの、纏う雰囲気はいつもの穏やかさはなかった。


「…シンスさん、参加する、でいいですね?」


「無論。」


シンスが答えるといつものように穏やかに笑い、ヨイショ、と立ち上がる。


「セルゲイ、ここのバーに皆さんを案内してあげてくれないかな?」


「は、畏まりました。」


「あ、ペソ、ちょっと話したいことがあるから」


「…はい。」


ルーブとペソを部屋に残し、3人は最上階のバーへと足を運ぶ。

バーにゲームも併設されており、カジノの様に人が多く賑やかである。

際どい衣装のバニーガールがドリンクを運んでいる。

それについて行きそうになるシャムールの首を捕まえるセンカ。


「御坊ちゃま〜〜どこ行きやがるんですかぁ〜〜?」


「…センカやる気あるの?もっと俺に奉仕する感じを出してよ!」


「もしかしてお前って馬鹿なのか?」


顔を近づけて睨むセンカにニヤニヤとするシャムール。そこにシンスが割って入る。


「コラコラ、二人とも人前だ。」


「ごめんなさーいママ上」


シャムールのママ上にシンスは目を丸くし、すぐにふはっと笑う。

シャムールもへへへと笑い返した。

それを不思議に思ったセンカがなんだよ?と二人の顔を見る。


「へへ、秘密〜」


シャムールがイタズラっぽく笑う


「はぁ?まぁいいけど」


本当にどうでも良さそうなセンカ。

そんな事をしているうちにバーのカウンターに通され、センカも席を用意されたが断り、二人の後ろに控える様に立ち、セルゲイは3人に挨拶をするとまだ仕事があるらしく、戻ってしまった。

後を任されたバーテンダーが頭を下げる。


「奥様、ご注文を」


「…」


シンスは何を言えばいいか分からず硬直する。

それを見かねたシャムールが助け船を出した。


「お母様はお酒が強くな…」


「そこのレディ」


シャムールの声を遮っていつの間にかシンスの隣に座る男。

男の手にはステッキがあり、目を瞑っている。

目が良くないようだ。

薄らと細い目を開けてこちらを見る。

怪しい者かどうか、シャムール、シンス、センカは見極める。

しかしその男が口にしたのはあまりにも拍子抜けであった。


「美しいレディに是非一杯、ご馳走させていただけませんか?」


「…それはどういう…」


「シッ!これはナンパだよシンス!とりあえず俺がてきとうにあしらうから無視…」


シャムールが小声でシンスに耳打ちをしているとその前にセンカがシンスとその男の間にひょこっと顔を出す。

そして男の目を見つめる。


「失礼、奥様は本日旦那様といらしております。申し訳ありませんがお引き取りを」


センカはニコッと笑うが目は据わっている。

男は目をギュッと窄めてセンカを見る。


「…おお、これは失礼したね…ではメイドさんの君にご馳走させてはくれないかい?」


「仕事中ですので」


「そう言わず…」


男はセンカの手を取る。

センカは突然のことでこの手を振り解いてしまい、男の手を叩く。

男は驚き行き場を失った手を見る。

しまったとセンカはすぐに謝ろうとするがその前に後ろから子供が大声で泣く声が聞こえてくる。

はい、シャムールです。


「うぁあ怖いヨォ!お部屋帰るぅー!」


子供のフリして誤魔化すのはもはやお手の物、泣いたふりをしてチラリと状況を見る。

周りの視線はこちらにある。つまりこの男は激昂してセンカを殴ったり大きな事はできない。

センカはすかさずその隙を見て男から離れ、シャムールに駆け寄る。


(馬鹿お前超ナイス!やんじゃん!)


めちゃくちゃ小声でそう言いながらあやすフリをする。

極め付けに奥様のシンスが立ち上がる。


「子供が泣いてしまったのですまないがこれで失礼する。」


奥様という演技は一切なしの素のままのシンスだが、その迫力で男は何も言わずに小さく降参と両手を挙げて見せた。

3人は颯爽とバーを出て部屋に戻る。

3人が部屋に戻るとまだ奥でルーブとペソが話をしているようだ。

荒々しい声が広い部屋に繋がる入り口まで響いてくる。

3人は顔を合わせ、シーっと口に指を当てる。

大きなソファがあるリラックスルームに3人は座り、少し気まずそうにしつつも少しペソの声に耳を立てていた。


「…っで……なん…」


センカとシンスには全く言葉としては聞こえなかったがシャムールには聞こえるようで顔色を変えている。

シャムールになんの話をしているのかを聞いていいのか分からずセンカがシャムールの青い顔色を見ることしかできなかった。

しかしどうしても気になるセンカは無礼を承知でシャムールに、


「なぁ、お前聞こえてる?」


そういうとセンカの方を向いたシャムールはなんだか悲しそうな表情である。

そして少し迷ってコクリと頷いた。

それ以上を聞こうかと口をモゴモゴとしていると、シャムールの方から口を開いた


「言っていいのか分からないけど、一応知っておいた方がいいかも知れない」


無関心そうだったシンスも、シャムールの方を見た。

シャムールはまだ言おうか迷っている。

そんな姿に焦ったさを感じるセンカ


「お、おい勿体ぶるなよ」


「…なんか、ルーブさんの財産と地位をペソさんに譲るって…」


「…それがどうしてそんなに深刻な話となるんだ?」


シンスが聞くとシャムールは目を泳がす。

それを逃すまいとセンカがシャムールの腕を掴み、じっと見る。

「大事なことなんだろ。皆まで言えよ。」


シャムールは涙目になりそうな顔をして最後の最後まで迷っている。


「あの…」


「言わなくていい、シャムール」


やっと開いたシャムールの口を押さえたシンスにセンカはカッとし、シャムールの口を押さえているシンスの手をシャムールから離す。


「おいシンスどういうつもりだよ」


「どういうつもりも何も、センカ、お前も分かるだろう。これは聞くべきことではないと」


「でもシャムールが言ったんだぜ知っておくべきかもって」


「それはシャムールの主観であって、わざわざ人払いをして2人で話すような内容をこっそりと知られたいか?」


シンスの言葉に声が詰まるセンカ。

知りたいという好奇心でルーブ達を裏切るような事をしてしまいそうになった。

それをしっかりと咎めているシンスの瞳を見ていられなくなり舌打ちをして顔を逸らした。

そんな二人のやり取りを見ていたシャムールは、未だにその内容を伝えるべきかを迷っていた。

そんな折、扉の外が何やら人の声が聞こえる。

トントン、とノックをされてすぐに扉が開いた。

3人の男が汗だくで真っ赤なピアノカバーのような布で隠された何かを部屋に運び込んできた。

部屋にいた3人に気づいた男達は驚き、頭を下げた。


「す、すみません!いらっしゃるとは思わず…!」


「いえ、それは?」


男達が部屋に運び入れたそれを、シンスとシャムールは近づいてジロジロと見る。


「我々も布の下を見てないんですよ。」


「ルーブ殿が?」


「ええ、旦那様が運ぶようにと申しつけたと聞いてますよ。」


そう言って男達は部屋を後にした。

それにしてもこの荷物はとても大きく目立つ。

一体なんなのか…?良く見ると布の下から何やら結晶が落ちている。

それを拾うとシャムールは躊躇いもなく口にパクッと入れた。


「こ、こらシャムール!口に入れたものを出しなさい!」


シンスがシャムールの口を無理やり開けようとするがセンカはまだ機嫌が悪いのか興味なさげに見ている。

シャムールはシンスの手が口に入る前に飲み込んでしまった。

それに絶望的な顔をするシンス


「…こ、子供はなんでも口に入れてしまうと聞くが…」


「いやそれ赤ん坊の話だろ」


つい反射で突っ込んでしまったセンカはハッとし、またそっぽを向いてしまった。


「シンス大丈夫!これ魔力で凍らされた水だよ。この魔成分はアラビアーテ魔法だね。多分センカがやったやつじゃない?」


「そ、そんな事も分かるのか…しかし私たちがそれを知ってもいいのだろうか?」


「うーんわざわざ俺たちが泊まる場所に置くんだから別に隠すつもりもないのかもよ。」


そうか…とシンスが言葉にしたと同時に奥の扉が開いてルーブが出てきた。

ペソはまだ扉の奥におり、恐らく、泣いているようだ。


「おやもう戻られていましたか。」


「ルーブ殿…これは…」


シンスがそれを指差して恐る恐る聞くとルーブは、あぁ、と言って布を外した。

そこにはシャムールの言った通り噴水の中に氷漬けにされているあの蜂の化け物だった。

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