レプリカ
棗颯介
レプリカ
壁。壁。壁―――。
この【壁の街】に来てから今日で五日目になるけれど、街の人からあてがわれたこの古い部屋の窓から見えるあの巨大な壁は、朝も昼も夜も変わりなく、僕の心を締め付けるように圧倒的な存在感を放っている。決してお前をここから逃がさない、お前はここで永遠に生きろと暗に主張しているようにすら感じられた。もっとも、あれはそんな特別な意思を持たない、石でできているだけのただの壁でしかないのだけれど。
窓からぼんやりと壁を見つめていた僕の意識と視線は、コンコンという小気味よい音に釣られた。
「どうぞ」
「おはよう」
部屋に入ってきたのは、僕と同じくらいの歳の一人の少女。服装が少しみすぼらしくて、ところどころ破れた部分を糸で縫った跡があったりするけれど、それは他の街の人たちも同じだ。この街は、気候は安定しているけども決して栄えているわけでもない。人口もそう多くはないし、誰か一人が突出してお金を持っていたりすることもない。最初にこの街に来た時、僕は彼女に聞いてみた。
「この街、なんだかみんな質素というか、活気がないね」
「そう?私から見ればこれが普通だよ」
「そう思うってことは、キミは、そうじゃない人たちの営みを知ってるってことかもね」と彼女は言った。
違和感は今も拭えていないけれど、別に街の人たちに害があるわけではないようだった。ただ、みんなが静かに、粛々と、淡々と生きているというだけ。まるで、誰かに言われたから仕方なく息をしているかのようだ。そう、そこには生きる希望とも言うべきものが欠けている気がした。
「今日も仕事だよ。遅れないようにね」
「わかったよ」
それだけを告げて彼女は部屋を出た。
▼▼▼
五日前、気付くと僕はこの【壁の街】にいた。
本当に、何の前触れも予兆もなく。この街にやってくるまでの記憶すらなかった。
街を囲む高い壁の傍、ちょうど日の光が当たらない陰になっているところに、僕は雑草のベッドで横になっていた。
「あ、起きた」
目を覚ました僕を最初に出迎えたのが、彼女だった。
「……だれ?」
「さぁ、私は誰なんだろうね」
「からかってるの?」
「ううん、違うよ。名前がないの」
「……そう」
僕はそれ以上追及する気になれず、もう一度雑草のベッドに頭を落ち着けた。
「キミ、壁の外から来たんだよね」
「どこから来たかは覚えてない」
「そうだろうね。この街に来る人はみんなそうだもの」
「ねぇ、ここはどこ?」
「壁に囲まれた、どこかの街」
「どこか?」
「私は、この壁の中しか世界を知らないから。私にとっての世界は、この壁の中にあるものが全部なの」
「壁の外には何があるの?」
「さあ。見たことも聞いたこともない」
「そう。もう一つ聞いていい?」
「なに?」
「僕は、誰?」
彼女に名前がないのと同じように、僕にも名前はなかった。何一つ、思い出すことができなかった。
毎日したためていた日記のページを誰かに破りとられて隠された気分だった。
▲▲▲
街にやって来た最初の日、彼女に案内された街の役場で僕に斡旋された仕事は、古い本屋の店番だった。詳しい話は聞いていないけれど、以前この店を切り盛りしていた人は随分前にいなくなって、長い間店は閉まっていたらしい。
「………」
店に客はほとんど来なかった。そもそもこの街の人たちは娯楽にそこまで飢えているわけでもないらしい。ただ、なんとなく生きているだけ。生きるのに最低限必要な水や食料、寒さをしのげる衣服と寝床さえあればそれで良いらしかった。生きる上であってもなくてもさほど変わらない書物に関心を持つような人は、この街にはいない。
だから僕は毎日古い本に囲まれながら日がな一日漫然として時間をつぶすか、思い出したように商品棚にある本を手に取って無為にページをめくって過ごしていた。店にある本はどこかで見覚えのあるものも混じっている気もしたが、どこで見たのかは実際に読んでみてもやっぱり思い出せない。それに、どうやら僕は元々読書が好きな性格ではなかったようで、文字の羅列に目を動かしているとものの十分程度で瞼が重くなってしまう。なので僕が本を手に取る理由は視神経を通じて文字情報を頭に伝達するのではなく、紙をめくるという手の動作によって微々たる運動をすることにあった。
