2駅目:池袋駅留置線殺人事件捜査本部
東京都豊島区にある警視庁池袋警察署の会議室は何とも言えない男独特のにおいが立ち込めていた。右、前、後。親父だらけのこの会議室において、
「よぉ。優秀ペア。お前らの活躍期待してんぞ。」
「出戸さん。俺ら殺人事件なんて担当したことないので、役に立てるかわかりませんよ。出戸さんのほうが経験ありそうですけど。」
「才能と経験は反比例すんだよ。おっさんに期待すんな。」
彼らの会話はとてもリラックスしている。この雰囲気をもっと味わいたいものだが、残忍にも人が殺害されている。
「桐島さん。私、あの十文字にものすごく見覚えがあるんです。」
「なんだ。自首か?」
「『何を』とは言いませんが、もぎますよ?」
「で、あの十文字をどこで見たんだ?」
「多分なんですけど、あれ切腹じゃないですかね。」
「切腹?」
「戦国時代に最もポピュラーだった切腹の方法って、腹を左から右へ切ってから短刀と抜き、
「抱き首?」
「首の皮一枚残して切り落とす方法のことですね。」
「じゃあ、淡路さんは切腹をしたというのか?」
「さぁ。ただ、あの切り口は切腹を連想してるのかなぁって思ってます。」
9月10日8時50分――。
第一回捜査本部会議が行われる。
「えー。池袋駅留置線殺人事件捜査本部本部長、刑事課長の
飯山満警部の声はよく通る。決して小さくはないこの会議室の奥までもマイクなしでよく聞こえるほどだ。
飯山満警部は、現場鑑識の状況を報告するように述べると、
「司法解剖の結果を待っていますが、おそらく死因は鋭利な刃物で腹部を十字に切り裂かれることによる出血死と思われます。お手元資料2に添付されている写真をご覧ください。普段折りたたまれている運転士の椅子に座らされている状態で切られており、付近の状況から争ったり、暴れたりした痕跡がなく、深い眠りにある状態で割腹されたと思われます。また、資料4の通り乗務員室内において
ここでざわつく。
凶器が発見されていない上に、自殺した場合手元に血痕が付着するはずがそれがないということは、淡路誠の腹を割いた人間がいるということだ。しかし、指紋は手袋などをしていたとして、足跡が見当たらないというのは不思議である。
なぜか――。
淡路誠以外の指紋が発見されないのは、犯人が手袋をしているという論理が通る。また、運転士についても手のけがを防ぐためや、手で合図する際に見やすいよう、白い手袋をしている。このことから、運転士の指紋も見当たらないというのは納得がいく。しかし、運転士の足跡すら見当たらないだけでなく、淡路を運転席に座らせなければならない状況で、足跡が地面から浮き出ないのは不思議である。犯人が浮遊して淡路を運んだとでもいうのだろうか。
コンクリートや床などの平面的に印象される足跡のことを平面足跡というが、この平面足跡を採取するために用いられる方法は写真撮影法という赤外線や紫外線を当てる方法や静電気法という布団や絨毯からも採取できる方法などが用いられる。また、科学捜査用ライトを使用することで、目に見えない潜在足跡が見えてくる。これにより今まで見落としてきた足跡も発見することができているわけだが、今回の現場では淡路誠以外の足跡を発見することができなかったというのだ。
「なるほど。犯人は結構頭のいい人なのかもしれないな。」
桐島はつぶやく。田無は無意識に頷いた。
池袋に象徴される動物と言えば「梟」だろう。イケフクロウと呼ばれるもので、池袋駅東口交番は通称「ふくろう交番」と呼ばれている。交番の建物が梟の顔をしているデザインになっているのが由来だ。イケフクロウ像は豊島区池袋のあらゆる場所に存在しているが、そんな梟はヨーロッパでは知恵の神アテネの使い魔であるといわれているため、知的なイメージがある。
梟に魅入られたこの町で、梟のような知的な犯人の犯行が行われたかもしれない。
――そう桐島が一人で考えている間に、捜査会議が終わりを迎えようとしていた。
「ありゃ、話聞いててくれた?」
「どうせしょうもないこと考えてたんでしょ? ちゃんと私が捜査方針とか聞いておきましたから、とりあえず駅前の喫茶店で朝ご飯食べに行きましょ。」
✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦
「今日はマジで朝から大変だったよ。」
そう愚痴をこぼすのは池袋駅で勤務している
彼の唯一の楽しみには夜勤明け、非番の日に加入しているオンラインサロン内に設置されているコミュニティスペースで同じオンラインサロンのメンバーと他愛もない話をすることである。25歳にもなり、彼女はもう5年もいない。高校を卒業した後は東日本旅客鉄道株式会社に就職し、研修を終えた後は池袋駅管区に配属され、そこから池袋駅で駅員をしている。21歳の時に車掌へ昇格する試験を受けたが、一向に合格をすることができず、同期はすでに運転士として華々しく勤務している者もいる。そんな劣等感を抱えて生きている彼にとって、このオンラインサロンは憩いの場所と定義するのに十分であった。
『あー。今ニュースでやってるやつ? 池袋駅閉鎖されていたんでしょう?』
「そうなんだよ。まさか殺人事件とは思わなかったわ。」
『マジで怖いよね。右京くん犯人とか見なかったの?www』
「見てるわけないじゃん笑 駅員が留置線のほうまで行くことないって笑」
時刻は11時53分――。
事件の捜査に協力するために、東を含めた池袋で勤務していた人間は刑事による事情聴取が行われ、普段より帰宅が遅れていたこともあってか東は少しだけ不機嫌になていた。ビール缶の重さが急激に減っているのはこえが理由であると容易に想像できるであろう。
そんな彼はネットニュースを見て思うところがある。
「これ、死んだ人って知ってる?」
『え? 淡路誠ってひと?』
「そう。俺たぶん知ってるんだよね。」
『マジで!?』
『どういうこと!?』
不思議な駅と黄泉の国~豊島区連続殺人事件~ @toshimakyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不思議な駅と黄泉の国~豊島区連続殺人事件~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます