予防線を切る

小魚

予防線を切る

輪廻転生にかかる期間は平均的に4年と5ヶ月らしい。

それから、日本の人口はおよそ1263億人で、その中で運命の人に出逢える確率は、0.00034パーセントなんだそうだ。

なんて、根拠も確証も信頼性も欠けた、たかがネットに揺蕩っていた情報だが。

しかし、4年と5ヶ月かけて輪廻転生を成し得たとしても、前世での運命の人に出逢える確率はとてつもなく低いと言うことだ。


「莉奈ちゃん、今日も来たの?」


「はい、先輩は平気なんですか?」


「今日はね、調子がいいんだ」


病室のベッドに横になって、外を眺めていた彼。

深月悠。

少し体を起こして手招きをされ、そんな彼に引き寄せられようにベッドの横にある椅子に腰掛けた。


「これ」


「あ、渚先生の新刊

持ってきてくれたの?」


「読むかな、って思ったので」


通学鞄から1冊の本を取り出して差し出す。

嬉しいと喜んでいる彼を見て思わず頬が緩んだ。

ありがとう、なんて花でも飛んでいるのかと思うほどの笑顔で言われれば、照れてしまう。

別に。なんて可愛くない返事をしてしまった。


「そんなことより、そろそろ出席日数やばいんじゃないですか?」


「また留年はキツイなぁ」


「今年留年したら、私と同じ学年ですね

同級生になっちゃう」


「それは困るから、明日はちゃんと学校に行かなきゃね」


困ったように頬を搔いた悠。

初対面の時より肉がついた腕に刺さる点滴の針を眺めた。

酷く痛々しく感じるのに、きっと当の本人には何も感じていない。

いつもの事なのだろう。


「これ、大袈裟だよね

俺、死なないのに」


「そんなこと、言わないでください」


「ごめんごめん」


「そろそろ帰ります

明日の朝、生徒会室で待ってるので」


鞄を持って立ち上がり、悠の顔も見ずに歩き出した。

声が聞こえた気がしたが、振り返る気にもなれなかった。

自分のことでは無いのに、何故だか胸が苦しくなった。


病院の自動ドアが左右にずれて、生暖かい風が横切った。

そう言えば今日は、いつもより気温が高い。

自転車に鍵を刺して、カゴに鞄を入れる。

漕ぎ始めれば、少しマシになった風が顎下の髪に当たった。


彼、深月悠は簡単に言ってしまえば不死なのだ。

不死と言っても、ある程度老いはするが死にはしない。その癖して体が弱く、入退院を繰り返していた。

その他にも傷が治るのが人より早かったりと、特異な部分がある。

そんな彼に去年の春出会ってから、縁をずるずると引きずって、気がつけば好きになっていた。


がちゃんと自転車にロックを掛けて、家に帰る。


「ただいま」


「あぁ、莉奈おかえり

今日もお見舞い?」


「そんなんじゃないよ」


母の言葉に軽く返して、自分の部屋にこもった。

何もしたくなくて、何も考えたくなくて。

なにも理由なんてないのに。

ただ漠然とそう思った。

充電器を携帯に挿して、音楽アプリを起動する。

プレイリストに入っているのは悠の好きなバンドの曲。

1番上の曲を再生して、ベッドに潜った。

バンドのことなんて1ミリも分からないが、このボーカルの人の声が、とても心地いいことだけ、それだけが分かった。


じっとりと体に纒わり付く湿気の気持ち悪さで目を覚ます。

携帯で時間を見れば5時過ぎで、外はぼんやりと明るかった。

気がつけば音楽は止まっていて、無意識のうちに止めていたのだろう。

1つ欠伸をこぼして、ベッドから降りた。

シャワーも夕飯も、なにもかもを放棄して寝てしまった。

その上、制服のままだ。

ため息と欠伸が混ざった息が漏れて、立ち上がった。

シャワーを浴びるために脱衣場に向かう。

部屋を出れば、少し肌寒い廊下に身震いした。


「さむ、」


裸足で廊下を歩けば、ぺたぺたと足跡がつく。

部屋の気温と廊下の気温で風邪をひきそうだ。

汗のせいで体感温度が少しばかり下がっていそうな気もする。

5時台の家は、酷く静かだった。

誰の寝息も聞こえない。

ただ、時計が秒針を動かしているだけ。

それほどに静まり返っていた。


シャワーを浴び、髪を乾かして制服を着直せば、6時を少し過ぎていた。

ぺたぺたと聞こえてきた足音。

振り返ればまだ眠そうに目を擦っている晴也がいた。


「おはよう、はる」


「お姉ちゃん、おはよう」


晴也は4つ年の離れた弟。

寝ぼけた頭で、抱きついてきた晴也の頭にドライヤーを当ててやる。

熱いと文句を言って、リビングへと行ってしまった。

髪を乾かし終わり、コンタクトを入れる。

大方の朝の準備を終えればリビングに向かった。


「お姉ちゃん、お腹空いた」


「パンでいい?」


「やだ」


ワガママ言うなと食パンを2枚トーストする。

昨日の夕飯の残りであろう味噌汁を温め直して、ひと段落。

火を止めて、晴也の隣に座った。


「何見てんの」


「天気予報

今日は寒いって」


「やだなぁ」


「俺だってやだよ」


チンとオーブンの音がなり、晴也の足を叩く。

取ってこいと顎で指せば、ため息をつきながら立ち上がった。


「はる、コーヒー飲む?」


「やだよ、苦いもん」


朝ごはんの準備を後は全て晴也に任せ、テレビを眺める。

今日も電車は通常運行らしい。


「ねぇ、お姉ちゃん

目玉焼きは?」


「食べたいなら自分で作って」


今日の朝食は、味噌汁とトーストの食パン。

晴也は文句を言いながら目玉焼きを作っていた。

トーストにマーガリンを塗って食べる。

テレビでは丁度星座占いがやっていた。


「ねぇ!乙女座何位!」


「8位」


「うわ、めっちゃ微妙じゃん」


「前方注意、前見て歩け

だって」


いつもは気にしないような星座占いを味噌汁をすすりながら眺める。

牡羊座は4位。

気になる相手からのアクションがあるかも。なんて無責任な文字の羅列を見てため息をついた。


「じゃあ、行ってきます」


「ん、行ってらっしゃい」


晴也を送り出して、自分もそろそろ行こうかと弁当を詰める。

ほとんど冷凍食品の中身を見て、少し苦笑いが漏れた。

弁当と水筒を鞄に詰め、時計を見る。

いつもより少しだけ早い時間。

まぁいいかと、鞄を持った。


「あれ、もう行くの?莉奈」


「あ、お母さんおはよ

行ってくる」


「そう、行ってらっしゃい

気をつけて行くのよ」


「はいはい」


自転車の鍵をさして、鞄をカゴに入れる。

携帯にイヤホンを挿して、曲を再生した。

プレイリストは悠のもの。


現実味のないラブソングを右から左に聞き流しながら、学校へ向かう。

愛してるだとか、好きだとか。

伝えられたら楽な言葉が歌ではスラスラと音に乗せて重みもなく伝えられるのだから凄い。

学校の駐輪場に自転車を停め、昇降口で靴を履き替える。

校舎内に、朝練をしているのであろう運動部の声がグラウンドの方から聞こえてきた。

教室には向かわず、そのまま生徒会室に向かう。

今日は、来るだろうか。


校内も徐々に賑やかになり、本から目を離して時計を見る。

予鈴の10分前。

今日も、彼は欠席か。

そう思いながら、本に栞を挟み鞄にしまった。


「おはよう、莉奈ちゃん

今日は約束通りちゃんと来たよ」


「先輩」


押してください、なんて差し出されたスタンプカード。

登校できた日が分かりやすいようにと始めた、ラジオ体操のスタンプカードみたいなものだ。

机の引き出しからスタンプを取り出し、ウサギのOKスタンプを押した。


「見て、半分」


「ほんとだ

今月は、意外と来れたんですね」


「そうなんだよ

ねぇ莉奈ちゃん、明日暇?」


どうやら、あの星座占いは当たるようだ。



気がつけば日付が変わり、約束の日。

言われたのは待ち合わせ時間と場所だけ。

どこに行くかは教えてくれなかった。

待ち合わせ時間の8:30。

指定されたのは桜木駅で、悠がお世話になってきる病院の近くの駅だった。

駅のシンボルである大きな桜の幹の下で悠を待った。


「ごめん、待った?」


「いや、今来たところなので」


「そっか、良かった

じゃあ行こうか」


どこに、とは聞けなかった。

言われたままに悠と電車に乗り、乗り継ぎをして気がつけば県をまたいで少し遠くまで来ていた。


「そろそろだよ」


こそっと楽しそうに話す彼に、思わず心臓が鳴って、ラブソングの詩が頭をよぎった。

電車を降りて、2人並んで少し歩く。

悠は、終始ご機嫌そうだった。


「今日は、体調いいんですね」


「ありがたいことに、発作もでてないよ

すこぶる快調!」


「それは良かったです」


「まぁ、発作が出ても死ぬわけじゃないし、平気なんだけどね」


暫く歩き潮の香りがしてきて、こっちだと手招きをされて階段を登れば、目の前に真っ青な海が広がっていた。

砂浜を靴で歩いて、海に近づく。


「海だ…」


「渚先生の本読んでてさ、無性に海に行きたくなったんだ」


「海、関係ある話でしたっけ?」


「いいや、全く」


そうキッパリ言う彼の横顔が、何故か酷く脆く見えた。

2人して人気のない砂浜で潮の満ち干きを眺める。

9月も半ばになれば海の家なんてやっていない。

海に来る人も少なかった。


「入れないかな」


「クラゲいますよ

刺されたいなら、どうぞ」


「クラゲは痛いからなぁ」


ぼんやりと歩いて、堤防に2人で腰かける。

静かだった。


「クラゲって、海の月って書くじゃん

かっこいいよな」


「先輩はクラゲになりたいんですか?」


「うーん、俺、クラゲになるなら不死鳥の方がいいな」


不死鳥とは、かの伝説の鳥で間違いないだろうか。

フェニックスと呼ばれる、火を纏った伝承の鳥。


「どうせ死ねないなら、鳥になって世界をみてみたい」


それに、かっこいいじゃん。なんて真っ直ぐ前を向いて笑うのだから、彼には何が見えているのか気になってしまった。

真似をするように、真っ直ぐ前を見るが、ただ広い地平線が広がっているだけだった。


「先輩は、死にたいんですか」


「うーん、ないものねだりかな

ほら、よく言うでしょ

人間、手に入らないものこそ手に入れたがる、って」


この人はよく分からない。

彼は死にたがりなのか、それとも本人の言うように無い物ねだりなのか。

その癖、俺は死ねないから、死なないからと変な予防線を張って、それ以上先には誰も立ち入らせないように自らを防護するのだ。

まるで、立ち入り禁止の黄色いテープを何重にも張り巡らせ、誰も受け付けないとでも言うように。

そのテープを、切ってしまえたらどんなに楽だろうか。

何重にも厳重に張り巡らされたテープを全て切って、少しでも近づきたい。

なんて、出来るはずないのだが。


「先輩は、寂しいですか」


「ん〜、今は莉奈ちゃんがいるから寂しくないかな」


「私、先輩の血を飲みたい

そしたら、私も不死に」


そこまで言って、ハッとする。

何を言っているのだろうか。

軽い笑い声が聞こえて、隣を見れば愉快そうに笑っている彼が目に入った。


「俺の血飲んでも不死にはならないよ

ただの迷信だって

ホントだったら、今頃死なない蚊が沢山いるよ」


なんでそれに例えたと言いたいが分かりやすかったので何も言わないでおこう。

確かに、なんて納得してしまい、またそれに浅くツボっている悠。

笑いすぎだと軽く足を蹴ってやった。


「先輩は、彼女いるんですか?」


「今は、いないかな」


今は。

なんて引っかかる言葉。

問いかけたくて、問いかけるのが怖くて。

そうですかと俯いてしまった。


「莉奈ちゃんは居ないの?

彼氏、とか」


「いたら、先輩のとこなんか来てないです」


「まぁそうか」


沈黙が苦しかった。

会話の切り口が見つからず、堤防にぶつかる波の白い泡を眺めていた。


「彼女は、いたことあるんですか?」


「まぁ、それなりにはね」


そう言って、また沈黙。

それなりには、なんて曖昧な返事に少しだけもやっとして、それを伝える術は持ち合わせていなかった。


「まぁ俺は成人してて、いい大人って言われる年齢なわけだし、現役の時はいたよ

同い年の子でね」


「先輩って、何回留年してるんでしたっけ」


「それ、年齢聞かれるよりキツい質問だな

今、23だから、5回かな」


「よく退学にならないですね」


「俺もそう思う」


ケラケラと声を上げて笑って、少しだけ遠くを見た。

うーん、と絞り出すようなうめき声。

どうしたんだと思いながら悠を見れば、真剣な顔だった。


「あの、彼女さんはどんな方だったんですか」


「凄く真面目な子だったよ

勉学にも部活動にも熱心で、皆の中心、リーダーって感じの子かな」


「今、その人とは、どう、なんですか」


何となく、聞いてはいけないことだと思った。

聞いてはいけないけれど、気になる。

怖いもの見たさで問いかけてしまった。

悠はキョトンとした表情で首を捻って、さぁ、と呟いた。


「分かんないな

彼女が高校を卒業してから連絡とってないし」


「え、連絡、とってないんですか」


「まぁね、

自然消滅ってやつだよ

俺、まぁ、こんな体だからデートなんて出来なかったし、我慢、沢山させちゃってたんじゃないかな

ぷっつりと切れた」


「あ、そう、なんですね」


リアクションに困る最後で、返事が上手くできない。

ここで、私は好きですなんて言えればよかった。

先輩の事が好きです、付き合ってください、なんて勢いに乗せて告白出来れば良かったのに、残念なことにそんな勇気持ち合わせていなかった。

一生傍に居れる保証なんてない。

不死の彼の隣にいれたとして、普通の人間である私は、必ず置いて逝ってしまう。

孤独にさせてしまうことが分かっているのだから、中途半端な束縛をすることが出来なかった。

例えそれが、自分の気持ちを伝える行為だとしても。

夕日が海に溶けて、オレンジ色に染っていく。

悠が堤防から降りて、立ち上がった。


「そろそろ帰ろうか

暗くなったら大変」


「はい」


堤防から降りて、来た道を戻る。

来た時よりも歩くスピードがゆっくりなのは気の所為だろうか。

日が沈み、うっすらと暗くなった空に弱く光る星が、いやに目に焼き付いて消えなかった。


それから数週間が経って、悠は今日も病室のベッドで本を読んでいた。

虚弱体質は相変わらずのようだが、今年の出席日数はいい感じらしい。

この調子なら、変なことが起こらない限り卒業が出来そうだと、嬉しそうに言っていた。


「調子、どうですか」


「まぁまぁかな

時折、発作が出るくらい」


そうですか、と一言返し、椅子に座る。

手持ち無沙汰に手いじりをして、木々が風に揺れた。


「先輩は、輪廻転生って信じますか」


「輪廻転生?

