第3話『懐ノ思イ出』

「ねぇ、じいちゃん。どうしてじいちゃんはきゅうにいなくなるの?」


幼き孫が儂に問う。


「そうじゃの……忙しいからかのう」

「いそがしいの?ぼくもてつだうよ!」

「いや良いんじゃよ。儂一人でも出来るからの」


この子に教えることはできん……今はまだ……。




「政一?どうかしたのじゃ?」

「……いや、なんでもない。さて、今日も一日頑張るぞ。宜しく頼むぞ、美夜」

「分かっておる!」





































目を開けると、祖父の屋敷の前だった。


「……帰って来れたんだな」

「ここが政一の屋敷か?」

「随分と古いな」

「まぁ、かれこれ年月経ってるし。古いのは当たり前だ」


やっぱり目の前で見る屋敷は『デカい』としか言えなくなる。


「さて、運び出す……前に」


俺は2人を見た。


「なんじゃ?」

「私達を見て……まさか」

「そう言う事じゃねぇよ。その姿隠せるか?」

「姿?」


2人ともそれぞれの姿を見る。


「翼とか耳とか尻尾とか」

「隠せるぞ」

「危険性という事か。それなら……」


狐々路は耳と尻尾、黒羽は翼を隠す。何処から見ても美女2人だ。


「これで良いか?」

「嗚呼。じゃあ運び出すから重い物は俺が持つ。二人は軽い物を運んでくれ」

「うむ」




台所へ向かい必要な物を運び出す。食材、調味料、使われていない皿や調理器具も使えそうな物と判別して運んでいく。


「那谷。もう物はないか?」


背後から黒羽が顔を出してきた。


「多分無いと思う……が、まだ有りそうだから探してみる。黒羽は先に戻って狐々路と先にご飯作って食べててくれ」

「一応、女将からの伝言で入り口は開けておくって」

「分かった。お疲れ様」

「君もね」


そう言い黒羽は踵を返して池に入った。


「多分ないと思うが……ん?」


ふと、写真立てが俺の目に入った。写ってるのは親父と俺と……祖父。


「……」


手に取りまじまじと見る。幼い俺の顔はとても笑っていた。勿論、親父も祖父も。


「懐かしいな」

「何がじゃ?」

「いや、祖父がいた頃……って、うわっ!?」

「うわっとは何じゃ」

「いや誰でも驚くだろ……」

「遅いから見に来たと言うのに」


いきなり背後に立つ狐々路。……心臓に悪い。


「何を見ていたのだ?」

「写真だよ」

「写真?そんなものに興味があるのか?」

「興味と言うより懐古かな?昔を思い出していただけだ」

「ほう、どんな思い出なのだ?」

「俺がまだ幼い時、祖父の家で暮らしていた時の話だ」

「それは気になるのぅ」

「大したことじゃない。ただの楽しい記憶だ」


ただそれだけの話だ。別に面白いことなんて何もない。


「そう言えばお前らは飯食ったのか?」

「まだじゃ」

「そうか、でももう少し待ってくれ。後少しで終わるから」

「分かった。では、私が変わりに夕食を作ろう」

「助かる。じゃあ頼んだ」


狐々路は部屋を出て行った。


「……祖父」


写真立てを見続けポツリと呟く。


「どうして死んだんだよ……狐々路の事を隠して……」


答えてくれる人は誰もいない。その事実だけが俺の中で渦巻いた。




「すまん、今戻った」

「お帰りなさい」

「遅かったではないか」

「ちょっとな……」


狐々路は料理を作り終えたらしく机の上に並べられた。とても美味しそうで腹の虫が鳴る。


「さて、冷めないうちに頂こうかの」

「そうしようか」

3人で手を合わせ、箸を持つ。そして、食事が始まった。


「凄い美味しいよ」

「そう言ってもらえると嬉しいのう」

「こんなの毎日食べられるとか羨ましいよ」


黒羽、普段何を食べてたんだ?


