異世界の法-2

 しばらくして魔法講座の続きが始まった。


「まず、ミズナと相性のいい魔法を判別しなくちゃな」

「相性のいい魔法、というと?」


 エモラの亡骸は、看板の端につなげられた縄で縛られ、ぷかぷかと海に浮いている。これもログの作った魔法具らしく、縛った物の鮮度を保たせるものらしい。


「魔法には、大きくわけて二つの種類がある。炎、雷、風の基本的なエネルギーを生み出す基本魔法と、その他の特殊魔法だ」

「基本魔法…って、さっきログさんがやってたやつですよね」


 そのエモラに風穴を空けた、あのえげつないやつのことだ。あれが基本魔法の内の雷魔法となるのだろう。あんな風に炎や雷、風を操るのが基本魔法の炎魔法、雷魔法、風魔法ということだ。なんだかゲームみたいだと水菜はのんきに考えた。


「じゃあ、その他の特殊魔法というのは?」

「まあ、その基本魔法以外の魔法って考えりゃいい。空間に作用する空間魔法だとか、物質を操る錬成魔法だとか」


 途端に出てきたなんだか難しそうな言葉にうろたえる水菜。別にそんな難しいことは言っていないのだが、言葉の雰囲気だけで難しく感じてしまうのが学生というものなのだ。


「空間に、れ、れんせ?」

「まあ、とりあえず特殊魔法は覚えなくて大丈夫だよ。基本魔法に比べて少し複雑だから、ミズナにはまだ難しいだろうしね」


 うろたえていた水菜を見かねてそういうログ。その言葉に水菜も「そ、そうですか」と胸を撫で下ろす。


「じゃあ基本魔法の、えっと、炎、雷、風でしたっけ、をまず覚えればいいんですね」

「そうだな。まずは、簡単な風魔法からにするか」


 そういうとアインはデッキの端の、少しごちゃごちゃしたところへ行き、「えーっと、なんかいいもんはないかないか」と漁っている。


 「これでいいか、ほい」とアインが手に取ったものを水菜に投げ渡した。慌てて受け止め見ると、それは赤と黄色のボーダーが入った浮きだった。


「風魔法はその名の通り風を生み出し操る魔法。その中で1番簡単な魔法は『風たてよ』という呪文で起こすウェンブという魔法だ。まずは、それでその浮きを浮かせてみな」

「え、えっと」


 浮きを手に持ってうろたえる水菜。急にやれと言わせても、魔法なんてどうやるか検討もつかない。


「大丈夫、魔法はイメージだ。手のひらの浮きに向けて風を吹かせるイメージを持って唱えればいい」

「は、はい」


 優しくかけられたログの言葉に、少し落ち着く水菜。


 (とりあえず、やるだけやってみよう)と、両手のひらに置かれた浮きを見つめる。


 イメージ。この浮きが、風で浮くイメージ。ふわふわと、とは違うか。小さな竜巻で舞い上がるイメージだ。


 真剣に、一生懸命に、イメージを持ち、唱える。


「…『風たてよ』、ウィンブ」


 唱えた瞬間。また蠢いた。


 全身の何か。いや、魔力が、脳を経由し手のひらへと。


 そしてそれは風となり、渦を巻き、手のひらの浮きを巻き込み、舞い上がる。


 ヒューヒューと音を発しながら、小さな竜巻は浮きを中心に水菜の手のひらで踊った。


「で、できた…」


 思わず、声が出た。


 ここまで色々と見ておいて、水菜は心のどこかで魔法の存在を疑っていた。あんなものを見ておいて、自分が魔法を使えるわけがないと、どこかで思っていたのだ。


 それも当然と言えよう。魔法なんて、現代の地球では「あるはずがないもの」とされてきたのだから。


 つまり、水菜は魔法とたったいまようやく理解したのだ、


 これが、魔法。


 胸の中の奥底から脳にまで感動が湧き上り溢れ、全身が高揚感に包まれていた。


「いきなり成功か。ミズナ、センスあるぜ」

「そ、そうですか?」

「うん。これなら、今日中にあとニ、三個くらいは教えられそうだ」


 直球に褒められ、少し照れる水菜。料理以外特にこれといった取り柄のない水菜は、思わずはにかむ。


