第49話 二人の居場所④

◇◆◇



 綾音は聖の異常に気づいた瞬間、その反射神経を活かしてジェラートの落下を阻止する。両手にジェラートを持ちながら、聖の様子を観察する。


 ようやくこの時が来た。綾音が聖と頻繁に会っていたのは、これが目的だったのだ。


「聖くん?」


 返事はない。でも、いるはずだ。


「……もう一人の美倉聖さん。ここには私とあなたしかいないよ。あなたとお話がしたいの」


 綾音は彼女の名前も知らなかった。それでも、確かに聖の中に存在し、聖が意識を失うと現れる。

 もう一人の美倉聖。彼女は、ナハト事件において、とても重要な存在だった。




「じゃあ、彼女はナハトを抑えていたってことだよね?」

「そうなる。瀬川カレンへの追撃が止まったのも、あの時彼女が現れていたことで、何らかの力を行使したと推測できる。それが交信に見えたのだろう」


 事件が落ち着いてから、聖とともに当時の状況を整理した後、初果がまとめてくれた。もう一人の聖は、綾音がボロボロの状態で聖に抱えられていたあの瞬間も、ナハトを制御してくれたのだ。


「美倉聖がアイビスに来る道中も、彼女が何とかしていたのかもしれない。その辺りは当人に聞いてみないことにはわからないがな。

 何にせよ、今後のことを考えると、彼女とコンタクトを取る必要がある」


 今後またヒトガタになり得るバグが聖の前に現れたなら、また彼女の力が必要になる。

 もちろん、そうなる前に対処する方法も模索していくが、切り札として持っておきたいカードなのだ。


「じゃあ、私が話をしてみるよ」

「彼女は今までも何度か私たちの前で目覚めているはずだが、交流は避けられていた。応じてくれるかどうかだな」

「そうだね。でも、私はどうしても話したい」


 ヒトガタ対策として重要であることももちろんだ。訊きたいことは山ほどある。でも、それだけではなかった。


「――絶対に言っておきたかった言葉があるから」






「もし、目を覚ましているなら聞いてほしい」


 聖は眠っているように見える。それでも、綾音は言うことにした。


「ありがとう。あなたと聖くんのおかげで世界は救われたの。

 私は、あなたのことも仲間だと思ってる。そして、友達になりたいと思ってるの」


 伝えたかった感謝の言葉。これを言えるチャンスは少ないから、次は絶対に言おうと思っていた。

 色々訊きたいことはあるけれど、まずは一人の人間として向き合いたい。綾音は、もう一人の聖の存在も受け止めたかったのだ。


 すると、パッと目が開いた。そこには、世界を救った少女がいたのだ。




◇◆◇




 目を覚ますと、世界が横向きになっていた。透明なプラスチック越しに小さな街が広がっている。


「起きた?」


 上から綾音の声がした。布越しに感じる柔らかく温かい感触が頭のところにある。薄い布はスカートだった。ここは綾音の膝の上だった。


「わあ! ご、ごめん!」

「ふふ。別にいいのに」


 聖は飛び跳ねるようにひざから離脱して座りなおす。

 まさか綾音にひざ枕してもらっていたとは。どうせならもうちょっと堪能したかったところだが、そのまま会話できるはずもないので仕方なかった。


「さっきね、もう一人の聖くんとお話したよ」

「ええ!? そっか、ぼくが意識を失うと出てくるんだっけ……」


 なるほど、綾音はその瞬間を待っていたのかもしれない。デート気分で来たことが恥ずかしくなってきた。


「ど、どんな話をしたの?」

「秘密」

「へ?」


 思いもよらぬ返答に、聖は気が抜けたような声を出してしまった。綾音はクスクスと笑う。


「ちょっとしか話してないからね。重要なことを話したときはまた聖くんにも伝えるよ」

「そ、そうなんだ」


 意識を失っていたのは、ほんのわずかな時間だったらしい。たしかに、これならちょっとしか話すことはできないだろう。


 それでも、綾音はどこかスッキリしたような顔をしている。こんな表情をしているのは、何か良いことがあったからだろう。それを見て、聖も安心した。


「私はもう一人の聖くんとも仲良くなるよ。彼女にも聖くんの話をしてあげるね」

「ぼくの話ってどんな……?」

「かわいい子だって伝えておく」

「ええ……」


 聖が照れ笑いをすると、綾音は満足そうに笑みを浮かべた。どうやら、この表情を求めていたらしい。


「聖くんは聖くん、彼女は彼女。それぞれちゃんと存在してるんだよね。

 彼女にも、ここに居る理由を見つけられたらいいな」


 綾音が言う。それは、聖のようにということだ。


「そうだね」


 聖は正面に見える景色を眺める。ミニチュアのように広がる街並みには、たくさんの命があり、心がある。それぞれ何か目標を持っていたり、それを探したりしている。聖のその一つだった。


 見つけられた居場所。綾音の隣に居られるように、この世界を守る。それがいびつな自分が存在する、たった一つの大きな理由なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

模造魔女の七変化(メタモルフォーゼ) 秋月志音 @daidai2525

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