第48話 二人の居場所③

 次の日、すぐに朗報が届いた。カレンが帰ってきたのだ。見つかったのは、なんと湖西にある山の中だった。


 カレンはナハトが機能停止した際に逃げ出し、ナハトの追撃を警戒するあまり、ずっとマナを使わずに移動していた。その後、湖西まで行った後、迷子になっていたらしい。


 帰還の日、蘭と愛夢は「なんて時に迷子になってるんだ!」と嬉しそうに怒っていた。綾音はずっとニコニコしてそれを見守っていた。


 こうしてナハト事件は終わりを迎えたのだった。




 聖はアイビスの日常を初めて体験していた。

 ナハトの不安がなくなった日々。それは今まで通りだけど、幸福な普通だった。


 そして、今まで通りじゃないことも起こっている。それは――


「聖くん」

「あ、綾音さん」

「今日も暇かな? ちょっと付き合ってほしいんだけど」


 後処理も一段落した頃のこと、綾音が毎日のように南塔に顔を見せるようになった。しかも、いつも聖を誘ってくれるのだ。


「もちろん大丈夫だけど……」


 こんな幸福までやって来るのは、普通とは思えない。今まで辛かったろう、と神様が功労賞をくれているようだった。


 まさか、男性姿の聖を気に入ってくれたとか? いや、綾音に限ってそれはない。

 むしろ、少女の姿の聖に対して特別な感情を持ったとか? でもそんな風には見えない。


 そんな邪念を抱きながらも、綾音との楽しい放課後ライフは始まる。今日はお出かけだそうだ。




 やって来たのは、この辺りで最も高いあのビルだった。

 高さ三〇〇メートルもあるこのビルも、高いところが好きな綾音のお気に入りの場所のようだ。


「ここにジェラートが売ってるんだ。ちょっと食べていこうよ」

「うん」


 聖と綾音は、まず一六階にある庭園で休憩することにした。

 一六階とはいえ地上八〇メートルにもなるというこの庭園は、透明なプラスチックフェンスに囲まれながらも屋外にあり、上空の風が感じられる。ビルの上にあるのに緑も豊かで、癒される空間だった。


 フェンス付近にあるベンチに腰を掛け、二人でジェラートをいただく。綾音の真意はわからないものの、聖はデートのような気分であり、かなり緊張している。


「展望台もいいけど、ここも外にいる気分になれるから良いよね」

「そう、だね」


 綾音のこんな年ごろの女の子らしい姿、みんな見たことあるのだろうか。これは、ひょっとすると自分だけの特権なのかもしれない。

 普段はしっかり者で頼りになるリーダーだけど、小さく舌を出して、こんなにかわいらしくジェラートを食べるんだぞ。こんな自慢を誰かにしたい。聖はすっかり綾音に見とれていた。


「溶けちゃうよ?」

「あ、うん、そうだね」


 こうしていると、やっぱり自分は男なのかなと思う。でも、仮に自身が女であっても、綾音を好きになっていたような気がする。

 そう考えると、男とか女とかは些細なことで、この気持ちだけが本質なのかもしれない。


「後で展望台にも行こっか? 屋上のヘリポートにも入れるんだよ」

「ああ、いいね。行きたい」


 良い風を感じる。平和な世界はこんなに居心地が良いんだ。

 ずっとここに居たい。魔女として、綾音の隣に居たい。


 それなのに、急に来てしまった。今回ばかりは勘弁してくれと抵抗したいものの、それは無意識にやって来る。聖は気を失ってしまったのだった。

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