 この世界の法を手にしたことにより、水菜の中にあった異世界に対する漠然とした不安が、また薄まっていくのを感じた。


####


 水菜がこの世界に来て、一週間ほどたった。


 あれからまたいくつか水菜は魔法を覚えていった。風を強く吹かせたり、風の弾を放ったり、物を吹き飛ばしたりと、水菜は魔法少女になった気分だった。まあ、実際その通りなのだが。


 また当然魔法を覚えるだけでなく、それを使いこなす練習も行った。


 釣った魔物に当てたり、空を飛んでた鳥(?)を落としたり、なかなか順調にできたと思われる。


 そんなことが三日ほど続き、そして今日、水菜は海に行かずサーラットの町の中にいた。


 この世界で水菜が知らない常識は、なにも魔法だけではない。このラメールという異世界は、水菜にとってはまさに右も左もわからない場所なのだ。


 そのため、アインは水菜にこの町をめぐり指示した物を手に入れてくるように言った。


 まあ、ようはお使いだ。


「よう、そこの嬢ちゃん! これ買ってかないかい? 新鮮なタイラントだよ!」「今朝獲ったばかりのメランがお買い得だよー!」「ねえ、これもうちょい負けてくれない?」「うわっ、この前買った薬、ここ千イドル安く売ってる! もう最悪ー!」


 町の中心にある商店街は相変わらずの活気である。何度か水菜も通っているが、ここの賑わいは飽きることを知らないらしい。


 人混みの中を歩きながら辺りを見渡す水菜。周りにいるのは姿形こそ地球の人間と大差ないものの、甲冑やらローブやら、大剣やら杖やら、ファンタジックな物を装備した輩や、赤とか青とか緑とか色とりどりの色合いの髪色だとか、そういった異常な常識が蔓延している。


 だがまあ、さすがに一週間もいれば慣れるものだ。硬貨の入った袋と目的の品が書かれた紙を手に、水菜は町を歩く。


「えっと、これは、ロコメコロの骨粉? って、なに?」


 メモには丁寧に品物の名前が書かれていたが、正直水菜にはなにがなんだか全くわからない。店の人や道行く人に聞きこみ、なんとか探し出す水菜。


「たしか、これが二十イドルで、こっちが五イドルだから、これを三つと……」


 本当に言葉が通じてよかったと改めて思う水菜。周りにある文字を見るに違う言語を使っているはずなのだが、なぜ言葉が通じ文字が読めるのかはいまだわかっていない。アイン達にも聞いてみたが、そもそも彼らは”言葉”という概念を知らない様子だった。文字も普段使っている物以外は見たこともないと言っていた。


 違うはずなのに通じる言葉、文字。なにがどういうわけでこうなっているのか考えようとしていたが、水菜の頭ではなにも思い浮かばなかった。


(不思議な世界だなぁ)とのんきにすませ、深く考えずに今は言葉が通じることに感謝することにした。


「さてと、あと一つ…っと、ここかな」


 数時間かけようやく残り一つとなったお使い。買ったものを入れた手さげ袋はかなり重くなっている。最後の一つだけは、品物の名前でなく店名だけ指示されていた。


 通りすがりの甲冑に聞いたその店に下げられた木製の看板には、例の文字で「シュリアの店」と書かれている。


 水菜は扉のないその入口から店に入る。中では甲冑やら剣やらが壁や棚に並んでいた。磨かれた鉄板が電灯の光を反射し、煌びやかな部屋となっている。


「いらっしゃい!」


 正面にあるカウンターに座っていた店員らしき青年がはつらつとした声で言った。かなり若く、水菜より少し年上程度だろうか。人のよさそうな笑顔で客を出迎えている。


「えっと、アインさんから頼まれてきたんですけど……」

「あーはいはい、ちょっと待ってね」


 そう言って店員は店の奥にひっこんだかと思うと、鉄の棒を抱えてすぐに戻ってきた。でんとカウンターに置かれたその鉄棒は、刃先が鋭利に研がれており、小さく返しもついていた。


「これは、」

「銛だよ。アインに調整を頼まれてたんだ」

「……」


 少しばかり言葉が詰まる水菜。

 というのも、そのサイズがかなり大きく、軽く水菜の背丈を越える大きさだ。大体二メートルぐらいだろうか。その大きさに加え鉄でできているため、重量はかなりのものだろう。息をのみながらも試しに水菜がカウンターから持ち上げようとするが、足腰と腕に力をいれ顔を女の子がしちゃいけない表情に歪めてようやく持てるほどだ。


 ゴンとカウンターに置き捨て、荒くなった息を整えてる水菜。


「……これ、私が持っていくんですか?」

「まあ、無理だよね。いいよ、僕が一緒に持ってく」


 苦笑いしながらそういう店員。


「え、いや悪いですよ、そんなの」

「大丈夫、僕もアインに用事があったし」


 少し申し訳ないと思ったが、だったらこれを一人で持っていけるのかと言われるとまあ無理なので、おとなしくその好意に甘えることにした。


 店を一時閉店させた店員と共に、アインの下へ向かう。店員は名をシュリア・タスパーというらしい。あの武器屋の店主で、アインとは旧知の仲だとのことだ。


「あの店は元々爺ちゃんがやってたものなんだ」


 二人は軽い会話を交わしながらアインの家へと向かっていた。


 町は相変わらず賑やかで異常だった。なにせ、二メートルある銛を担いでいるのになんの違和感もないのだから。


「でも、数年前に魔人に殺されちゃってね。それで僕が引き継いだんだ」

「魔人……?」

「それより、ミズナはアインとはどういう間柄なんだい? 見たところこの国の人じゃあなさそうだけど」


 聞き覚えのない単語に引っかかった水菜だが、その質問に少し戸惑ってしまう。


 この町に住むかぎりこの手の質問は避けられないだろうが、この場合、正直に話してしまってもいいのだろうか。「異世界から来ました!」なんて素っ頓狂なことを言ってもいいのだろうか。まあ、この世界の存在自体、素っ頓狂の塊みたいなものだから今更な気はするが。


「えっと、ちょっと海で漂流してるときに助けてもらって」

「漂流……漂流!? それちょっとじゃなくない!? なんだってそんなことに」

「まあ、ちょっといろいろありまして……」


 しどろもどろに答える水菜に、何か察してくれたのか、シュリアは「そうか、大変だったね」と大変温かい目をしてくれた。


「この町はいいところだよ。ゆっくりしてくといいさ」


 朗らかに笑いながらそういうシュリアは、きっといい人なのだろうと水菜は感じた。言葉が通じたのもそうだが、それよりも、アインに拾われ、この町に来れたことは本当に幸運だったのだろう。


 と、そんな時だ。騒がしい賑やかな声の中に、突然怒鳴り声が響いた。


 声がした方を向くと、そこには二組の人々が互いに向かい合っていた。片方は先ほど水菜に道を教えてくれた果物(らしきものを売っていた)店の店主だ。そしてもう片方は、なにやら大げさな服装を身にまとった三人組だった。店の前で互いに向かいあい、なにやら言い争っている様子だ。剣呑な空気がここまで届いている。


「ふざけんじゃねえ! そんなことで店を潰されてたまるか!!」


 店主のほうは額に青筋を立て、ものすごい剣幕で三人組の、中心にいる人物に食って掛かっている。 


「そんなこと? 充分な理由だろう」


 ごちゃごちゃと派手な装飾がなされた、赤を基調とした軍服のような服に、紅蓮色の髪をしたその男は、店主の剣幕に意にも返さず嘲笑っている。


 がやがやと注目の目が集まり、彼らを囲った。ひそひそと聞こえてきた声は、「またサーラット家のドラ息子が騒いでるのか」なんてことを言っていた。


「シュリアさん、あれ人は……」

「ルーザス!」


 と、なにが起こっているのか水菜が聞こうするが、それよりも早くシュリアがそう叫び、その男に近寄って行った。


 ルーザスと呼ばれた男はその声に反応し、シュリアの存在に気が付いたようだ。シュリアを見ると、その顔に下卑た笑いを浮かべた。後ろに控えている二人も、同じように嫌な顔をしていた。


「なんだ、シュリアじゃないか。相変わらず鉄くずとおねんねしてるのか?」

「どうだっていいだろう。それより、なにをやっているんだ」

「なにって、見てわからんのか? この薄汚い店をいまから僕が自らの手で潰してやるんだよ」


 尊大な態度で、さもそれが当然のことのようにルーザスは言った。それに、果物屋の店主の怒りがさらに増した。


「だから! なんでオレの店が潰されなきゃならんのだ!」

「ダリルさん落ち着いて! ルーザス、なんでダリルさんの店を潰すんだよ」


 荒れる店主をなだめながら、シュリアはルーザスを問い詰める。


 平気な顔でその様子を見ていたルーザスは肩をすくめ、ため息をついた。


「決まっている。僕の町にこんな古臭くて小汚い店はあわないからだよ」

「そ、そんな理由で…」

「文句あるのか? 僕はこの町の領主トルタ・サーラットの息子ルーザス様だぞ。逆らうのならさっさと旅路の支度をするんだな」


 それを言うと、シュリアも店主も押し黙ってしまう。


 領主。つまり、この町を納める者だ。この世界においての領主がどこまで権力があるものなのか水菜は知らないが、この様子だとかなりのものなのだろう。


「それでいい、この僕の華麗で絶大な魔法を見てるがいいさ」


 なにも言えなくなった二人を見下し嘲笑いながらルーザスは店へと顔を向け、その手のひらをかざした。


「まて、本気かルーザス!」


 シュリアが止めようとするも、控えていた二人がそれを阻む。


 他に止めようとする者も現れず、ルーザスは勝ち誇った笑みと共に詠唱する。


「獣火よ––––」


 それよりも早く。


「『から穿て』、ショットネア!!」


 その詠唱と共に、ルーザスの顔面に空気の塊が直撃する。熟練の者が放てば風穴を開けられる魔法だが、未熟なそれはバレーボール程度の威力しかない。


 だが突然来た横からの衝撃に対応できるわけもなく、ルーザスは激しく飛び、地面に倒れ込む。


 みなの注目が集まる中、魔法を放った張本人、水菜は魔法を放った手を下ろした。その顔にはありありと怒りの様子が見られる。


「さっきから黙って聞いてりゃいい加減なこと言って! あったまきた!」


 シュリアや店主が呆然と見るなか、水菜は激怒して言い放った。


 倒れたルーザスは顔を抑えながらも、なんとか上半身を起こした。


 「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってきた二人組の手を払い除け、水菜を睨みつけた。


「お前、僕が誰だかわかってるのか!」

「知らないわよあんたなんて。私、あんた見たいなやつが一番嫌いなの!」


 激昂して喚くルーザスに、水菜は軽く言いつける。


 その態度がさらにルーザスの怒りに触れたのだろう。


「ふざけやがって…貴様、魔法使いか…」


 ルーザスは立ち上がり、怒りに任せて懐からナイフを引き抜き、それを投げ放った。


 ナイフを見た瞬間、水菜の身体が一瞬こわばったが、そのナイフは水菜よりもかなり下に行き、水菜の足元に突き刺さる。


「ならばそのナイフを引き抜け、決闘だ! 僕の魔法でぶち殺してやる!!」


 ルーザスの言っている意味がわからなかったが、水菜も水菜で頭に血が昇っている。


 売り言葉に買い言葉。突き刺さったナイフを引き抜き、目の前の野郎に向かって言い放つ。


「上等じゃない。叩き潰してやるわ!」

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魔物を釣るなら異世界で フジ @fuji10303

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