「烏天狗と言えど、まともな食事じゃなかったのか?」

「えっと、普通に米とか味噌汁とか……魚とか肉とか……」

「妖怪なのに?」


すると黒羽は不満そうに言った。


「妖怪だからと言って必ずしも人間と同じ食事をするわけじゃない。現に私はこの姿になってからは人間の食べ物を口にしていない。それに妖術を使えば食事はいらないしな」

「へぇ……そういうもんなのか」

「私達は基本、自分の好きな時に食べる。まぁ、私の場合はあまり食欲がないのだがな」

「そうなんだな」


確かに言われてみると2人とも全然食べていない。少食と言えば良いのだろうか?


「なら黒羽。人と同じ料理を口にした感想は?」

「正直、驚いたよ。こんなにも美味しいとは思わなかった」

「そうか。それは良かったぞ」


嬉しそうに笑う狐々路。どうやら彼女は本当に黒羽のことを歓迎しているようだ。




昼食を食べ終え、各自小休憩に入る。


「……」


俺はまた写真を見る。やっぱりあの事が頭から離れない。


「那谷、入るぞ……どうかしたのか?」

「いや、何でもない」

「なら良いが……何か有るなら言うんじゃぞ?力になろう」

「ありがとうな……所で黒羽は?」

「彼奴なら縁側で羽休めじゃよ」

「そうか」


狐々路も隣に来て写真を覗き込む。


「これは政一とお前じゃの」

「そうだな」

「こうして見ると……お前も随分変わったのう」

「そうかもな」


写真の俺と今の俺は桁外れに変わっている。髪の色も違うし身長も伸びている。


「ふむ、しかし不思議なこともあるものだ」

「不思議?」

「うむ、本来なら人間と妖怪は交わることがないはずじゃ。それがこうして一緒にいる」

「そうだな……と言うか祖父が居る時から考えなかったのか?」

「勿論考えたぞ。だが、まさか……と思ってしまう妾もいた」


それはそうだろう。普通の人間は妖怪なんて信じないし関わろうとしない。仮に居ても気づかないフリをする。


「……狐々路」

「ん?」

「しつこい様で悪いけど、お前にとって……祖父はどういう存在だった?」

「そうじゃな……一言で言えば『尊敬』に値する人物じゃった」

「尊敬……か」

「うむ。彼は誰よりも優しく強い心を持っておった。そんな彼が大好きじゃった」


懐かしい思い出に浸るように話す狐々路。

彼女の表情はとても穏やかで幸せそうだった。


「……そうか」

「ところで、那谷はどうなのだ?」

「俺?」

「うむ。お主は……その……祖父の事をどう思っておるのじゃ?好きか嫌いかで良いから教えてくれぬか?」

「……別に。ただの爺さんだよ」

「そうか……」


狐々路はどこか悲しげに俯いた。


「でも、何故そんな事を聞くんだ?」

「お主には悪いと思うのじゃが……その……」

「うん?」

「少しだけ面影が見えるのじゃ……」

「祖父か」

「うむ、昔の政一に似ておる……」


きっと祖父の面影を感じているのかもしれない。

だから、祖父と重ねてしまうのだろう。


「すまんのぅ、こんなこと言われても困るだけじゃろうに」

「別に構わない。むしろ話してくれてありがたいと思っている」

「そうか……っ」


狐々路は微笑みながら小さく息を吐いた。


「……さて、そろそろ再開するか。残りの箇所も直ぐに終わらせて明日には開店したいからな」

「そうじゃな」


狐々路は部屋から出て行き、静寂が訪れる。


「なぁ……祖父、俺は……」


答えてくれる人はいない。

その事実だけが俺の中で渦巻いた。




「……終わったのぅ」


作業を終え外を見ると日が落ち始めていた。もうすぐ夜になる。


「お疲れ様、狐々路」

「お主こそお疲れ様じゃ」


互いに労いの言葉を掛け合う。何とか閉店までには間に合った。後は明日の開店を待つことだけ。


「こっちも修復し終えた。夕食は縁側で食べようか」


那谷が盆に料理を乗せて持ってきた。どうやら今日の夕食はきつねうどんの様だ。


「おぉ!待っておったぞ!」

「早く食べようじゃないか」


嬉しそうに声を出す妾と黒羽。勿論、妾は油揚げが好物でもある。


「分かったから落ち着けって……はい、どうぞ」


料理を置き箸を渡される。


「では頂くとしようか」

「「いただきます」」


3人で手を合わせ食事が始まる。麺を掴み食べると、とても冷たい。


「那谷、これって……」

「暑いからやってみました。冷やしきつねうどん」

「この冷たさと出汁がとても……美味しいのぅ」

「うん、最高だよ」

「そりゃ良かった」


口々に感想を言う2人に少し笑顔になる那谷。

だが黒羽が突然箸を止め言った。


「……やっぱり」

「黒羽?どうかしたか?」

「いや、何でもないよ」


そう言い食事を再開する黒羽。一瞬、何か呟いた様な……いや、気のせいだろうか?


「まぁ、いいか」




食事を終えた後、風呂に入る。黒羽と狐々路はもちろん女湯へ。


「ふぅ……気持ち良い……」


体を洗い終え、湯船に肩まで浸かる。今日一日色々あったが、無事に終わって本当によかった。


(本来なら人間と妖怪は交わることがないはずじゃ。それがこうして一緒にいる)


そう言えば狐々路が言っていたな。人間と妖怪は交わらないとかなんとか……

彼女達妖怪には人間に対する偏見があるのだろうか?


「……俺が不安になってどうする」


何かあったらその時考えればいい。今はゆっくり休もう。

そう思い目を瞑ると眠気が襲ってきた。


「不味い、寝たら死ぬ……起きなくて……は……」


頭を振り意識を保つ。しかし体は正直で瞼はどんどん重くなる。


「駄目……だ……俺は……」


抗おうとするが睡魔と湯船の気持ちよさに負け、俺は湯船の夢界へと誘われていった。




「ち……い……」


誰かの声がする。だけど体が動かない。と言うより全身が熱い。まるで茹でられているみたいだ。


「……溺れてるよ」


当たり前……だ!?


「ぶわっ!?ゲホッゴホ……ッ!!」


勢いよく立ち上がり咳込む。何が起きたのか理解できない。


「落ち着け俺、確か風呂場で睡魔と湯船の気持ち良さにやられて寝てそして溺れた……オーケー」


何とか状況を整理できた……多分。 


「凄い音がしたと思ったら……何をしてるの?」


後ろを振り返ると寝間着の黒羽がいた。


「えっと……これはその……なんだ……あれだ」

「どれ?」

「すまん、自分でもよく分からん」

「え?」

「……すまん。助けてもらって」


素直に謝罪する。


「全く……ほ、ほら、さっさと出るよ」

「あ、ああ……」


脱衣所に行き体を拭き着替える。その間、終始無言だった。理由?分かっている奴は口を開くな。


「そ、その……大丈夫?」

「だ、大丈夫だ」


慌てて返事をする。黒羽は目を逸らしながら気まずそうに言った。


「……あれは事故だから、気にしないで」

「え?」

「……なんでもない」


なんでもなくないだろ。と聞きたかったが我慢した。


(落ち着け俺、平常心だ!あの事を引きずっている場合ではない!切り替えろ!俺は既に大人、紳士、男だ。だから大丈夫だ!)


何が大丈夫なんだ俺。


「那谷。少し……話そう」

「どうした急に?」

「……何となく」


黒羽の顔は何処か暗かった。


「先に縁側に行っててくれ」

「うん……分かったよ」


脱衣所から出ていった黒羽。居なくなった後、俺の身体から水滴が滴り落ち、徐々に冷えていった。




「……」


黒羽は縁側に座っている。今日はやけに月が明るく照らしており、黒羽の背後の大きな翼がゆっくりと揺れていた。


「悪い……待たせたか?」

「いや、単に休んでたから」

「そうか……」


黒羽は月をじっと見つめている。まるで魅了されたかの様に。


「……」

「……」


誰かこの気まずい空気を変えてくれ。こう言う緊張感ある様な感じ苦手なんだよ。


「隣、良いか?」

「……うん、大丈夫」

「じゃあ失礼して……よっこいしょっと」


黒羽の隣に座る。空の月が一層明るくなった様なのか幻想的に感じる。

……暫くの沈黙の後、黒羽が切り出した。


「……さっき狐々路とも話していたんだけど、那谷の祖父はどんな人だった?」

「祖父か……俺の知る限り、優しい人だよ」

「優しい……か」


一瞬、悲しそうな顔をする。


「どうかしたのか?」

「……何でもないよ。それより、他には何か無かったの?例えば妖怪についてとか」

「そうだな……」


言うべきかどうか俺は少し考え、答えた。


「祖父はよく本を読んでいたな。それも古い本ばかりで俺には読めなかった……もしかしたら妖怪について書かれてる本があったかもな」

「そうなんだ……」

「他には……祖父は護身術を習っていたよ」

「へぇ、意外だね」

「まぁ、祖父曰く『強くないと何も守れない』だそうだ。確かにそうだなと納得したけど、俺は俺の護身術を学んで挑んだけど、返り討ちだったな」


懐かしい思い出に浸るように話す俺。しかし黒羽の表情は変わらず暗いままだった。


「……他にも何か言ってなかった?」

「逆に聞くが、どうしてそんなに俺の祖父の事が知りたいんだ?」


さっきから質問ばっかりなので聞き返してみる。


「いや、その……」


すると彼女は慌てた様子で視線を逸らした。


「別に言いたくないなら良いが」

「ごめん。でも、何時かは言わないといけないから……」


観念したのか、深呼吸をして語り出した。


「私が来た時を覚えてる?」

「あぁ、確かこの宿を拠点にしようと交渉してきたな」


何故この宿を拠点にしようとしたのか。疑問に思っていたが聞くタイミングが無かったので忘れていた。それに、俺自身あまり興味が無かったのもある。


「私の目的はね、妖怪から人間を守る為なんだ」


だから俺の所へ来た……いや、それだけでは合点がいかない。


「いや、それなら何故祖父の事を聞くんだ?」

「以前ね。妖怪に化けた人間が居て、色々とトラブルを起こして……最期は妖怪達の反感を買ってやられてしまった。その人間が妖怪の世界に住むとしたら……と考えて、宿を拠点にすれば簡単に監視が出来るからね」


成程、そう言うことか。確かに俺は人間だ……って


「もしかして、今も監視しているのか」


恐る恐る聞いてみると黒羽は首を横に振った。どうやら違うらしい。


「……違うよ。本当は……私はただ宿を経営している人間と話がしたかっただけ」

「そ、そうか」


内心ホッとしていると、黒羽が口を開いた。


「私ね、今までずっと1人だったの」

「そうなのか?」

「うん、同じ烏天狗達からも避けられてた……だから誰かと話をするだけで楽しくて、そして嬉しかった。だから那谷には感謝してる。ありがとう」


微笑みながら話す黒羽の顔は何処か寂しそうだった。


「俺に礼はしないほうが良いぞ」

「どうして?」

「……あまり慣れていないからだ。気持ちが整ったら、再度聞かせてくれ」


そう言いつつ、縁側から離れ自室に戻る事にする。




「……」


彼が縁側から去った後。私はまた羽を広げ、月を見続けていた。


「春乃屋那谷……」


本来なら……まぁ、それもいっか。


「君は本当に……とっても面白い人だよ」

















































1人の烏が、ただ孤独な月と共に夜を過ごしていた。

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池の神隠し宿、狐々屋 狼月 @wolf_hunter

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