第2話『復キュウ作業』

俺と妖狐の女将、美夜が出会った翌日……のことだが。


「那谷〜!朝じゃぞ〜」

「ふわぁ……おはよう狐々路」

「朝飯出来とるぞ、ほら食べようぞ」


ワサワサワサワサワサワサワサワサワサワサ


「あのちょっしっぽかおに」


尻尾で顔をくすぐられる。寝起きにこれは中々にきつい。


「ほれほれ〜」

「起きるから止めてくれ……」

「うむ、ちゃんと起きたから仕方ないのう……」


渋々と尻尾が顔から離れるのを確認し、むくりと身体を起こし、屈伸する。


「和室で寝るのは久々だ」

「そうか?妾の起こし方も良いじゃろう?」

「ありがたいが、もう少し優しく起こしてくれてもいいんじゃないか?」

「無理じゃな」


即答された。まぁそうだろうな、8年も待ってくれてたし。


「それより、今日の予定について聞きたいんじゃが」

「そうだな……取り敢えず、宿の中を確認して、修繕出来る箇所を修繕して、各部屋の掃除を行って、それから……」

「ま、待っとくれ……一気に言われても覚えられぬぞ……」

「悪い、ゆっくり行こうか。朝食を食べながら話そう」




ズズズー……ゴキュッ……


「美味い。流石女将さん」

「丹精込めて作ってるからの」


狐々路は狐耳を動かしながら味噌汁を飲む。とても気になるが、今は作業の概要を伝えよう。


「まず、歩いている途中で見た感じだが、所々老朽化している箇所が多い。特に屋根と床が傷んでいるな」

「確かにボロボロじゃったのう……」

「そこでだ、修理や清掃を行う前に、一度リフォームしようと思っているんだ」

「リュックミアル?」


リしか合ってない。


「改築の事だよ。今のままだと不便だし、何より衛生面の問題もある」


狐々路は少し考え込む。そして何か思いついたのか、彼女は口を開いた。


「わしに良い案があるぞ!」

「ほう?聞かせてくれないか」

「まずは材料を集めに行くんじゃよ。少し多めにじゃな」

「なるほど。確かにそれなら安全かつ迅速に行えるし、見落とした箇所も修繕出来るな。でもどこに置くんだ?」

「持ってきた木材をこの旅館の庭に持って来て、組み立てるんじゃよ」


狐々路はとても嬉しそうな表情を浮かべていた。俺も思わず笑みが溢れてしまう。

さて、そうと決まれば早速行動開始だ。


「……の前に、ご飯を食べ終えないとな」

「そうじゃな」




俺は部屋を出て、各部分の確認へと向かう。


「縁側……良し。庭木は後で手入れしておこう……後は……」

「ちょっと」


周囲の確認をしていると、突然声をかけられた。何処だ何処だと見渡すが、誰もいない。


「上だ上」


上を見るとそこには黒い翼を羽ばたせている黒髪の女性がいた。


「お前がこの宿の主、春乃屋政一か?」

「政一は俺の祖父ですが……どうかされましたか?」


女性はゆっくりと下降し、地に降り立つ。そして腕を組み、俺をじっと見つめてくる。その目つきには敵意が感じられる。なんだ一体……。


「私は烏天狗の『黒羽空コクバネ ソラ』だ」

「あ、はい……」


なんとも高圧的な態度を取る女性だ。それにしても烏天狗か……妖怪にも色んな奴がいるんだな。


「んで、用件だが……頼みがある」

「頼みですか?」

「ああ、この宿を拠点にしようと考えている」


拠点?どういう事だ?よく分からなくなってきたぞ。


「つまり、この宿に住み着こうと考えている訳ですよね?」

「住み着くなんて失礼な言い方しないで欲しい」


……なるほど、そういうことか。要するにこの人はここに住んで働くつもりは無いと。


「それは……難しいですね」

「どうしてだ?宿主が居ないからか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「だったらいいじゃないか。何が問題なのか言ってみろ」


