瑠愛の答辞?
推川ちゃんの前に立った瑠愛を見て、四人はキョトンとした顔を浮かべている。その中でも一番驚いているのは推川ちゃんで、目の前に立っている瑠愛を見て、頭の上に無数のクエスチョンマークを浮かべているようだ。
四人からの視線を集めている瑠愛の口が、ゆっくりと開いた。
「私、みんなの前で長く喋るの苦手だから、私は私のやり方でやる」
その瑠愛らしい台詞に、四人は笑顔になった。まるで自分の子供のお遊戯会を見に来た親のように、優しい目で瑠愛のことを見守っている。
「推川先生。立って」
推川ちゃんは戸惑った様子を見せながらも、言われた通りに立ち上がった。すると瑠愛は腕を広げて、推川ちゃんに抱き着いた。
「わぁ、びっくりした。どうしたのよ柊ちゃん」
「こうしてた方が、言いたいこと言えるかなって」
ハグをしながら答辞をするのか。こんなことをする人は瑠愛しか居ないと思う。でもそれが瑠愛なのだと、どこか納得してしまう自分が居た。
「そっか。じゃあこのままお願いね」
推川ちゃんも俺と同じことを思ったのか、柔らかく微笑むと瑠愛を抱きしめ返した。
「うん。分かった」
瑠愛が腕に力を込めると、それに応えるように推川ちゃんは彼女の銀髪をポンポンと撫でた。
「推川先生は大好き。一年生の時の担任の先生に保健室登校がしたいって言ったら、「入学初日から保健室登校なんて何を考えてるんだ」って怒られたけど、推川ちゃんは怒らないで理由とかも聞いてくれた。あの時は担任の先生に反対されたけど、推川先生は私の代わりに頭を下げて、「保健室登校させて上げてください」って説得してくれた。その時は分からなかったけど、時間が経ってようやく分かったの。あの時、私は嬉しかったんだって。感情を知ることが出来た今になって、今まで推川先生にいっぱいいっぱい感謝してたことを思い出した」
「とんでもないわよ。私は保健室の先生として当然のことをしたまでよ」
「それだけじゃなくて。みんなと楽しい思い出を作る時に、いつも推川先生が手伝ってくれてた。車を出してくれたり、一緒に笑ってくれたり。私が知ってる学校生活は一人ぼっちだったのに、思い返してみれば、先生も友達も居た。あと、彼氏」
「いい思い出が出来て良かったわね。彼氏はちょっと羨ましいけど」
推川ちゃんは母のような笑みを浮かべながら、瑠愛の頭を優しく撫でている。
「うん、だから、友達が出来たのも彼氏が出来たのも推川先生のおかげ。ありがとう、推川先生」
「いいのよ。なんなら、『推川先生』じゃなくて『推川ちゃん』って呼んでくれてもいいのよ?」
「ううん。推川先生は私の人生で一番好きな先生だから、推川先生」
「ふふふ、そっか。それならしょうがないわね」
「うん、しょうがない」
瑠愛は名残惜しそうに推川ちゃんから離れると、ぺこりとお辞儀をした。
「高校三年間ありがとうございました」
瑠愛から飛び出たとは思えない敬語に、思わず感心してしまった。あいつ、ちゃんと敬語使えるじゃないか……ちょっと安心したぞ……。
「いえいえ、こちらこそ三年間ありがとう。瑠愛ちゃんを見てると目の保養になったわ」
「……? 目の保養?」
「ふふっ、なんでもないわよ」
推川ちゃんは瑠愛の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
瑠愛は素直に「そっか」と呟くと、今度は逢坂の前に立った。逢坂は何も言われずとも立ち上がり、瑠愛に抱き着いた。
「瑠愛先輩……ほんとに卒業しちゃうんですか……?」
今までは何ともなかった逢坂だが、涙声になっていることに気付いた。逢坂は瑠愛の首元に顔を埋めているので、泣いているのかは分からない。
