第23話

先頭にいた真っ黒なローブを被り、怪しげな仮面を付けた男が歩いているのか浮いているのか足音もなく入って来る。

その後ろに控えている真っ白なローブに怪しい仮面をした女、男性別がどっちともとれないが、同じように足音一つ立てずについてきている。

そしてそのあとからは艶やかな真っ黒な髪をフェイスラインで揃えた真っ赤な目が怪しく光る背の高い女と黒いフード付きのローブを被り、分厚いメガネを掛けた子供が入って来る。


「おいおい末端のSCT隊が重役出勤なんて随分と偉くなったもんだな。ポネラ隊長さん」


扉から見て右側の方から男の声が聞こえてきた。

この男は赤色騎士団傘下の流星団団長である。

赤色騎士団の中でも一番団員数の多い団で、逆に言えば精鋭以外の者達の集まりの団である。

他の団には陰で落ちこぼれ集団と呼ばれている。

しかしそんな事も知らず1番部下の多い団長である事を誇りに思うこのカウウス・ツェンブル・ハウはSCT隊、つまり今入ってきた女ことポネラを小馬鹿にしている。


「あら、これは失礼しました。今の今まで仕事をしており、先程戻ったばかりですの。」


「ふん、どうせロクな仕事もしていないくせに。」


カウウスは舌打ちをする。

険悪な空気が包み込む中、ユーリは先ほど入ってきた仮面の2人の気配が気になって仕方がない。

間違いない、彼らが魔導士団だ。

彼らが入ってきた時のあの冷たい空気で鳥肌が止まらないのだ。


「ユーリ、大丈夫かい?」


ユーリの異変に気づいたアレスが小声で話しかける。


「は、はい…彼らですよね?その、魔導士団」


アレスは何も言わずに頷き、正面の彼らを見る。


「あのもう1人の白い方は私も初めて見る。なんだか、彼もヤバそうな雰囲気だね」


「はい、彼らが入ってきて空気が変わりました…」


「コホン!」


少しざわめいていた空間にしゃがれた声の咳払いが聞こえて来る。

議長であり一応、団のまとめ役のアイオン神官長だ。

彼は最年長で特に魔法が、剣が、武術が得意というわけではないが一つ強力な力を持っている為議長兼団まとめ役となっている。

それを知らない者、例えばカウウス等は心のどこかでただ歳を取っているというだけであのポジションを得たと小馬鹿にしているのだ。


「会議を始める。ポネラ達も座りなさい。」


ポネラは頭を下げて、椅子に座る。


「では今日の会議だが」


「どうせあの指名手配書のことでしょ」


カウウスが偉そうに足を机にどかっと乗せ、アイオン神官長の声を遮った。


「流星団団長、カウウス。議長殿の言葉を遮るとは失礼ではないか?」


ウイースが注意するとカウウスは足を降ろし、少し気まずそうに肩を窄めた。


「ウイース団長、ありがとう。今日の会議の内容はまぁ、彼ら龍國王子シンスドルヴァ・スーアとセンカについてだ。それについて報告がSCT隊からある。」


アイオン神父がそう言うと全員がポネラ達を見る中、カウウスは睨みつけている。

ポネラはあえて気付かないふりをし、立ち上がる。


「私どもSCT隊の隊員が、先日彼らと交戦致しました。」


「なんだって…!?」


「それは本当か!」


ポネラの言葉に会議室に動揺が広がる。

ユーリも酷く動揺し、手にじわりと汗を感じる。


「静粛に!続けて。」


アイオン神父が言うとポネラは続けた。


「彼らと交戦したのは東南地方の大陸、スベニエーク連合国近郊とのことです。彼らは正体を隠し潜伏していた所を隊員が発見。交戦した所シンスドルヴァ・スーアらに負傷を負わせることに成功しました。」


「素晴らしい!」


「その後どうしたのだ?」


絶賛の声の中カウウスだけは舌打ちをしている。


「その後、戦闘員が重傷を負わされ敗北。仲間が回収したのが昨晩です。彼らは、現在もスベニエーク連合国近郊国家、チャルナ王国領内にいると見られます。」


「ふっ結局取り逃したのかよ」


カウウスが笑うと周りは冷たい視線を送る。


「彼らの居場所が分かったと言うことは素晴らしい。ずっとここ半年は髪の毛一本の手掛かりがなかったのですから。」


アレスがそう言い、皆が頷いていると、誰もが想像していなかった者が発言する。


「まだ報告することがあるのではないかな?」


仮面の下から声が聞こえて来るのは魔導士団団長の物であった。


「というのは?」


ポネラは一筋の冷や汗をかきながら聞き返した。


「例えば、シンス王子様が、弱くなった、とか。」


シン、と空気が凍る。

突然の発言に皆の頭がついていかない。

何故シンスドルヴァ・スーアが弱くなるなどと言うのか、全く理解できないが彼はこの国の強大な軍事力の一つ、神剣士団をセンカとたった2人で跳ね除けた強者。

その彼が弱くなったと言うのはどう言うことなのか、それが本当であればこれ程の吉報はない。


「…はい、話に聞いていた程の戦力は見受けられなかったと。」


ポネラは少し言葉にするのを躊躇しているようだった。

本来、もし弱くなっていなかった場合神剣士団が自分たちの部下より弱いということになってしまう。


「確実に弱体化していると見て間違いないでしょう。」


ポネラは言い切った。

しかし、ユーリは強く拳を握り、震えている。

なんとも言えない気持ちだった。

シンスとセンカに返り討ちにされてから剣のみならず、体術も血を吐くような鍛錬をしてきた。

それなのに弱体化している?それらに勝っても何が嬉しいのか…いや、国の為ならばいくら弱体化している所を狙うと言えど殺せるのであればこれ以上のものはない…しかし…


「チャルナ王国に行くのは私たちでも構わないかな?」


魔導士団団長がそう言うと誰も返事をしない。

というのも何も言えないのだ。

何故急に会議に出てきて、それもシンスが弱体化している事も知っているのか?


「しかし、既にチャルナ王国の側に私どもの部下が待機しております。」


「そうか。では共闘ということになるね」


あの魔導士団団長が共闘などと言う。

一人で小さな国であれば滅ぼす事もできるだろう人が共闘などと。


「それ程までに未だ強敵であると?」


ウイースが軽く手を挙げて質問すると、


「うん、実はセンカこそ今の最大の敵だよ。」


「たかが宝石持ちのマジックキャスターが何故そこまで強敵と?」


カウウスがまた口を挟む。


「はは、君は知らなくていいんだよ。」


「な…!」


あしらわれ、顔を赤くする。


「それで、私と連れも参加させていただくということでいいかな、ポネラ隊長。」


「…はい。」


「ありがとう、では早速準備をしなければ。皆さん後はよろしくどうぞ。」


そう言うと仮面の二人は立ち上がり、部屋を後にしてしまった。

実際のところ、準備など必要ないのだが、この後の意味のない会議から抜け出すためにそれを挨拶とした。

その後の会議の内容は、ユーリの頭にはほとんど入ってこなかった。

会議が終了し、チラホラと部屋を出て行く人もいる。

そんな中手元の紙がほぼ白紙である事に気付き、アレスの方を見る。


「あ…っアレス副団長…」


「いいよいいよ、大した内容じゃなかったから。」


「俺なんて殆ど寝てしまったぞ!はっはっはっ!飯行くか!」


バン!とウイースに背中を叩かれてビリビリと背中と肺が痛む。

しかし本当に上司に恵まれた。

きっとあのシンス達の話を聞いてユーリが悔しさや恐怖を感じていたことを理解しての振る舞いである。


「はい、ご一緒させて頂きます!」


3人は会議室を後にした。

その会議室に残ったのはポネラと、副隊長だった。

副隊長はポネラを見上げ、瓶底眼鏡をぐいっと目元に戻す。


「姉さま、よろしかったのか?」


「…ええ、あの情報も伝わっているかも知れないわ。」


「…神孫と、オークション。」


小声でそう呟くと、ポネラはゆっくりと目を閉じて頷いた。

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