エピローグ
人間とは様々な情報を自分の都合のいいように補完する生き物だ。それは物事への対応の早さに繋がることもあれば時には致命的な失敗を引き起こす…………今回の場合で言えば夏樹は異世界を生み出したのは白の神であり、その創造物である人類が黒の神の生み出した魔族に侵略を受けているのだと思い込んでいた。
それは自分と同じ種族に自然と感情移入し、さらには自分が味方する側は正義であって欲しいという思いがあったからだろう。実際に状況だけ見てみればそれは物語などで語られる人類が邪悪な魔族に脅かされる状況そのものであったのだから。
けれどそんな夏樹の思い込みを真央は粉々にぶち壊した。異世界が元々は黒の神の生み出した物であり人類こそが侵略者なのだとしたら話は全く変わって来る…………つまるところこれは侵略ではなく先住民が自分達の土地を取り戻そうという戦いになるのだから。
「いや、でも最初の時にシラネは確か…………」
白の神に想像した云々と説明していた気がする。
「少年、もう一度シラネがした説明をしっかりと思い出してみるといい」
「…………あ」
叶に言われて夏樹はしっかりと思い出す。
「それで話を戻すですが、皆さんにとっての異世界の一つに私の主たる神の生み出せし種が繫栄しているのです…………ですが今彼らは滅亡の危機にあるですよ」
シラネは確かそう説明し夏樹たちに異世界の人類を救うことを要請した。しかしその説明からは人類を白の神が生み出したことはわかっても異世界を生み出した神が誰なのか、人類が最初からそこにいたのかはわからない。
「わかったでしょ、なっちゃん…………大義名分があるのはこっち」
「それはっ…………」
反論したいが夏樹は揺らいでしまって言葉がうまく出て来ない。異世界において侵略者が人間の方だとするのなら、奪われたものを取り返そうとする魔族の行いは正当だ。むしろ彼らを絶滅寸前まで追い詰めた人類こそが邪悪になってしまう。
「だから?」
けれどそこに冷や水を浴びせるように氷華が口を開く。
「それがどうかしたの?」
何か問題でもあるのかというように氷華は冷たい視線を真央へと送る。
「ま、そういう事だよ少年」
ぽん、と叶が夏樹の肩を叩く。
「そういう事って…………」
「仮に彼女の言葉が本当だからとしてだからどうだという話って事だよ」
仮に、と叶がつけるのはそれがまだ確証のある話ではないからだ。現状でそれは真央による一方的な話でしかなく証拠が示されたわけでもない。シラネの説明に関しても説明不足というだけで異世界を白の神が創造したわけじゃないと説明したわけでもないのだから。
「いやでも…………」
「元からあの世界の存在じゃないからと少年は彼らを見捨てるのかい?」
「っ!?」
思わず言葉に詰まるがつまりはそういう話だった。真央の言い分を受け入れるという事は異世界の人類を見捨てることに等しい。
「そりゃ基本的に外来生物は排除すべきだけど時間が経って定着してしまったらもはやその世界の一部だよ…………大体そんな話をするんだったらアメリカ大陸に住んでるアメリカ人は皆殺しにするのが正しいって話になってしまうよ?」
アメリカ大陸も元々は先住民が暮らしていた土地であり、現状アメリカ人として暮らしている人々の先祖のほとんどは外からやって来た人々だ。当たり前ではあるがそんな彼らを皆殺しにして先住民に土地を返そうなんて話は起こっていない。
「もはや元の原因がどちらにあるかなんて些細な領域なんだよ、少年」
重要なのはどちらの種族が生き残るかだ。一度絶滅寸前まで魔族を追い詰めている歴史がある以上は和解の道もほぼない。
「どちらが滅ぶか滅ばないかだ、お姉さんたちと彼女もね」
そこまで言って叶は肩を竦める。
「まあ、少年とのデートの為にもお姉さんたちは彼女を殺さずに抑える必要があるんだけど」
「デート?」
「そう、デートだよ。優しい少年が君を死なせないために約束した報酬だよ」
「…………ふざけたことを」
真央が叶を睨みつける。
「そんなことが出来るとでも?」
「まあ、確かにお姉さんと氷華だけじゃ難しいかもね」
どうしようもないほど離れてはいないとはいえ実力は負けており、さらには夏樹という弱点も抱えている。今も膠着出来ているのは真央が夏樹を巻き込みたくないと考えているからであり主導権は向こうにある…………つまりは不利だ。
「しかしまあ、ピンチを助けてくれるのが勇者って存在だ」
けれどそこにもう一人が加われば状況の打破はしうる。
「勇者って…………」
夏樹が呟いたその瞬間に空から降ってくるものが彼には見えた。真っ直ぐに真央へと落下するその人影は高く右足を掲げており…………影でそれに気づいた真央が咄嗟に掲げた両腕へとその踵が叩き込まれ旋風が巻き起こる。
「ミレイッ!?」
それは明らかにこの世界にいるはずのないミレイの姿だった。
「勇者、だと?」
それに流石に真央も同様の表情を浮かべ、その隙を氷華は見逃さない。
ドガッ
瞬時に距離を縮めた氷華が真央の横腹に拳を叩き込む。完全い不意を突かれたその一撃に真央は九の字に体が捻られながら吹っとぶ。
「ぐ…………ぐぐ」
それでも受け身を取って着地し立ち上がるが、流石にその表情は苦悶に歪んでいた。
「異世界からの勇者召喚…………神々の規約はどうなって」
「それに関しては問題ない」
思わず口にしたであろう疑問に叶が答える。
「ミレイの力は全てあちらの世界で培われたものだし、ここに彼女がいるのも少年との縁を使ったもので神の力による関与は一切ない」
真央は知る由もないことだが夏樹がミレイを回収することを繰り返したことで、彼女は本能的に結ばれた縁を辿って彼の下へ戻る事を覚えていた。ならばそれを意識的にさせれば次元の一つや二つ簡単に飛び越える…………それくらい夏樹によって結ばれた縁は強い。
「さて、これで三体一」
余裕を持った表情を浮かべて叶は真央を見る。それはつまり夏樹をカバーしても真央に対して数の優位に立てるという事だ。
「…………今は退く」
数の不利と不意打ちのダメージ、即座に判断して真央はそう告げる。
「だけど、次は無い」
忌々し気に叶と氷華、そしてミレイを見る。
「またね、なっちゃん」
そして最後に夏樹を見て柔らかい表情を浮かべ、その全身が闇に包まれて真央の姿は消えた。
◇
「ふう、助かった」
真央の姿が消えてしばらくたってから叶はそう呟いて安堵するように息を吐く。そこにはミレイが現れたことで真央に見せつけていた余裕はどこにもない。
「あの、叶さん…………それって」
「彼女が退いてくれなければ少しばかり危なかったという話だよ」
「…………」
その言葉に同意するように、不本意そうではあるが氷華も頷いて見せる。
「いやだって考えてみたまえよ、少年」
ちらりと叶はミレイへと視線を向ける。
「氷華よりも上の実力を相手に今のミレイが足しになると思うかい?」
「あ」
言われてみれば確かにそうだった。最初に比べればミレイもかなり強くなっているがそれでも氷華から感じる強さに及んでいるようには見えない…………だとすればそれを上回る真央相手にミレイが加わっても厳しかったように思える。
「神具のおかげでハッタリが通ってよかったよ」
使い手が未熟であっても神具の力は本物だ。不意打ちであったからこそ未熟さも見破られることなく真央はミレイの実力を見誤ってくれたという事らしい。
「ナツキさまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そんな叶の言葉に夏樹は安堵していいのやら今後を不安に思うべきか、その思考をかき消すように彼の名前を叫んでミレイが走り寄って来る。当然この世界ではお互いをあいまいにする者なんてないので直接彼女に相対する必要がある…………一体どんな顔をすればいいのだろうかと夏樹は焦った。
「ほら少年、笑顔」
見かねた叶に促されて反射的に夏樹は笑顔を浮かべる。
「ナツキ様、ご無事ですか?」
「ええ、あなたのおかげです」
すると自然に彼女と相対する際の神様モードが出てきて夏樹は少し自己嫌悪が浮かんだ。
「カノ様とヒョウカ様にナツキ様の下へ行くよう命じられた時は驚きましたが、神様の国というのはこうなっているんですね」
興味深げに周りを見るミレイに夏樹は少し違和感を覚える。彼女の事だから真っ先に彼の容姿について触れて来てもおかしくないはずだった。
「ああ、彼女にはいつものようにフィルターをかけてある。彼女から私達は曖昧にしか見えないし、私達以外からの彼女の容姿は曖昧だ…………そうでないと敵側の代理神の前になんて出せないからね」
「…………確かにそうですね」
真央にミレイの素性がばれていないというのは大きなアドバンテージだった。ここで顔が知られれば異世界で魔王軍は総出で彼女を襲うことになる。
「さて、ミレイの興味は尽きないだろうがあの部屋に戻るとしよう…………少年には決めて貰うことがあるからね」
「え、決めるって何をですか?」
「あの部屋に今後引き籠るか、お姉さんか氷華を婚約者として親に紹介するかをだね」
「はっ!?」
予想外過ぎる言葉に夏樹は動揺を露わにする。
「いやだってあの女がいつ現れるかわからないことを考えると少年にはあの部屋に引きこもって貰うか誰かが護衛に付くしかないだろう?」
そして護衛に付くのなら長時間一緒にいる大義名分が必要だ。夏樹が詳しい事情を両親に説明しないのなら手っ取り早い嘘は恋愛関係になるのは自然なところだろう。
「夏樹はちょっと無防備、監視は必要」
氷華も同意見のようでじっと夏樹を見つめる。
「えっと、私もナツキ様の安全が最優先だと思います」
そこにミレイまで加わって来るともう味方がいない。
「さ、少年。それ以外にもやるべきことはたくさんある」
異世界の攻略に並行して真央に対抗するためのミレイの強化、こちらの世界で真央を見つけて確保する手段を考える必要もあるだろう…………そう説明して叶が夏樹の右手を取る。
「時間は大事」
短く呟き氷華が夏樹の左手を取る。
「行きましょう、ナツキ様!」
そしてその背中をミレイが押した。
夏樹の結んだ縁は、まだ当分の間彼を結んで離そうとはしないらしかった。
異世界勇者を育てよう(ベリーハードモード) 火海坂猫 @kawaneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます