その後
「と、まあ、そんなことがあったのよ」
長い話を終えると、私は乾いた喉をジュースでうるおした。
今日は珍しく実家住まいの兄から連絡が来て、ファミレスで二人きりで会っているところだ。
私は今、大学の近くで一人暮らしだが、呼び出されればすぐに会える程度には実家から近い街に住んでいる。
兄の要件は、タッくんがらみのゴタゴタについて、そろそろ真相を話せ、というものだった。
当時は、私から家族にタッくんのことを話す気にはなれなかったのだ。
「そりゃ最低だな」
「でしょ? ほんと最低よね私」
「いや、卓人がさ」
「へぁ?」
一瞬、言葉の意味が理解できずに間抜けな声が出た。
兄の顔を見ると、そこには困ったような表情が浮かんでいる。
「まあ、それ以前に、この件に関してはお前のポンコツ具合がひどい。今から説明してやるから、反省しろ」
「ポンコツ!? わたしポンコツ!?」
「まず卓人を振ったときの話だ。『恋愛対象として見ていない』は、男性にとって『男としての魅力なし』と断じられるのと同じだ。とても傷つく」
「いや、なんでそうなるのよ。単に好みじゃないって話でしょ?」
「ちがう。男性にとっての恋愛対象は女性よりも広い。ぶっちゃけアレが立……オホン!……性的魅力を感じる相手全員だ。男ってのは、その全員を同時に恋愛対象にして、その全員が自分に惚れる余地があると妄想できる生き物なんだ」
「は? なにそれ? ハーレム願望ってやつ? ドン引きだよ、兄さん」
「漫画でもよくあるだろ? 美少女に『お友達でいましょう』って言われて、男が『ガーン!』ってなるやつ。女性側に悪意はないが、男性側からするとあれは最悪な振られ方なんだ」
「いや、今どきそんなマンガないって」
「『友だちにはなれる』、つまり人格的には問題がない。だが恋愛対象ではない。つまり『男性としての魅力が全くない』って結論になるわけだ。ぶっちゃけ、性格が合わないって言われた方がマシだ」
「……そうなんだ」
「で、お前はその『お友達でいましょう』を実践して、振った男に会いに行った。卓人にしてみれば、お前は男としての自分を全否定した存在だ。顔を合わすだけでも苦痛なんだよ」
「苦痛!? そこまで!?」
「さらに、お前は先輩と付き合った。その時点で卓人にとってのお前は、自分の恋愛対象でありながら他の男に走った裏切り者だ」
「いやいやいや。わたしタッくんと付き合ってもいないし、むしろ振った後だし。告白だって、先輩のほうが先だよ? なんで裏切り? 意味わかんないよ」
「それでもだ。自分の恋愛対象でありながら、他の男に走ったヤツは全員裏切り者だ。なんとなれば、相手が自分を知らなくても裏切り者認定できる。だからストーカー殺人なんてものが起きるんだ」
「理不尽!」
「ああ、理不尽だ。だが、卓人がお前を恨んでいたのは間違いない。憎悪の対象だったかもしれん。そんな相手にのこのこ会いに行ったお前は考えが足らん。猛省しろ!」
先輩と付き合い出した後、タッくんに会いに行って、無視されたことを思い出す。
単にすねているだけかと思っていたが、まさか憎悪の対象になっているとは思わなかった。
「……うん、わかった。反省した。そこまで嫌われてるのに自分から会いに行くなんて、わたし、そうとうデリカシーに欠けることをしてたんだ」
「まあ、男女の感じ方の違いもあるからな、ある程度はしょうがない。実のところ、卓人がどれだけ傷つこうが、お前を嫌おうが、そんなのは完全な逆恨みだしな」
「逆恨み……なのかな?」
「当たり前だろ? それじゃあ、何か? 相手を傷つけないように、うまく振らなきゃだめか? 無理して付き合わなきゃだめか? 誰かを振った後は、そいつの傷が癒えるまで誰とも付き合っちゃだめか? どこまで相手に優しさを求めてんだって話だ」
「……まあ、言われてみればそうかも?」
「そもそもの話、いくら振られて傷ついたとしても、振った側に一切の責任はない。振った側というのは、無理なお願いをされて、それを断った側だ。むしろ無理なお願いをしてしまった方が恐縮してもいいくらいだ」
「でも、告白なら普通、断る方が『ごめんなさい』だよね?」
私の問いかけに、兄は少しの間、腕を組んで思案する。
「それはあれだな。店員が『この商品は売り切れました。申し訳ありません』って謝ると同じだ。『悪しからず』ってヤツだな」
「なるほど?」
「……わかってねえな? 『悪しからず』ってのは『意向に添えなくてすまないけど、悪く思わないでね』って意味だ。意地悪な見方をすれば、『意向に添えない正当な事情がある。悪く思われるような悪意も意図もねえ。逆恨みすんじゃねえぞ』って念押しだ」
「ああ。意向に添えなくてごめんなさい、か。別にこっちが悪いわけじゃないけど、相手は不愉快な思いをしたはずだから、謝っとく的な?」
「だな。で、そんな店員に足して、『売り切れたのはお前が悪い。謝罪しろ。補填しろ』って詰め寄る客がいたらどうだ?」
「それは……迷惑な客だねぇ。予約してたのならいざ知らず」
「……まあ、卓人の感覚はそれに近かったのかもな。幼馴染は恋人予約済みってところか」
「なにそれ? 頭おかしい!」
「その頭のおかしい客に、お前は土下座で謝った店員なんだよ!」
「いや、流石に土下座はしてないし」
「卓人を傷つけたと気づいた後、平謝りしたんだろ!? 同じことだ。いいか、馬鹿ってのはな、理屈も道理も理解できないから、謝った方を悪と決めつけるんだ。だから脅してでも相手に謝らせるし、逆に自分は絶対に謝らない」
「兄さん、それって、タッくんも馬鹿ってことにならない?」
「でな、お前が卓人に謝ったせいで、あいつは免罪符を手に入れた気になった。お前を苦しめる権利が自分にあると思い込んだ。お前が見たっていう悪魔の笑みが、その結果だ」
背筋にゾクリと悪寒が走った。
あの笑顔はいまでもトラウマだ。あれは人間がしていい表情ではない。
「普通なぁ、自分を振った相手が無神経に近づいてきたら、『ごめん、まだ無理』って言えばすむんだ。実際、そのうち気にならなくなって、また友達付き合いができるようになるかもしれない。無視したり、『二度と近づくな』なんて怒鳴る奴は普通いない」
「……ええと、つまり、わたしは普通でないくらいに、タッくんに恨まれてたってこと?」
「どうかな? お前に振られた後、お前を無視したってのは、おそらくは無意識のいじめだ。そこまでお前を恨んでいたわけじゃない可能性もある」
「いじめ?」
「ああ。いいか? 人間、誰しも間違いは犯す。デリカシーのない行動なんて、しょっちゅうだ。けど、それが耐え難いなら、相手にそれを指摘すればいい。卓人だって、お前に一言注意すれば良かったんだ。けど、あえてそれをしなかった」
「それは……タッくんが優しいから」
「違う。相手が間違っていたら、叱ってやるのが優しさだ。自分で気づくまでほっとくなんてのは、ただの甘えだ。そんなのは、相手に反論されるのを恐れているだけ。臆病なだけだ」
兄はよく、こういった厳しい物言いをする。
『誰もが兄のように行動できるわけじゃない』と反論したこともある。
そうすると、『できなくても、それが正解だと考えることが大事だ。できなかった自分を甘やかすのではなく、反省することが大事なんだ』といった返事が返ってくる。
「たしかに……、タッくんは臆病なところがあったかもだけど」
「臆病なのもあるが、卓人の場合はそこに自覚のない悪意がある可能性が高い」
「悪意?」
「近づいてくるお前に何も告げなければ、お前はずっと加害者で、傷ついている自分はずっと被害者だ。普通は加害者が悪者だからな。お前を恨んでいる卓人には、その方が都合がいい」
「いやいや、さすがにそれ、兄さんの考えすぎでしょ?」
「いるんだよ、そういうヤツが、社会に出れば嫌ってほどな。新人が職場全体に迷惑かけても、注意もせずに陰口だけ叩くヤツとかな。俺が新人に改めさせたら、俺の方がそいつににらまれた」
「は? なにそれ? 意味わかんない」
「指摘しなれば、相手は改善することも、反論することもできない。理由も明かさず無視するってのは、もうそれ自体が立派ないじめだ。相手に理由を告げることができない時点で、その無視に正当性なんかない」
「……だから、タッくんのしてたことも、いじめだったってこと?」
「卓人からすれば、自分を振った不愉快な相手が近づいてきたら無視しただけだ。だが実態は、逆恨みの対象がノコノコ近づいてきたから、何も告げず無視することで復讐してたってことになる。本人に自覚はないだろうがな」
「わたしの方にも、いじめられていた自覚はないけど?」
「関係ない。いじめられている方が、それが当然だと洗脳されていたら、自覚なんてできない」
「私、洗脳されてた?」
「幼馴染は相手のわがままを聞かなくちゃならないって洗脳だな。俺に言わせりゃ、いじめの定義なんて、『相手に反撃、反論を許さない状況で、相手を傷つけること自体を楽しんでいる』ってので十分だ」
「兄さんがそう言うなら、まあ、そうなんだろうけど」
いじめに関して兄に意見しようだなんて気は、私には起きない。
なにしろこの兄は、小学生のころから、誰にもはばかることなく、いじめられっ子と友人関係を続けるような人間なのだ。
「加虐心なんてものは誰にでもある。いじめは楽しい。悪魔の快楽だ。だから常に、そうならないように気をつけなくちゃならない。かくいう俺も、今現在その誘惑と葛藤中だ」
「へ?」
「難しいんだよ。相手を叱ることは大切だが、叱ること自体を楽しんじゃいけない。だが、叱るのをやめても相手のためにならないってのがな。まあ、それはいい。後で反論の機会は与えるさ」
兄は腕組みして、難しい顔をしている。
会社でもすでに何人か後輩の指導にあたっているようだし、兄の性格からして、人を叱る機会は多いのだろう。
「でな、話を戻すぞ。結局のところ、卓人の何が最低かって、相手に優しさを求めておきながら、自分は相手に対して優しさの片鱗も見せてないって点だ」
「それは……わたしがタッくんに優しくできなかったから」
私のうかつな言動がタッくんを傷つけたのは間違いないだろう。
それが全ての始まりだ。
私に配慮が足りなかったのが、すべての原因だとも言える。
「あのなぁ、『相手が優しくしてくれないから、自分も優しくしない』なんて、頭の悪い理屈が通るわきゃないだろ?」
「へ?」
『相手が優しくしてくれないから、自分も優しくしない』
どこかおかしいだろうか? ギブアンドテイクってやつじゃない?
「全世界の人間がそんな考えを持ってみろ、明日には世界から優しさが消滅するぞ? なら、そんな考えを持った二人が出会った場面を想像してみろ」
私は二人の人間を想像する。
お互いに、相手が自分に優しくしてくれるのを待っている。
そして、相手が優しくしてくれるまで、相手には優しくしない。
二人はずっとにらみあったままだ。
「ああ……そゆこと」
「だいたい、そんなことを言うやつに限って、他人の優しさに気づけなかったり、それくらい当然だと感謝すらしないんだ。結果、他人の優しさを踏みにじっておきながら、まわりが自分に優しくないと嘆く馬鹿の出来上がりだ」
「……兄さん、会社で嫌なことでもあった?」
そう思ってしまったのは、兄の怒り方に奇妙なほど実感がこもっていたからだ。
「いいか、よく覚えとけ。『相手に優しさを強要するな。自分は無条件で相手に優しくしろ』、みんながそう思っているくらいで、この世の中は丁度いいんだ。そうすりゃ、ちょっとした優しさに素直に感謝もできる」
私はタッくんに優しさを強要されていたのだろうか。
優しくした覚えなら、いくらでもある。いつも私が姉役になって、タッくんの世話を焼いていた。
そして、私が優しくしないとタッくんはすねる。あれは強要だったのだろうか。
反対に、私はタッくんに優しくされていただろうか。
ああ、そうだ。私がひとつだけ、タッくんに求めた優しさがあった。
「……でも、私が落ち込んでいるとき、タッくんは頭なでなでしてくれたよ?」
私がそうつぶやくと、兄貴は
「逆に言えば、それだけだ。こんなんなら、俺がいくらでもしてやる。お前が泣いていたら、なでれば治る。卓人にしてみれば、そんくらいの認識だろうさ」
「なにそれ、私ってそんなにお手軽?」
「実際そうなんだよ。だいたいからして、高校生にもなってすねて相手を無視するとか相当やばいぞ。どんだけガキなんだ?」
私は当時を思い出す。
たしかにタッくんには子供っぽいところがあった。
けれど、その子供っぽい笑顔が、私の癒やしだったのだ。
今となっては、その天使の笑顔を悪魔の嘲笑が覆い隠してしまう。
「タッくんは……あのときまでは天使だったんだよ」
「お前なぁ、高校生男子を捕まえて『天使』とか言ってる自分の痛さを自覚しろ! お前があれを許容できていたのは、子供の頃のあいつの幻想に惑わされていただけだ!」
「はぅ!」
ぐうの音も出ない。
私はタッくんをどこまでも子供扱いしていたのだろうか。
もしかしたら、私が無条件にタッくんに優してくして、甘やかしたのがいけなかったのだろうか。
タッくんの姉役を自負していた私は、毒親ならぬ毒姉だったのかもしれない。
「どうだ? 俺の言うことに納得いかないか?」
「いや、うん。むしろ、いろいろ腑に落ちたかも。で、兄さんはなんで今さら当時の話を?」
そう聞くと、兄は気まずそうに視線を反らす。
「すまん。実は、友だちの一人にお前の話をしたことがあってだな」
「へ?」
「お前が落ち込んで、『私最低だ』とか『許されないよね』とか『もう、いっそ死んでしまいたい』とか言ってた頃だ。それをつい、友だちに相談してしまってだな」
「ええー!」
兄さん、私の恥ずかしい過去を友だちに言いふらしたの?
それひどくない?
「いや、だってあの頃のお前、そうとうおかしかったぞ? まじで父さんも母さんも心配したんだからな」
「あー、うん、ごめん。心配かけました。ほんとうにごめんなさい」
「でな、その友だちから連絡が来たんだ。そいつの弟が卓人と知り合いになって、今の実家の住所を教えてしまったってな」
「個人情報!」
「それがな、その弟ってのが、俺の出した年賀状を勝手に持ち出したらしい。なんか結構困った性格の弟らしくてな。正義感を振りかざして誰彼かまわず攻撃するとか、親切顔で余計なお節介を焼くとか」
「しらんがな」
「で、最悪、卓人がこっちへ来るかもしれないから、その前に正確な情報と、お前がどうしたいか確かめようと思ったわけだ。いや、俺の不手際だ。申し訳ない。本当にすまん。卓人に関しては、俺が責任を持って対処する」
兄がテーブルに額をつけて謝罪している。
さすがに、これ以上責め立てる気は失せた。
「で? どうする?」
「兄さんはどう思う?」
「お前に謝りたいって言ってるらしいから、まあ、当時の自分の態度が大人気なかったと思えるくらいには成長したんじゃないか? でもなぁ……」
「何?」
「いまさら会いたいってのが、まだお前に気があるんじゃないかと思えるんだ」
「気がある?」
いやいや、私、タッくんに憎まれてんじゃなかったの?
私が納得していないのに気づいたのか、兄が思案顔になる。
「お前に対する卓人の気持ちは大したことなかった、ってお前は言ってたな」
「だって、振られてすぐに菜々緒ちゃんと付き合ってたし」
「俺は逆だと思ってる。可愛さ余って憎さ百倍とかいうだろ? その子と付き合ったのも、お前に対する当てつけだったんじゃないか?」
「は? なにそれ? 菜々緒ちゃんをなんだと思っているの?」
「お前はどっちだと思う? お前に対する気持ちは軽かったのか、重かったのか」
タッくんの私に対する気持ちが軽かったのだとしたら?
そんな軽い気持ちの相手でも他の男と付き合うのが我慢ならず、無意識に私をいじめてたって話になる。
なんか、とてつもなく狭量で、見当違いな独占欲の塊みたいな男だったってことだ。
私に対する気持ちが重かったのだとしたら?
私が他の男と付き合うのが我慢ならず、私をいじめてしまったってのは納得もできるし、許容もできる。
これは、タッくんの気持ちを推し量れなかった私にも大いに問題があるだろう。
だが、その場合、菜々緒ちゃんと付き合ったのは何だったのかって話になる。
自分の傷を癒やすためだけに、菜々緒ちゃんを利用したようなものではないか。
タッくんが菜々緒ちゃんを引きずっていた光景が思い出される。
あれは、大切な人間に対する態度だとは到底思えない。
だからこそ私は、菜々緒ちゃんが暴力を振るわれるのではないかと恐怖すら感じたのだ。
「どっちかわかんないけど、どっちにしろタッくん最低じゃない?」
「だから最初からそう言ってる。まあ俺としては、卓人がまだお前に気があるんじゃないかと思ってる。本人に自覚があるかはわからんが、最初は幼馴染の関係を修復して、いずれは恋人へって考えてる可能性が高いな」
兄が私の目をのぞき込んでくる。
その視線が、私に『心を決めろ』と要求してくる。
その要求にしたがって、私は自分の気持を省みる。
私の中で、タッくんという人間の存在を再確認する。
少し間をおいてから、私は重い口を開いた。
「……実のところ、わたし、引っ越した後にせいせいしてたのよね」
「そうなのか」
「うん。最初はタッくんへの罪悪感で落ち込んでいたんだけど。転校先での生活が始まると、普通に日常が楽しくてね。っていうか、転向前より
「あー、うん」
「なんか自分が薄情すぎて、認めたくなかったんだけどね。もうタッくん世話を焼かなくてすむんだって思ったら、すごいスッキリしたの。私は自由だーってね」
「そうか。まあ、そうだろうな。俺から見ても、完全な腐れ縁、しかもお前が一方的に負担を被っている感じだったからな」
「だからね、兄さんの言う自覚のない『いじめ』ってのが結構しっくり来たのよね。タッくんにすねられるたびに、結構なストレスだったんだなって。私の何がいけなかったのって、右往左往して、自問自答してばっかりだった」
「罪悪感に漬け込む『いじめ』ってのは、まあ、悪質だわな」
「そんなわけで、正直、タッくんには会いたくない。兄貴の話を聞いて、罪悪感もやわらいだし。いまさら謝る気にもならないし、謝ってもらいたいとも思わない」
私は目をつむり、ふうっと天に向かって息を吐いた。
「こうなってみると、ただの黒歴史だよ。タッくんがいなければ、小学校から転校するまでだって、わたしはもっと充実した青春を送れたんじゃないかな? 彼氏もできてさ。あれ? タッくんってもしかして疫病神?」
タッくんとの思い出は山程ある。
けれど、他の友だちと一緒に遊んだ記憶も、家族との思い出も、タッくん以外の誰かから頭をなでてもらった思い出も、私には沢山ある。
頭の中で、タッくんとの記憶を見境なくゴミ箱へと捨てていく様を思い描く。
楽しい思い出も、苦労した思い出も、不愉快な思い出も、一切合切だ。
それでも、私の幼少期から少女期の記憶は、輝きを失わない。
むしろ、タッくんがらみを捨て去れば、後は楽しかった思い出しか残らないくらいだ。
「……今はもう、タッくんなんて幼馴染は最初からいなかったんだって、そう思いたい。っていうか、そう思うことに決めたわ」
「……わかった。じゃあ、卓人から連絡があったり、あいつが実家に押しかけたりしたら、俺が追い払っておくよ」
「うん。お願い。で? 用事はそれだけ? 私そろそろ帰らないといけないんだけど」
そう言いながら、私は時計を確認する。
「ああ。後はいい。すまなかったな、呼び出して」
「いいよ。じゃあね」
兄を残して席を立つ。
レジを通り過ぎるとき、ふと振り返って店内を見渡す。
私達ふたり以外に客がいなかったので、結構な大声でおしゃべりしてしまった。
兄は、私が座っていた席と背中合わせの席をのぞき込んいる。
もしかしてあの席に誰か座っていたのだろうか。
だとしてたら、かなり気まずい。
「ま、いまさらね」
そうつぶやいて、私は店を後にした。
「そんなわけで悪いが妹と会わせることはできない。なんならお前の言い分も聞いてやるぞ? なんだ? まるでこの世の終わりって面だな。お前を傷つけたことを後悔して、妹が不幸になっている状況でも期待していたか? ……図星か。やっぱ最低だな、お前」
完
目には目を・舞台裏 ~幼馴染を傷つけてしまったようなので全力で謝った結果……私は後悔した~ 神門忌月 @sacred_gate
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます