第64話 魔改造連合艦隊

 後に第二次ミッドウェー海戦と呼称されることになる一連の激闘を終えた第一艦隊と第二艦隊、それに第三艦隊と第四艦隊は舳先を西へと向け、本土への帰還の途にあった。

 戦果は大きかった。

 正規空母四隻に軽空母五隻、それに戦艦を六隻も撃沈した。

 戦艦はそのいずれもが新型であり、空母に至ってはそのすべてが竣工から一年と経っていないピカピカの最新鋭艦ばかりだ。

 巡洋艦や駆逐艦もすべて撃沈、そのほとんどが戦艦や空母と同樣に軍縮条約明け以降に建造された新造艦で固められていた。

 だが、艦艇の損失にもまして大きなダメージとなったのは人材の喪失だろう。

 海戦が終わった時点で小沢長官は追撃部隊の八隻の重巡洋艦と一六隻の駆逐艦に溺者救助を命じたが、助け出された者は数千人にしか過ぎなかった。

 逆に言えば、他の数万の将兵はミッドウェーの海底深くにその身を沈めたのだ。


 一方、日本側からみれば、今回の勝利の立役者はなんと言っても新たに加わった六隻の空母とそれらに搭載された三二四機の艦上機だろう。

 これら六隻の空母と艦上機が無ければ、戦力不足から逆に連合艦隊のほうが敗北していた可能性も否定できなかった。


 小沢長官は自身が直率した第一艦隊の中核戦力である六隻の空母に思いを馳せる。

 二隻の「長門」型空母と四隻の「扶桑」型空母。

 そのいずれもが戦艦を改造したいわくつきの艦だ。

 特に「扶桑」型の四隻は三六センチ砲搭載戦艦として産声をあげ、条約が失効した後は秘密裏にこれを換装して四一センチ砲搭載戦艦となった。

 戦艦同士の激突となったウェーク島沖海戦では、「扶桑」型四姉妹はその四一センチ砲の巨弾をもって米戦艦をことごとく海底へと叩き込んだ。

 そして、今回の海戦では改造空母として参加、新しくライバルとなった米新型空母との洋上航空戦に勝利し、さらに戦艦のままでは到底勝つことが出来なかったはずの「ノースカロライナ」級や「サウスダコタ」級といった新型戦艦までも自身の艦上機によってこれを撃沈した。

 主砲の換装や空母への改造にかけた予算や手間は膨大なものではあったが、それでもそれに見合うどころか予想を遥かに超える成果を挙げた。


 同樣にウェーク島沖海戦や昨年のミッドウェー海戦で立て続けに米重巡と対峙した「最上」型や「妙高」型、それに南方戦域で連合国艦隊を相手取った「高雄」型巡洋艦はそれぞれ一五・五センチ砲や二〇センチ砲を二三センチ砲に換装したことでそれぞれの戦いに勝利することが出来た。

 また、連合艦隊のような華々しい活躍こそないが、「香取」型練習巡洋艦は開戦前に航空護衛巡洋艦に改造され、海上護衛総隊の主力として日本軍の兵站、もっと言えば大日本帝国の経済を陰から支えている。

 また、旧式軽巡や旧式駆逐艦も防空艦あるいは対潜艦に改造され、「香取」型巡洋艦とともにこちらも日本の生命線を立派に守りきっている。


 それと、今回二度目となったミッドウェー海戦の結果を受けて日本と連合国、正確には日本と英国ならびにソ連との間で大きな動きが起こっていることを小沢長官は海兵同期の井上次官から知らされている。

 帝国海軍ならびに外務省、それに政府の非戦派らに対して英国とソ連のエージェントが秘密裏に接触してきたのだという。

 どうやら、インド洋というアキレス腱を断ち切られて気息奄々の英国と、同じく苦境に立つソ連が日米講和の仲介に本格的に動き始めたらしい。


 もし、日本と米国がこのまま戦いを継続すれば、米国の膨大な戦争資源は欧州ではなく太平洋に流れ込むことになる。

 一八隻の空母を擁する大艦隊に対する備えをハワイから西海岸にかけて施すのであれば、それは天文学的な予算と資材を必要とするだろう。

 そして、それほどの物量が太平洋に流れ込めば、必然的に欧州への支援が細ることは間違いない。

 もちろん、護衛空母や護衛駆逐艦といった海上交通線を維持するために必要な戦力も同様だ。


 いまだ強大なドイツを相手取っている英国やソ連にとって、現時点で米国によそ見をされることは絶対に阻止しなければならない。

 特に英国にとって、今や大西洋は唯一の生命線なのだから。

 だからこそ、米国からこれまで通りの支援を継続させるとともにインド洋の回復を是非とも図る必要があった。

 そして、それを成し遂げるためには日本と米国に仲良くなってもらうのが一番の早道だと英国とソ連は判断したのだろう。


 もちろん、交渉事だから必ずしもうまくいくとは限らない。

 だが、小沢長官はそのことについては楽観している。

 ウェーク島沖海戦をはじめ、拙い戦争指導で前線部隊を困らせた山本連合艦隊司令長官もこと軍政面においては抜群のセンスを発揮する、ことがある。

 山本長官の海兵同期でありその明晰な頭脳をもって軍令畑、軍政畑を問わず辣腕をふるう堀海軍大臣、その堀大臣と常にトップを争った塩沢軍令部総長の海兵三二期三羽烏あるいは軍政三羽烏と異名をとる傑物の三大将。

 そこに剃刀との異名を持つ切れ者の井上次官までが加わる。

 さらに、欧州の裏社会で血で血を洗う闘争を繰り広げてきた英国やソ連の諜報組織が加われば、米国との講和は成し遂げられるはずだ。

 実際、米国民の間では合衆国海軍の相次ぐ敗北、もっと言えば全滅によって日本艦隊に対する恐怖とともに厭戦気分が急激な勢いで高まっているのだという。

 おそらく、その陰で英国やソ連の諜報組織もまた暗躍しているのだろう。


 小沢長官は改めて思う。

 戦力に劣る帝国海軍が、曲がりなりにもここまで米海軍を相手に勝利を重ねることが出来たのは先人たちの努力、そして帝国海軍が過去の事故や事件で得た知識や経験をもとにそれを教訓として積み上げ、二度と同じ過ちは繰り返さないという当たり前の組織であったことがなにより大きかったのだと。



 (終)


 最後までお読みいただきありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔改造連合艦隊 蒼 飛雲 @souhiun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