しゃべりのシャペ

安井マクティア

プロローグ 西北 冴子

田中チヅ子(83)はオレオレ詐欺の電話に誘導され、携帯電話を片手に駅前のコンビニの外にあるATMで50万円を振り込もうとしていた。


電話の相手は「○○銀行の者です」と名乗りつつも、振込先の口座は外国人名義だし、銀行窓口ではなく、コンビニATMから振り込ませようとしているのはどう考えてもおかしい。

しかし、オレオレ詐欺の畳み掛けるような喋り方にチヅ子は冷静な判断が出来なくなっていた。

相手に言われるがままに、ATMで振り込み手続きの画面を進めていく。

「近くに銀行があるのに、ATMで振り込むなんておかしくない?」と疑問を相手にぶつけるのが精一杯だった。


その時だった

「どうしたんですか?電話代わりましょうか?」と後ろから声がした。

振り返ると、20代前半くらいと思われるスーツ姿の女性がチヅ子の後ろからATMの振り込み画面を覗き込んでいた。

ATMを利用しようとチヅ子の後ろに並んでいたが、チヅ子の様子がおかしい事に気付き、声をかけてきたようだ。


髪はショートカットで明るめの茶髪、顔はどこか幼さを残しており、ぱっと見は普通の若者で爽やかな印象。

しかし、目には力が宿っており、遠くを見つめているような眼差しには、強い意志が感じられた。


その女はチヅ子から左手で携帯を受け取るとともに、右手で振込画面をキャンセルした。

チヅ子を連れて駅前の交番に向かって歩きだすとともに、電話の向こうの男と話し始めた。


「もしもし」

「急に何なんですか?」

電話の向こうの男はふてくされた感じだった。

「ハアッ?銀行員ならそんな言葉使わないよー、電話口の人が代わったら、まずは名乗り直さないとダメでしょ?詐欺とはいえ、電話マナーできてなさ過ぎ」

「!?・・・誰ですか?」

「通りすがりの者だけど」

「あなたには関係無いので、電話を田中様へ返してあげてください。」

「あーあんた、アドリブ弱いね。経験が浅いんじゃない?今回は銀行員の役やってるなら、『大事な個人情報に関するお話のため、第三者の方にはお話できません』とか、言い回しは色々あるでしょう」

「!?・・・」


あと少しでお金を振り込ませる事ができたのに、知らない人間に邪魔されたのが悔しかったのか、電話の向こうの男はメチャクチャなことを言い始めた。

「今からそちらに向かいますよ」

「今から来るの?」

「行きますよ」

「はいはい」

「もう後ろまで来ましたよ」

「電話の仕事はヤケになったら負けだよ、坊や」

そんなやりとりをしながら駅前の交番に着いたので、交番にいた警察官に電話を渡したが、すでに電話は切れていた。


チヅ子は交番の奥の部屋に案内され、警官に色々聞かれていた。

女は別の警察官から身元確認を求められた。

オレオレ詐欺の一員ではないかの確認のためだ。


「何をされていたんですか?」

「会社の昼休みで、お金を下ろそうとATMに並んでました」

「お名前は?免許証などお持ちでしたら、拝見させてください。」

「西北 冴子(にしきた さえこ)です。免許証はこれです。」

「希望されるなら、謝礼を受けたり、警察署から表彰を受けることもできますが」

「どちらも辞退します。仕事があるので、これで失礼します。」

冴子は颯爽とその場を去って行った。


冴子は職場に戻った。

駅から少し離れたビルの4階に事務所を構えている中小企業である。

広いワンフロアーの事務所で社員・派遣・パートなど約80名ほどが働いている。

その一角が冴子が働いているコールセンター部門である。

コールセンターと呼んではいるが、パーテーションも無く、すぐ後ろは別の部門であり、他の部門の笑い声などが丸聞こえである。


「池さん」

冴子はコールセンターのシマの奥に座っている男に声をかけた。池さんと呼ばれた男は身長は180センチを超えている大男で、頭髪はかなり薄くなっているが、活気に満ちた顔つきである。

「昼メシ戻りか?シャペ」

「私、オレオレ詐欺に向いてると思う?ここ辞めたらやってみようかな」

「今やってる仕事もオレオレ詐欺とそんな変わらないだろう?お客さんからしょちゅう詐欺とか騙されたとか言われてるんだから」

オレオレ詐欺の男と話している時は顔色一つ変えなかった冴子が破顔した。

「ははは!池さん面白すぎ、そんな事言ってるから出世できないんだよ」

と言いながら冴子は自分の席に戻った。


ろくに義務教育も受けてないが、実戦から多くを学び

光の当たらない地方の三流企業に勤めているが、誰よりも仕事を楽しみ、誰よりも仕事に対する情熱は負けない

そんな女の物語

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しゃべりのシャペ 安井マクティア @yasugeo

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