10話.[ある程度でいい]

「直人、麻衣子を見なかったか?」

「今日はまだ見ていないかな」

「そうか……」


 そう心配しなくても風邪を引いていなければ来るだろう。

 そもそも、付き合っているんだから連絡だってきているはずなのになにを慌てているのかと言いたくなってしまう。

 なんて考えていた自分だったんだけど、


「麻衣子、栞ってまだ来てない?」

「おう、まだ来てないぞ」


 栞がSHR開始時間ぎりぎりになっても未だに顔を見せなくて慌ててしまった自分がいる。

 が、少しだけ悪いこと(携帯の使用)をして確認してみた結果、『お腹が痛くてぎりぎりまで格闘してくる』と送られてきた。

 はぁ、これはかなり恥ずかしいことだ。

 ちゃんと戻ってきてくれたからその点だけはよかったけどね。


「ふぅ、せっかく来たのに欠席になるところだったよ」

「大丈夫?」

「うん! あ……に、臭わない?」

「全然大丈夫だよ、いつも通りいい匂いだよ」


 なんて変態チックな発言をしつつ……。

 とにかく、大丈夫そうでよかった。

 なんか不安になってしまったから休み時間を利用して栞を抱きしめておいた。

 いっぱい触れてくるからそれがこちらにも移ってしまったんだ。


「僕も仙馬君のことを言えないなって」

「でも、友達がいつまでも顔を見せなかったら誰だって心配になるよ。そうでなくても私は荷物を持ったままそうしていたんだから」

「とにかく、これからはもう少しぐらい謙虚でいようと決めたよ」


 接触もなるべく少なくなるようにする。

 彼女からしてきてくれたときだけは制限を解除して返しておけばいい。

 まあこんなのは矛盾まみれの僕なんだから意味のない決意なんだけど……。


「あ、そういえば今日はちょっと髪型が違うね」

「やっと気づいてくれたんだ、うん、いいかなって思って少し真似してみたんだ」


 心配で心配でそれどころじゃなかったんだ。

 いつもは垂らしているところを小さく結っていて可愛らしい。


「髪型にも制限があるからね、その中で自分でもできそうなやつを選んできたんだ」

「可愛いね」

「跳ねるとぴょんぴょん揺れるのもいいでしょ?」

「僕的には栞が元気でいてくれればそれで十分だけどね」

「私は……直人が元気でいてくれるだけじゃ物足りないけどね」


 自分にできることはするつもりでいる。

 手を繋ぐことと抱きしめるぐらいなら彼女限定でできるようになった。

 いちいち動じたりしていると不安にさせてしまうから意識を変える必要があった、そしてそれはできたことになる。

 それでも完全になくしてしまうとそれはそれでどうなの? という結果になってしまうから、ある程度でよかった。


「ね、キスして」

「えっ、あ、朝なのに?」

「うん、してくれたら今日も一日頑張れそうだから」


 ……こういうことが増えてしまったのはいいことなのか、悪いことなのか……。

 でも、付き合っているわけなんだから堂々としておくことにした。


「ふふ、ありがとっ」


 と、最高の笑みを浮かべつつ言ってくれる彼女を見たら言えなくなる、と答える方が正しいかもしれないけどと内で呟いたのだった。

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80作品目 Nora @rianora_

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