第3話 武蔵野修羅界

 死後35日目、冥界での行先を決定する閻魔大王による審判の日である。私が黄金に光り輝く閻魔庁に入ると、内部には香の匂いと煙が立ち込め、正面に薄らと大きな塊が見えた。閻魔大王である。これまで審判を受けた四王に比べ遥かに巨体である。鬼卒に促され前に進み出ると、大王の様子がはっきりした。頭には幞頭という黒い飾り棒が左右に突き出た奇妙な帽子を被り、道服という、漢服よりは、ゆったりとした衣装を纏っていた。頬は真っ赤で眼を大きく見開き、お笑いタレント博多華丸似だった。机上の閻魔帳に目を通していた大王は、徐に顔を上げて私を凝視しながら、低く屋内に響き渡るような声量で宣告した。

大王「おまえは生前真面目に働き、殺人や盗みなどもなく、本来ならば天道行きだが、懲罰の仕事で怨みを持った者達も少なからずいた。人生が大きく変わり苦しんだ者もいる。お前が間違っていたとは思わないが、少し酌量しても良かったこともあったのではないか。そこで、怨念を鎮めるために、おまえの正義感と忍耐力を買って修羅界行きを命ずる。おまえは人間界で虐待やネグレクトで生命の危機に瀕している子ども達を救うため力の限りを尽くすのだ」

私は思いも寄らない命令に驚いたが、即座に返答した。「御意。全身全霊を傾けて、1人でも多くの子どもの命を救います」

 死後42日目、私は生まれ変わる場所を決定する変成王の御前に参った。緑色を基調とした帽子を被り、薄緑色の道服を纏った出で立ちに、八の字のように左右に伸びた口髭と豊かな顎鬚を貯えていた。

変成王「立川と武蔵野の各段丘の地下に関東ローム層がある。さらに大深度地下の地層まで下ると、そこに武蔵野修羅界の空洞が広がっておる。空洞内は沈まない内部太陽で照らされ行動に支障はない。昔は多摩出身で殺気立った新選組の連中が大勢棲んでおった。武蔵野修羅界の範囲は国木田独歩が定義した武蔵野の範囲にほぼ重なり、出入口は各地の寺院に点在する六地蔵のうち、修羅界を救う持地地蔵の足元にある隙間だ。おまえが暮らしていた国分寺に持地地蔵のある観音寺という寺があるから、そこから武蔵野修羅界に行くが良い。おまえには修羅界居住許可証と人間界との往来許可証を与える。まずは、居住許可証を修羅界の番人に提出して住処を斡旋してもらい、次はおまえに土地勘のある多摩地区の児童相談所や保健所を回って、情報収集から始めるが良い。武蔵野修羅界での東西移動はJR中央線の地下を走る、むさしの地下鉄道東西線に乗るか、徒歩は甲州街道の地下にある修羅道を利用するが良い。南北移動には地上に幹線道路がないので、空洞内に張り巡らされた小路を利用すべし。最後に修羅界に棲むための心構えと鉄則を話しておく。いくら正義であっても正しさに拘りすぎると相手を否定する気持ちに取り憑かれ周りが見えなくなることがあるから気を付けよ。また、修羅界には攻撃的な性格の者が多い。おまえと同じ使命を帯びた者もいるので、それらの者達と決して争うことなく、むしろ協力し合うことだ。鉄則は、どんな状況であろうとも、人を殺めてはならないということだ。さあ、武蔵野修羅界に行くがよい」

 死後49日目、私は生まれ変わる条件を決定する泰山王の御前に出た。薄青色の帽子を被り、絣模様の羽織を着ていた。両方の小鼻の横あたりから下に生やした髭と顎鬚が特徴である。

泰山王は私に「おまえが修羅界に棲み人間界の子ども達の命を救うために活躍したいとの覚悟は見事だ。5年頑張り功績が認められれば、輪廻転生で、おまえの両親や親族達が住む天道に行くことが可能になる。それまで阿修羅となって戦え」と語りかけると、私を鼓舞するかのように立ち上がり右手で私の左肩をポンポンと軽く叩いた。

 私は泰山王のもとを辞去すると意気揚々として国分寺観音寺を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

阿修羅のように  髙橋洋 @taka1954

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