花を生ける
僕は花を生ける。頻度は不定期、毎回違う花を一輪生ける。普段は医者としてそれなりの生活をしている。色々あって暫く会えていないが、彼女もいる。そしてやっぱり花を生ける。別に彼女が花が好きというわけでもないのだが、花を生けるのは僕にとってとても大切な行為なのだ。
手術の後は決まって花を生ける。うちの近くには深夜まで営業している花屋があるのでそこで花を買って帰宅する。
ある種大切な儀式なのだ。
これで何人目だろうか。手術の後、患者の親族は僕に対して怒鳴り、喚き、泣きじゃくる。「どうして。何をしたの。貴方なんかにやらせるんじゃなかった。」と吐き捨てる親族に対し、どれだけ誠意を込めて謝罪しようと彼らの暴言は鳴り止まない。責任は僕にあるのだから当然だ。そう思いつつも今更それだけ泣こうともうどうにもならないのに、と冷めた心を患者に向けるのだ。
そう言えば、もう何本の花を生けただろうか。赤い薔薇や赤黒い薔薇、向日葵に、サボテン。あらゆる花のあらゆる色を生けた。もちろん花言葉も加味した上で。僕はそれを誰にも見せたことがないし、これから先、誰かに見せるつもりもない。これを見れば殆どの人間は僕を異常だと言うのが分かっているからだ。実際僕も異常だという自覚はあるから余計に見せたくない。
とある日の朝、段々と萎れ始めていたはずの花が全て、生けたばかりの凛とした姿に戻っていた。
その日の昼間、僕は数ヶ月ぶりに彼女を顔を見た。以前とすっかり変わり果てた彼女だが、まるで眠っているように美しい顔でそこに佇んでいた。そんな彼女が目を開けた。僕は慌てて彼女の名前を呼び、添えていただけだった彼女の手を強く握った。しかし彼女が此方を見ることはなく、静かにその目を閉じてしまった。
それから、針のように鋭く痛い沈黙の中に不快な音がしつこく鳴り響いた。
ベッドに横たわる彼女の顔はどこか微笑んでいるような気さえした。僕の頬には一粒の雫がつらりと垂れ、次の瞬間にはもう涙で何も見えなかった。
家に帰ると朝は凛としていた花が全て枯れ、ダラリと垂れ下がっていた。
ベールの中、君と僕と 侑梨江 @yu_007_rie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ベールの中、君と僕との最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます