第2話 中陰の旅
今、私は武蔵野の一画にある落葉林に囲まれたホスピス病棟で、66年のやや短き天寿を全うしようとしている。ベッドに横たわる私は、死の間際に夢を見ていた。真紅の彼岸花が群生している河原の中央に大河が流れている。三途の川である。彼岸には来世に行った者達が此岸を眺め、手招きをしている者もいた。私はそれらの者達の中に自分の縁者がいないか探しているうちに、ふと目覚めた。妻、長女、次女、長男が私の顔を覗き込んでいた。
私「そろそろだな。皆のお蔭で楽しい人生だった。ありがとう。姉弟仲良くして、お母さんのこと頼むよ」
これが私の最後の言葉だった。やがて、私は気が遠のき暗闇に引き込まれるように息を引き取った。程なくして、私は光眩い花畑のような景色を見た。それは夜の報道番組のオープニングで以前に放映されていた映像のようだった。
私の葬儀は、新型コロナウイルス感染症の流行が収束しない中、妻との約束どおり、遺族と親族による家族葬として、自宅近くのこぢんまりとした斎場で営まれた。遺体から離脱した私の霊魂は葬儀の一部始終を斎場の天井の隅から眺めていた。棺には生前愛用のスーツ、ワイシャツ、ネクタイなどを納めてくれた。通夜の会場にはBGMとしてピアニスト辻井伸行の演奏曲を流してくれた。妻と彼のコンサートに行ったことがある。曲目はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。彼が生まれながらの全盲にもかかわらず、天賦の才に加え、想像を絶する努力を重ねて、世界的なピアニストになった経緯を知っていた私の涙腺は演奏開始と同時に崩壊した。演奏直後、私は2千人の聴衆から沸き起こる嵐のような拍手で身震いがした。かかる万雷の拍手を聞いたのは、40余年前に後楽園球場で観戦した巨人軍長嶋茂雄選手の引退試合以来であった。
今、斎場に流れるドビッシー、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、リストの曲を冥界で聴くことはないであろう。今宵が聴き納めである。通夜終了後、私の遺体は斎場に安置され、翌日荼毘に付された。
死後3日後、私は読経に促されるように中陰の旅に出発した。果ての無い荒野を彷徨い歩き、薄暗く叫び声や怒鳴り声が聞こえる中を、ひたすらに前進した。生前は大腿骨手術の影響で跛行が生じ杖を常用していたが、不思議なことに、今は杖なしで不自由なく歩行できるようになっていた。慄きながら歩くうちに、私は死出の山に辿り着いた。恐ろしいほど高く険しい山を苦心惨憺の末に頂上へ到着すると、眼下には死に際に夢見た広大な平野と中央に流れる三途の川が見えた。
死後7日目、私は三途の川の此岸で秦広王の御前に参上した。生前の殺生についての取り調べである。秦広王は、昔の中国で官吏が着用していたような漢服姿で赤い帽子を被り、背もたれの大きな椅子にゆったりと着座して、幅広の大机に広げた書類に目を通していた。やがて、顔を上げた秦広王が私を見つめながら口を開いた。
秦広王「おまえは、人を殺めたことはないが、昆虫に対しては無慈悲な振舞が多々あったな」
私「はい。私は我が家のゴキブリ退治担当でしたし、庭木につく毛虫にも非情な殺生をしました」
秦広王「罰として、三途の川は腰まで浸かる、時には溺れ死ぬ者もいる急流を渡るように。わかったな」
私「畏まりました。殺めた虫達の霊魂に供養の念仏を唱えながら渡河させていただきます」
私は生前の行いが全て冥界に伝わっていることに驚いた。その後、私は初江王から愉盗、宋帝王から邪淫の業、五官王から妄語について各々取り調べを受けたが、致命的な罪は認められなかった。
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