年上彼女の昇り方
A
第1話
私の名前は滝川(かきがわ)凛(りん)
大学を卒業して5年、そろそろ中堅と呼ばれるような立場になってきた。
彼氏は、いない。大学時代はいたが、卒業と同時に遠距離となり、自然消滅した。
最初の頃は大学時代の友達と遊ぶことも多かったけど、だんだんと結婚のサドンデスが始まっていき、大学で一番仲良かったグループで残されているのは私ともう一人だけだった。
そして、メッセージアプリのLENEを開く。そこに書かれたメッセージを見て、とうとう私一人になったということが分かった。
お祝いする気持ちと、裏切り者という気持ちを当社比3:7ぐらいで祝いのメッセージを書き込む。
他のメンバーと同じように、やつのトップ画にも赤ん坊が載る日は近いだろう。
それと同時に気持ちの比率も2:8に変わるのだが。
しょうもないことを考えつつも昼休憩を終えて職場に戻る。
うちは規模は小さいけど年商はそこそこあって、それだからか、実力主義によって若手が抜擢されることも多かった。
そして、その抜擢もルール付けがされていて、『明瞭会計!』と冗談染みた社長手作りのポップの横にルールが張り出されている。
前年の各営業単位の営業利益に対し年次毎に定められた一定の数値を掛けることで点数化しているらしい。
例えば、7年目と8年目では、7年目の方が営業利益が低くても勝てるような設計になっている。
経験だけに左右されない能力の評価を目指しているらしい。
時々言う、YOU勝っちゃいなよという煽りが少しうざい。
実際、私の一つ上の堂島さんが三つ上の先輩を差し置いてうちのグループリーダーに任命されていて社長の明瞭会計はしっかりと機能していることが伝わってくる。
給料もしっかり反映されているし、これがうちが稼げる理由なのだと感じた。
まあ、女性社員は事務ばっかりでそこまで関係あるわけじゃないんだけど。
しかし、明日は新人がやってくるらしい。ここのところは中途の入社ばかりだったが、今回はピカピカの一年生が入ってくるようで少し女性陣の期待が高まっている。
私は今回、教育係に任命されているので少しだけ面倒くさいなーという気持ちも感じているが。
次の日、新入社員の子が緊張しながら入ってきて挨拶をした。
「鯉江(こいえ) 昇(のぼる)です!どうかよろしくお願しましゅっ!!」
最後を噛んでしまい顔が真っ赤になっている。少し可愛い。
短く切りそろえられた短髪に、クリっとした茶色がかった瞳。身長は平均ぐらいだろうか、顔はそこそこ整っている。
職場のお局……お姉さま達は可愛い新入社員に嬉しそうにしている。
これは、面倒くさいお姉さま達の洗礼は無さそうだし良かったかな。
そう思いつつ、鯉江君にパソコンのログインの仕方や事務作業の流れを説明していく。
事務は一年くらいだけで、来年からは営業に配属されるはずなので、それなりに覚えるくらいでいいよというのを伝えておく。
とりあえず、最初の三ヶ月くらいは慣らしで辞めることは無いようにフォローしようかなと大体のスケジュール感を頭で考えながら教えていった。
◆
あれから三ヶ月、鯉江君はその可愛らしい見た目に対して仕事が凄くできる。
地頭が良いのだろう。その上まじめだからすごい勢いで仕事を覚えていった。
緊張した態度は相変わらずで、私と喋る時も未だにたまに噛むときがあるが。
まあ、一番年が近い私で五個上だとちょっと緊張しちゃうかな。と思い、緊張をほぐすのと仕事の不満の吐き出しを兼ねて飲みに誘った。
この子はあまり大人数だと口数が目に見えて減るので今回は二人でいっかと個室の居酒屋を予約した。
とりあえず乾杯すると、相手が口にしやすいようにこちらから苦労話や不満話をしてあげる。
「最近仕事どう?わからないところとかある?私が入った時は仕事が凄い辛くて帳票の作り方とか複雑すぎて意味がわからなかったんだよね。」
「人事の山下さん知ってる?あの人すごく仕事雑だから気を付けてね?たまに名前すら間違えてるときあるし」
そうして、こちらが少し話していると彼もだんだんと口を開いてきた。
「僕。滝川さんが教育係で本当によかったです。教え方が丁寧で分かりやすいうえに、手の抜きどころもこっそり教えてくれるし」
「そう?それならよかった。私忘れっぽいからファイリング命だし、面倒くさがりだからやらなくていいとこすぐに切っちゃうんだよね」
「どうか、これからもよろしくお願いします」
「うん。一年だけだけどよろしくね」
今思っていることや仕事で聞きたかったことなど、ある程度話尽くしたのか、少し沈黙がある。
顔を見ると、そこまでペースは速くなかったのに顔が真っ赤になっていた。
今日は金曜日とは言え、意識が無くなるとさすがにめんどくさい。とりあえず水の飲ませて中和しつつ、会計を支払うとそのままお開きにした。
◆
月曜日、朝の挨拶と共に鯉江君が近づいてきた。
「おはようございます。金曜日はありがとうございました」
「いいよいいよ。先輩の務めみたいに考えといて」
飲み会で心の距離が近づいたようだ。それからの鯉江君は私相手に噛むこともなくなり、たまにだが飲みに誘ってくるようになった。
あっという間に一年が経つ、めでたく鯉江君は来年からの営業への配属が決まり、私のお役はご免となった。
今日は歓送迎会なので、全員早めに切り上げることになっており、チャイムが鳴ると全員一斉に片付けを始めた。
歓送迎会も終盤に差し掛かり、それぞれ解散。私も帰路につく。
すると、後ろから聞きなれた後輩の声がした。
「ちょっとだけ、話、いいですか?」
「どうしたの?うん。いいよ。」
すぐそばにある公園に移動し、ベンチに座る。
鯉江君はしばらく、無言だったが意を決したようにこちらを向いた。
「滝川さん。僕と付き合ってください」
「あー。やっぱりそうゆう話か」
両方が一時的に無言になり、近くの自販機の唸るような音だけが聞こえてくる。
「気持ちは嬉しいけど、ダメ、かな」
「理由を聞かせて貰ってもいいですか?」
特に理由は無い。あえて言うのであれば、下の子を引っ張っていくメンタルが無いほどにアラサー病が進行していることだろうか。
確かに結婚はしたい。でも、これから彼の仕事はかなり忙しくなるだろう。そんな中で私は気を遣いながら連絡が取れるのだろうか。自然消滅する気配がビンビンだ。
彼氏は欲しい。だが、下の子をリードしつつ仕事のケアもするなんてことは正直キツイ。
恋愛と面倒くささが絶妙なシーソーゲームをする中、最終的に面倒くささが勝利したと伝えるのは少し可哀そうな気がする。
若干の真実を混ぜつつ、理由を伝える。
「私ね。リーダーとかそうゆう引っ張ってくれるような人が好きなんだ。だから、ごめんね?」
「リーダー。堂島さんのことですか?」
「いや、堂島さん限定じゃないけど。まあ、グループリーダーとかそうゆうの。人をリードしてくれる人がタイプなのは間違ってないかな?」
「そうですか。ありがとうございます。」
◆
鯉江君とはそれきり関わりが無くなった。というのも、新しい支社の立ち上げでそちらに配属されたからだ。
あれからもう一年近く経つのかとカレンダーを見る。
そろそろ、人事異動の情報がお局さんから回ってきてあれこれ言いだす時期かなとぼーっと考える。
私を含む事務職に異動は絶対無いし、なぜそこまで熱心に見れるのかは長年の疑問なのだが。
まあ、今回ももし回ってくるようなら見るって感じでいいか。
4月、人事異動で机の配置が変わる中、うちのグループもリーダーが変わることがわかった。
誰なんだろ?堂島さんは残ってるし、それより上か近い年齢の人だよね。
面倒くさい人じゃないといいなー。
そう思っていると異動で配属されてきた人がちらほら出勤してくる。
そして、少し精悍さを増したように感じる彼が入室してくると、こちらに向かってきた。
「ちょっとだけ、話、いいですか?」
「う、うん。いいよ。」
屋上の元喫煙所に上がっていく。今は完全に禁煙になっているのでここに来る人はほとんどいない。
少し重い鉄製の扉を開く音がすると、鯉江君の後に続いて屋上に上がった。
「支店またこっちに戻ってきたんだ」
「はい。すごく、頑張りましたので」
頑張った?何をだろう?
彼が息を大きく吸うのが見える。
「お久しぶりです。滝川さん。グループリーダーの鯉江です。」
正直、驚きで頭が追い付かない。え?今なんて?
「言いましたよねリーダーみたいに引っ張ってくれる人が好きって。
なりました。グループリーダー。これでどうですか?」
最後に会ったのが一年前とは思えないほど大人びた表情で彼が言う。
その姿に少しキュンと来た
「ああ、そっか、うん。それだとやっぱダメ」
悲しそうな顔で彼がこちらを見る。
「そうですか。
まだ、ダメですか?次のお題はなんですか?このままエスカレートするともう会社を立ち上げてリーダーになるとかしかないんですが」
「うん。次は、私の家のリーダーになってよ」
「家の?……それって、つまり世帯主…………」
「これから末永くよろしくね。昇君」
「っ!はい!どうかよろしくお願しましゅっ!!」
後でLENEでメッセージを送らなくちゃ。お祝いの言葉を甘んじて受けよう。
そう思った。
男子、三日会わざれば刮目して見よ。
鯉は滝を昇り、そして竜になる
年上彼女の昇り方 A @joisberycute
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