エピローグ
それぞれの道
◇
わたし──逢坂愛梨は高校三年生に上がった。
三年生に上がったと同時に推川ちゃんから「保健室に戻らない? 一人だと寂しいでしょ」と聞かれたのだが、先輩たちと一緒の時間を過ごしたこの場所を手放すことは出来ずに、一人になってもテントの中で学校生活を送っている。
そして今も、誰も居なくなってしまったテントで一人寂しくスマホをいじっている。
「あー、やっぱり寂しいよー」
こんな独り言をこぼしても、誰にも聞かれないんだ。
ああ、このまま高校三年生という貴重な時間を孤独に過ごしていくのか。そう考えると、やっぱり推川ちゃんと一緒に居られる保健室登校を始めた方がいいのかもしれない。
「わたしは孤独だぁ」
一人では広すぎるテント内を、寝転がりながらゴロゴロと転がってみる。だけどなんだか急に虚しくなって、動きを止める。
「あー、寂しいよー。瑠愛先輩〜、湊先輩〜、紬先輩〜」
先輩たちは今頃なにをしているのだろうか。
たしかそろそろ入学式の時期だったと思うので、もしかしたら大学に行っているのかもしれない。
スマホを取り出して、去年の屋上登校のグループ宛に『もしかしてそろそろ入学式ですか?』と打ち込んだところで、打った文字を全て消した。一人で寂しがっていると思われたくなかったから。
スマホの左上に表示される時間がふと目に入った。現在の時刻は九時二十分。まだ一限目の途中である。
「あああああ……時間の流れが遅く感じるぅ……」
今日は一段と寂しいな。一体わたしはどうしてしまったのだろう。そんなことを延々と考えていると、ガチャリと屋上の扉が開いた音が聞こえて来た。
うさぎのように耳がピクピクとなり、上半身を起こしてみる。
きっと推川ちゃんだ。どういう理由で来たのかは分からないが、これで一人の時間が終わる。それと推川ちゃんが来たら、「保健室に戻ります」と言うことにしよう。さすがにこの調子では、一年も持つ気がしない。
その場で正座をして待っていると、ファスナーがジジジと音を立ててドアが開き、そこからは白衣姿の推川ちゃんが顔を出した。
「愛梨ちゃん、今大丈夫?」
「はい! 全然問題ないです!」
「よかった。それじゃあ中に入らせて貰うわね」
推川ちゃんは笑顔のままテントの中に入ると、空いているドアに向かって手招きをした。
「にかちゃん。入って来て」
わたしが「にかちゃん?」と首を傾げると、ドアからは一人の女の子がテント内に入って来た。その子は身長が低く、赤い縁のメガネを掛けていて、黒髪のボブヘアをしている。真面目そうな印象を受ける子だ。
その子は推川ちゃんの隣に正座して座るなり、わたしの顔をそわそわとしながら見ている。
「それじゃあ、自己紹介だけしてくれるかな?」
推川ちゃんが諭すように言うと、メガネを掛けた子は恥ずかしそうにこくりと頷いた。
「お、大花丹夏(おおはなにか)です……二年生です……今日からよろしくお願いします」
控えめな声であるが、充分伝わって来た。正座をしながら頭を下げる彼女の仕草は、とても綺麗で美しく見える。
大花丹夏が顔を上げたと同時に、ようやくピンと来た。
「お、推川ちゃん……この子、もしかして……」
その子を指さしながら推川ちゃんに尋ねると、彼女は笑顔で「ええ」と頷いた。
「今日から屋上登校を始める大花丹夏ちゃんよ。仲良くしてあげてね」
推川ちゃんがそれを言い終える前に、わたしは初対面の大花丹夏に抱き着いていた。
卒業までの一年間、ずっと一人ぼっちだと思っていたわたしの元に訪れた一人の生徒は、きっと神様からの贈り物だ。
わたしが先輩たちからされて来たように、この子のことはいっぱい可愛がることにしよう。それだけを誓って、ハグする腕に力を込めた。
◇
今日は鳳桜大学の入学式。
鳳桜大学の最寄り駅にて、スーツに身を包んだ俺と瑠愛は桜瀬が来るのを待っていた。
「瑠愛、顔が寝てるぞ」
隣に立つ瑠愛は、目を閉じて首をコクコクとさせている。今の時間は午前九時を少し過ぎたところ。起きたのは二時間前なので、まだ眠いのだろう。
瑠愛は閉じていた目を開くと、俺の腕を掴んだ。
「まだ眠いもん」
「入学式中に寝ないようにな」
