第10話 輪廻・再生の旅
◆ 再会を約束して転生の旅に消えゆく秋月。
俺と雪子は冥界で幾日過ごしたのだろうか? たった1日のようであり100年かも知れない。誰も邪魔しないふたりだけの空間で、たくさん話をして愛し合い、楽しくて嬉しくて、抱いて抱かれて極快感に浸り、永遠にこの時間が続くことを願ったが、叶わぬ幻だと知っていた。
「聞いてくれ、僕はまもなく輪廻の旅に行かなくてはならない。しばらくキミと会えない。だが現世で必ず会う。出会ったらキミだとすぐわかるだろうが、確かな証が欲しい」
俺は鋭いクリスタル石の破片で、雪子の胸に十字を刻んだ。
「記憶はクリアされるが、この傷は残るはずだ。そう思いたい。僕の同じところに傷をつけてごらん」
雪子はイヤイヤしたが手を取って、無理やり傷を刻ませた。
俺にはもう時間がなかった。
次の日、雪子を光の柱が降りてくる丘に連れて行った。
「僕は行く。雪子、愛してる。言葉で体で表せないほど愛してる。僕はキミでキミは僕だ。必ず会える、心配するな」
泣きじゃくる雪子を抱えて涙を拭き、
「笑ってごらん。僕がいちばん好きな雪子で送ってくれ」
大人のキスを永遠に続けて、俺は光の柱に包まれて消え去った。
◆ 胸に十字の傷跡を持つふたりの子供。
それから幾年が過ぎ去ったのか……
俺は胸に大きな十字の傷を持って生まれた。転勤が多い父と一緒に転校を重ねたが、サッカーが得意な俺は新しい学校、級友にすぐ慣れた。何と言っても俺はエースストライカーだ。170センチ近い長身が蹴り出すシュートは、小学生キーパーを翻弄した。俺は部活のサッカーに夢中だった。
ふと気づいた。いつもグランドの隅っこで俺たちの練習をぼんやり見ている女子がいる。特にサッカーが好きな感じはしなかった。声を出して応援することはなく、空高く蹴り上げられるボールをボーッと見ているだけだ。雨の日も佇んでいる。いつもひとりだ。
「あいつはどこの子だ?」
「ああ、あれは2丁目の石原医院の子だ。生まれながら心臓が弱くて、あんまり学校にも来ないらしい」
「ふーん、サッカーだけ見てるのか、何年生だ? 2年か? 3年か?」
「弟と同じクラスで4年だ。アレルギーがあって給食はアウトで弁当を持って来るそうだ」
「ふーん、ずいぶん小さいなあ」
仙台は冬の訪れが早い。朝から北風が吹き荒れ、冷たい雨まで降って来た。シュートしたボールは風雨に阻まれ、あらぬ方向へ流された。練習を中止しようとしたとき、グランドの片隅にあの子がうずくまっているのが見えた。あれは? どうしたんだ?
近寄ると、その子はパジャマの上にダウンコートを来ているが裸足だった。よくわからないが、何だか胸を押さえて苦しそうだ。
「ヤバッ!! 先生を呼べ!」
すぐ教師が走って来て心臓マッサージを始めた。遠巻きに見ていた俺は、その子の真っ白でペタンコの胸に、自分と同じ十字の傷跡を見た。そいつは救急車で運び去られた。
その夜、俺は夢を見た。見たことないおっさんが「ユキコ――」と叫んで誰かを追いかけた。呼び止められて振り向いたのはあの子だった。あいつはユキコ? 雪子?
翌日、あいつの名前を同級生から知った。あの子はユキだ、確か漢字はこれだと「由紀」と書いた。
しばらくあの子を見なかった。俺は下校時に遠回りしてあいつの家の前に立った。2階の窓から空を見上げて涙ぐんでいたあの子は、俺を見て涙を拭った。手を振ったら、小さく手を振って窓を閉じた。
再び夢を見た。前も夢に出て来た知らないおっさんが、裸のあの子を抱き上げていた。おっさんの胸に俺と同じ十字の傷跡があった。
「ユキコ、本当に会えたね。さあ、大人のキスをしよう、覚悟しろ!」
おっさんに抱かれたあの子は、頰を染めて恥ずかしそうに微笑んでいた。あのおっさんは誰だ? 誰なんだ? 俺はいつまでも続くキスを見ていた。あの子はおっさんの腕の中に崩れ落ちた。ああ、俺の体は火のように熱くほてっていた……
亡魂・カミソリ秋月のモノローグ 山口都代子 @kamisori-requiem
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