第24話

シャムールら3人はルーブと同じ銀色に装飾された馬車の中で話をしていた。

そんな中、シンスは体調が優れないようで真っ青な顔をしている。

シンスを心配し、センカは膝を貸していた。


「おい、大丈夫か?」


センカの問いに少しだけ身体が反応した。

少し眠っていたようだ。

昨晩はほとんど寝ていないこともあり、寝不足であった。


「すまない、寝ていたようだ」


シンスが体を起こそうとするとセンカが止める。


「いいって、休んでろよ。」


3人はシンスを心配そうに見つめている。


「シンス…大丈夫?」


「あぁ…まさかこれほどとは思わなかった…。」


「まぁ、普通の男性はコルセットなんて着けないですからね…」


ルーブが少し申し訳なさそうにそう言う。

そう、シンスの不調の原因はコルセットにあった。

いくら美丈夫とはいえ男のシンスには女性らしいくびれなどあるはずもなく、ドレスを着るのにペソが嫌がらせの如く締め付けたのだ。

その甲斐あってか青いドレスを美しく着こなしている。


「センカもコルセットした方が良かったんじゃない?」


シャムールがメイド服姿のセンカにニヤニヤしながら冗談めいて言うとセンカは不機嫌そうに舌打ちする。


「俺は良いんだよ」


「センカはコルセットなどしなくても細いからな。」


「ヒョロガリ」


プププとシャムールが笑う。


「あぁ!?」


「う…っ」


センカがシャムールに食ってかかるとシンスを揺らしてしまい、シンスは辛そうである。


「わ、悪い大丈夫か?」


「すまない、大丈夫だ。だいぶ体調も戻ってきた。センカ、ありがとう。」


そう言いシンスは体を起こし、ルーブから水を受け取り少しばかり飲んだ。

その姿をシャムールとルーブは見惚れている。

そんな中センカは水を差すような言葉を言ってしまう。


「にしてもこんなにぺちゃんこで本当に男ってバレねぇか?」


センカは自分の胸元とシンスの露わになっているデコルテ部分を指差して言う。


「おい!センカそれは許さないよ俺!ここまで小さい事は才能なんだぞ!」


シャムールが真っ赤な顔をして怒るがシンスの言葉でおさめられてしまう。


「いや私は男だから無くて当然なんだが…」


「あ、はい」


シャムールの怒りの赤が恥の赤に変わる。

そんなやり取りを見ていたルーブがつい堪えきれずに声を出して笑う


「あはは!本当仲良しですね。でも安心してください、私の婚約者も豊かではなかったので。なんと言うか、とても懐かしい気持ちです。」


ルーブの脳裏にあった光景。

それはこんな風に戦友であるリンギとそしてその妹ペソ、そして自分とフランで語り合った、笑い合った日々。

今は亡き友人と恋人の影を彼らに見出していた。

そんなルーブの表情は今までで1番若々しさを感じさせる。


「ねぇ、ルーブさんの婚約者の人とかの話って聞いても良い?」


シャムールがルーブに聞くと、少し驚いた表情をした後、なんとも懐かしそうに笑う。


「もちろんさ。何から話そう…そうだな、僕とフランは敵国同士の人間だったと話したか、聞いたかしたと思うけど、婚約者と言った通り結局結ばれる事なく彼女を失ってしまってね。本当なら彼女を見せびらかして社交の場に出たかったんだ。」


「それがルーブさんの夢だったの?」


ルーブはゆっくり頷き、目を瞑る。


「だからね、ついシンスさんに変な事を頼んでしまったんだ…」


静かに目を開き、窓の外を見るルーブの話をみんな静かに聞いている。


「僕には親友がいたんだけどね、彼は王直属近衛兵で幼馴染だったんだ。しかし、僕のワガママで…いや、意思を通す為に彼を失った。」


「もしかして神国との戦争?」


「そう。5年前だね。彼が死んだ事でこちらの戦力が傾いた、それ程の騎士だったんだ。ちなみにその彼の妹がペソだよ。」


「そうなんだ!じゃあ…」


「…彼女は両親も既に亡くしていて、独り立ちするにはまだ子供だったなら僕が引き取ったんだけどね…彼女は養われるのは御免だと言って自ら僕の仕事を手伝ってくれて今では優秀な秘書であり、部下だよ。」


ルーブは少しだけ寂しそうである。3人は外を馬で走って護衛に混ざるペソを窓からこっそり覗く。

風に靡かれながら真っ直ぐ前を向き真剣に馬を走らせている彼女。

そして彼女の気持ちを各々想像する。

兄を殺されてルーブを恨んでいるのか?否。

ルーブには感謝している?然り。

それは間違い無いだろう。ルーブに対する姿勢はそれ以外に…

ルーブが嫌い?否。

ルーブを愛している?可。

この考えはシャムールの頭に浮かんだもの。

彼女がシンスへ対する冷たい態度を見てもしかしたらと思ったがもしかするかもしれない。

しかしルーブは気付いてないようだ。

余計なお世話かとは思うが思い切って聞いてみることにした。


「ルーブさん、ペソさんはどうなの?」


「ん?ペソがどうかしたのかい?」


「奥さんにどう?ってこ…」


ドンドン!!!

