深い海の中へ

緑のキツネ

第1話

「皆さんは山と海どちらが好きですか?」


先生がそう言い、

前にいた悠人が話しかけてくる。


「俺はやっぱり海かな。海って最高だよね。

やっぱり夏といえば海だよね。泳ぐのが気持ちいいし。お前はどっち?」


僕に話題を振ってきた。


「僕は海は好きじゃないなー」


「なんで?」


「何となく」


僕はいつからか知らないが、海は嫌いだ。

そもそも、泳げないし。

浮き輪なしで海に入ればすぐに溺れるだろう。

泳げない僕が海に行って

何をしろって言うんだ。

行ったところで僕は貝を集めて砂山を作るぐらいだ。何が楽しいんだろう。


「じゃあ明後日海行こうよ」


突然の誘いにびっくりした。


「何をするの?」


「泳げなくてもビーチバレーとか、

洞窟とかもあるから冒険に行こうぜ」


「まあ、暇だから良いけど」


楽しみだけど不安な気持ちもある。


「ちなみに先生は海が好きです。

小さい頃、豪雨が来て私は海に溺れかけたの。その時に海の中から助けてくれた人と出会ってからずっと……。でも大切なキーホルダーは海の底に落ちたけどね。」


「そのキーホルダーは何で大切だったんですか?」


隣の席の人が先生に聞いた。


「その日、私は1人の男の子からオレンジ色のイルカのキーホルダーをもらったの。その男の子も同じだけど色が水色のキーホルダーを持っていたの。その人が私の旦那さんだったの。もう病気で死んだけど……」


先生のカバンには水色のイルカのキーホルダーがあった。先生を助けた人はきっと泳ぐのが上手かったんだろうなあ。


『私は泳ぐの得意だよ』


脳裏に蘇ったのはお姉ちゃんの言葉だった。

そういえばお姉ちゃんも泳ぐのが上手かったなあ。何で僕はその遺伝を引き継がなかったんだろう……。授業が終わり、明後日の予定を立てた。9時に僕の家の前に集合して、

お母さんの車で行くことになった。悠人とは家も歩いて5分ぐらいのところにあるから、昔からよく遊んでいた。お母さん同士も仲が良く、僕たちがどこかに行くとなると、協力してくれる。きっと今回も許可してくれるだろう。

学校が終わり、帰ろうとした時、お姉ちゃんがやってきた。


「おお。大洋、

今日のテストはどうだった?」


お姉ちゃんはいつも数学や

国語を教えてくれる。

昨日も数学の二次関数を教えてもらった。

そして、今日テストがあった。

結果は10問中3問しか合っていなかった。


「ごめん。3問しか解けなかった」


「何やってるんだよ。

今日も教えてあげるよ」


「ありがとう」


「大洋、一緒に帰ろう」


「うん」


いろんなことを話した。

友だちの話や、恋バナ、悠人の話も。

通り過ぎてゆく人々は

僕たちを不思議そうに見ていた。


「明後日、僕、海に行くんだ。お姉ちゃんは海好き?」


突然、沈黙が走った。

そして、お姉ちゃんは頭を抱えた。


「お姉ちゃん?大丈夫?」


「う、うん。大丈夫だよ。何の話だっけ?」


「海が好きかどうかだけど……」


「海は嫌いかな」


「何で?泳ぐのが好きなんじゃないの?」


「泳ぐのは好きだけどプールの方が良いなあ」


確かにプールは深さも海より浅いから泳ぎやすい。僕もどちらかと言うとプールの方が好きだ。やっぱり僕達は兄弟なんだ。

そんな会話をしているとあっという間に家に着いた。空が暗くなり、僕は自分の机に座って

勉強道具を出した。僕の机にはお姉ちゃんと

行った海の写真があった。何でこれが置いてあるのか?いつ撮ったのか?いつ海に行ったのか?記憶には無かった。


「入るよ」


お姉ちゃんが部屋に入ってきて僕に

勉強を教えてくれた。

時計の針が11時を指し、寝ることにした。


「お姉ちゃん。おやすみ」


「おやすみ」



次の日、


「起きろよ。起きろよ」


その声で目が覚めた。


「おはよう。お姉ちゃん」


「海行くんだろ?」


「あっ!?そうだった!?」


急いで起き上がり、

服を着替えてパンを食べた。

ピンポン

インターホンが鳴り、悠人がやってきた。


「行くぞー」


「ちょっと待って」


「お姉ちゃん。行ってくるね」


「いってらっしゃい」


悠人のお母さんの車に乗り込み、海に向かった。サザンのTSUNAMIが流れ始めた。

最後のサビに入る瞬間、

エンジンが止まり、海に着いた。


「わあーー。懐かしい」


僕からしたら海は久しぶりだった。


「まず何する?」


「海入ろうぜ」


悠人は一直線に海に向かった。

僕も負けじと浮き輪を持って海に向かった。

浮き輪を開発した人に会いたいぐらい

感謝している。浮き輪が無ければ、遊ぶことも出来なかった。相変わらず、悠人の泳ぎはすごかった。クロールやバタフライ、背泳ぎ、何でもできていた。


「すげーな」


30分ぐらい経っただろうか。

悠人が急に陸に上がり、


「あそこに行こうぜ」


と指を刺した。

その指の先には洞窟があった。

僕は恐る恐る着いて行った。

いざ、洞窟に入ると

真っ暗で先が見えなかった。

懐中電灯をつけて2人で肩を寄せ合いながら

歩いて行った。


「悠人は来たことあるの?」


「あるけど途中までしかないよ」


「何で途中までなの?」


「ここには幽霊がいるらしいよ」


「ゆ、ゆ、幽霊!?」


「冗談だよ」


悠人は笑っていた。

何でこんな状況で笑えるのか不思議だった。

僕は昔から幽霊が嫌いだった。

修学旅行でみんなが

お化け屋敷に行こうと言ったが、

僕だけ残っていた。

それぐらい幽霊は怖い。


「か、か、帰ろう」


声が震え始めたが、悠人は


「まだいけるよ。

幽霊なんているはずないだろ」


歩き始めて10分が経った。

どんどん道は細くなっていった。


『こっちにきて』


どこからか声が聞こえた。


「悠人、何か言った?」


「いや、何も言ってないけど」


「早くこっちにきて」


「また聞こえたけど」


「何も聞こえないけど」


何で僕にだけ聞こえるんだよ。

悠人には聞こえてないのか。

僕は霊感がつよいのかもしれない。


「う、う、後ろに………。うわーー」


悠人が入り口の方に逃げていくのが

僅かに見えた。


「え、何なの?」


ふと、後ろを振り向くと

マスクとサングラスをしている

女の人が立っていた。


「誰?」


「私は真理。

この海の守り神なの。君の名前は?」


よく見ると僕より少し年上で

可愛らしい顔をしていた。


「僕は大洋です。よろしくお願いします」


「大洋、よろしく」


「真里さんは、何でここにいるんですか?」


「いつの間にかここにいたの」


それから、

真里さんと色んな話をして盛り上がり、

次第に真里さんのことを

もっと知りたいと思うようになった。

なんだか真里さんとは息が合う気がした。

腕時計を見るともう午後4時だった。


「じゃあ帰るね」


「待って。これ、友達の印」


真里はイルカのキーホルダーをくれた。


「お揃いだよ」


真里はオレンジ色のイルカのキーホルダーを持っいて僕には水色のイルカのキーホルダーをくれた。どこかで見たことがあるような……。


「ありがとう」


「明日も来てね」


「分かった」


家に帰って

今日起きたことをお姉ちゃんに話すと、


「楽しそうだね。私も会いに行こうかな」


と言った。

それからは学校帰りに寄っては真里と話した。

悠人も不思議そうに僕のことをみていた。

1週間が経ったある日、

真里は突然変なことを

言い出した。


「明日、ここに地震が起きて津波が来ます。

今すぐ逃げたほうがいいよ」


明日、地震が起きて津波が起こる。

そんなはずがない。そもそも、

そう言う予言は

当たった試しがない。

よく当たったとか言ってるけどそれはどうせ

後付けだ。本当は予言など無い。

僕はもちろん信じなかった。


「津波なんか起きるはずがないじゃん」


「なら、良いけど。もし起きたら、

この洞窟に逃げてね」


「う、うん」


そして次の日、予言は現実に起こった。

朝の8時、ちょうど登校している時だった。

突然、大地震が起こった。

Twitterで調べると震度は5弱だと分かった。

大丈夫。これを耐え切れば。

ふと、海を見ると波の高さが

尋常じゃないぐらいに上がっていた。


『もし起きたら、この洞窟に逃げてね』


そうだ。あの洞窟に行こう。

僕が海の方に走り出した瞬間、

海は一気に僕の方にやってきた。

まるで猫が獲物を捕らえるように。


「間に合わない。ダメだ」


僕は海に飲み込まれてしまった。

う、だめだ。

だんだん、目が閉じて行った。





「大丈夫?大丈夫?」


気がつくと真里がいた。


「ここは?」


「洞窟の中だよ」


「何で、真里がいるの?」


「私が大洋をなんとか助けたの。

少しは感謝しなさいよ」


「ありがとう」


『こっちにきて。早くこっちにきて』


あの時と同じ言葉が洞窟中に響いた。

誰かの声が聞こえる。


「真里、何か言った?」


「言ってないけど」


僕は声のする方に向かった。


「ちょっとどこ行くの?」


「声のする方へ」


洞窟の奥へと進んで行った。

誰なんだろう?かすかに聞いたことがある声だった。


『わたしだよ。早く来て』


この声で確信した。お姉ちゃんの声だ。

僕は走り出した。どこにいるの?生きてるの?

津波に飲み込まれなかったの?

ねえ、お願い出てきてよ。

しかし、現れる気配は無かった。


ポツン


頭の上に水が落ちてきた。

それは次第に多くなり、身体中が濡れた。

ふと、我に帰って上を見上げると、

洞窟に穴が空いていた。そこから虹が見えた。

虹、海、地震?あの日の事をふと、思い出した。そういえば、あの日も確か虹が出ていたなあ。





あれは去年の話だった。


「お姉ちゃん。海行こうよ」


「じゃあ家族で行こうか」


僕は海に行ったことが無かったため、

楽しみだった。海に着くと、早速僕は浮き輪を持って海に行った。いつのまにか溺れていた。

それをお姉ちゃんは助けてくれた。

そして、お姉ちゃんは砂場に戻った。

空は快晴。太陽が照り輝く中、

海は気持ちよかった。


「お姉ちゃんもおいでよ」


お姉ちゃんは砂浜で

サングラスをかけて寝ていた。

僕は砂浜に行き、

お姉ちゃんを起こしに行った。


「あそぼうよ」


「もう少しだけ。寝させてよ」


「せっかくの海なんだよ」


「分かったよ」


お姉ちゃんは海に向かった。

その時だった。突然、雨が降り始めた。

あの快晴が嘘のようにゲリラ豪雨に遭った。

僕とお姉ちゃんは急いで海の家に逃げた。

突然、睡魔が襲ってきたため、

僕は寝ていた。目が覚めるとお姉ちゃんは

隣にはいなかった。


「お姉ちゃん?どこにいるの?」


僕は海に探しに行ったが、

どこにもいなかった。

洞窟も探してみたが、いなかった。

頭の上に水が落ちてきて空を見上げると

穴が空いていて、虹が出ていた。





ここまでは記憶に残っているが、

そのあとどうなったかは覚えていない。

でも、サングラスをつけたお姉ちゃんは真里にそっくりだった。

先に進んで行くと、


『こっちにきて』


どんどん声が大きくなってくる。

次第に道は大きくなり、

一気に景色が広がった。

そこにはマスクとサングラスを

外した真里がいた。


「え……」


僕は言葉が出なかった。

マスクを外した真理はお姉ちゃんと

同じ顔だった。


「何でここに真里がいるの?」


「瞬間移動してきたの」


「どう言うこと?

何でお姉ちゃんと同じ顔なの?」


意味がわからない。

何でここにお姉ちゃんがいるのか。

どう言うことなの?


「大洋、現実を認めるんだ。

私はもう死んでいる。

お前が今まで見てきたお姉ちゃんは妄想だ」


「えっ!?」


「どう言うことだよ!」


お姉ちゃんはあの日何があったかを語ってくれた。僕の記憶の続きを。







ゲリラ豪雨が来て、僕が寝ている頃、

突然子供の声が聞こえた。


『たすけてーー』


私は急いで外に出た。

雨は強くなっていき、波の高さもある中、

1人の少女が溺れていた。

きっと遠くまで泳いで行ってたのだろう。

私は急いで海に潜り、助けに行った。


『大丈夫?』


少女の元に辿り着き、おんぶしながら歩いて行った。


『水色のイルカのキーホルダー』


少女が突然、言い出した。


『どうしたの?』


『さっに男の子からもらったの。

水色のイルカのキーホルダー。

ポッケトに入れてたら落としちゃった』


私は少女を砂浜に連れて行って

もう一度海に向かった。

私にも好きな人がいるからわかる。

好きな人からもらったものって何があっても

大切にするんだよね。

その時だった。

今までで1番でかい波が押し寄せてきた。


『もう無理だ』


急いで逃げようとしたが、

追いつかれてしまい、

深い海の中へと入っていった。

気がつくと洞窟の中にいた。

そして、誰かの足音がした。

咄嗟にポケットにあったマスクとサングラスをつけて


『こっちにきて』


そう言った。でも、私はその時、自分の体を見て気づいたの。もう私は死んでるって……。

その後すぐに大洋が来たのに気づいた。

でもバレたら私のことを思い出して悲しむと

思ったから咄嗟に真里と名乗った。








真里はオレンジ色のイルカのキーホルダーを僕に渡した。


「あの少女に届けてあげてほしい」


誰かが落としたものだったのか。

誰か分からないけど探せば見つかるだろう。


「分かった」


僕が洞窟を出ようとした時、


「待って。もう、ここには帰ってこないでね」


「何で?」


「もう私は天国に行かないといけないから」


その瞬間、お姉ちゃんの体が水になって

一粒ずつ地面に落ちて行った。


「ありがとう。バイバイ」


一瞬でお姉ちゃんは消えてしまった。

外に出ると、街は跡形も無く消えていた。

きっと津波で飲み込まれたのだろう。

悠人は大丈夫かな?みんな生きてるかな?

僕は急いで学校の体育館へと向かった。

体育館に着くと、


「大洋ー。生きてたか?」


みんなが僕の元に来てくれた。


「死んだかとおもったよ」


「良かったよ」


そう言ってくれた。


「ごめん」


「何で謝るの?生きてるだけで嬉しいよ」


それだけ残して僕は体育館を後にした。

お姉ちゃんがくれたキーホルダーの

持ち主を探さなきゃ。

何も当てがない以上、見つかるはずがない。

そう諦めていた時だった。


『その日、私は1人の男の子からオレンジ色のイルカのキーホルダーをもらったの』


先生の言葉が脳裏に蘇る。

僕は急いで学校に向かった。

学校は夏休みでも開いていた。


「先生、これ知ってますか?」


「何でこれを?」


「お姉ちゃんが拾ったらしいです」


「どこに落ちてたの?」


「深い海の中に」


「お姉ちゃんに感謝を言いたいわ」


「それは出来ません」


「何で?」


僕は黙り込んでしまった。

死んだとは言いづらいし……。


「遠くの島に引っ越しました」


「またいつか会いたいわ」


「会えると良いですね……」


「ありがとう」


「こちらこそ、

今までありがとうございました」


僕が体育館を出ると、水が地面に落ちた。

空を見上げるとあの日のように快晴だった。

何で水が?それは涙だった。

先生も会いたいと言っていたが、

自分が1番に会いたかった。

今まで家の中にいたお姉ちゃんも

海に行くのを見送ってくれたのも全部

僕の妄想だったんだ。

お姉ちゃんがいればよかったのに。

お姉ちゃんに会いたい。

それが現実になってしまった。

そんな僕の前に

死んだお姉ちゃんは真里として

現れてくれた。でも、もういない。

真理やお姉ちゃんとの楽しい日々が蘇る。

お姉ちゃん、会いたいよ。

もう一度会いたいよ。お母さん、ごめんね。

僕は海に走って行った。

今から会いに行くよ。

海に着くと、僕は浮き輪を持たずに、走り出した。どこまでも深い海の中へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深い海の中へ 緑のキツネ @midori-myfriend

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