彼女は人殺し

猫宮 みけ

はじめの殺人

「月が綺麗ね」


黒のドレスを風になびかせ、月明かりに照らされた彼女は俺に笑いかける。


「あぁ。今夜もいい夜になりそうだ。」


「あら、私がもっといい夜にしてあげるわ」


と、言うと彼女は笑顔を浮かべ目標へと向かって行った。





高校1年生の秋、

今でもはっきりと覚えている。

秋の陰雨が久しぶりに晴れた日で、教室の外からは、鳥のさえずりが聞こえた。


いつも通りの朝のホームルームで、先生が「係から連絡とかあるか?」と聞くと1人、手を挙げた。


「宮里」

名前を呼ばれて彼女は、立ち上がった。


彼女の名は宮里笑舞みやざとえま。クラス内では明るくて、人当たりが良く、名前のとおり、周りを笑顔にしてくれる存在だった。


その日の彼女はなんとなく、雰囲気が変わっていた気がした。


彼女は教壇へと足を進めた。

「宮里?その場でいいぞ?」

そう言う先生を無視して

「先生、一旦後ろに立ってて貰えますか?」

と彼女が言うと先生はあどけなく

「お、おう」

と、返事をした。

教壇に立った彼女が、スーッと息を吸うと彼女の表情は、豹変した。


不気味なにこにことした笑顔。まるでピエロの笑顔だ。

その場の全員の背筋に、冷たいものが走るのが分かった。


「おはようございます。これは別に係からの連絡とかではありません。

最期に皆さんと少しだけお話がしたいと思って。」


「最期って何?」という声がちらほらと上がった。

この時は誰もが宮里が学校に来なくなる、もしくは死ぬ…という想像をした。


「それは後で説明しますよ。だから今だけは静かに話を聞いていてください。」


彼女がそう言うと教室のざわめきは消えた。


「1人殺せば殺人犯

10人殺せば殺人鬼

100人殺せばテロリスト

1000人殺せば英雄

1人残らず殺せば神

ただし自分が殺されたら、

ただの悪党に成り下がる

という言葉を知っていますか?」


嬉々とした様子で話していた。


「もしここで私が目の前にいるクラスメート39名と、先生の40名を殺すとどうなるんでしょうか。」


彼女の笑顔と相まってさらに不気味さが増して、教室の温度が低くなるのを感じた。

「宮里!そんなことを考えるんじゃない!」


彼女の危険な思想を行動に移させまい、と先生が止めようとする。

しかし、それはむなしく、意味の無いものだった。


「何ですか?先生。もう…遅いです。

それでは皆さん、私の未来のために…

死んでください。」


その言葉を最後に、彼女の声をその場の誰一人、聞くことができなかった。


ただ俺を除いて。





教室の惨劇に最初に気づいたのは隣のクラスの先生と生徒だった。


殺される人々の断末魔が聞こえ、急ぎ駆けつけたが、教室を見ると既に全員の意識が無い状態だったという。


短時間のうちに宮里は39名を殺したということだ。


しかし、俺だけはにも致命傷を免れ、気絶していたため、病院で処置を行われた。


意識を取り戻したのは2週間後で、刑事さんからその話を聞いて、彼女に対する生理的嫌悪感と、吐き気と、大切なクラスメートが死んだという事実が、俺を1ヶ月も苦しめた。


俺は全治1か月の怪我で、後遺症は無かった。ただ、事件のショックが酷い、ということでもう1ヶ月、精神科で入院を続けることになった。



その後、落ち着いてからまた、刑事さんから詳しく話を聞いた。


全ての犯行はナイフで行われていた。


他の生徒、先生の切り傷は浅かったものの凶器に猛毒が仕込まれていたようで、その程度の傷でもすぐに殺されてしまった。


彼女は全員を殺したあと何らかの方法ですぐに学校を抜け出し、今も行方が分からないということ。


ここで2つ、俺には疑問が生まれた。


「あの、質問してもいいですか?」


「あぁ、構わない。」


「何で彼女が犯人だと分かっているんですか?彼女の話を聞いていた俺は当然に分かりますが、俺以外は彼女の話を聞いていないじゃないですか。なのになんで?」


「…初めは、あのクラスで1人だけ居なかった、ということで重要参考人として、追っていた。

しかし君が目覚めてから、犯人と思われる人物が血まみれのカードを学校に送ったんだ。」


そして刑事さんは、スマホを取り出して、「これだよ」と言って、ある画像を見せた。


そこには真っ赤なカードに満月の絵と彼女の字で書かれた

【ありがとう。私は英雄になってみせるわ。それまで一緒にワルツを踊りましょう?】


という不気味な文があった。


英雄…彼女があの日に言っていたことだろうか。だとしたら彼女は1000人を殺そうとしている?


「この字は彼女のもので間違いないという事だったので犯人と断定して今も追っているが…全くしっぽを出さないんだ。

遺族のためにも早く見つけなければ。」


刑事さんが神妙な目つきでどこかを睨む。

しかしすぐにそれは元の目つきへと戻った。


「そうですね。俺もあの彼女があんなことをするなんて今でも信じ難いですが…」


「そうだな。彼女は真面目で、成績はそこそこだったが、人柄もよく優しい心を持っていた、と聞いた。」


その通りだ。だが、彼女の本性があの不気味な笑顔だとすると…

今でも信じられない。


「はい。でもあの日は…」


「そうそう。あの日のことを今日は聞きに来た。あの日に彼女におかしな言動があったかどうか…教えてくれ。」


「おかしな言動…どころではありませんでした。今でもはっきり覚えています。…」


と、あの日の朝のホームルームで彼女が話していたことを全て話した。

あと日のことを思い出して、話をするのは辛かったが、精神科の先生が近くにいてくれたおかげで、安心して話すことができた。


「そうか…不気味な笑顔ね…」


刑事さんがメモをし終わって、俺はもう1つの疑問を聞くことにした。


「…。あの、もう1つ質問してもいいですか?」


「あぁ、いいぞ。」


「凶器には猛毒が仕込まれていて皆、浅い傷でもすぐに死んでしまったと言いましたよね?」


「あぁ。」


「何故俺は死ななかったのでしょうか。その凶器ならば、俺は、確実に死んでいるはずです。…俺が生き残ったのは、偶然ではなくだったということでしょうか。」


「そう。その通りだ。調べたところ、君はわざわざ、凶器が変えられていたようだからね。」


「凶器が変えられていた?」


「そうだ。君だけは同じ形のナイフでも毒が塗られていないものだった。そして、失血死しない程度、内臓を傷つけない場所だったからね。君が生き残ったのは必然と考えていい。彼女が何を考えているのかは分からないが…。

それを踏まえてなんだが、君は彼女とはどういう関係だった?お互いを大切に思うような関係だったのか?」


「そうですね…俺もそこが分かりません。

彼女とは席が近くなることが多かったのでよく話す間柄ではあったと思いますが、親友と呼べるほどでもないですしお互いに恋心もなかったと思います。

俺には彼女がいたので…。」


彼女…その存在を事件のことで忘れていた。


…そうか。

それほど俺は、あの子を、大切に思っていなかったのか?

いや、でもあの子に会う時はとても楽しみだったし、一緒に居てとても楽しかった。

大事な存在だったはずだ。

うん、事件のショックが大きすぎたのだ。

そう考えておこう。


…でも、待てよ?

ここまで忘れていたし、顔も最後に見たのは事件前だ。

そうだ、あの子はお見舞いにも来てくれなかったな。


何故だ


その答えは案外簡単に出た。


そうか、俺とあの子は同じクラスだった。

あの子も…殺されたのか。


「…い、おい?大丈夫か?」


「すみません、自分の彼女のことを思い出してて…彼女も同じクラスでした。」


「そうか…それは残念だったな…」


「…もういいです。大好きなクラスメートも、親友も、みんな、あの女のせいで死んだ。

この怒りの感情は、彼女が捕まって処刑されたとしても、一生消えることはないでしょう。」


そして俺は無意識に固く拳を握っていた。


「聞きたかったことはそれだけだ。辛かったろうが、ありがとう。君のため、そしてこの事件で悲しみ、涙を流した人々のために、我々が必ず彼女を捕まえる。時間がかかるかもしれないが待っていてくれ。」


そう言うと刑事さんは頭を下げて「またな」

と言って病室を出た。


それから1週間後俺は退院して、家へ帰った。


退院の日には母が迎えに来て泣きながら俺を抱きしめた。


俺が意識を取り戻してからは事件のショックで親が見舞いに来ていても口を開くことができなかった。


転院してからはちょくちょく来てたと言うが、2人とも仕事が繁忙期で深夜に顔を見に来ることしかできなかったらしい。




何はともあれ俺は、俺だけは、クラスの中で唯一、未来を歩むことが出来そうだ。


少し前までは何で俺だけ、俺も皆と一緒に、とか考えてたが、精神科の先生から

「クラスメートの子達のためにも生きていかなきゃならないよ。」

と言われ幸せになることを心に決めた。


それから俺はクラスが無くなり、他クラスへの編入という形をとられていたが、あの学校がもうトラウマになっていて行く気になれなかったから、近くにある同じくらいの偏差値の高校へ、転校した。



そして高校生の青春を謳歌し、無事に卒業して県内トップの大学へと進学した。



だがしかし、俺は大学生活を送ることは出来なかった。

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