きっと僕は昨日も今日も明日もその先も、こうして誰とも顔を合わせず毎日古い本に囲まれてのほほんと過ごすのだろうと思っていた。
でも、今日は違った。
「邪魔するぞ」
街に来て五日目の今日、初めて店に客が来た。
「……いらっしゃいませ」
初めての客の来訪に僕は多少面食らったけど、努めて礼儀正しくそう言った。
店に入ってきたその女性客は、街にいるあの子や他の人たちとは、どこか違っていた。質素だけれどどこか品を感じさせる黒のドレスに、腰まで伸びようかという金色の髪。それだけ見ればどこか良いところのお嬢様にも見えるのだけれど、どうしてかその人は靴を履かず、裸足で街を歩いてきたらしかった。
「お前がこの店の新しい主人か」
「はい、役場の人から紹介されて」
普通はこういうときは名を名乗る方が先なのかもしれないけれど、役場の人は僕に寝床と仕事こそ与えど名前まではつけてくれなかったのだから仕方ない。最も、この街で名前を持っている人は僕含め誰もいないらしいのだけれど。
「そうか。前の担当がいなくなってしばらく来れてなかったから助かる」
それだけ言うと女性客は店内の商品棚を物色し始めた。
僕はそれを、ただなんとなく眺めていた。
見れば見るほど、変わった女性だった。別に腕が四本あるとか口に牙が生えているとか尻尾があるとか、そういうわけではない。外見は僕達となんら変わらない人だ。ただ彼女は、僕も含めてこの街の住人皆がどこか欠けているものを持っているような気がした。例えるなら、僕達は割れてヒビが入ったカップ。彼女は傷一つない綺麗なカップだ。不完全品と完全品。下位互換と上位互換。そんな、覆しようのない差を見せつけられているような感覚だった。どうあっても彼女には勝てないし逆らえない。そう本能が告げていた。
「おい、店主」
「はい?」
「何か、お前のおすすめの本はあるか」
そんなもの、ない。
僕はそうするよう言われたからこの店を預かっているが、本には大して興味がないのだ。だが一応、店主を名乗るからには客の要望には応えなければならないのだろう。仕方ないので僕は先日手に取りボーっと眺めていた一冊の本を引っ張り出した。
「これなんていかがでしょうか」
どうか内容について質問しないでほしいと心の中で願いながら、僕はその本を女性に手渡した。
女性は一言、「これは面白いのか?」と聞いてきた。
「僕は面白いと思いました」と僕は言った。内容は頭に入っていないけれどそう言うしかなかった。
女性は代金を払い、そのまま店を出た。
その日はそれっきり、店に客が来ることはなかった。いつも通りの、無為自然とした時間だけがそこにあった。
***
翌日の朝、いつも通り起こしに来てくれた彼女と街の食堂で朝食を食べているときに、僕は昨日店に来た客のことを聞いてみた。
「それ、きっと町長さんだと思う」
「町長?」
「この街の西、街を囲む壁のすぐそばにあるちょっと大きな館に住んでるの。キミはまだ会ったことなかったね、そういえば」
「町長さんって、なんだか不思議な人だね」
「そうかもね。私も数えるほどしか見たことがないけど、この街の管理や食べ物なんかも町長さんが仕切ってるらしいよ」
「ふぅん」
「ねぇ、この街にはもう慣れた?」
彼女は食べかけていたパンを皿に置いてそう言った。
僕は、少し味の薄いスープを一口飲んでから、答えた。
「そうだね。贅沢ができるわけじゃないけれど、ここは静かで過ごしやすいよ。活気はないけど街の人たちも悪い人ってわけじゃないしね」
「そう、良かった。私もね、初めてこの街に来たときは少し寂しい感覚があったけど、住んでみると私に合ってるなって思ったの。最初の頃は街の外に出たいなんて思ったこともあったけど」
