運命の相手が君でよかった

内山 すみれ

運命の相手が君でよかった


 恋だの愛だの人間は大変だなと思う。私は天界から人間界を見下ろす。下界には小さな街がいくつもあって、そこでは人間二人が並んで歩く姿をよく見かけた。手を繋いで、楽し気に話している。お母様とお父様は教育に悪いと言って見せてくれなかったけれど、私ももう百八十歳だ。そろそろ大人の仲間入りをするのだから、人間のことを学ばないといけないだろう。


「……え?結婚?」


 お母様から告げられたのは、婚約の話だった。天使は神様から結婚する相手が啓示され、婚約を結ぶ。けれど、あまりにも唐突な話に私は固まってしまう。


「シャルル、喜びなさい。相手はカマル様よ」


 カマル様。名前は聞いたことがある。『神を見る者』という異名を持つ大天使様だ。多くの天使を従える指揮官にして、戦闘にも秀でているらしい。そんな天使様の結婚相手が私?信じられなかった。それは相手がカマル様という事実だけではない。素晴らしい方が自分の結婚相手なのに、ちっとも喜んでいないことだ。むしろ、嫌だとすら思った。結婚などしたくない。けれどそんなことを言えば、神様に背く行為として罰せられてしまうだろう。


「そう、なんだ。あのカマル様がお相手だなんて、光栄だわ」


 私は両親の手前、思ってもないことを口にして、ぎこちなく笑うことしかできなかった。






 抗うことなど出来ず、私は新居へと向かうことになった。天使は、人間のように交際などはしない。神様からの啓示があるため交際など不要なのだ。神様の啓示を受けた天使二人はすぐに共に暮らすことが決められている。私はカマル様のお屋敷に向かっていた。遠くからでも見える立派なお屋敷。あそこで私は暮らすことになるのか。不安で堪らない。カマル様のお姿も分からない、どんな人柄なのかすらも。そんな相手と夫婦になるなんて。

 お屋敷に着くと、カマル様の従者に部屋を案内された。


「カマル様。奥様が到着されました」


 部屋の奥、豪華な椅子に座っていたのは、容姿端麗な天使だった。燃えるような赤い髪に、輝く黄金の瞳。切れ長の瞳が私を捉える。威圧感に、私は胸が詰まるような思いで身を小さくする。


「あ、あの」

「お前は下がれ」


 言葉を遮るように、カマル様は従者に言い放つ。従者は部屋を出て行く。扉が無情にも閉まった。カマル様は椅子から立ち上がる。反射的に身体を強張らせた。


「ああ、シャルル。怖がらないでおくれ」


 先程の鋭い言葉から一転して、優しい声が私に降り注いだ。凛々しい顔が柔和に笑む。先程とは全く違う様子に、同一人物なのか疑う程の変貌ぶりだ。カマル様は身を固くした私の目の前まで歩み寄り、私の腰に手を回した。


「ひッ!」


 思わず小さな悲鳴が漏れる。逃れようとするも、その腕は力強く、叶わない。


「大丈夫。私に身を任せて」


 怯えながら、彼の歩みに合わせて歩を進める。暫くして、これはエスコートなのだと気が付いた。私は長いテーブルに設置された椅子に座らされる。彼の座る椅子の丁度斜め前の位置だ。


「シャルルが今日来てくれると知ってから、ご馳走を用意したんだ。口に合うといいのだけれど」


 カマル様は机に置いてあるベルを鳴らした。待ち構えていたようにドアが開き、二人分の料理が机に並ぶ。しかし量が尋常ではない。


「あ、あの……カマル様」

「カマルでいいよ。どうしたんだい?」

「ええと、お気持ちは嬉しいのですが……この量は食べられません」

「ああ、すまない。少し張り切りすぎてしまったようだ。食べたいものだけでいいからね」


 にこにこと笑みを湛えるカマエル様はやはり怖い。生きた心地を感じないまま、食事会は終わった。何よりも恐ろしかったのは、私の好物ばかりが並んでいたことだ。偶然にしては出来すぎている。いつ、どこで私の好物を知ったのだろう。神様の啓示は一昨日あったばかりなのに。


「疲れただろう?部屋に案内するよ。そこで休むといい」


 カマル様は当たり前のように私の腰に手を回し、部屋へと案内する。部屋は広く、大きなベッドと小さな机と椅子、それからクローゼットがあるだけの簡素な部屋だった。


「私は女性に疎くてね。内装を変えようと思ったのだが悩んでしまって。君の好きなように変えてくれて構わない。何でも私に頼んでくれ」

「……はい、ありがとうございます」

「では、今晩、また会いに行くよ」

「え……?は、はい」

「別れるのはとても寂しいが、仕事があるのでね。しばしのお別れだ。愛しているよ、シャルル」


 カマル様は目を細めて、私の頬に唇を落として去って行った。キスをされるのは、初めてだった。

 何で……。私達、今日会ったばかりなのに。何故彼は、初対面の私に愛をそそぐことができるのだろう。この胸の高鳴りは、恐怖からなのか、愛の芽生えなのか私には分からなかった。


つづく

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