桜瀬と佐野の答辞

「それじゃあアタシからの答辞は、推川ちゃんと愛梨ちゃんに送らせて頂きます」


 机の後ろに立った桜瀬は、深呼吸をしてから凛とした表情を浮かべた。


「まずは推川ちゃんからにしようかな」


「はーい」


 名前を呼ばれた推川ちゃんが返事をすると、桜瀬は「んんっ」と咳払いをしてから答辞を始めた。


「推川ちゃんとは三年の付き合いになるね。色々あって学校を辞めようとした時に、推川ちゃんが保健室登校を勧めてくれたことがアタシの高校生活の始まりだったんだ。保健室登校を始めて、程なくして屋上登校も始めて、かと思えば空き教室登校になったりって色々あったけど、その全部で推川ちゃんが動いてくれたって知ってる。すっごく生徒思いで頼りになる推川ちゃんは、アタシたち生徒との距離もすごく近かったと思う。アタシは推川ちゃんを、屋上登校してる生徒の担任の先生だと思って来ました。そして担任の先生でもあり、大切な友達。旅行に行ったり休日も一緒に遊んでくれるような先生は他に居ないと思います。もしも推川ちゃんが迷惑じゃなければ、アタシが大学生になってからも一緒に遊びに行きたい。あとお酒が飲める歳になったら、一緒にお酒も飲んでみたい」


「ええ、もちろんよ。その時は私の行きつけのバーで飲みましょ」


「え、やったー! これで卒業してからも推川ちゃんと遊べる口実が出来たよ。その時は湊と瑠愛も連れて行くんで」


 いつの間にか俺と瑠愛も酒を飲むことになったらしい。桜瀬は肩をすくめて笑うと、今度は逢坂の方に視線をやった。


「次は愛梨ちゃんだね」


「はい!」


 逢坂が元気よく返事をすると、桜瀬は「いいお返事」と笑顔で返した。


「愛梨ちゃんとは二年の付き合いになるんだね。始めて愛梨ちゃんと出会った時はヤンキーかなって思ったけど、全然そんなことなくて、むしろすごく優しいし良い子だったから、いい意味でギャップがあったよ。一年生の前半はいっぱい一緒に遊んでたけど、受験勉強が始まってからはあんまり遊べなかったよね。それがずっと心残りだったんだけど、大学に受かってからまたいっぱい遊んだね。旅行に行ったりクリスマスにみんなで集まって遊んだり。全部全部、すっごくいい思い出になった。だからありがとう、愛梨ちゃん。こんなアタシたちと仲良くしてくれて」


「いえいえ。ほんと、こちらこそですよ」


 逢坂が頭を下げたのを見て、桜瀬はくすりと微笑んだ。


「アタシはいつまでも推川ちゃんと愛梨ちゃんのことを忘れたりしないし、これからも大切にして行きます。だから、もしよかったら、こんなアタシでも良ければこれからも仲良くして下さい」


 今度は桜瀬が頭を下げると、逢坂と推川ちゃんは「もちろん」と笑顔で答えた。桜瀬はほっとした表情を作ると、俺に視線を向けた。


「まだまだ言いたいことはあるけど、アタシもここで全部言っちゃうと本当にお別れみたいで嫌だからここまで。二人とも大切な友達です! アタシの答辞は終わります!」


 桜瀬が頭を下げると、四人分の拍手が送られた。


「じゃあ、次は湊かな」


「ああ、任せとけ」


 椅子から立ち上がって机まで歩く途中、桜瀬とすれ違いざまにハイタッチをした。彼女の手は薄らと湿っていて、俺にまで緊張が乗り移った。


「桜瀬に代わりまして、俺から答辞を述べさせて頂きます」


 机の後ろに立って、四人の顔を見渡す。四人は皆が俺からの言葉を待つかのように、じっとこちらを見据えていた。

 無意識の内に深呼吸をして、程よい緊張感の中で口を開く。


「まずは推川ちゃんからかな」


「はい」


 推川ちゃんと目を合わせて、伝えたいことを頭の中で組み立てていく。


「推川ちゃんとはどれくらいの付き合いになるんだろう。一年生の夏辺りからだから、もう二年半くらいの付き合いになるのか。俺も推川ちゃんの印象は生徒思いで優しい保健室の先生って感じかな。それは今でも変わらないけど、この二年半でもっと推川ちゃんのことが好きになった。休日に俺たちの遊びに付き合ってくれたり、逆に俺のこと頼ってくれた日もあったよね。あの物干しラックが壊れた時」


「あー、そんなこともあったわね」


 苦笑いを浮かべる推川ちゃんは、人差し指で頬をポリポリと掻いた。


「学校だけじゃなくて、休日も同じ時間を過ごしてくれたから、推川ちゃんとはここまで仲良くなれたんだと思う。あと、推川ちゃんも俺たちのことを信用してくれたのかなって、勝手に思ってる。酔っ払ってる姿を見せてくれたりね」


 推川ちゃんが「ほっときなさい」と言ったことで、桜瀬と逢坂がクスクスと笑ってくれた。瑠愛はいつも通りの無表情だが、ちょっとだけ頬を緩めているようにも見える。


「ここまで推川ちゃんと積み上げて来た時間は、卒業なんかじゃ崩れたりしないと思ってるから、俺が大学に入っても仲良くしてくれると嬉しい。ということで、推川ちゃんへの答辞はここまで」


「うん、ありがとね」


 推川ちゃんが頭を下げたので、俺も頭を下げてから逢坂の方に視線を向ける。


「次は逢坂だな」


「はい!」


 これまた元気な返事だ。逢坂は両手を膝の上に乗せて、今か今かと言葉を待ってくれている。


「逢坂とは二年の付き合いになるよな。始めて逢坂と会った時は、とんでもないギャルが入って来たなーって思ってた気がする。でもほんの数日で逢坂の性格の良さは伝わって来た。ぶっちゃけ、逢坂がここに来る前は、屋上登校組の中に常識人が一人も居なかったんだよ。もう卒業しちゃったひな先輩も含めてな」


 桜瀬から「どういうことよ」と野次を飛ばされたが、無視して続ける。


「俺の感覚が麻痺する前に、常識がある逢坂が入って来てくれて助かったよ。逢坂を見てると、やっぱり常識的には間違ってるよなって改めて気付かされることばっかりだった。逢坂は礼儀正しくて、しっかりしてて優しくて、後輩としても友達としても百点満点だと思う。心から逢坂が後輩として入って来てくれて良かったと思ってる。あと、桜瀬も言ってたけど、受験期間中は寂しい思いさせてごめんな。逢坂が良かったら、俺たちが大学生になってからも遊んでくれ」


「もちろんですよ! わたしの方こそ遊んで下さいって感じなので!」


「約束な!」


「はい! 約束!」


 互いに拳を突き上げて、エアーでグータッチをする。


「俺も言いたいことは言えたし、まだまだ話すことはあるけど、みんなと同じでこれ以上話すと本当にお別れみたいなのでやめておきます。ということで推川ちゃん、逢坂、今まで本当にありがとう。そして、これからもよろしくお願いします」


 頭を下げると、皆から拍手が送られた。

 ちゃんと答辞を述べられた安心感のまま、瑠愛に視線を向ける。


「それじゃあ最後は瑠愛だな」


「うん」


 俺が自分の椅子に戻ると、瑠愛はゆっくりとした動きで立ち上がった。このまま机の後ろに回るのかと思ったのだが、瑠愛は推川ちゃんの目の前に立った。

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