「キミも街の外に出たいと思ったりしたんだね」
「特に深い理由があったわけではないよ。ただ、この壁の向こうには何があるんだろうと思って。まぁ、今はこの壁の中の生活に満足してるから良いんだけど」
「そっか」
僕は残ったスープを一気に飲み干した。あまり美味しいとは言えないが、安価で提供してくれているのだから贅沢は言えない。
「あ、そういえば」と彼女が思い出したように言った。
「ん?」
「前に聞いたんだ。壁の外に出る方法。あくまで噂だけどね」
「噂?」
「さっき話してた、町長の館。あそこって壁沿いに建てられてるんだけど、町長の館からなら壁の外に出れるって聞いたことあるよ」
「確かめたの?」
「ううん、私は確かめてないよ。壁の外に出たいわけでもないしね。それに———」
彼女は表情を僅かに歪める。それが指す感情は、嫌悪だと思った。吐き気を催すほど醜いものを思い出すような顔をしていた。素朴だが整った顔立ちの彼女には、あまりしてほしくない顔だった。
「どうしたの?気分でも悪い?」
「いや、町長の館がちょっと気味が悪いところでね」
「気味が悪い?」
「行ってみれば分かるよ。見ない方がいいと思うけど」
それっきり、彼女は町長の話題を語らなかった。
***
この街は嫌いじゃない。それは嘘じゃない。自分でも驚くほど、この街の空気は僕に馴染む。決して優雅な暮らしではないけれど、友人と胸を張って言える存在がいるわけではないけれど、名前すらない何者でもない存在だけれども、そこには心の安寧と平穏な日々がある。きっとそれは、僕がずっと望んでいたものなんだと思う。この街にやってくる以前から。
だから僕が西の町長の館を見に来たのは、この壁の外に出たいとかそういう動機ではなく、自分はどう足掻いてもこの壁の中から出ることができないということを確信したかったから。自分にとっての世界はこの壁の中だけで、壁の外には何もない、壁の外から出ることはできないんだということを、誰かにはっきりと告げてほしかった。
誰かというのは、町長のことだ。
この狭い世界が絶対的な永遠であると、安心したかった。
「………なるほど」
あくる日に彼女が言っていた言葉の意味が分かった。確かにこれは、一度でも目にすれば忘れられない。
館を囲む塀は、街にある家や商店のものと大差ないレンガ造りだ。そこは至って普通。問題は館の敷地内だ。館の門を一歩踏み出すと、出迎えたのは大量の動物のオブジェだった。庭の中、いくつかの区画に別れて何種類かの動物の置物が種ごとに集められて無造作に置かれている。剥製なのか作りものなのかは僕には分からないけれど、異質だったのは、それらすべてが全く同じ姿かたちをしているということだった。館の庭、入って右手側に密集している鹿たちのオブジェは角の角度から足の曲がり具合まで、左手側にある熊たちのオブジェは前傾の姿勢から口の開き具合に至るまで、そこには“オリジナル”の存在が一つもなかった。まるでそっくりそのままコピーしたようにそれぞれの種の動物たちが身を寄せ合うようにひしめき合っている。
集合体恐怖症、という病をどこかで聞いたことがある気がするが、これは見た人によっては著しく精神を害されてしまうかもしれない。
かく言う僕も、あまりその光景を直視するのは心がもたない様だった。ズキズキと鈍い痛みが頭をかすめてくる。
ここで引き返しても良かったのだけれど、僕はその趣味の悪い庭を超えてその先にある館の入り口に歩を進めた。
入り口のドアに呼び鈴などはなく、ノックする取っ手も見当たらない。仕方なく僕は手の甲で軽く扉を三回ほど小突いた。
「ごめんください」
ついでにそう申し訳程度に声を出してみたが、誰も出てくる様子はない。
ドアのノブを回し、僕は扉を軽く押してみた。扉は、音もなく開いた。あっけないほどに。
館のエントランスと呼べばよいのだろうか。館に入った僕を出迎えたのは、やはり大量の“何か”だった。
