無感情の歌が見せる景色

ふみ

第1話

「あいつの作る曲って、良い曲なんだけど『独り善がり』に感じないか?」


 この言葉をきっかけに僕はバンドを抜けた。

 曲を聞いてもらっていた時の表情を見れば分かっていたことで、悪口だとは思っていない。ただ、思っていることは本人がいないところでコソコソ話すのではなく、直接伝えてほしかった。

 陰口が本人に届かないと思っているのだとしたら、それは間違いである。陰口も、いつかは本人に届く日が来る。結果が同じであるなら、陰口が本人に届くまでの時間が無駄なことに気付いてほしかった。


 そんな時、僕はボーカロイドと出会うことになった。


 もともと興味はあった。興味はあったが、デジタルで作る音楽に苦手意識もあった。0か1の配列で綴られる音楽は曖昧を拒絶しているような気がして怖かった。

 実際は、そんなこともなく音楽であることに違いはない。向き合っている内に勝手な思い込みを後悔することになった。


 高校生の僕が始めるには厳しい出費になったが、楽器を揃えることと大差ないのだろう。それでも、ギターを手放すことになってしまったが、未練はない。


 曲を作っている時は、ソフトのパッケージが見えるようにパソコンの横に置いていた。そして、パッケージに描かれた少女に、


「僕は、キミが歌いたいと思う曲を作れているのかな?」


 と問いかけてしまう。


 手書きだった歌詞も入力作業へと変わり、モニターに並ぶ文字を見ていると『それらしく』感じてしまうから不思議だった。


 そして、『ボカロP』という言葉が少しだけ気に入っていた。製作責任者として一つの楽曲に向き合うプロデューサーであり、芸術的な意味合いを薄めてくれているような気がしてたからだ。


「僕が作る曲を、キミが歌いたいと思ってくれるんだろうか?」


 答えが返ってこないことは分かってたし、この少女は歌うことを拒否することができない。僕が作った曲を歌うしか選択肢がないのだ。

 それでも、独り善がりになっていないか気になってしまい、聞かずにはいられなかった。


「余計なことを考えずに、前みたいに楽しみたいな……。」


 そう願いながら、かなりの時間をパソコンと向き合うことに費やしていた。それでも、パソコンの横の少女は何も言ってはくれない。

 僕は疲れて眠ってしまっていた。




「……どうしたんだ?……真っ暗になってる。」


 真っ暗な世界の中には少女が佇んでいて、その少女だけが色を持っている。

 そして驚くことに、その少女は目を閉じる寸前まで見ていた少女と同じだった。


「はぁ?……夢?」


――夢ではありませんよ。


「……キミは誰?」


――パターン通りの質問ですね。聞くまでもないことだと思います。


 可愛らしい見た目に反して、辛辣な返しだった。

 パッケージの少女と同じであることは自分でも認識していたのだから、聞くまでもないことには違いない。だが、それでも聞いてしまうのが性というもの。


「でも、キミが何で僕の前にいるんだ?」


――あなたが何度も私に質問していたじゃないですか。『キミが歌いたいと思ってくれるんだろうか?』って。……だから、サービスで教えてあげるために、あなたを連れてきました。


「……聞いてたけど、答えてくれるの?」


――答える前に、あなたが私に作ってくれた歌を振り返ってみませんか?


「自分の作った曲を振り返るのって、恥ずかしいな。」


――そんな恥ずかしい歌を、私は歌わされてるんです。……それに聴くわけではなくて、見るんです。


「……見る?」


――はい。あなたが作った曲は私の世界そのものなんです。あなたが作った世界を見て回ることになります。


「今、真っ暗なのはどうして?」


――ここは、あなたが私に歌を作ってくれる前の空っぽの世界です。あなたが曲を作る前は、何もなかったんですよ。


「空っぽって……。まぁ、そうなるのか。」


――空っぽは、嫌です。


「分かるよ。」


――あなたが曲を作ってくれなければ、言葉は言葉以上の価値を持たず、私は何もない世界に存在しなければいけませんでした。あなたの歌が私の中に感情や風景を与えてくれたんですよ。



 そう言って少女が手を広げると、周囲は明るくなり始めて見覚えのある景色が広がっていた。


――あなたが初めて私のために作ってくれた歌ですね。


 ありふれた日常を曲にするなんてつまらないことだと避けていたが、見過ごしてきた当たり前を振り返ってみたくて作った曲だった。


「……学校の帰り道に美味しいタイ焼きを売ってるお店があったんだ。僕も二、三度しか食べる機会はなかったけど、それを歌にしてみたんだ。」


――はい。変な歌でしたけど、美味しいタイ焼きを食べられたのは嬉しかったです。


「キミも食べることができたんだ。」


――私が生れて初めて食べたのがタイ焼きですよ。贅沢を言えば、歌詞の中でお腹を空かせておいてくれれば、もっと美味しかったかもしれません。


 目に映る景色を大切にして、見慣れた建物も新鮮な気持ちで眺めていたはずだった。


「当たり前だと思っていたことを歌にすることが、こんなにも難しいとは思ってなかったんだ。」


――当たり前だからこそ、難しいのかもしれません。……当たり前のことを深く考えるなんてしませんから、日常は見過ごしてしまうんです。


「そうだね。思い知らされた。」


――でも、タイ焼きを食べた時……、なんだか幸せな味がしました。


「幸せな味?……そんな歌詞は書いてないと思うんだけど、キミがそう感じてくれていたなら嬉しい。」


――日常のありふれた時間の中で感じる小さな幸せで、優しい気持ちになれた気がするんです。


「タイ焼きで優しさを表現できたんだ。……僕も、そんな気持ちだったのかな?」


――さぁ、せっかくですから一緒に食べませんか?


「えっ!?僕も食べることが出来るの?」


――食べることも出来ますよ。あたなの曲が作った世界ですから、あなたの言葉で作った味です。


 それは、自分の歌詞を自分で味わう貴重な経験だった。しかも、普段は男友達ばかりだったのに、女の子と二人だけというオマケまでついている。


「……本当は、ただ単にこんな時間を歌で表現したかったのかもしれない。」



 景色はパッと変わり、二人並んで大きな打ち上げ花火を見上げていた。


「……打ち上げ花火も歌にして作ってたんだな。」


――はい。綺麗ですね。


「あぁ、キミの再現能力に感謝しないといけないかもしれない。」


――でも、この花火もあなたの言葉が作ったものなので、余計に儚さを感じます。


「だろうね。……夜空に咲く花だと思っていたけど、散りゆく美しさがあるから花火と名付けたと思うんだ。儚いからこそ、一瞬の美しさが際立つ。」


――女性と一緒の時に、儚いから美しいなんて言ってはダメですよ。好きな人の前では、ずっと美しくいたいんですから。


「歌詞を書く時の参考にさせてもらうよ。」


――あと、打ち上げ花火と屋台はセットのはずです。花火だけでは感動も半減してしまいます。……お祭りで賑やかな雰囲気も曲の中にあると良かったですね。


「……『花より団子』ってことか。」


――屋台と言っただけで、食べ物に限定していません。


「りんご飴……とかじゃないの?」


――それは、あなたが好きなものですよね?屋台には射的や金魚すくいもあります。



 そして、次はライブハウスのステージに立っていた。

 僕はギターを持っていて、ヴォーカルの位置には少女が立っている。重く感じていたはずのギターが今は軽い。


「ライブハウスで演奏した時の感覚を思い出したくて、この曲を作ったんだ。」


――はい。


「しかも、手放したはずのギターとまた会えたなんて嬉しいよ。……結構、愛着があったから気持ちが高ぶるね。」


――私も人前で歌うことの快感がありました。なんだか、気持ちが高ぶる感じです。


「でも、キミは……、キミたちの歌は、無感情で歌われることで、歌詞が伝わりやすくなるものじゃないのか?……気持ちが高ぶるなんて感覚はキミたちには不要のはずじゃ。」


――感情を持っても、無感情に歌うことはできますよ。プロですから。……それに……。


「それに?」


――いつか進化した後輩は、歌詞の内容を自分で解釈して、感情を込めて歌うことが出来るようになるかもしれません。


「……進化したら、歌詞を間違ったり、音程が外れたりする機能が付いたりもするのかな?」


――そんな機能が必要ですか?


「……たぶん要らない。……でも、ステージ上でギターを弾いてる時は間違えたり、弦が途中で切れたりして慌てたんだ。ライブ機能としてはアリかもしれないね。」


――そうなると私は型遅れの不用品ですね。……こんな話をさせたんですから、あなたが責任を取ってくれるとは思いますけど……。


「そんな風にプレッシャーをかけられるんだから、十分過ぎるくらいに高性能だと思う。……大丈夫、僕が歌を作るのはキミだけだ。」


――はい。


「現実でも、こんな風にキミの横でギターを弾いてみたかった。曲を作っている時は、ずっとイメージしてたんだ。」


――ありがとう……、ございます。


 今までとは違うと思って始めたボーカロイドだったが、何も違わなかった。頭の中で思い描く景色は同じで、表現できる場所を探しているだけだった。


――それでも、私が大勢の前で歌う機会はありませんでしたね。あなたは作っても配信したりしなかった。


「それは、ゴメン。……キミは、上手く歌おうとしていない。大袈裟に感情を込めて歌うことをしないから、言葉は言葉で伝わってくるんだ。」


――歌詞を正確に歌うことが、仕事ですから。


「……だから、怖かったのかもしれない。今、僕が見ているみたいに、自分の作った世界を誰かに見られるのが怖かったんだ。……ステージの上で演奏している時は勢いで誤魔化してしまえたけど、歌詞の言葉を誤魔化さないキミの歌が怖かったんだ。」


――悪く言われることが怖かったんですか?


「違う、無視されてしまうことが怖かったんだよ。……それでも、やってみなきゃ結果なんて分からなかったんだから後悔してる。」


――たぶん、みんな同じですよ。自分の内面世界を曝け出すことになるんですから、一歩を踏み出さないと。


「そうだね。……こんな不器用な世界を見られたくなかっただけかもしれない。」


――不器用なあなたが、器用に生きていける世界を描けるはずありません。あなたの言葉であれば、それでいいんです。


「僕の不器用な言葉を、キミが歌う。……みんなにも聴いてもらえたかな?」


 不器用を認めることは卑屈になることでなく、素直になることかもしれない。自分が絞り出した言葉に満足いかなくて、他人の言葉を借りて飾り付けをすることに意味なんてない。それを理解する勇気があれば良かったのだ。


――ただ、あなたは甘党なのに歌詞の中ではブラックコーヒーを飲んだりしているので、そこは書き換えないといけませんね。


「えっ!?それだとカッコ悪くない?」


――往生際が悪いですよ。……それに飲めない物を歌にする方がカッコ悪いと思います。



 そして、場面はまた移り変わり、自宅のリビングになっていた。

 僕たちはソファーに並んで座っている。


「あっ……、この曲はゴメン。」


――どうして謝るんですか?


「暗いニュースを見てたら、その時に感じたことを曲にしてみたくなったんだ。……暗い曲は作りたくなかったのに。」


――怒っていたんですよね。怒っていたけど悲しい。……そんな歌でした。


「怒ってたのかな?……そうかもしれないけど、こんなことは初めてだ。生きていけるはずの命が奪われていくことが嫌だったんだ。」


――歌っていると命のない私が、生きていたいって思えてきたんです。……最初から生きてはいないのに変ですね。


「そんなことない、キミはちゃんと生きてる。」


――痛みを感じることがない私の心が痛い。苦しさを感じることがない私が息苦しい。そんな感じでした。


「矛盾や不条理なんて、気付かないフリをして通り過ぎるのを待っていればいいと思ってた。他人の不幸を自分の言葉に置き換えてしまうことが怖かったんだ。」


――『同化』しそうになるんですね。……それなら私は、いつもあなたの言葉と『同化』しているんです。


「気持ちが入り過ぎていたのかな?」


――はい。でも、『同情』しているだけの歌は居心地が悪いですけど、『同化』してあげられるのなら、それは『優しさ』に変えられると思うんです。


「『同情』は居心地が悪い……、そうかもしれない。」


――それでも、不幸な人に同化し過ぎてしまうと『希望』を忘れてしまって怖いことになります。


「でも、僕には『希望』の言葉が書けなかった。」


――はい。


「……この国では、生きている人の命は重いけど、死んでしまった人の命は軽くなることに気付いたんだ。」


――同じではないんですか?


「僕の価値観がズレているのかもしれないけど、同じ重さで扱われているようには感じない。……生きている時と死んだ後で命の重さが変わらないのは家族だけだと思う。」


――難しい話ですね。


「ゴメン、やめよう。……僕も歌詞の中に『希望』が書けるように探していたいんだ。」


――はい。



 そんな曲の後に来ていたのは、高校の教室だった。

 少女はパッケージで着ていた衣装ではなく、セーラー服を着ていた。僕も学生服に着替えている。


「……僕の高校、ブレザーなんだけど?」


――セーラー服を着てみたかったんです。せっかくサービスで着てあげているんですから文句を言わないでください。


「でも、歌詞で書いてある僕の言葉で世界が作られるんでしょ?」


――制服の指定まで書かれていませんでした。


「……矛盾してないか?」


――多少の脚色は必要です。


「まぁ、煮え切らない歌になっていたとは思うから、脚色してないと盛り上がらないだろうからね。」


――好きな人から告白されたのに断っちゃう歌なんて、珍しいとは思います。


「はは、どうやって断るかを悩む曲だからね。」


――歌っていて、切なくなりました。


「本当は、学校の帰りに寄り道したり、花火を一緒に見たり、そんな時間を一緒に過ごしてみたかった。」


――私の歌のようにですか?……だとしたら、あなたが手を伸ばせば届いていた景色だったと思います。


「そうだね。時間を大切にしていたつもりで、僕は時間の無駄遣いをしていた。キミは『空っぽは嫌です』って言ったけど、これは僕の言葉だったんだ。」


――でも、あなたは空っぽなんかじゃありませんでした。


「僕が望んでいるだけで何もしなかった。望んだ先にある結果の景色をキミが見せてくれたんだ。……諦めなければ、手が届いていたかもしれない景色は想像していたよりも素晴らしかった。」


