第47話 二人の居場所②
◇◆◇
目を覚ますと、見覚えのある部屋で横たわっていた。ここは東塔地下にある、初果の部屋の診察室だ。スッと視界を遮るのは誰よりも信頼している人。綾音だった。
「……綾音さん」
「良かった。やっぱり聖くんだったんだね」
そう言ってほほ笑む。そして、自分が男の姿をしていることに気づいた。
これが負担なく変身できる三つの姿のうちの一つ、青年男性の姿だった。
この姿に変身する必要がなかったため、ずいぶん久しぶりだった。あえて言う必要もないと思っていたが、綾音と初果には言っておくべきだったかもしれない。
「ごめん、言ってなくて」
「ううん。ちゃんとわかったから大丈夫だよ」
「……ありがとう」
聖は頬を赤くする。今は男性の姿だからか、いつもより綾音に対してドキドキしている。
姿が違っても、聖だとわかってくれる。こんなに嬉しいことはなかった。
「お礼を言うのはこっちのほうだよ。
……助けてくれてありがとう。聖くんのおかげで、みんな無事だよ」
「……良かった」
ちゃんとナハトを倒すことができた。そして、また綾音と再会できた。あの危機を乗り越えられたなんて、夢のようだった。
「美倉聖。そろそろ、元の姿に戻ってくれないか? どうも落ち着かない」
にょっと視界に現れた初果に言われ、聖は少女の姿に戻った。新品のような制服を着た、普段通りの美倉聖の姿だった。
「聖……」
蘭の声に驚いて体を起こすと、蘭と琥珀が開いた扉からこちらを見ていた。二人は聖を見て困惑しているようだった。聖は蘭と視線をかわすことを避けた。
そうか、二人には変身するところも全部見られていたんだった。聖のことを恐れるのは当然のことだと思った。
「ナハトは完全に消滅したようだ。今ごろ機関が現場で調査をしているだろう。
機関には、ナハトが分裂して殺しあったと報告するつもりだ。はた目からはそうにしか見えないし、君の能力を知られるわけにはいかないからな」
初果が淡々と報告する。いつも通りだが、心なしかホッとしているように見えた。
「君たちもそれで通してくれ。他の生徒にも決して言わないように」
これは蘭と琥珀に向けて言ったものだ。二人は黙って頷いた。
初果はまた聖を見て、無表情のまま話し出した。
「美倉聖。綾音から話は聞いた。今回、ナハトは君を探していたようだ」
「……そうみたいだね」
ナハトは、力の覚醒を求めていた。その鍵が聖だったのだ。
「君はナハトにイデアと呼ばれ、祖であると言われた。
イデアとは、哲学用語だが、ナハトの中でその言葉通りの意味を持っているかは不明だ。
イデアは普遍的な本質を指している。例えば、最初に私が君に会ったときに、君を魔女だと思ったのは、マナを持った女性が魔女だという認識が共有されている、つまり『魔女のイデア』の存在によるものだ。
その共有された認識こそが真実の世界の姿であり、現実の世界ではその影を見ているに過ぎないという。まあ、人間の本質を追求する考え方だ」
機械にもたれかかりながら、初果はいつも通りの無表情で説明をする。
「祖という言葉を素直に受け取ると、君はナハトの祖先となる。広義では宗教の教祖や神のような意味ともとれる。
先ほどの話と強引に結びつけるなら、ナハトは君の影なのかもしれないな」
初果は別に聖を貶めているわけではない。ただ冷静に聖という存在を紐解こうとしている。
しかし、それは聖の心を深く落ち込ませた。
「やっぱり、ぼくはナハトと同類なのかな……」
「いや、そうではなく――」
ボソッとそうこぼすと、初果は珍しく慌てた様子を見せた。
「聖くんは私たちの仲間だよ」
落ち込んだ空気を切り裂くように言葉をくれたのは、やっぱり綾音だった。
「前にも言ったとおりだよ。どんな姿をしていても、聖くんは聖くんなんだ。私たちを助けてくれた、その心が聖くんなんだよ。
それ以上の本質なんて世界には存在しない」
「綾音さん……」
「私は聖くんが違う姿をしていても、また今日みたいに見つけてみせるよ。だから、聖くんは魔女として、ずっとここに居てほしい」
聖は泣きそうになりながら言葉を飲み込む。綾音はまっすぐに聖を見ていた。
「……またナハトみたいなのがここに来るかもしれないよ?」
「その時はその時だよ。今度こそ私も戦えるようにしておくから」
そう言ってにっこりと笑う。しかし、また綾音が今日みたいな目に遭うことを考えると、やっぱりここに居てもいいとは思えなかった。
「私もアイビスに居たほうがいいと思ってる。また放浪されでもしたら、死者が増える一方だ。
ナハトだってうかつに特区内には入ってこなかった。狼狂させないことが何よりも重要になるから、君はここに居たほうがいい」
初果がそう補足してくれると、聖もようやく頷くことができた。確かに、ここに来てからのほうがナハトは大人しかったのだ。
ここに居られる。聖はようやくアイビスの魔女になれたような気がした。
「……綾音さん、初果さん、もう一人の自分についてなんだけど――」
聖はふと思い出した。これは二人に言っておいたほうが良いと思った。
「さっき、声を聞いたんだ。この人もぼくたちの味方だよ。だから、一緒に仲間に入れてほしい」
聖の懇願に、綾音と初果は一度顔を合わせた後、柔らかくほほ笑みをみせた。その答えは聞くまでもなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます