池の神隠し宿、狐々屋
狼月
第一章『俺、女将、宿、後継』
第1話「池ン中」
突然だが諸君。何処かの場所……知らぬ宿屋が目の前に有るならどうする?しかも……
Q.そこに妖艶の女将さんが居たら更にどうする?
俺だったら簡単な話だ。だって答えは既に決まっている。
「……政一!久しぶりじゃのう!」
「だからぁぁぁ!俺は孫だっての!」
A.既にそうなっており、捕まっているから。
何でこうなっているかと言うと、今から2時間前の事に遡るんだが……
「ここか……歩いてきたとはいえキツいな」
「おーい那谷!遥々此処まで来てくれたなぁ!」
「来てくれたなぁ!……じゃねぇよ!どういうことだ親父ゴラァ!」
会った早々勢いよく胸倉を掴み上げる。
「オォォォ落ち着けぇ那谷!その拳を下ろしてくれぇ!」
「黙れ親父!こんな時に落ち着けるかこの呑気野郎!」
「これには深ーい訳が有るんだ!聞いてくれ!頼む!何でもするから!」
「ほう?何でもすると?」
「……あ」
「取りあえず積年の恨みを持って八つ裂きだぁぁぁ!」
「グェァァァァァァァァァァァァァァ!」
親父をボッコボコの
……話が逸れたな。んで此処は夏の山ん中の祖父の屋敷。俺は呼ばれて来たんだ。5年前に病で亡くなった祖父……「
場所は屋敷の裏、庭周辺らしい。有るのは池や生い茂りすぎて他の枝と絡まっている木。足元は流石に砂利で敷き詰めてある。
「んで、その不思議な事って何だ?」
「おぉぉ……実はぁぁ……」
少しやり過ぎたと思うが、大丈夫だろ。
「お前さんがまだ8歳の時の事だったん。ワイの親父…… 那谷の祖父さん突然居なくなる事が有っただろ?」
「あぁ、その時は家族総出で探したんだよな。んで結局、いつの間にか部屋に居たんだっけ」
「そうなんよ」
「これの何処か不思議なんだよ?」
祖父の過去話じゃねぇか、くだらない。
「そこで……だ。築60年の親父の屋敷はお前が住んで良いから、もう一度、祖父さんがいた所調べて貰えねぇか?」
「……親父はどうすんだよ」
「定期的に確認してくるが、今は少し山を降りて15分前に始まった町内会議に出てくる」
「何で町内会議放っているんだよ!さっさと行けや!」
「お前さんなら頼んでくれると思っt「早よ行け殴んぞ!」イッテクラァー!」
あ、ガチ逃げだな。半分冗談なのに根性無いな。さて、親父が逃げたならやる事はたった1つ。
ガラガラガラガラガラバァン!
開ければ隅に蜘蛛の巣、剥がれた壁紙、ボロッボロの襖。
「ゴホッ……埃すげぇな!」
───大掃除だ。これじゃ住むや調べや出来ねぇだろう。
サッサッサ……コトッ。
「はぁ……流石築60年。見た目や中はボロいが以外に大きな損傷も見えない、長年経って倒壊しないのはスゲェよ」
朝から2時間も掃除してるけどまだ4部屋。屋敷の部屋数は1階は大広間2部屋、個室4部屋、2階は小部屋4部屋、屋根裏部屋は2部屋……合計12部屋。1部屋30分とするとあと4時間。そして庭周辺のも有るから……ざっと昼までは掛かるか。
「何でこんな多いんだよ……使う場所ねぇだろ。と言うか古めの急須とかは有るんだな。これとかは使えそうだ」
台所には食器や水道も有る。基本的には大丈夫だろう。
「続きやろう……取り敢えず色々……ん?」
食器棚の隅になんかある。奥に手を突っ込んで取ってみ……古い本だな。
ペラッ……ペラッ……ペラッ……。
『儂は誰も屋敷にいない時、池に入る。あの池の知られざる場所については儂の秘密でもあり彼女も儂が営業のお手伝いもしなくてはならない。しっかり隠さなくては……』
祖父の日記か……でもなんか内容がおかしいんだよな。取り敢えず続きを読んでみるか。
『彼女にも迷惑をかける事になるだろうが……もしこの…記を読んでいるなら……を頼む、私の最期を。』
この先は文字が文字じゃないな。と言うか何を頼むってんだ祖父は?親父が言っていた不思議な事と関係が有るのか?
「掃除終えたら読み直してみるか」
そう言いつつ懐に仕舞って掃除を再開する。
数時間後。
「はぁ〜。大方は終えたぞ……まぁ大分刈り取ってるらしいけど、まだまだあるなこりゃ……で肝心なのが……」
ゴゴゴゴゴ……
「あの池なんだよなぁ……」
なんて言うか招いてる様みたいに……いやそれはそれで気持ち悪いわ。
「……取り敢えず周囲の石、磨くか」
持ってきたブラシと水バケツを用いて掃除を始める。見栄えが悪くなるから隅々までやらなくては……
「……お〜れはだ〜ま〜さ〜れ〜石磨き士〜♪今日も一個ず〜つ〜磨きやす〜♪」
前言撤回。静か過ぎると余計に気が散るわ。
「ひび〜から〜ま〜いにち〜♪石磨き〜♪光らせば〜それは〜夜に出る光月〜♪」
音痴だと?気にすんな、認めてるから。
ツルッ
「あ、足滑らせt」
ゴンッ!……バッシャァァァァァン!
瞬間、後頭部に強打し背中から思いっきり池の中に落ちた。
で、暫くして目を覚ました俺は……。
「痛ってぇ……身体がずぶ濡れじゃねぇか……って、ん?」
池の中に落ちた筈なのに、服が一切濡れていないことに驚いた。しかも目の前にはとある建物がそこに有った。
「……宿?」
そう、宿だ。宿泊施設とかを連想させる宿屋だ。
「何故ここに宿が……いや、今はそんな事を言ってる暇は無いか」
ガラガラガラ
服についた土を落とし辺りを見渡すと、突然宿の戸が開いた。
「凄い音が聞こえたのじゃが、一体何の音……じゃ……?」
「うぇ……え?」
現れたのは……大人の女性だった。然程身長差があり俺より高い。着物を着ているが、そこから出ているふさふさとした耳と尻尾が動いている。そう、本とかで見たから分かる。俗に言う『妖狐』だ。
取り敢えず踵を返そう。そうしよう。
「す、すみません。迷ったみたいで……か、帰りますね」
ガシッ
「……いち」
「?」
突然手を掴まれた。恐る恐る振り返ると、
「政一ぃぃぃぃぃ!」
「ピェァァァァァ!?」
突然抱きしめられた。
と言うことがあって現在に至る。
「取り敢えず離せぇぇぇ!?」
「離さんぞ政一!妾を8年も待たせておって!」
「だから俺は政一じゃねぇよ!」
「何を言う!その目や身体、口調、そしてあの時共にした時間……紛れもない政一本人じゃ!」
祖父何やったんだ……取り敢えず弁解を……!
「俺は春乃屋 那谷!祖父の子の子!孫だ!」
「なっ……ま、孫じゃと!?なんて狐の妾を騙すなんて100年早いんじゃよ!」
「騙してねぇよ!事実だ!」
「では政一はどうしたんじゃ!?8年も待たせて……元気にしておるんじゃろうな!?」
「祖父は……」
「答えてくれぃ!」
ブンブンと揺らされる身体。途端、懐から祖父の古い本がコトッと音を立てて落ちる。
「これは……なっ!?」
すると妖狐はゆっくりと手を離し、落ちた祖父の古い本を手に取り読み始め、そして膝から崩れ落ちた。
「嘘じゃ……妾は認めんぞ……」
「5年前……俺の祖父は他界した。病だ……重い病に罹り、深夜に誰もいない縁側に座って息を引き取っていた……」
「そんな……じゃあお主はどうやって!?」
俺は妖狐が持っている本を指差す。
「この本の内容を少し読んでな……分からんから懐に仕舞っていたけど、あの池の変な感じはここの入り口だったのか?」
「……そうじゃ。その本を携えてお主が落ちた池に入ると此処に来れる。じゃが……政一はもう、此処には来れないんじゃな……っ」
そう言い俯く、聞かなくても分かりやすく悲しみが感じ取れた。
「……」
「政一は独りだった妾と共にこの宿を経営しておった。客を持て成しては良い店と言われて嬉しくなり、壊れた箇所は彼奴が直してくれた。掃除も妾より早く、そして綺麗になって終わったかと思ったら、残っている妾の方もやってくれた……妾にとって、政一は命の恩人であったんじゃ……」
ポロポロと涙を流しながら語る妖狐。こんな時、俺の祖父ならどうするんだろうな……。
「……」ポンポン
「慰めなど要らぬ……」
「いや、要るさ。お前の事については分からないけど……」
多分、祖父ならこう言うだろう。俺は祖父が言いそうな言葉……
政一はとても優しかった。初めて妾を見ても驚かず、逆に状況の飲み込んだみたいに接してくれた。
「なんだこの宿は!?客の配慮がなってねぇんじゃねぇのか!?あぁん!?……もういい、帰らせてもらう!2度と来るかこんな宿!」
ガラガラガラ……ガラガバァン!
「……」
客を怒らせてしまった妾は玄関で膝から崩れ落ちる。
ガラガラガラ……
「階段登ってたらなんか凄い文句言いつけてきた客いたんだけどなんか知って……どうした?」
「政一、妾は……妾は……」
「……今日は閉めようか。ほら手伝って」
臨時休業にした後、政一は一生懸命に妾の話を聞いた。責めず、罵らず、ただ横に座り妾の話を聞いておった。
「すまぬ、妾の所為で……」
俯く妾に政一は、無言で頭を撫で始めた。
「気にすんな。やってきた事を成し遂げたんだ。1人で考えずに……」
「『困った時は、躊躇わず俺に頼ってくれ』」
「……!?」
今……政一の姿が……。
「取り敢えず、祖父の役目は俺が受け継ぐよ」
「なっ、良いのか……?お主は政一の孫なのじゃろ?」
「祖父の役目は子が引き継ぐだろ?それと一緒だ」
「……」
「あぁもう鬱陶しい!祖父の役目は俺の役目と一緒だ!だからやらせてくれ!」
そう言うと那谷と言う孫は地に頭を付けた。
「よ、よせお主!そんな事せんでも……!」
「8年間ずっと祖父を待ってたんだろ!?だったら今度はこっちが待つ番だ!それに……お前が居なくなったら、誰がこの宿をやるんだ!」
「……」
「俺は……亡くなった祖父の後継として、この宿を再び経営出来る様にしたいんだ」
その言葉を聞いた妾は、もう我慢出来なかった。
「うぅ……政一ぃぃぃぃぃぃ!」
「泣くなよ。あと政一じゃねぇよ。これから一緒にやっていくんだろ?改めて、春乃屋政一の孫、春乃屋那谷だ。宜しく頼むよ」
「妾の名は……
「宜しく、狐々路」
こうして、俺と狐々路の経営復旧作業が幕を上げた。
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