うーん……どうしたものかな。別に追い出してもいいのだが、そうしてしまうと後味が悪い。ここは正直に話すしかないな。


「実は……」


俺は彼女に事情を説明した。政一が重い病で他界したこと、宿が経営難であること、人手が足りないことなどなど。


「ふむ……」


彼女は顎に手を当て、考える仕草をする。やがて口を開き、言葉を紡ぐ。


「分かった……仕方ないが諦めよう」

「(助かった……)「ただし」……へ?」


彼女は指を差してきた。


「条件がある」

「じょ、条件ですと……」


嫌な予感しかしない。


「お前、私を雇わないか?」

「え?」


いきなり何を言っているんだこの人。


「雇うって……あなたが従業員として働いてくれるんですか?」

「それ以外に何があるんだい?それと、敬語は使わなくて結構だよ」

「はぁ……」

「私が居れば、宿泊客が来なくても困らないだろう?」


確かにそうだが……なんか胡散臭いんだよな。この人の笑顔が。


「……すまないけど、女将さんと話しても良いか?」

「良いだろう。縁側に座って待っている」


そう言い、彼女は縁側に座った。




数十分後、大きめ木の板を背負って帰ってきた狐々路に先程の出来事を伝える。


「なるほどのう……彼奴、なかなかやりおるな」

「そもそも烏天狗ってのも聞いていない」

「妖狐の妾を見てもか?」

「すみませんでした」

「うむ。だがあの女、只者ではないぞ。この件は妾が決めるのではなく、お主が決めるのじゃ」

「……だよな。取り敢えず話してくる」

「妾はここにいるからの、何か有ったら直ぐに呼ぶがよい」

「分かった」


お主が決める……狐々路はそう言った。従業員として雇うのかそれとも雇わないのかの判断は俺に託されたと言うことだ。


「……さて、聞く分だけ聞いてみますか」

「気をつけるんじゃぞ」

「分かってる」


そう言い残し、部屋を後にした。




「よっと……」

「……ん」


俺は彼女の元へ歩み寄り、隣に腰掛ける。すると、こちらを振り向き、話しかけてくる。


「話は終わったか?」

「嗚呼、一応な。取り敢えず幾つか質問をするから答えれる部分だけ答えてくれ」

「良いだろう。どんどん質問してくれ」

「分かった。まず1つ目。何故この宿に住もうと思った?」

「良い場所だからだ」


即答。嘘偽りの無い回答だなこれは。


「2つ目。この宿で働く意思はあるのか?」

「勿論ある」


これもまた即答。やはり本当らしいな。


「最後の質問。やりたい仕事内容は?」

「雑用全般。清掃、調理、洗濯、その他諸々」


最後も即答。ここまで聞けば十分だ。


「採用」

「……随分とあっさり決めるじゃないか」

「まぁな。俺としても人手不足だし、それに……」

「それに?」

「お前が信用できると判断したから」


そう言うと、彼女はキョトンとした表情を浮かべる。そして、突然笑い出した。


「アッハッハ!面白いことを言う人間だな!」

「そ、そうか?」

「まあいいや。これからよろしく頼むよ、名前は?」

「那谷だ。こちらこそよろしく頼む、黒羽」

「那谷……良い名前だ」


こうして、まだ開店前に新たな従業員が加わった。


「そう言えば聞くが、いつから働けるんだ?」

「今日からだ」

「は?いやいや、いくらなんでも……」

「良いじゃないか。此奴もやりたいと言っておるんじゃ」


いつの間にか狐々路が後ろに立っていた。


「……はぁ、仕方ないな」

「ありがたい。恩に着るよ、女将」

「狐々路美夜じゃ。宜しくのう、黒羽」

「こちらこそ」


2人は握手を交わした。


「……所で黒羽は烏天狗なんだよな?具体的には何が出来るんだ?」

「空を飛べる」

「他には?」

「風を操れる」

「なるほど……それはかなり強力だな」

「あと、神通力も使える」

「えっ?じ、じんつうりき……?」


聞き慣れない言葉に思わず戸惑う。


「簡単に説明すると超能力みたいなものさ」

「へぇ〜そんなのもあるのか」


世の中色んなものがあって本当に不思議である。

まあ、妖怪がいる時点で今更感はあるが。


「……それじゃあ、作業に取り掛かるか。俺は屋根や各部屋の修繕、狐々路と黒羽は各部屋の掃除の頼む」

「了解じゃ」

「任せてくれ」


こうして、俺たちはそれぞれの作業に取り掛かった。


「……まずは梯子作りからか」


黒羽に頼んで屋根まで運んでもらえば良かった……。




バン!バン!バン!


「釘打ちが難しい……屋根も結構脆いな。足場とか注意しつつ張り替えないと……」


そう言った瞬間だった。


バキィッ!!


足場、老朽化により折れる。


「あ……うわぁぁぁぁぁ!?」


バランスを崩し落下する。不味い、このまま屋根から地面に叩きつけられたら……。


ガバッ!


黒い翼が高速で飛来し、身体を抱き抱えられる。そのまま空中で静止し、ゆっくりと地面へ降り立つ。


「大丈夫か!?」


顔を覗き込んだのは黒羽。心配そうな顔つきをしている。どうやら下の部屋を掃除しており、叫び声で駆けつけた様だ。


「危ない……大丈夫だ。助かったよ」

「全く……無茶する奴だな」

「すまない。次からは気をつける」

「そうしてくれ。怪我でもしたら大変だ」


その後、2、3回落ちたのは言うまでもない。

 



時刻は正午過ぎ。部屋の掃除が終わった二人が手伝いに来てくれて、急ピッチで屋根と各箇所の修繕を手早く終えた。


「ふぅ、やっと終わった……二人共お疲れ様」

「直ぐ終わると思ったのじゃが……意外に広いものじゃな……」

「そんなに甘くはないと言う事」

「取り敢えず、縁側で休んでたらどうだ?昼飯は俺が作るよ」

「すまないのぅ……」

「構わんて」




空腹に耐えかねて昼食を取ることに厨房に向かう。だが厨房に辿り着いて気付いた。そう、それは重大な悩みだ。それは……


「(……二人分しか食材が無い)」


そう、祖父と狐々路の2人で経営しているというのは聞いていたが、お客も来なくなると収入も食料底が尽きると言う事。多少なら間に合うと考えたが今回は3人分の料理だ。


「(どーすっかな……あ、そうだ)」




「……政一の家あっちの世界に戻りたいじゃと!?」

「ど、どう言う事だ!?」

「いや単に食材こっちに持ってこようかなって」 


そう、祖父の家に行けば俺が持ってきた食材がたんまりとある。


「そう言うのは先に言わんか……戻ると聞いて驚いたぞ」

「ごめんって。取り敢えず、俺は一度家に戻って取ってくるよ」

「妾も行くぞ、どうせ多いんじゃろう?」

「まぁ……うん」

「じゃあ私も行こう」

「毎度毎度言いそうだけど、助かるよ」

「戻る方法じゃが……念じながら合掌せい」

「了解」


目を閉じ、念じつつ手を合わせる。














































……少し、風が吹き始めた。

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