そんな逢坂のことを、瑠愛はどこか嬉しそうな表情をしながら抱きしめ返す。
「うん、卒業するよ」
「わたし、ひとりぼっちになっちゃいますよ……」
「ううん。ひとりぼっちじゃない。私たちが居る」
「だって、卒業しちゃうって……」
「卒業してもひとりぼっちにはならない。卒業なんて学校が決めただけの制度。私と愛梨の友情を切り裂くなんて出来ない」
「友情は切り裂かれないかもですけど……瑠愛先輩も湊先輩も紬先輩も卒業したら、私だけ高校に取り残されちゃいますよ」
「大丈夫。大学生になっても時間はいっぱいあると思うから、平日でも休日でもいっぱい遊ぼ」
「うぅ……それは嬉しいけど……悲しいですよぉ……うわあああん」
逢坂は遂に声を上げて泣き出してしまった。
瑠愛は目を閉じて柔らかな表情をしたまま、「よしよし」と逢坂の頭を撫でている。二年前、ひな先輩に慰められていたように、後輩を慰めている。
「湊、アタシも泣きたいんだけど」
すると瑠愛の席の隣に座っていた桜瀬が、俺にそんなことを言った。彼女はすでに眼に涙を溜めていて、今にでも雫がこぼれ落ちてしまいそうだ。
「よし、桜瀬も瑠愛たちの方に混じって来い」
「うん」
泣きそうな声で頷くと、桜瀬は走って瑠愛と逢坂に抱き着いた。そして逢坂と一緒に、わんわんと声を上げて泣き始めてしまった。
それから数秒も経たずに、瑠愛の瞳からも涙が溢れ出していた。
「瑠愛せんぱぁい……紬せんぱぁい……卒業しても遊んでくださぁい……うわあああん」
「うん……うん……絶対に遊ぼうね……約束だよ……」
「うん、絶対に遊ぶ」
こうやって泣いている三人を見てると、ひな先輩の卒業式を思い出す。やっぱり卒業式には涙だなあと思っていると、自分の涙を拭おうともしない瑠愛がこちらを向いていた。なんの濁りもない涙を流している瑠愛は、銀髪も相まって神秘的に見えた。
そんな瑠愛と目が合うと、彼女は俺に向かって腕を広げた。
「湊も、おいで」
やっぱりそうなるか。女の子が三人で抱き合って泣いている中に入るのは少しだけ抵抗がある。そんなことを思いながら推川ちゃんに視線で助けを求めるが……。
「ほらほら、佐野くんも混じっちゃいなさいよ。可愛い彼女が待ってるわよ」
どうやら味方はいなかったようだ。
こういった卒業式ももう無いわけだし、ここは水を差さないようにするか。
俺は椅子から立ち上がって、腕を広げて待つ瑠愛を抱き寄せた。すると不思議なことに、桜瀬と逢坂がわんわんと声を上げて泣きながら俺に抱き着いきて、三人に抱き着かれる形になった。
「湊、好き」
「ひっぐ……湊、アタシ卒業したくない……」
「湊せんぱぁぁぁい……うわあああん……行かないで下さいいいい……」
三人に泣きつかれて意味が分からない状況になっているが、推川ちゃんは微笑ましそうに眺めながらスマホで俺たちの写真を撮っている。
そしてまた桜瀬と逢坂が「うわああああん」と声を上げながら、俺の服に顔を埋めた。きっと俺の制服は彼女たちの涙でびしょ濡れになっていることだろう。
「……俺にどうしろと……」
三人の女子高生に泣きつかれて困り果てていると、推川ちゃんは笑顔でガッツポーズを作った。
「とりあえずみんなの頭を撫でてあげればいいと思う!」
三人の頭を撫でるのか……それ以外の対処法も分からないので、推川ちゃんからのアドバイスを鵜呑みにして三人を順番ずつ撫でることにした。
それからも三人が泣き止むまでの十分間、推川ちゃんに写真や動画を撮られながら、彼女たちの頭を撫で続けた。
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