エピローグ

00:ヨル


 産まれた時には母と兄弟がいたのを、おぼろげに覚えているのだけれど。いつの間にか自分一人になっていた。

 私の足で歩くには公園はとても広くて、大抵は隅っこの方でじっとしていることが多い。

 時々、公園の中央に歩いていくこともある。けれど、人間というとても大きな生き物に踏まれそうになるから怖かった。

 だって人間たちは、私のいる足元なんて見ていないから。


 大きな音を立てて、人間を乗せて滑っていくものが通り過ぎていくこともある。

 『すけーとぼーど』というらしかったけど、暗くなってくるとそれが増えてきて、私は木の陰から動けなくなってしまう。

 一度は木の上に逃げたこともある。あそこは人間の手が届かなくて、踏まれる心配もない安全な場所だった。

 けれど、自分の力では下りることができなくて酷い思いをしたものだ。あれ以来、木の上に登ることはしないことにしている。


 人間の中には、時々だけれど私のことを見つける人がいる。

 悪い感情を持って近づいてくる人間は、なんとなく伝わってくるものだから、私は全力で走って逃げていく。

 人間は大抵、私の足に追いつくことはできないらしかった。

 だけど、食べ物をくれる人間もいる。いつもではないのだけど、食べ残しだったり、私のために持って来てくれたご飯を貰うこともあった。


 それでも、そんなことがずっと続くわけじゃない。

 私は飢えていることの方が多くて、お腹が空いていた記憶の方がほとんどだ。

 近くにはゴミを捨てる場所があって、そこで食べられるものを探していた。


 私のことを見ると、触りたがる人間もいる。

 小さい人間は特にそうなのだけど、大体は大きい人間に汚いからダメだと怒られて、そのままどこかへ行ってしまうのだ。

 けれど、いつからだっただろうか。一人だけ、不思議な人間を見かけるようになった。


 その人間がやってくるのは、いつも夜だった。人間の男の人だ。

 私の顔を見ては声を掛けてくるのだけど、近づいて来ようとはしない。私が汚いからなのかとも思ったのだけれど、彼は私に話しかけながら『可愛い』と口にする。

 本当はダメなのだけれどと言いながら、丸い缶に入った美味しい食べ物をくれる時もあった。

 よくわからないけど、この男の人はきっと、いい人間なのだと思う。


 ある時、私はたくさんの人間に囲まれて、とっても痛いことをされた。

 あの人に似ていたから近づいていってしまったのだけれど、これは悪い人間なのだと気がついた時には、私は首根っこを掴み上げられてしまう。

 お腹も空いていたし、身体は痛い。寒い。

 私は何も悪いことなんてしていないのに、どうしてこんなことをするの?


 つらくて悲しくなって目を閉じた時、私は温かい何かに包み込まれていた。

 不思議に思って見上げると、そこにいたのはあの人だった。私に優しい男の人。

 彼は、私の代わりに悪い人間から暴力を振るわれていた。

 どうにか止めたかったけれど、私の小さな身体ではどうにもならない。

 それにもう、瞼が重くて動けないのだ。彼が私を庇ってくれているというのに。


 やがて、悪い人間たちはどこかに去って行った。

 助かったのだと思ったのに、私を抱き締める彼は、どうしてだか呼吸が苦しそうに聞こえる。

 理由はわからなかったけれど、私はそれが自分のせいなのだと思った。

 彼はずっと私に触ろうとしなかった。それはきっと、こうなることがわかっていたからなのだ。

 優しい人。私のことを助けるために、どうして苦しい思いをすることを選んだの?


 この世界には、神様なんていないと知っている。

 だって神様がいるのなら、こんな私たちを放っておくはずがないでしょう?

 ……だけど、もし新しい世界に行くことができて、その世界には神様がいるとするなら。

 どうか、私のお願いを聞いてはくれないだろうか。


 私を助けてくれたこの優しい人が、もうこんな風に苦しまなくて済むように。


『ヨル』


 この人が、そう名付けてくれたから。私は大嫌いだった真っ暗で寂しい夜を、少しだけ好きになれたの。

 私の命まで救おうとしてくれた彼に、恩返しがしたい。

 そしてもうひとつ、欲張りな私の願いが叶うなら……今度はあなたの傍で。



(……このひとのうでのなかは、こんなにあたたかかったんだ)








-----------------------------------------


これにて猫カフェ完結となります。

お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!

よろしければ、レビューやコメント、★などをいただけましたら励みになります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】猫アレルギーだったアラサーが異世界転生して猫カフェやったら大繁盛でもふもふスローライフ満喫中です 真霜ナオ @masimonao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説