何度も生まれ変わりを繰り返して、新しい命に生まれ変わるって言われてるあの、輪廻転生?」


「はい」


自分でも何を言っているのか、馬鹿なんじゃないか、と少しだけ思う。

しかし、馬鹿にせず、そうだな、と考えてくれるこの人だから聞けたのだと何となく思った。


「信じる、かな」


否定する理由もないし、なんて言われればほっと安心した。

椅子に座り直して、ひとつ深呼吸をする。


「輪廻転生をするには、平均的に4年と5ヶ月かかるらしいんです。

私は4年と5ヶ月掛けてでも、先輩、貴方に会いたい。

私と、付き合ってくれませんか」


ずっと考えていたのだ。

海に行った日から。

中途半端に縛るのは、迷惑になると。

ならば、一生縛り付けてしまえばいい。


「私が死んでも、4年5ヶ月かけて先輩に会いに行きます

死んだ後寂しくないように、沢山の手紙を用意します

先輩を、1人にはしません

だから、」


「莉奈ちゃん」


名前を呼ばれて、ハッとする。

しまった、また1人で先走ってしまった。

顔が下がり俯けば、ぽんと頭に角張った細い手が置かれる。

そのまま、わしゃわしゃと撫でられれば、思わず顔を上げた。


「莉奈ちゃん、ありがとう

素直に嬉しいよ

こんな俺で、本当にいいの?」


「先輩じゃないと、嫌です」


頭を撫でられていた手を握って、悠の少し低い体温を感じる。

ぎゅ、とどちらともなく手を握りあって、顔を見合わせて笑った。


人の寿命なんてものはあっという間で、それが事故による突然死なら尚更。

お互い無事に高校を卒業し、悠は知人の経営している個人経営の会社に就職した。

社会人と大学生。

同棲はしてないものの、約束通り悠を1人にはせず、半同棲のような生活をしていた。


「莉奈ちゃん、このダンボールは何?」


「そのダンボールの中身は、私が死ぬまで見ちゃダメです」


そう言って笑って、ダンボールを押し入れにしまった。


そんな会話をしたのが数年前。

莉奈は、飲酒運転の車に撥ねられ亡くなった。

葬儀は家族葬で慎ましやかに行われ、数日でいつもの日常に世界は戻った。

ふと、莉奈との会話に出てきたダンボールの存在を思い出す。

押し入れを開ければ、5箱のダンボールが積み重なっていて、1番上のダンボールを開ける。

そこには、手紙がびっしりと詰められていた。

1枚手に取り、封筒から取り出せば真っ白な便箋に、彼女の字で、先輩へと書かれていた。


手紙は1日一通だけ読むこと。

朝昼晩の3食はしっかり食べること。

引越しをしないこと。


この3つを守ってくれと綴られて、また明日と締めくくられていた。

目の前がぼやけて、ゆれて、手紙を抱きしめた。

この日から一日一通だけの手紙を楽しみに過ごしている。

しかし、手紙も湯水のように永遠と溢れ出てくる訳では無い。

始まりがあれば、終わりもある。

最後の一通は、中々読む気にはなれなかった。


窓から桜の花びらが風に乗って入ってくれば、春になったことを自覚させられた。

莉奈がいなくなって、何回目かの春。

おもむろに、最後の一通の手紙を手に取れば封を開けた。

また、最初から読みなおそう。

順番をバラバラにして読むのもいいかもしれない。


先輩へ。

きっとこの手紙が最後の手紙ですよね

実はこの手紙を、一番最初に書きました。

先輩の中に私はまだ居ますか?

まだ私がいることを願います。

それでは、また明日。


相変わらず、また明日と締めくくられている文。

読み切ってしまい、空になったダンボールを見て酷く寂しくなった。


休みの日だからといって、寝すぎてしまった気がする。

昨日の最後の一通をもう一度読み返そうか。

そう思い布団から体を持ち上げれば、インターホンが鳴った。

どこかで何かを買った覚えもないし、宅配も頼んでない。

新聞勧誘だろうか。

適当に追い払ってしまおう、そう思った途端、またインターホンが早くしろとでも言わんばかりに追い打ちを掛けてくる。


「はいはいはい、」


「こんにちは、元気でしたか?」


玄関を開けた先に居たのは、小さな女の子。

見覚えのない子供で、部屋を間違えたのだろうか。

綺麗に切りそろえられたボブが揺れる。


「えっと…」


「忘れたんですか?

4年5ヶ月かけて、また逢いに来ました

悠先輩」


「莉奈、ちゃん?」


はい、と頷く彼女を見つめる。

確かに雰囲気的な面影はある。

それに、そうでなければこんな小さな子が俺の名前を知っているわけも、家に来ることも出来なかったはずだ。


「おかえり、莉奈ちゃん」


「ただいま帰りました」


ふわりと絆されるような笑顔につられ微笑む。

小さくなった恋人を、もう急に居なくならないようにと、強く強く、抱きしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

予防線を切る 小魚 @osakanakukki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