その“何か”の正体は、人形だった。顔のない、衣服を着ていない、髪の毛一本生えていない、真っ白な人形。マネキン、と言った気がする。大量のマネキンが僕を待ち受けていた。外にある動物たちと同じように、そのすべてが一糸乱れぬ同じ姿勢とポーズで。やはりここにも一つとして個性あるものは存在しなかった。
館の中は窓がカーテンで閉められていて日の光は届いていなかったが、代わりに照明に火が灯っているので存外明るい。エントランスから左右に廊下が分かれており、それぞれの道の脇にはやはり大量のマネキンが無造作に投げ捨てられていた。
「ごめんください」
もう一度だけ、館の主を呼んでみた。当然というべきか、返事は返ってこない。周囲のマネキンたちが無表情のまま、無言でこちらを見つめているだけだ。その場の静寂とは対照的な雑多な空間が、些か乖離しすぎていて妙に落ち着かない。
ふと、右手側の廊下の奥に、少しだけ開いたドアの隙間から洩れる光が見えた。僕は夜の闇の中で街灯の明かりに必死に追い縋ろうとする蛾のごとく、半ば吸い寄せられるようにそちらへ向かった。
ドアの隙間から中を窺った僕は、言葉を失った。
「———なんだ、これ」
「ん?お前は古書店の」
「っ!」
不意に背後からかけられた声に思わず振り返ると、そこには以前と変わらず裸足のままの町長がいた。
***
「何か飲むか?」
「いえ、お構いなく」
町長は勝手に館にあがった僕を叱責するでも追い払うでもなく、部屋に通して席を勧めてくれた。通してもらったのは、僕がドアの隙間から中を覗いていたこの部屋。廊下と同じように部屋の中にもマネキンのような人形が散乱しているが、そんなものがどうでもよくなるほど衝撃的な“人物”がそこにいた。
「驚いたか?まぁ無理もないか」
そう町長はさして大したことでもないかのような口調で言った。
「これ、“僕”ですよね」
僕の視線の先に、“僕”がいた。
僕以外にも、街で見覚えのある人たちの姿もちらほらある。全員一様に目を閉じて眠っているように動かないままだ。ただの人形や作りものというレベルの精巧さではない、どこからどう見ても、それは作りものではない“人間”の身体だった。
「そう、それはお前だ。本来あるべきお前だ」
「本来あるべき?」
「大方、この館に壁の外に出る方法があるとでも思って来たんだろう?」
「厳密には、壁の外に出る方法はないということをあなたの口からはっきり言ってほしかった、です」
「そうか。まぁ私も一応街の“管理者”だ。住人の質問には答える義務がある」
“町長”ではなく“管理者”と呼称したことが少し引っかかったが、そんな引っかかりは彼女の次の言葉の前に容易く吹き飛んだ。
「結論から言えば、この館から壁の外に出ることはできるぞ」
「ッ……」
それは、個人的には望んでいない回答だった。
世界はこの壁の中だけにしかないと、そう告げてほしかったのに。
「ここで一つ質問だ。お前はこの【壁の街】の外には何があると思う?外れててもいい。自分の思ったように答えろ」
町長は依然どこか適当さを感じさせる調子で私に問いかける。
この街の外に何があるかなんて、それを判断する材料すらこの壁の中にはないのに。
「この街の住人たち以外の人間や、その人たちが暮らす街、とかでしょうか」
「なるほど。まぁ間違いじゃない。この街の壁の向こうには、お前たち街の住人がかつて生きていた“世界”がある」
「世界?」
町長は少し年季の入ったソファに腰を落ち着けると、裸足の足の裏についた床の埃を軽く叩いた。どうしてこの人はソックスや靴を履かないのだろう。
「この街は、外の世界から不完全な人間が送られてくる場所だ」
「不完全な人間?僕や街の人たちが?」
「そう。例えば感受性や協調性。いろいろあるが概ね共通しているのは、“他人を受け入れることができない”という点だ」
「他人を受け入れることができない?でも僕は———」
僕は別にこの街で孤立しているわけじゃない。毎日会うあの子とだって、お互いに“友達だ”と示し合ったわけじゃないけれど、少なくとも関係は悪くない。他の街の人とだって。