シャムールが言い終わる前にドアが思い切りノックというよりは殴られた。

驚き全員が窓の外を見るとペソが鬼のような顔でシャムールを睨んでいた。

え?聞こえてたの…?と思いつつ誤魔化すためにえへへ〜と笑って目を逸らす。

ルーブは少しだけ笑いながら、


「…ペソは大事な友人の妹。いわば僕の妹と同じだからね、奥さんになんてなってくれとは言える立場じゃ無いよ」


「…」


その答えが聞きたくなかったからだろうか、ペソはルーブが話し出す前には離れてしまっていた。

悪い事をしてしまったとシャムールは反省しつつも、なんだかもどかしい気持ちでいっぱいになる。

自分は意外と?こう言うことにはお節介なタイプなのだなと自覚する。

空気が重くなってきてしまった…

センカはもはやあまり興味なさそうでそっぽ向いているし、シンスは恋愛ごとには全く理解がないようでルーブとシャムールの間だけどんよりとしている。


「で、でもさぁ、ルーブさんももう35歳?とか?四十路だと子供とか出来にくくなるじゃん?」


「あれ、僕そんなに老けて見える?今年で28歳なんだけど」


「「「え!?」」」


これにはセンカもシンスも驚いた。

シャムール的には少し気を使って30代と言ったのにまさかの20代。


「ごごごめんなさ…」


流石のシャムールもどもるほどに焦っている。

センカはその姿を見ていつもからかってくるシャムールが困っているのが面白く思ってフッと鼻で笑っている。


「いやいや、だいぶ身なりに気を使わなくなってしまったからねぇ…」


ルーブはお腹の肉を摘んでみせて、少し恥ずかしそうに笑った。


そうこうしているうちに日は沈み、スベニエーク連合国に到着した。

馬車は明るい豪華なホテルの前に到着した。

会場のあるヴェズーナスチ《春の雨》という意味の名を持つ街はこの時期曇りがちでいつもシトシトと雨が降っているらしい。

今日も星は見えず、冷えてみぞれが降っている。

馬車から降りると冷たい空気が体に張り付く。


「ふあ〜寒い!」


シャムールがはぁ、と息を吐くと湿っぽい重たい白い息が散っていく。

ルーブがシャムールの手を取る。

シャムールもルーブの手を握る。

既にここから演技は始まっているのだ。

ルーブとシンスは夫婦でシャムールはその子供、そしてペソとセンカはメイドである。

ホテルの扉の前にいるホテルマンが重たいドアを開けると、その先は真っ赤な分厚い絨毯が広がっていた。


フロントまで行くと支配人と思しき人物が駆け足で寄ってきた。


「お待ちしておりました!」


黒いタキシードを着たその男はルーブの前に来ては頭を深く下げた。


「やぁ、セルゲイ、元気だったかい?宜しくね。」


「可能な限りやらせて頂きます。そして、そちらが…」


「うん、僕の家族…という事で。あと馬車に積んである物も、人の目に触れないように運んでおいてくれるかな。」


「承知いたしました。」


ルーブの言葉にシンスもシャムールもドキリとする。自分達が家族ではないという口ぶりはここでは相応しくないと思ったからだ。

しかしそれは杞憂に終わる。

セルゲイはルーブに大きな恩があり、ルーブの為になら死にますと真面目に言えてしまう程である。

ペソ、センカ含めた5人はセルゲイに部屋へ案内され説明を受ける。


「明日の夜21時から隣の村にある地下劇場跡にて開催されるとのことです。他の招待客は…」


セルゲイが名前を言おうとしたその瞬間、ルーブが手をあげ、静止する。

するとセルゲイはすぐに口を閉じ頭を下げる。

ルーブがいくらセルゲイの恩人であるとはいえ他の客の情報まで言わなくても良いと暗に伝え、それを受け取ったのだ。


「ルーブ様、ただ一つだけお伝えしなければならない事がございます。」


ルーブはセルゲイの目を見る。


「…神国の者が今回参加するとの噂がございます」

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