「……自信ない」
「だよな。だと思った」
「さすが湊。私のことをよく分かってる。寝てたら起こして」
「おう、任せとけ」
入学式中に寝ることはほぼ確定しているらしい。柔らかいパイプ椅子なんかに座らせられたら、瑠愛はすぐにでも寝てしまうだろう。
「ごめーん! お待たせ二人とも!」
それからも二人でとりとめのない話をしていると、スーツ姿にサイドテールがよく似合っている桜瀬が走ってやってきた。
「久しぶり。全然待ってないぞ」
「おはよう紬」
無事に桜瀬と合流出来たことに一安心だ。三人で固まって、お互いの顔を見せ合う。
「やっぱり二人ともスーツ似合うね」
「桜瀬もスーツ似合ってるぞ。大学生って感じだな」
「えー、社会人に見えない?」
「頑張れば見えなくもない」
「何その微妙な感じ。でもまあ、若く見られてるってことでいいか」
お互いのスーツ姿に対する感想も程々にして、俺と桜瀬は時間を確認してから視線を合わせた。
「それじゃあそろそろ行こうか。ゆっくり歩いていけばいい時間になるだろ」
「そうね。ゆっくりと向かいますか」
桜瀬と頷き合ってから歩き出そうとすると、瑠愛にグイと腕を引っ張られた。
「おっと、どうした?」
俺が足を止めたことに気が付いて、桜瀬も立ち止まりキョトンとした顔のまま振り向いた。
俺と桜瀬から視線を向けられた瑠愛の手には、スマホが握られていた。
「みんなで写真撮ろ」
瑠愛が一緒に写真を撮ろうと言うなんて珍しい。俺と桜瀬は顔を合わせて、不思議そうな顔を向け合ってから瑠愛の方を向く。
「いいけど……瑠愛が写真なんて珍しいな」
「うん、愛梨に送ろうと思って」
なるほど、俺たちのスーツ姿を写真に撮って逢坂に送るのか。今はちょうど一限目の時間なので、携帯ゲームをしてるであろう逢坂はスマホを見てくれるだろう。
その瑠愛の案に、俺と桜瀬は笑顔で頷いた。
「それいいね。送っちゃおうか」
「喜んでくれるといいな」
桜瀬と俺がそう言って瑠愛の頭を撫でると、彼女も頬を緩めて頷いた。
「うん、喜んで欲しい」
瑠愛は腕を伸ばしてスマホを掲げて、自撮りをするような体勢を取った。
「もうちょっとみんなでくっつこうよ〜」
桜瀬がそう言って瑠愛に抱き着くと、瑠愛も俺のことを抱き寄せた。
「じゃあ撮るよ」と瑠愛がカメラ目線で。
「はーい」と返事をした桜瀬も、カメラ目線で。
「おーけー」と俺もカメラ目線で返事をした。
「はい、チーズ……」
三人はさらに身を寄せるようにして画面に収まると、カシャリと音を立ててシャッターが切られた。
撮った写真を確認してみると、瑠愛を挟むようにして俺と桜瀬が身を寄せ合っていて、三人全員が渾身の笑顔を浮かべていた。
──完──
☆あとがき☆
『今まで保健室登校をしていましたが、今日から屋上登校を始めます。』はこのお話をもって完結致します。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。読者の皆様には感謝しかないです。
この物語は、本当ならばひな先輩の卒業とともに終わるはずだったのですが、「瑠愛の感情を全て取り戻すまで続けたい」と思い立ち、湊たちが卒業するまで続けさせて頂きました。
そのおかげで、上手く物語がまとまってくれたのかなと、筆者なりに思っております。
色々と語りたい部分はありますが、書き始めると長くなりそうなのでここら辺にしておきます。
次回作はまだ構想を練っている段階ではありますが、また青春ラブコメものを書こうと思っております。そこでも皆様にお会い出来たら、心の底から喜びます。絶対に。
最後にはなりますが、私の好きなキャラは元気いっぱいのひな先輩でした。皆様の推しキャラは誰でしたか?
ではでは、私はここら辺で失礼致します。また皆様とお会い出来ることを、心から願っております。
今まで保健室登校をしていましたが、今日から屋上登校を始めます。〜ハーレム生活を送りながら女の子を幸せにしちゃいます〜 桐山一茶 @rere11rere
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