町長は事もなげに続けた。
「表面的には他人と関わることができる者もいるが、あくまで表面的な話だ。より深い間柄、自分の中に他人の存在を受け入れるということが、この街の連中は本質的にできない。だからこそあの街は平穏で大きな問題もなく住民が過ごせている。必要以上に他人に干渉しようとする者がいないからな」
「それがどうして、不完全な人間ということになるんですか?」
「人間の生きる目的というのは本来、種を存続させながら世界を発展させ構築することに他ならない。他者の存在を受け入れず、自分の殻に閉じこもるようなエラー品は、製造目的を果たせない“人間の失敗作”でしかないんだ」
「エラー品?失敗作?」
僕が、人間の失敗作。だからこの街に送られた。この街の住人は、他人を受け入れず自分の世界に閉じこもっているエラー品の集まり。
町長の言葉を自分の中で咀嚼する暇を与えずに、町長は続ける。
「私の役割は失敗作のお前たちをこの壁の中に回収して、再生産した“モノ”を元の世界――この壁の外だな――に、送り返すことだ」
「———その再生産したモノが、それですか」
僕は部屋の隅に並んでいた、僕そっくりの“それ”を指した。
対する町長はそちらに一瞥もくれることもない。
「その、僕の
「そうだな。お前と違って、他人を受け入れることができるだけの許容量にバージョンアップしてある。外の世界に送っても、何不自由なく他の人間と馴染んで生きていけるだろう」
「………」
「他になにか聞きたいことはあるか?」
「………特には」
「ここまで聞いても、外の世界に戻りたいとは思わないんだな」
町長は少しだけ意外そうに言った。
戻りたいも何も。
「戻りたいと言っても、はいそうですかと戻らせてはくれないんでしょう?」
「まぁそうだな。決まりは決まりだ。不良品を外の世界に野放しにするわけにはいかない」
「そうですか。まぁ、僕はこの狭い世界で充分満足していますから」
「そうか」
「あぁ、でも」
一つだけ、確認しておきたいことがあった。
「僕の本当の名前は、何なんですか?」
外の世界にいた頃の僕は、何と呼ばれていたのだろう。いや、そもそも僕の名を呼んでくれる人はいたのだろうか。曰く他人の存在を受け入れられない人間だったという僕に。
町長は、やはり面倒くさそうに答えた。
「そんなものを知ったところで意味はない。お前はさっきあそこにある“お前”のことを
「———そうですか」
僕はこれ以上話したいことも聞きたいこともなかったので、館を出た。
「今度また店に寄らせてもらう」と彼女は言っていた。どこか超然としている、それこそ人智を軽く超えていそうな彼女だが、どうしてか本が好きらしい。そういうところは人間らしいというか、愛嬌のようなものだろうか。
外に出ると日は既に傾いており、街の東に聳える壁には街の建物の影が浮かび上がっている。
あの大きな壁は、きっと僕達の心の壁なのかもしれない。他人を決して寄せ付けず、踏み入ることを許さない。あの壁の向こうには、人として本来あるべき生活と世界がある。でも僕達はその世界を許容することができなかった。
———確かに、僕達は不完全な
「あ、おかえり」
声のした方に視線を向けると、そこには彼女がいつも通りの表情で立っていた。僕を待っていた、というわけでもなさそうだ。ここで出会ったのは偶然だろう。
「もしかして、町長の館に行ってたの?」
「え?」
「だって、キミが来た道の先にあるのって、あの館でしょ?どう?壁の外に出る方法は見つかった?」
口ではそう言うが、彼女はさして興味なさげな表情だった。きっと彼女も僕と同じだ。この壁の中だけが世界のすべてだと信じている。そう信じたいんだ。
だから僕は、彼女の望み通りの答えを告げた。
「ううん。無かったよ。何もね」
レプリカ 棗颯介 @rainaon
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