第一章
1駅目:池袋駅留置線殺人事件
まだ神様も眠っている時間、池袋警察署刑事課強行犯係長率いる強行犯係は、池袋駅で発生した殺人事件を解決すべく池袋署から池袋駅まで向かう。
彼らが駅に向かっている今、インターネットでは少し荒れていた。早朝4時半という時間からか、それほど大きな騒ぎになっていないが、事が大きいだために、池袋駅を閉鎖しているせいか、始発利用する予定だった乗客がSNSなどに書き込みを行ったからだ。
情報規制されている以前に、警察ですら全容を把握できていない今だからこそ、JR池袋駅が閉鎖される理由を乗客はまだ知らない。ただ、自動改札機は電源が入っておらず、交通系ICカードや切符を持っても通してくれない。
池袋駅の改札窓口業務を担っている「
「ただいま、駅構内トラブルのため点検を実施しております。そのため、急遽当駅のご利用を一時制限させていただきます。ご利用予定のお客様には大変恐れ入りますが、何卒ご理解くださいませ。また、振り替え輸送をご利用いただけます。東京メトロ、東武鉄道、西武鉄道をご利用のお客様は、当社の乗車券をお持ちになりまして、各社改札口の駅係員までお申し付けくださいませ。」
現世でも、黄泉でも、駅員というのは大変なものである。
――4時56分。
「状況は?」
桐島は先に到着していた鑑識官の「
「あぁ桐島くん。鋭利な刃物で腹部を十字に割かれてるね。引きずった跡もなければ、争った形跡もない。血の跡もないことから、意識がないまま運転席に座らされて、そこで腹を切り裂かれたというところだろうか。即死するレベルじゃなく、苦しいんだ様子もないことから、薬か何かで強い眠りに入っていたと思われる。」
「仏さんの身柄は?」
「ジャケットに入っていた財布から免許証が見つかった。マルガイは『
電車は9月9日の最終電車で池袋駅に終着すると、そのまま留置線に入る。これはそのまま翌日、つまり9月10日の始発に使用され、360G列車という番号としてそのまま運用される。このことから、犯行は24時54分に池袋に到着してから、運転士が発見した4時20分頃までの間に行われたこととなる。
きれいなものである。いや、屍の十文字の話ではなく、乗務員室へとつながる扉のことだ。
運転士の証言によると、乗客が乗降する際に利用される両開きの自動ドアが開いており、不思議に思って普段は乗務員室用の外扉から入るが、開いている扉から入ることにした。まどからすぐに誰かが座っているのが見えた。さらには、返り血で乗務員室に華が咲いており、恐怖の花びらに腰を抜かしながらも、運転事務所へと走り帰り、上司へ報告をした。
検視を行う時はドアは閉まっており、しっかりと施錠されていた。こじ開けられた形跡は勿論なく、とてもきれいなものである。運転士の忍び錠で開錠するまでは、誰もそこに入れないのである。
これだけ聞くと、怪しいのは完全に運転士であるが、担当運転士はこの列車が池袋駅に到着する数時間前に仮眠をし、始発運転準備を行うのに起床している。これは、仮眠室がある建物の防犯カメラで確認ができているため、彼のアリバイが証明されたいる。
――と、いうことは、
「この忍び錠を持っている人間の犯行、つまりは池袋駅に当直している運転士が一番怪しいということになるな。」
桐島の言う通り、すべての池袋にいる運転士が一番の容疑者となる。忍び錠であるが故に、運転士が持っているキーはほかの車両でも使うことができるのだ。行路表上、鍵の引継ぎなどを行っていると、紛失の原因になったり、ヒューマンエラーによる鍵の不一致が起きたりするため、共通にしているのである。
これによりスムーズな運転引継ぎが可能になり、今日の日本の鉄道運用が守られているのだ。が、今回の事件はその使用を利用されたこととなる。
ただ、話はそう単純なものではない。忍び錠が車両共通であることは運転士の共通認識である。賢い犯人であれば、真っ先に運転士が捜査線上に上がるということは想像に難くない。
「桐島さん、123へ免確による淡路氏の総合を取りました。」
「続けてくれ。」
「平成5年12月25日、
「なるほど。他は?」
「そのほかの犯罪歴はありませんでした。本件に関しては逮捕後に示談が成立しているようで、書類送付で終わってます。」
「これと言って目立った犯歴はなしか。ありがとう、田無。」
「いいえ。」
123とは、照会センターの警察電話番号に由来する略号である。免確とは、免教照での確認のことであり、03とは、犯歴の番号でこの場合は強姦を指す。ほかに、01が殺人、02が強盗、04が窃盗、05が公務執行妨害、06が暴行、07が銃刀法違反、08が覚せい剤、09が凶器準備集合罪、10が放火となる。
また、照会センターへの紹介を行う際に、どのような内容を紹介するかも可能だ。田無が今回紹介を実施したのは「総合」というもの。照会内容の略号として「A号」が犯罪経歴、「B号」が指名手配、「C号」が盗品、「L1号」が運転免許、「L2号」が違反・事故歴、「M号」が家出人手配、「S1号」が少年非行歴、「S2号」が暴走族、「Z号」が暴力団員、「車両C号」が盗難車。そして、田無が行った「総合」はA・B・M・Z号などをまとめて身分照会をする。
5時10分を回ったところで、大崎駅始発の列車がやってくる。しかし、池袋駅は封鎖されているため、乗客は池袋を下車することができないのである。
留置線にある列車の先頭に、大きなブルーシートがかかっている異様な状況を見て、殆どの乗客は人身事故と考える。これは通常の思考回路であろうが、留置線にある車両がどうして事故を起こすのか? すこし考えるとそう不思議な感覚を得る。
当該列車の顔はブルーシートで隠されているのに対して、朝日が少し顔を出す。検視が終わり、鑑識課と刑事課は現場処理を行って署に戻る。池袋駅が長い眠りから目覚めたのは7時21分のことだった。
9月10日8時30分――。
警視庁池袋警察署に「JR池袋駅留置線殺人事件」捜査本部が立ち上がる。
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