俺たちの卒業式と言えば
無事に瑠愛たちは泣き止み、卒業式再開だ。と言っても、全員の祝辞と答辞が終わったので、あとは俺たちからのプレゼントを逢坂に渡すだけである。
涙で崩れてしまった化粧を直した逢坂が机の後ろに立つと、俺たちの顔を順々に眺めた。
「ってことで、わたしの計画した卒業式はここまでなんですけど、何か話し忘れた人とかって居ます?」
逢坂がちょこんと手を挙げながら尋ねる。
俺と瑠愛と桜瀬はお互いにアイコンタクトを取り、桜瀬が代表して手を挙げた。
「あ、はい、紬先輩」
逢坂に指名された桜瀬が立ち上がったのを見て、俺はテントに置いていたアルバムを取りに向かった。
テントから戻ると桜瀬と瑠愛が机の後ろに立っていて、俺の到着を待っていた。
何も知らない逢坂は机の前に立たされながら、キョトンとした顔をしている。推川ちゃんは今から何かが起こる予感を感じでいるのか、スマホでシャッターチャンスを狙っている。
「待たせた」
桜瀬と瑠愛の元に到着して、アルバムが入っているトートバッグを机の上に置く。
俺と瑠愛と桜瀬が横一列に並び、机を挟んだ向かいには逢坂が目を丸くさせている。
俺たち三人は顔を見合わせてから、桜瀬が代表して喋り出す。
「実はね、卒業式を開いてくれたお礼に、アタシたちから愛梨ちゃんにプレゼントがあるの」
「プレゼントですか……?」
「うん! 頑張って作ったから、ぜひ受け取って欲しいな」
桜瀬がそう言うと、真ん中に立つ瑠愛はトートバッグの中から三人で作ったアルバムを取り出した。それを賞状を渡すようにして、逢坂に差し出した。
「愛梨、今日は卒業式を開いてくれてありがとう。これ、私たちからのお礼」
表紙には、ここに居る五人が映っている写真が貼られている。二年生の時と三年生の時に行った旅行先での写真だ。
逢坂は口をポカンと開きながらも、アルバムを受け取ってくれた。
「先輩たちが作ってくれたんですか……?」
「うん、頑張った」
瑠愛が無表情のままに頷くと、逢坂はアルバムをパラパラとめくった。そして顔を上げた逢坂の目には、またも涙が溜まっていた。そんなに泣いて脱水症状にならないかが心配である。
逢坂は目を大きくさせたあと、勢いよく頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! このアルバム、一生の宝物にします!」
顔を上げた逢坂は、涙を瞳に張り付けながら我慢していた。そんな彼女が可愛くて、俺たち三人はくすりと笑ってしまった。
「あ、今なんで笑ったんですか!」
続いてむくれてしまった逢坂に、俺たちは笑いながら「ごめんごめん」と謝った。
「それは愛梨ちゃんが可愛いからだよ」と桜瀬が。
「うん、愛梨が可愛いから」と瑠愛が。
「二人に同じく」と俺が言った。
逢坂はむくれながらズズっと鼻をすすると、アルバムをギュッと抱きしめた。
「わたし! 絶対に先輩たちと同じ大学に入ります……! いっぱい勉強して、鳳桜大学に入ります……! それまでの間は同じ学校に居られないけど、絶対にまた同じ学校で大好きな先輩たちと居られるように……絶対絶対頑張ります……!」
それを言い切ったと同じくらいに、逢坂の眼からは涙が零れ落ちた。それを隠そうと下を向こうとしたのだが、瑠愛が両手で逢坂の顔を包み込んだ。瑠愛の手に涙が落ちるが、彼女は何も気にする様子はない。
「私もまだまだ愛梨と一緒に居たい。だから一年だけ頑張って」
「は、はい」
「愛梨は友達……ううん、友達なんかよりも大切な人」
「親友……?」
「もっともっと大切なもの。名前なんて付けられない……そんな関係」
「名前が付けられない関係……ですか?」
「うん。まだ名前が付けられてないような、特別な関係。だから離れ離れでも寂しくない。いつでも会える。私もたまにここに遊びに来る」
「わたし……ひとりぼっちじゃないんですか……?」
「うん。私も湊も紬も居る。あと推川先生も。だからひとりぼっちにはならない。ひとりぼっちにはさせない」
瑠愛はそう言うと、むぎゅーっと逢坂の頬を潰した。そのせいで唇を突き出す形となった逢坂に、瑠愛はそっと顔を近づけて……キスをした。
「「「え、」」」
それを見ている三人は驚きのあまり言葉を失っている。
瑠愛が顔を離すと、逢坂はタコのように顔を真っ赤にさせた。
「え、ちょ、ど、どういう……え……? 今……わたし、キス……されました……?」
キスをされた本人が一番驚いているようで、目を白黒とさせている。
「うん、キスした」
「え? え? な、なんでですか……?」
「永遠を誓うためにはキスするってどこかで聞いたから」
多分それは結婚式の話だろう。
たったそれだけの理由で唇を奪われた逢坂は、「はえぇ」と声を漏らしながら自分の額に手を当てている。発熱しているのだろうか。
「嫌だったかな」
瑠愛がこてりと首を傾げると、逢坂はブンブンと勢いよく首を横に振った。
「そ、そんなことないです……! むしろもっとして欲しいというか……なんていうか……」
そしてまた顔を赤く染める逢坂。今回は自爆してしまったようだ。
しかし瑠愛はふるふると首を横に振った。
「もう出来ない。これ以上すると、浮気になっちゃう。ね、湊」
そう言ってこちらを見上げる瑠愛の口元には、逢坂の赤いリップがべったりと付着していた。それをハンカチで拭ってやりながら、俺は「まあ……そうだな」とどっちつかずな返事をした。
女の子同士のキスは、浮気に入るのだろうか。仮に瑠愛の恋愛対象が女性であれば浮気に入るかもしれないが、そうでない限りは浮気に入らないのではなかろうか。
「なんというか……アタシたちの卒業式ってキスばかりね……」
きっと去年のことを思い出しているのだろう桜瀬は、そんなことを呟きながら固まっている。それに逢坂も顔を赤くさせたまま固まっていて、事の発端となった瑠愛だけが平然とした表情でいる。
卒業式の最後の〆は瑠愛と逢坂のキスとなってしまったが、これも俺たちらしい卒業式なのではなかろうか。それならば仕方ないなと笑ってみせると、瑠愛も微笑み返してくれた。
そんな破天荒な生徒たちを見守る推川ちゃんは、「いいのが撮れちゃったわ……」と意味深な呟きをしていた。
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