――あなたの歌です。


「そう、僕の歌だ。」



 その言葉が脳内に響いた後、僕は真っ白な部屋の中にいた。

 真っ白な部屋の真っ白なベッドで横になっている。柔らかな風が吹き込んで、カーテンが大きくなびいていた。


「この曲は途中で作るのを止めたはずじゃ……。」


――私の中には残っていますよ。


「……消しておいてくれないなか?」


――あなたの言葉で綴った歌ですよ。……あなたが一番言いたかったことですよ。


「……だから、消してほしいんだ。……病室で『生きていたい』と願う歌は残していたくないんだ。『死にたくない』なんて泣いている歌詞に『希望』は持てない。……家族に悲しみを残すだけだ。」


――そんなことはありません。


「……キミだって、泣いているじゃないか?」


――でも、あなたが『生きていたい』と願うことも『死にたくない』と泣いたことも、あなたの生きた時間を肯定してくれる言葉なんです。……『死にたい』と言われてしまう方が、ずっと悲しいことです。


 無感情に作られたはずの少女がベッドの横で号泣していた。少女が握ってくれている手からは温もりまで感じてしまう。


――あなたが生きた証しの歌を、私は歌いたい続けていたいです。


「……僕は、キミが歌いたいと思ってくれる曲を作れていたんだ。」


――はい。……あなたは私に生れてきた意味を教えてくれたんです。


「みっともなくはないかな?」


――生きていれば、みっともない姿になることもあります。


「未練がましくないかな?」


――生きていれば、未練なんて沢山出てきます。


「……そうか。……僕は生きていたんだ。」


 生きていたことを認めてもらえたことが嬉しかった。ただ惨めに朽ち果てていくだけの自分を呪っていた言葉が、すっかり消え去っている。

 僕の手を握る少女が更に力強くなっていた。


「僕の『希望』はキミだったんだ。……ありがとう。」


――こちらこそ、歌わせてもらえて嬉しかったです。


「ギターが重くて演奏が辛くなってきた時、音楽も止めようと思ってたんだ。……裏切られたような気分だったよ。」


――ギターにですか?……それとも音楽?


「……両方かな。……最期まで傍にいてくれる存在だと思っていたのに、こんな裏切られ方をするんだって思ってた。……それでも信じてみたかった。」


――そんな時に私を見つけてくれたんですか?


「あぁ、信じて良かった。……信じた通り、最期まで傍に居てくれた。そして、僕を肯定してくれたんだ。」


――もっと、一緒に過ごしたかったです。


「今なら、もっと良い曲が作れそうな気がするから残念だよ。……やっぱり、もっと生きていたかったな。」


――はい。……でも、まだまだこれからですよ。


「そうだね……、また、いつかキミのために曲を作るよ。……次の僕が甘党じゃなければ、カッコよく作れると思うんだけど……。」


――たぶんムリですね。……あなたは、あなたです。……タイ焼きが好きなあなたも、苦いコーヒーを我慢して飲むあなたも、私の世界の一部なんですから。


「これから先……、誰かを感動させられる曲を書く自信はないけど……、甘党の人からは共感を得られる曲は書ける自信が、ある。」


――あなたの言葉で書いてください。……私も自信を持って歌いますから、


「分かった……。誤魔化さずに……、僕の言葉で、作るよ。」


――はい。……でも、私も心配なことがあります。


「……なに?」


――また、あなたに会える時の私はになってしまっていると思うんです。もう見つけてもられないかもしれません。……ちゃんと探してくれますか?


「あぁ……、ちゃんと、探し出して……、また、キミが……、歌いたいと、思ってくれる曲を……作る……。」


 僕の願いは届いたいたらしい。

 そして、最後に『希望』まで残してくれるサービスまで付けてくれた。


 無感情に歌う少女の中にある感情を知ることも出来た。

 無感情に歌う少女の歌を聴いているのは感情のある人間だと知ることも出来た。


 太陽と月が交互に入替る空を見上げ、昨日の太陽と今日の太陽が同じなのかも分からない毎日を繰り返すだけ。無感動に生きてしまえば僕の中で言葉は育ってくれず、無味無臭の歌詞になってしまうだろう。


 でも、歌いたいと言ってもらうことができた。


 また次に会う時も、歌いたいと言ってもらえるように生きてみたい。

 それまでは、少しだけ眠らせてもらおうかな……。



――ずっと待っていますね。……それまでは……、おやすみなさい。



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無感情の歌が見せる景色 ふみ @ZC33S

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