ここに居るみんなが大好き
卒業式を終えた。このまま別れるのもなんだか寂しいという話になり、推川ちゃんにお昼ご飯を奢って貰うことになった。
推川ちゃんの車でレストランに向かうのだが、彼女はちょっとだけ仕事をしてくるそうだ。なので推川ちゃんが来るまでは、駐車場で待つことになった。
生徒の四人で固まって学校を出て、駐車場に移動すると。
「レディースエーンジェントルメーン! 卒業式を終えたみたいだね!」
すごく元気な女性の声が駐車場に響き渡った。
四人はキョロキョロと辺りを見回すと、遠くで停まっている真っ赤な平べったい車の窓から、ブンブンと手を振る人の姿が確認出来た。
「え、誰あれ。湊の知り合い?」
指をさしながら桜瀬が問うが、俺は首を横に振る。
「いや、知らないな。あんな能天気でデカい声を出す子なんか友達には──」
そこまで言ったところで、一人だけ思い当たる節があることに気が付いた。それは桜瀬も同じだったのか、彼女と一緒にピンと来た顔を見せ合った。
「「ひな先輩」」
お互いの声が揃うと、二人して勢いよく赤い車の方を振り向いた。そこには未だに窓から顔を出して、ブンブンとすごい勢いで手を振る女性の姿がある。よくよく目をこらしてみると、長い赤茶髪を揺らすひな先輩であることが分かった。
「「ひな先輩!」」
今度は俺と桜瀬の驚いた声が重なる。
四人は早足でひな先輩の元へと向かう。俺たちが寄って来たことに気が付いたひな先輩は、車から降りて「おーい!」とこちらに手を振っている。
「おーおーおー! みんな元気そうじゃないか! 胸にコサージュなんか付けちゃって!」
ひな先輩の元に到着すると、彼女は相変わらずの笑顔で迎えてくれた。制服姿の俺たちと比べて、ひな先輩は黄色のナイロンジャケットにデニムパンツというラフな服装をしている。
そんなひな先輩に、瑠愛が勢いよく抱き着いた。
「おー、よしよしー。瑠愛ちゃんはいつも甘えん坊だな〜」
瑠愛がゴロゴロと喉を鳴らすようにして撫でられているのを、逢坂はどこか悔しそうな表情で見ている。
「ひな先輩! その車ってもしかして……」
「この車はわたしが頑張って貯めたお金で買った愛車だぞ! 真っ赤で可愛いだろ〜」
「超可愛いです! ひな先輩によく似合ってます!」
「おうおう! まだ買って三ヶ月だからピカピカなんだぁ」
「まだ乗りたてですねぇ──それはそれとして、どうしてひな先輩が学校に居るんですか?」
桜瀬が首を傾げると、ひな先輩は「おー! そうだったそうだった」と言いながら車の後部座席の扉を開き、大きな花束を三つ取り出した。
「はい! わたしから卒業する三人に花束を送ります! 今日はこれを渡しに来たんだぁ」
ひな先輩から三人に花束が配られる。色とりどりの花が、ずっしりと手の中に収まる。
「それと愛梨ちゃんだけに何もあげないのは何だかなって思ったから、愛梨ちゃんの分も買ってきたの! はいどうぞ!」
無邪気に笑ったひな先輩は、ラッピングされている一輪のピンク色のカーネーションを逢坂へと手渡した。
「え、わたし卒業もしないのにいいんですか?」
「うん! お姉さんからのプレゼントだと思ってくれれば!」
悔しそうな表情から一転して、逢坂はパーッと顔色を明るくさせた。
「ありがとうございます! 大切にします!」
「うんうん! 大切にしたまえ! 三年生諸君もだよ!」
ひな先輩にビシッと指をさされて、三年生の三人は「はい!」と返事をした。
「でもよく卒業式の日が分かりましたね」
「うん! 推川ちゃんに教えて貰ったのさ〜」
「あ、そっか。ひな先輩と推川ちゃんってめちゃ仲良いんですもんね」
「そうだよー! たまに一緒にご飯食べるくらいには仲良し!」
この元気な声も懐かしい。このパッションこそが月居ひなだ。
「え、もしかして花束を渡すためだけに来たんですか?」
桜瀬が尋ねると、ひな先輩は「うんうん!」と勢いよく首を縦に振った。
「そうだよ! 推川ちゃんに事前に卒業式の日程聞いてたから、今日はちゃんと仕事も休んで来たんだからね!」
「え、じゃあ屋上に来れば良かったじゃないですか!」
「ちっちっちー。それはナンセンスだよ紬ちゃん。共に三年間を過ごしていないわたしが卒業式にまでお邪魔しちゃったら雰囲気がぶっ壊れちゃうじゃないか」
たしかに俺たちよりも更に破天荒なひな先輩が卒業式に居たら、ぐちゃぐちゃにされる自信がある。それこそ瑠愛と逢坂がキスしているところを見たら、ひな先輩も混ざりたいと言うだろう。
「「「たしかに……」」」
今度は俺と瑠愛と桜瀬の声が重なった。逢坂はひな先輩と入れ違いで入って来たので、彼女の破天荒さを知らないのだ。
「たしかにって! そんなに声揃えて! まあいいけど!」
自己完結をしたひな先輩は、頬を膨らませながら胸を張った。こうやってひな先輩がムッとしているのを見るのも久しぶりだ。
「あ、そう言えばさっき、今日は仕事お休みって言いましたよね?」
「うん、言ったよ?」
「じゃあ今から昼ご飯食べに行きません? 推川ちゃんも混ぜた五人でお昼ご飯を食べに行く予定なんですけど」
そう言ってみせると、桜瀬も「いいですね! 行きましょう!」と賛同してくれた。瑠愛と逢坂も笑顔で頷いているので、ひな先輩を歓迎しているようだ。
「いいじゃない。ひなちゃんの分も奢ってあげるわよ」
すると背後からそんな声が聞こえて来た。後ろを振り向いてみると、そこには白衣ではなくカーキ色のパーカーを着用した推川ちゃんの姿があった。
「え! いいの!?」
「いいわよー。もちろん来るでしょ?」
「いくいく! ごちになりまーす!」
「はいはい。それじゃあ私の車に着いて来てね」
「らじゃっ」
額に手を当てて敬礼をしたひな先輩を見て、推川ちゃんは「ふふふ」と笑った。
「じゃあ生徒のみんなはひなちゃんの車に乗って行くのかな? いつも私の車に乗ってるし、今日はひなちゃんの車に乗ったら?」
推川ちゃんは車のキーを人差し指でクルクルと回しながら首を傾げると、生徒の四人は「はーい」と返事をした。
「ということだからひなちゃん。うちの生徒をよろしくね」
「おー! 任せろー!」
ひな先輩は握った拳を空に掲げると、後部座席の扉を開いた。
「それでは生徒のみなさん。こちらの車にお乗り下さいませ。あ、湊くんは助手席ね」
「了解っす」
ひな先輩に促されるままに、女子の三人が後部座席に吸い込まれて行く。それを確認した推川ちゃんは、俺たちに手を振ってから自分の車に向かった。
俺とひな先輩も遅れて車に乗り込む。車の中はフルーティーないい匂いがする。
「よーし! それじゃあお昼ご飯食べに向かうぞー!」
車の中でも変わらず元気なひな先輩に続き、俺たちは「おー!」と続いた。するとすぐにエンジンがかかり、ポップな曲調の音楽が流れ出した。
卒業をして行き先がバラバラになったとしても、固い絆で繋がっていれば、こうやってまた再会することが出来るのだ。
それをひな先輩の卒業を通して知ることが出来たから、俺たち三年生組は安心して卒業することが出来る。
だから今度は俺たちが逢坂に返す番だ。お互いのことが大好きであれば、またいつか絶対に会うことが出来る。それを気付かせてあげるのが、きっと俺たちの役目なのだ。
推川ちゃんの車が駐車場から出たのを確認して、ひな先輩の車も発進する。
車の窓から広がる空は、雲ひとつない青空だった。
――最終章 完――
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