目を刺す陽の色

浅瀬

一、



 波をかぶって力尽き、水面に沈みながら綾瀬は思った。

 海の底はいやだ。まっ暗いのはいやだ。

 最後の力を振り絞って顎をあげ、空を食い入るように見つめた。


 白っぽい球体の、遥か遠くの太陽が目にちかちかとしみる。


……ああ、すてき。すてきな絵が次は描ける。


 アイデアに行き詰まって車ごと海に突っ込んだというのに、綾瀬は太陽を目にした瞬間、あれだけ浮かばなかった絵の色彩も景色もくっきり鮮やかに思い描くことができた。


 水の中で指先が動く。

 沈みながら、その指先が、腕が、足が、力強く水を掻き、綾瀬は水面から勢いよく顔を出した。


「ぶはっっ……!」


 車から投げ出された自分のボストンバッグが浮いている。そこにつかまりながら、綾瀬はうめき声とも感嘆ともつかない声をもらした。


 束の間、天国にいたような気がする。

 束の間だけ、見たことのない太陽の姿を見た気がして、綾瀬は生きなくちゃ、と強く思った。


 波をかぶりながら、必死で呼吸をする。

 頭を上げて、再び太陽を見ようとした。



      おわり

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目を刺す陽の色 浅瀬 @umiwominiiku

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