第二章 女中と異国の元王子⑤
◆
コチュンは王宮の医局に運び込まれ、怪我の処置を受けた。左腕を骨折し、全身
「
すると、声とともに医局の
「いっ、いけません陛下、このような場所に来られては……」
「彼女は皇后付きの女中なんだ。倒壊するやぐらから皇后を守って怪我をした。その
トゥルムは医者たちを
「お前、横になってなくていいのか?」
「痛み止めを飲ませてもらったので、大丈夫です」
「
ニジェナはコチュンの
だが、先に
「……お医者様の話では、
一度
「お前の怪我はすべておれの責任だ。申し訳なかった」
ニジェナの目からも涙がこぼれたのを見て、コチュンは驚いた。だが、ニジェナは涙を
「やぐらが倒壊したとき、おれはお前に助けられた。仮におれがやぐらから落ちていたら、いま
ニジェナが口を閉じると、その隣にトゥルムが並んだ。
「わたしからも言わせてくれ。君のおかげで、バンサ国中にニジェナの存在を好意的に見せることができた。だが結果として、君を利用する形になってしまった。すまなかった」
ニジェナとトゥルムに頭を下げられ、コチュンは痛みも忘れるほど
「頭をあげてください。ここに来るまで、
「本当に?
それでもニジェナが心配するので、コチュンの中に、ちょっとした
「こんな怪我をしてしまったので、お給金を増やしていただけたら嬉しいです」
「そんなもの、今すぐ三倍にしてやる。怪我の
ニジェナは
「そうだよな?」
「あ、あぁ」
「あとは、何が望みだ? なんでも言え」
ニジェナはコチュンを
だから、コチュンは思い切って尋ねた。
「それじゃ、ニジェナ様のことを教えてください。両国の同盟を
「おい、さすがに調子にのりすぎだ」
トゥルムが割って入り、コチュンを制した。ところが、ニジェナがトゥルムを遮った。
「トゥルム。団子は命を
「何を言っている、それが危険なことだと、お前もわかっているだろう」
「こいつは信頼できる相手だ。団子には、真実を話す」
ニジェナの言葉は強かった。どうやっても彼の考えが変わらないとわかると、トゥルムはニジェナの傍から数歩下がり、周囲に誰もいないのをもう一度
「おれの名前は、オリガ。ユープー国王と、ニジェナ王女の弟。ユープー国の王弟だ」
その告白に、コチュンは息が止まりそうなほど驚いて、
「ユープー国の、お、王子様?」
「兄上が国王に即位しているから、おれはもう王子ではないけど」
オリガは照れくさそうに答えたが、コチュンは面食らってしまって、まともに話せなかった。でも、思い返せば彼の振る舞いには気品があり、
でも、ユープー国の王子様だった人 なんて、夢にも思うわけがない。
「ニジェナ……じゃなくて、オリガ様は、王族の方なのになぜ政略結婚の代役を?」
やっとしゃべれるようになったコチュンは、彼の正しい名前を口にした。すると、オリガは名前を呼ばれたことに驚き、頰を赤らめつつ答えた。
「本物のニジェナとおれは
肩を落としたオリガを見て、コチュンは彼の置かれていた状況を想像した。彼は、差別や
「まったく、困った話だ」
「で、でも、トゥルム様は最初からご存じだったんですよね? オリガ様が偽装結婚の代役を務めることに、反対しなかったんですか?」
コチュンがトゥルムに質問をぶつけると、トゥルムは
「オリガとは、子どもの頃に会ったことがあってな。まあ、休戦協定を
トゥルムは答えながら、オリガの
「やめろって、おれはもう子どもじゃないっつーの!」
「わたしから見たら、まだまだガキだ。だが、
トゥルムはそう締めくくると、オリガの背中をバシンと叩いた。
「オリガは、約束を果たそうとしてくれた。わたしがその覚悟を断るわけがない」
「おれも、相手がトゥルムなら事情をわかってもらえる確信があったんだ。同盟を締結するために、何が何でも政略結婚は成功させなくちゃならなかったから」
オリガは一通り話し終えると、また表情を曇らせた。
「けど、そのためにお前を巻き込んでしまって、今は申し訳ないと思っている」
オリガは再び頭を下げた。だが、今度はコチュンは恐縮しなかった。
「つまり、わたしは異国の王子様を助けたことになるんですね」
「そうだよ、お前はおれの恩人だ」
オリガが即答すると、コチュンは自分で言い出したくせに、頰を赤くしてはにかんだ。その姿に、どうしてかオリガまで恥ずかしくなってしまった。
すると、二人を後ろから見守っていたトゥルムが、大きなため息とともに告げた。
「女中の無事を確認できたし、わたしたちの
「ああ、いろいろとありがとう、トゥルム」
「女中への給金については、
トゥルムはそう告げると、仕事があると言い残して部屋を出て行った。
残されたコチュンは、急にオリガと二人きりになって困ってしまった。なにしろ、オリガは異国の王族。今までのように接していいのか、わからなくなってしまったのだ。
「顔の
おもむろに、オリガが尋ねてきた。急に
「砂でこすってしまったので、
「だから、噓はやめろと言っただろう」
オリガはそう言うが、これは強がりではなく、本当にオリガを助けられて良かったと思っている。コチュンが本心を伝えようとすると、オリガがコチュンの顔に触れてきた。
「お前の顔に傷を残してしまったのは、おれの責任だ」
オリガは目を閉じると、
「なっ、何するんですかっ!」
コチュンは頭が真っ白になって、夢中でオリガを
「ごっ、ごめんなさいっ、つい、手が出てしまいましたっ」
「団子っ、お前、いきなり何するんだよ!」
コチュンは自分の行為を反省したが、オリガの物言いに顔をしかめた。
「それはこっちの
コチュンが顔を真っ赤にして
「どういうことだ?」
「どういう……って」
コチュンは答えに迷ってしまった。まさか、口づけの意味が伝わらないなんて。コチュンが困っていると、オリガが申し訳なさそうに言った。
「ユープー国では、自分を守るために傷を負った人に、感謝の気持ちを伝える
「あるわけないじゃないですか。バンサ国での口づけは、特別な関係の人間同士で行う、愛情表現みたいなものです。オリガ様も、牛相撲の会場でトゥルム様としてたでしょう?」
「あれは演技だ! なんとも思ってない相手との口づけなんて砂の
ようやく口づけの意味を理解したのか、オリガは慌てて頭を下げた。
「失礼なことをしてすまなかった。許してくれ」
「まあ、しょうがないです。
「おれの国でも、恋人同士が口づけを交わすことはある。でも誤解しないでくれ、おれには
必死に弁明するオリガのせいで、コチュンまで決まりが悪くなってしまった。恥ずかしいやらおかしいやらで、感情の
「痛むのか?」
「調子にのりすぎちゃったみたいです。でも大丈夫、しっかり固定されてますから」
「そうか……なあ、感謝の口づけ、せめて手になら、してもかまわないか?」
「まあ、手になら……」
オリガは嬉しそうに微笑むと、コチュンの手の
自分がどんな表情をしているかなんて、想像もできなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この続きは、2021年10月15日発売ビーズログ文庫『嘘つき皇后様は波乱の始まり』でお楽しみください!
嘘つき皇后様は波乱の始まり 淡 湊世花/ビーズログ文庫 @bslog
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます